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そして少女は微笑む

作者: 秋空 夕子

 あるところに、それはそれは美しいお姫様がいました。

 お姫様は素敵な人と結婚したくて、毎日お星様にお祈りしていました。

 すると、その願いが通じたのか、ある日、空から一人の男の子が落ちてきたのです。

 男の子はとても強くて賢く、お姫様はすぐに恋に落ち、男の子もまたお姫様を好きになりました。

 二人が結ばれるには沢山の苦難が待ち受けていましたが、しかし二人はその試練を見事乗り越え、結婚することができたのです。

 こうして二人は、末永く、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。


「……なあ、ライザ。この絵本おもしろいか?」

「ええ、とてもおもしろいわ、ブレンダンにいさま!」

 目をキラキラさせる妹に、ブレンダンは「ふぅん」と適当な返事をする。

 まさか、ここに書かれているお姫様はお兄ちゃんの元婚約者で、その婚約が破棄されてちょっと大変だったんだ、といえるほど彼は無神経ではなかった。




 極稀に異世界からやってくる人間を渡り人と呼ぶ。

 異世界の知識と高い魔力を有している彼らはどこの国でも歓待され、丁重に扱われる。

 この国では渡り人は王族かそれに近い血族の者と婚姻を結ぶのが通例であり、今回やってきた渡り人の結婚相手に選ばれたのがブレンダンの婚約者のイリス姫だったという訳だ。

(まあ、確かに……あんなすごい力を持つ奴を国に縛りつけて取り込みたいと思うのは普通だよな)

 頭に浮かぶのは自分より年下にしか見えず決して体格がいいとも言えないのに、恐ろしい魔物たちを次々打ち倒していく異世界の少年の姿。

 彼のおかげで魔物の被害は減り、さらに豊富な知識で便利な道具がいくつもできた。

 そんな少年にこの国のお姫様は心ときめいたようで、父である国王と兄である皇太子に彼と結婚させて欲しいと直談判したらしい。

 正直に言って、ブレンダンとイリスの仲は良好とは言い難く、これは両家の人間にも周知のことだったこともあり、賠償金を支払うことで婚約は穏便に破棄された。

 これ自体はいい。ブレンダンも内心、イリスと結婚せずにすんで安堵した。

 だが、一つ問題があった。

 それはブレンダンの新しい婚約者探しだ。

 姫の婚約者に選ばれるだけあって、ブレンダンは名のある家の息子である。結婚しないわけにはいかないし、新しい婚約者にも相応の相手でないといけない。

 しかし、身分の高い同年代のご令嬢は全員婚約者持ち。いないのは幼い少女か、夫に先立たれた年配の女性ぐらいなものだ。

 これには流石にブレンダンも焦り、誰か丁度いい女性はいないものかと探し回った結果、一人の少女が候補に上がった。

 彼女の家は貴族であるものの権威や権力は低かったが、彼女の父は宰相の側近である。彼がその地位につけたのは家の力ではなく自分の力であり、その有能さはブレンダンも知っていた。

 娘もまた父に恥じない才女であるらしい。

 家名自体は低いものの、宰相の側近の娘というのは悪くない相手であった。

 しかし彼女は聞くところによるとイリスの親友であるらしく、もしやイリスと同じような性格なのかと懸念を覚えたが、しかし我侭を言える状況ではなかった。

 覚悟を決めて婚約を持ちかけたのたが、この決意はある意味裏切られることになる。




 馬車で揺られながらブレンダンはその新しい婚約者の元に行く。

 今日は彼女と歌劇を観る約束をしているのだ。

 彼女の屋敷に到着すると、すでに婚約者が待っていた。

「アシュリー!」

 馬車から降りて声をかければ、彼女はブレンダンに駆け寄った。

「ブレンダンさん、今日はお誘いありがとうございます」

「こちらこそ、君と一緒に過ごせて嬉しいよ」

 にこやかに挨拶を交わすブレンダンだが、婚約者であるアシュリーの首元に輝くネックレスを見て目を見開く。

「それ、この前俺が贈った物かい?」

「はい。せっかくなので付けてみました。どうですか?」

 落ち着いた雰囲気を持つアシュリーには華美な物より、大人っぽいデザインのほうが似合うだろうと思い贈ったネックレスは、たしかに彼女の魅力を引き立てていた。

「ああ、とても似合ってるよ」

 素直にそう答えるとアシュリーは頬を赤らめてはにかんだ。

 思わず抱きしめたくなるほどの可愛らしさである。

(そういえば、贈り物を身に着けてもらうなんて初めてのことだな……)

 ブレンダンはイリスにもいろいろ贈ったが、彼女は一度でもそれを付けてくれたことはなかった。渡した時だっていかにも興味なさそうな顔をしているものだから、贈り物選びがとても億劫だったことを思い出す。

(……っと、婚約者の前で他の女のことを考えるのはマナー違反だな)

 不快感が蘇りそうになるが、今時分の眼の前にいるのはアシュリーだと思い出して、頭に浮かんでいた元婚約者を打ち消した。

 これからせっかくのデートなのだ。わざわざ気分の悪くなるようなことを考える必要はないだろう。

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

 差し伸ばした手を、アシュリーはそっと重ねる。

(彼女と婚約者になれて、よかったなぁ……)

 何度目になるかもわからない思いを噛み締め、二人は馬車に乗り込んだ。





 王城にある一つのテラス。中央には白いテーブルに同じく白い椅子の二脚。

 その内の一つにはアシュリーが腰掛けている。

「久しぶりね、アシュリー」

 そこへやってきたのはこの国の姫であるイリスだ。

「イリス様もお元気そうでなによりです」

「私が婚約しなおしてからだから、一か月以上会っていなかったのね」

「ええ、そうなりますね」

 椅子に腰掛けるイリスにアシュリーは朗らかな表情を向ける。

「ところで新しい婚約者とはその後いかがですか?」

「ふふ、とても順調よ。ほら、これを見て」

 そう言ってイリスが見せたのはシンプルなネックレスだった。素人が作った物なのか、出来栄えはお世辞にもいいとは言えない。

 しかしそれを、イリスはとても大事に扱っている。

「これはね、あの人が私の為に作ってくれたものなのよ。今までもらったどんなものより嬉しかったわ」

 その時のことを思い出したのか、イリスの目はとても輝いていた。

「まあ、素敵ですね」

「やっぱり贈り物で大事なのは、お金じゃなくて気持ちよ。ただただお金さえかければいいってものじゃないわ」

「ええ、おっしゃる通りです」

「そうでしょう? そういうところがわかってないからあの男は……」

 そこまで言ってイリスは思い出したように口を閉ざした。

「ごめんなさいね。今はあなたの婚約者だったわね」

「いいえ、お気になさらず」

「でもね、アシュリー。あなたの為に言わせてもらうけれど、あの男は本当に大切な物をわかっていないわ。物を貢げば女が簡単になびくを思っているのよ。それで適当に優しくすればいいって勘違いしている。悪いこと言わないから今からでも婚約を破棄したらどう?」

 先ほどまで肯定を繰り返していたアシュリーだったが、この言葉には首を横に振った。

「いいえ、それには及びません」

「あら、どうして? 家名に傷がついてもあなたぐらいの家なら大して問題にならないでしょう? 相手が見つかるか不安なの? 私が新しい相手を紹介してあげるわよ?」

「私はブレンダンさんがいいのです」

「あの男が? 変わってるのね。だってあの男、なんだか馴れ馴れしいじゃない? 結婚するのだから仲良くしようだなんて、見え透いた嘘を。どうせ私との結婚なんてステータスとしか考えていなかったくせに。それに比べてあの人はちゃんと私を見てくれる。愛してくれる。利益に関係なく誰かを愛するなんて、あの男には絶対に無理。ねえ、アシュリー。結婚に必要なのは愛よ、愛。愛の無い結婚なんて虚しいだけだわ。友達であるあなたにも愛のある結婚をして欲しかったのだけれど……可哀想に。誰かに愛される喜びを知ることができないなんて……それって生まれてくる意味がないのと一緒。いいえ、あなたが良いと言うなら無理強いしないわ。でも嫌になったらいつでも言ってね。私、協力するから」

「……ありがとうございます」

「ふふ、いいのよ。ああそう言えば、私達の話が絵本になったって知っているかしら?私も読んだのだけど、とても良くできていて、でもなんだか恥ずかしくなっちゃったわ……でもね…………」

 その後も続くイリスの話を、アシュリーはただ笑って聞き続けた。




 イリスとのお茶会が終わり、馬車に乗り込んだアシュリーは大きく息を吐いた。

(……さすがに疲れたわ)

 彼女との会話でただひたすら相槌を打ち続けるのは慣れているが、今回はブレンダンが絡んでいた為、笑顔を作るのにも一苦労だった。

(人の婚約者を侮辱するなんて、何を考えて……いいえ、彼女のことだからきっと『そんなつもりはなかった』というのでしょうね……)

 見た目は大変美しく、その言動も一見すれば他者を思いやっているように見える為、わかりにくいが、悪気無く人を馬鹿にする。悪意無く人を見下す。自分の意のままに他人を動かそうとし、自分の気に入らない物には徹底的に攻撃する。

 イリスはそういう女性だ。

 生まれつき人にかしずかれていたからと言えばそうなのだろう。皇太子は次期国王として厳しく育てられていたからそんなことはないが、イリスはひたすら周囲から優しくされてばかりだった。

 大変なのは彼女に付き合わされる方である。大抵の少女はイリスの身勝手な言動についていけず距離を取るのだが、アシュリーは身分の低さと父親の立場からそれができなかったのだ。

 何度かその性格が直るよう控えめに忠言したものの、それが実を結ぶことはなく、自分の無力さに肩を落としたが、今ではそれでよかったと思っている。

(だって、そのおかげで私はブレンダンさんと婚約できたんだもの)

 ずっと彼が好きだった。憧れていた。

 しかし、自分と彼とでは釣り合わないとわかっていた。

 だから彼と婚約できたイリスが羨ましく、彼の文句しか言わないイリスが疎ましかった。

 アシュリーはわかっていたのだ。ブレンダンがイリスを愛そうとしていたことを、大事にしようとしていたことを。なのに、イリスは全くそれを理解しなかった。

 とても歯がゆく、苦々しい日々だった。

 そんな時だ。渡り人がやってきたのは。

 渡り人は異世界の知識と強大な魔力を持っていたが、貴族でない者ともある程度付き合いのあるアシュリーには彼自身はごくごく普通の庶民だと見てわかった。

 しかし、庶民とろくに接したこともないイリスには彼が非常に特異な存在に見えたようで、あっという間にのぼせ上がってしまった。

 だからちょっと背中を押して上げたのだ。と言っても、彼と結婚するにはどうしたらいいか、そっと耳打ちした程度だ。

 しかし、思い込んだら一直線のイリスはアシュリーの期待から何一つ外れることなく、ブレンダンとの婚約を解消し、渡り人と結ばれた。

 そして新しい相手を探すブレンダンに父経由でアプローチをかけ、彼と婚約を結ぶことができたのだ。

 本来ならアシュリーとブレンダンが婚約すれば様々な波紋を生み出すのだが、ブレンダン側の事情は皆知っているため、なんの問題も起きなかった。

(ありがとうね、イリス。あなたのおかげで。私、とても幸せよ)

 だから、どうか何も知らないままでいてほしいと思う。

 イリスが見せたあのネックレス。不格好なあのネックレスを渡されたのが、彼女だけではないということを。

 渡り人は普通の男だ。平凡に生きていた人間がある時から突然周囲から持ち上げられ、持て囃されればどうなるか、簡単に予想がつく。

 こっそり娼館に通い、侍女にも手を出していることを知っているのはどれくらいいるのだろう。

 国王と皇太子か確実に知っているはずだ。しかし二人共イリスの性格を理解しているので、このことを彼女に告げたりはしない。

 知ったら、きっとイリスのことだ。怒り心頭になり渡り人と婚約を解消しようとするだろう。

 しかし、ブレンダンの時とは違い今回は破談になど出来ない。事情が違うのだ。

 渡り人は貴重な人材だ。決してよその国に取られるわけにはいかない。

 国王と皇太子はイリスに甘い。しかし国益を蔑ろにするほど愚かではない。必要なら、イリスを犠牲にすることもいとわないだろう。

 アシュリーはイリスの顔を思い返す。とても幸せそうな笑顔だった。

(イリス、私も尽力するわ。あなたの幸せがいつまでも続くように。甘い夢をいつまでも見続けられるように。それが、私を幸せにしてくれたせめてもの恩返しだもの)

 アシュリーは微笑んだ。

 それはとても慈悲に満ち溢れた笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女って怖い・・・ 私も女だけど(笑)
2017/12/01 09:26 退会済み
管理
[良い点] 面白かったです。 皆幸せとか書いてたので、ヒロインと主人公が結託する気持ち悪い お話かと思ってたんですが、全く違って良かったです。 渡り人の性格......リアルですね。
[一言] 馬鹿は良い様に利用される お姫様の幸せは、その事実に気付くまで、という時限付きか…… そこまでの大罪を犯した訳では無いと思うんだが、必ずしも罪の軽重と罰の軽重は比例しないという好例だな ある…
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