水色の眩暈
こぽりと、こもった音が僕の鼓膜を波打たせながら通過していった。
違和感にふと目を開くと水色の世界だった。
こぽりとまた小さく音がした。
それは僕の肺から吐き出される二酸化炭素が主成分な水泡だった。
口から出発したそれは水上を目指して、時に分裂しながらも一定の大きさを保ったまま
浮上していく。
水色に包まれた世界で僕は、浮上することも手を伸ばすこともせずに見つめていた。
不思議と苦しくはなかった。
指と指の間に薄い皮膜があるのを感じた。
水に浸透して煌めく光の粒子を抱いて薄ぼんやりと発光している。
自分が人間でこんなものが付いていて変だなぁなんて少しも思わない。
僕はその水かきを使おうともせずにただ光に向かって手を伸ばした。
一瞬のできごと。
強烈な光に目を開けていられなくなって、ぎゅっと目を瞑った。
瞼の裏まで透けてくるその光が途切れたのを感じて、そっと目を開くと
そこは真っ暗だった。
唯一、目の前10メートル先に見慣れた扉を見つけた。
学校の音楽室の扉だった。
見慣れていた、毎日毎日その扉越しに見つめていたから。
僕は足元もあるのかないのか分からない暗闇を一歩一歩進んでいった。
かつりかつりと聞きなれた廊下の音がする。
もう、呼吸の漏れる音は水に含まれていなかった。
扉の前まで行くと立ち止まって中を見た。
嗚呼やっぱり。
鍵盤を柔らかく打つ見慣れた指先。
隙間から零れてくる聞き慣れた旋律。
彼女の奏でるトロイメライ。
僕は扉に手を伸ばしてスライドをさせるとガラガラと音を立てて
折角の美しく流れていた空間を止めた。
それにも関わらず、彼女は不快さを滲ませるどころか僕に微笑み返す。
照れているのを隠すように少し俯いて、
ピアノの近くにあった椅子を彼女の横に引き寄せて腰かけた。
彼女はその間何も言葉を発することなく、腰かけるのを確認すると
また鍵盤に視線をつっと落とした。
彼女の黒く長い睫毛が、夕暮れの橙色によって影を作る。
真っ白な鍵盤も今は夕暮れ色に塗り替えられている。
トンと軽い音を弾ませてから始まる郷愁のメロディ。
彼女は繰り返し繰り返しトロイメライを弾く。
僕が彼女の弾くトロイメライを褒めてからずっとずっとそればかりを。
嗚呼、元に戻りたくない。
「元」とは何だ。
思考が錯綜し始めた。
錯綜が糸の端を掴み手繰り寄せてくる。
嫌だ。
糸の端に繋がっていた暗闇に飲まれて僕はブラックアウトした。
目が覚めた。
首の周りにまとわりついた汗が不快で掌で拭うと、
外から入ってくる外灯の光で、指先についた汗が光る。
遠い遠い昔の夢。
水泳部だった俺とその頃付き合っていたピアノが上手で綺麗な彼女。
もう二度と会うことはないのに、
夢の中で
優しく
いつまでも
俺を苛み続ける。