地下世界57
旅の始まりが雄大で華々しく劇的なのは物語の中だけだ。
私達は出立の朝、とある場所でとあるサービスを受けるため、併設されている専用のラウンジで呼ばれるまでの時間を静かに過ごしていた。
冒険者の諸君らならばどのサービスを受けるために何処にいるかすぐに検討がつくだろう。
街の中で生計を営んでいる者には少しばかり難しいかもしれない。
私達が居るのはミゲッタ結族が運営している転送サービスの待合室だ。
何故、こんな場所に居るのか。
この場所で受けられるサービスはただ一つ。
無論、転送をするためだ。
現在最も地上に近いとされている街、『フレイム・ロック』には転送サービスがいってくれないがその街に一番近い『グローリーズ・パス』までは転送サービスが確立している。
金で解決できるものは金で終わらせる。
それが世の中で楽をする秘訣だ。
私が書いているこの本がファンタジーならば仲間の誰かが死に、何かしらの決意の元に旅立つのであろうがこれは私の回想録でただ事実を記していく旅の記録だ。
フィクションなんて書く意味がない。
え? もっと盛り上げろ?
馬鹿を言うな。
冒険者は夢は追うが空想に生きているわけじゃない。
我々は現実に生きている。使える物はなんでも使う。それが正しい冒険者だ。
徒歩で行けば数年分の距離も転送を繰り返せば数日。
転送脳力様万歳。
(ラインホルト・ファインズ 『世界旅行紀行 第二章冒頭より抜粋』)
第五十七話
絢爛豪華な神殿から視界が黒く切り替わる。
僅かな浮遊感を経て辿り着いたのは獣人の村、ルクルド跡地の大きな洞窟。
かつては太い幹の巨木が無数に並んでいた密林も、今では視力を強化すれば洞窟内部の果てまで見渡せるほどに高さのあるものは何もない。
しかし、高さのあるものがないだけで自然が何もないわけではなかった。
一度全てが消し炭になったにも関わらず地面にはすでに足首ほどの長さまで雑草が生えそろっていた。中には幼木の姿まで確認できる。
どんな環境下でも生き続ける自然の逞しさを感じる。
周囲を見渡しているとこの場所から少し離れた場所に集落が見えた。
十を超える建物が立ち並び、少し離れた場所には黒龍を祀るであろう神殿、そして資材置き場のような場所には岩の塊が幾つも並べられている。
採掘も拠点づくりもある程度は順調に進んでいるようだ。
「それでは二日後にお迎えに上がりますので私はこれで失礼致します」
俺達が転移後の状況確認を終えるのを見てミゲッタ結族の転送屋が挨拶をしてすぐに消えた。
彼は以前この場所に来た時と同じ人だ。担当地域でもあるのだろうか。
ここに居るのは俺達三人だけだ。
グラント結族の戦闘員がついてくるという話はレイナールに言って取りやめてもらった。
ぞろぞろと黒曜龍の元に大人数で押しかけて刺激してしまったらたまったもんじゃない。
俺達だけならば逃げる手段があるのだ。
「さて、今のところ何も問題は無さそうだ。早速街に行こうか」
「うん、そうだね。レイナールとの契約じゃボクたちの滞在期間は二日。その間に何もなければ丸儲けだからね。黒曜龍が来てなければ最高だよ。居なければ話し合いも糞もない。居ないことを祈ろう」
「………………なんでスバルさんも、ココさんも首をあらぬ方向にまげて頑なにあっちを見ないんですかねぇ」
そりゃお前、そっち方向から嗅いだことがある龍の臭いがするからだろうが。
着いて間もないのに疲れた表情で一点から顔を背けるココ。
俺も彼女と同じ方向を向いている。
「いや、現実見ましょうよ二人とも……」
「なんか、色々なパターンを想定してたけどあからさま過ぎて嫌だなぁ……」
「ん? スバルには何か見えてるの? ボクには全然わからないや……」
リナに諭され、仕方がなく臭いの方向に顔を向けた。
集落から数百メートル地点、家の建設用か採掘用坑道用か木材が積み上げられている。
その場所にそいつはいた。
木材に隠れ、集落を窺うように顔を覗かせている黒曜龍。
レイナールから聞いてはいたが、あんなにあからさまに見ているとは思いもしなかった。
「はぁ…………」
聞こえたため息は自分のものだったのか、全員の物だったのかわからない。
隠そうともしない黒曜龍の強大な存在感は転移後すぐに感じ取れていた。
リナは外装骨格の望遠機能で直接覗いている分落胆の具合が多いように見える。
少し考え、三人で顔を見合わせ覚悟を決める。
俺達はため息交じりに黒曜龍に向かって歩き出した。
――――――――
ある程度近づくと黒曜龍が大きな目を動かし、此方をちらちら盗み見ているのが感じ取れた。
全長は以前と見た時と変わらず五メートルほどだ。
その巨体で自分よりも小さな材木や岩に隠れようとしているのだからシュールを飛び越して恐怖を感じる。
俺達は三人とも、手に≪転移≫の宝石を握りしめ、ありったけの防御系統秘術を使用して龍に近づいていた。
仮に話かけた後このまま戦闘になってしまったとしたら、手甲に用意している秘術を全て使用しても五分程度凌ぐのが関の山だ。
逃げる手段はすぐにでも使えるようにしておきたい。
幼稚な隠れ方をしている黒曜龍だが、俺はあの小さな飛龍が傭兵を癒しながら貪り食うという残酷な殺害方法を実行しているのを見てしまっている。
今の間抜けな行いや、犬のように黒龍になついていたのを見たぐらいでは恐怖感は拭えない。
(誰が、最初に話しかけるんだ?)
黒曜龍を刺激しないよう、予め使っておいた≪精神連鎖≫で思念を送る。
(そりゃ、もちろんスバルでしょ。この依頼を受けたのはスバルなんだしね。ボクとリナは数歩後ろで従者の如く控えてるよ)
(そうですね。隣に並べないのは残念ですがスバルさんが代表して話していると分かりやすくした方が良いですもんね。残念ですけど)
(…………残念なら変わってくれても良いんだぞ)
予想はしていたが出来ることなら龍と話したくなんてなかった。
だが、依頼だ。
ミルトリオンでの散財も響いている。金を得るチャンスは逃せない。
報酬のために命を賭け、危険を金に変えるのが冒険者だ。
気が付けくと≪転移≫が込められた宝石を力強く握りしめていた。
深呼吸を一度して、身体が入り切っていない材木に未だに隠れているつもりになっている黒曜龍へと声をかけた。
「なぁ、龍違いなら申し訳ないがあんたは黒龍にじゃれついていた黒曜龍か?」
黒曜龍はびくりと身体を震わせ、恐る恐る此方を向いた。
俺、そして少し後ろに居るココとリナに視線を動かし、少し考え黒曜龍は頷いた。
「――――――――」
何を言ってるかわからない言語で返事が返される。
おそらくは龍の言語だ。
「すまないが俺には龍語はわからない。共通語で話してくれないか?」
黒曜龍は思い出す様に遠くを見つめ、何回か知らない言語を呟いた後、此方を見据えて言った。
「……よく見破った。まさか、私、見つけるとは」
(何を言ってんのこいつ)
ココの素直な声が流れ込んでくる。
目の前の龍は本当にあれで隠れているつもりだったのだろうか。
「お前、知っている。黒龍様と共に私、助けた人間だ」
黒曜龍は身体を動かし、俺達の正面に向き直り頭を下げた。
「お礼、忘れてた。恩には恩を、仇には仇を。例えあいつらと人間でも、お前たちは助けてくれた礼をいう。ありがとう。お前たちは黒龍様から頂いた『――――――』…………『ミスティ』の名を呼ぶことを許可する」
「……これはこれはご丁寧にどうも」
思わず俺も頭を下げてしまう。
まさか礼を言われるとは露ほども思っていなかったせいで上手く反応できない。
黒曜龍の名前はミスティ。
以前聞き取れた発音で合っていたようだ。
「私、黒龍様程ではないが力はある。何か困ったことがあったら言え。力になろう」
黒曜龍は大きな口を開き、笑っているかのように目を細めた。
(まさかの反応ですね……かなり友好的なようです。話せばわかってくれそうな気配がします)
(いや、まだわからないぞ。龍に人間と同じ反応を期待しちゃいけないだろう)
(とりあえず、なんで此処にいるのかだけ聞いちゃえば?)
(……別にお前らが聞いてくれても構わないんだぞ?)
(パスします)
(パスで)
(………………)
「……えっと、ミスティ、一つ聞いていいか?」
黒曜龍は鱗を歪めせ笑ったまま首を縦に振った。
「何のためにこんな場所に居るんだ?」
「……黒龍様のお供え物を見てる」
たしか、鉱物や食糧を供えているってレイナールは言ってたはずだ。
「……そりゃまた何で?」
「昔、黒龍様は供えられているもの、私も貰って良いって言ってた。けど、今は反省期間で駄目と言われてしまってる。だから食べれない。それに知らない奴から貰うのも駄目だって言われた。それで見るしかなくなった」
まるでお菓子をつまみ食いして怒られてる子どもだな……。
「私、それで捕まったから我慢してる……」
それで捕まった?
もしかして、黒曜龍が人間に捕まったのって食べ物に釣られたせいなのか?
黒曜龍は遠い目をしながら続けた。
「人間、食べ物は美味しい。今も食べたい、でも食べれない。それはとても悲しい」
ミスティは俺達から視線をそらし、恨めしそうに黒龍を祀る神殿を見ている。
神殿までそこそこ距離がある上に壁で神殿内を見ることはできないが、ミスティには内部が見えているらしい。
(黒曜龍ってたしか『鉱物の龍』に分類されてるんだったよね? 常人には理解できない思考回路を持つって言われてる……うん、ボクには全く理解できない)
ミスティは供えられている食べ物に御執心のようだ。
そのせいで人間に一度捕まったというのに。
「あー…………そりゃ残念だな。悲しんでいるところ悪いが、その食べ物を見守る行為をやめてくれないか?」
ミスティは目を見開き、何故これすらも許されないのかと呟いた。
「あの集落の人が怖がってるんだよ。龍にじっと監視されるってだけでも人間にはかなりの負担なんだよ」
「お前たちの事情なんて知らない。私は見る。見たいから見る。見ることは黒龍様に禁止されていない」
(いや、これ原因はわかったけどどうすんだよ……)
あまりに馬鹿馬鹿しい理由で集落の人間に緊張を強いていることにどうにもやる気がでなくなってくる。
人間は真剣に恐怖を感じているのにこの飛龍にとっては盗み食いしたくて覗いていただけなんてそんな阿保みたいな話、悲しすぎる。
上位の存在に振り回される人間の身にもなってほしい。
(いっそのことグラント結族に頼んで黒曜龍の神殿みたいなものを作ってもらって食べ物でも供えてもらうか? こいつは食べ物食えれば満足なんだろ?)
(……うーん。でもそれだと知らない人から貰っちゃいけないって話に引っかかりませんかね? お供えするのは見ず知らずの人間ですし)
(あ、わかった。だったらボク達がご飯あげればいいんじゃない? 黒龍の供え物でもないし、知らない人から貰ってるわけでもないし)
(いや、流石にそれは……この様子だと一回渡せば終わりってわけでもなさそうだぞ)
(ココさんの理屈が通るなら、街の人を黒曜龍さんに紹介すれば知り合いになったっていう判定で行けませんかね?)
(いける…………のか? わからん。とりあえず害意は無さそうだし言うだけ言ってみるか。最悪転移して逃げれば良いし。ココは転移を封じられそうだったらすぐに合図くれ)
念話で方針を決め、手を鳴らし恨めしそうに黒龍の神殿を見つめているミスティの意識を此方に向かせる。
「なぁ、もう一つ聞きたいんだが、ミスティは俺達を知っているよな?」
「……あぁ、お前たちは恩があるし黒龍様の知り合いでもある…………何が言いたい?」
俺達の意図を図りかねている黒曜龍は怪訝な様子で俺を見つめた。
「黒龍は黒龍の神殿に供えられたものと知らない人から貰ったものを食べちゃいけないっていったんだろ? だったらすでに知っている人間から貰うのは…………」
「――――ッ!!」
俺は黒孔から集落の滞在中にで食べようと思っていたパウンドケーキを取り出した。
無論、毒なんてものは入っていない。
「知っている!! 私、お前たちを知っている!! 名前はスバル、ココ、リナ!! 私、助けた人間達だ!!」
俺は無言でパウンドケーキを差し出した。
黒曜龍は前脚の爪を使い、器用にパウンドケーキを受け取りそのまま大きな口に運びこむ。
人間のサイズに換算したらフォークで一掬い程度の量だ。
それでもミスティは繊細な舌を持っているのか龍の表情は明らかに和らぎ嬉しそうにしている。
「スバル、もっと欲しい」
そして当然のようにさらに量を欲しがった。
「残念ながら手持ちはそれだけだな」
「もっと欲しい……」
ミスティの背に生えた立派な翼や尻尾が力なく垂れた。
想像以上に落ち込んでいる。
あの身体の大きさでは到底満足できる量ではない。
一欠片を口含んでしまったせいで余計に辛いのだろう。
「俺達もう持ってないが、あの集落に行けばもっとあるかもしれないな……」
「ッ!! なら私、あの集落行く……あ、でも集落の人間は知らないからもらえない……黒龍様……」
「落ち着け、落ち着け。残念だけどミスティが来ちゃうと困るんだよ」
「…………何故だ」
「俺達は平気だけど普通の人間ってのは龍に見つめられると上手くお菓子作ったり、ご飯作ったりできないんだよ」
「そんな…………此処に居てはさっきのが手に入らず、私、行くとご飯がもらえない。だったらどうすれば良いんだ」
この黒曜龍は人間の料理に相当に御執心だ。
黒龍の眷属に実は料理が出来る者とか居そうな気もするんだけどな。
「安心してくれ。俺がなんとかしよう。後ろの二人が集落で料理を用意してくれる人を連れてくるから待っててくれ」
想定通りの展開に少しばかり拍子抜けするが、順調なのは良い事だと思い直す。
大きさからも行動からもミスティは若い飛龍だ。
これが黒龍ならまるで上手くいっていないだろう。
(予定通り、ミスティが料理の話に食いついてくれた。二人で先に街に行ってレイナールに教えてもらったグラント結族の採掘責任者の……なんだっけか)
(グニッチさんですよ)
(そうだった。そのグニッチってやつに詳しい状況と、食事を条件に住民の視界には入らなくなるようになるって伝えて連れてきてくれ)
(オッケー、じゃあスバルはそいつのあいてよろしく)
ココとリナが言ってしまえば飛龍と二人きりになってしまうが、ミスティと会話する前よりも不安は少ない。
話せば理解してくれるし、丸めこむのも難しくはない相手だ。
ココとリナがそっと街の方に歩き出す。
黒曜龍は気にもしていない。
「そいつは必要なのか? お前がくれればいいじゃないか」
「俺達は此処に住んでいるわけじゃないからな。毎日持ってくるわけにもいかないんだ。そこでこれから連れてくるそいつをミスティに紹介するんだ。友人に友人の友人を紹介してもらえば、そいつはもうすでに友人だ」
「…………たしかにそうかもしれない」
何を言ってるか自分でも分らなくなってきたがミスティが納得してるから大丈夫だろう。
「とりあえず今日は俺と一緒に洞窟の端っこで待ってて欲しい。正直、此処に居ても集落の連中は君を怖がって上手くご飯が作れない。街の人間に言って街の人たちに問題ない場所にミスティへの貢物を一日一回、置く場所を作ってもらうから今後はそこで待っていてもらおうかと思ってる」
「毎日、食べれるのか!! なんと、素晴らしい」
「まぁ、細かい条件はこれから連れてくる奴に伝えとくからミスティは集落に近づかない、集落の人間に見つからないようにする。集落の人間に危害を加えないってことだけ覚えておいてくれれば良い。そうすれば毎日ご飯が運ばれてくる
「おお!! わかった。お前、良い奴だな」
これで街の近くにうろつく事は解決できたが……あとは黒曜龍の身の安全の確保か。
黒曜龍自体は腕利きの冒険者を五ダースも投入すればおそらく半数程度死ぬくらいで捕獲なり殺害はできるだろう。
逆に言えばそれくらい準備したら殺しきれてしまうのだが……。
……いや、よくよく考えてみれば黒曜龍の身の安全は大丈夫か。
この集落にやってきている作業員達はこの場所が何故、灰燼と化していたを知っている。
ミスティに何かあったら必ず黒龍が出張ってくるのだからちょっかいをだす愚か者はいないだろう。
それにこの場所はグラント、ケラニア両結族の関係者しか来れない。
外部の敵の心配も薄い。
あの集落の責任者はグラント結族のグニッチは大変かもしれないけどそれは彼の仕事だ。
知ったこっちゃない。
俺の仕事はグニッチとミスティを引き合わせて終わり。
ミゲッタ結族の転送サービスが戻ってくるまでのんびりと過ごせば良いのだ。
「お、ミスティ。鞄を探ってたらまだ、別のお菓子があったんだが食べるか?」
「食べる!!」
なんて扱いやすいんだ。
これじゃあ人間に捕まってしまうのも頷ける。
ココとリナがグニッチを連れてくるのをのんびり待つとしよう。
――――――――
後日、依頼が終わった後、ミスティは新しく建立された神殿で概ね順調に過ごしているという話をレイナールから聞いた。
また、黒曜龍もお供えを貰い続けているのが悪いと感じたのか、それとも施しは受けないということなのか、食事の対価として自発的に鱗を渡したり、周囲の安全を確保したりしているらしい。
あの場所で採掘できる鉱物を合わせて食事を提供したとしても余りある利益は得られているだろう。
だが、このように順調にいっているはずなのに、どうしてかグニッチからは苦情が入った。
なんでも、ミスティは集落の住民には見られなければいいというのを拡大解釈して紹介したグニッチにだけ見えるようになるというサイオニックを使用して姿を隠して街の中を自由に闊歩しているらしい。
しかも彼にだけ見える物だから窓の外に黒曜龍がいる……と反応してしまうと正気を疑われてしまうため黒曜龍を無視せざるを得なく、無視をすれば無視をするほど黒曜龍の行動もエスカレートしてくるため、精神的疲労が凄まじいようだ。
今回の依頼は黒曜龍が居ることによる集落の作業効率の改善。
他の人物には見えていないのだから作業効率は落ちない。むしろ安全確保までされているのだから効率は上がっている。
文句を言われる筋合いはない。
冒険者は正確に依頼をこなすのだ。




