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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第四章 地底の篝火
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地下世界50-1

獣としての半身がその女に言い知れない何かがあると告げていた。


円形の室内の中心に気を失った一人の少女が白い布を掛けられ転がされている。

幾つもの管が少女の寝ている台に繋がれていた。


管はまた別の装置に繋がり、さらにまた別の装置に繋がっていく。

複雑に絡み合う装置が小さな振動音をあげ真価を発揮するのを今か今かと待ちわびていた。


それらの装置が自分には理解できない複雑な理論で動いていることは容易に想像がついた。


机の周りには白衣を着た何人もの人間が忙しそうに動いている。

人間の種族は様々だ。

結族や因習に縛られず我々は偉大な知識の神の元、此処に集まっている。


「ははは、こいつは『本の居住者』か。楽しそうな結果になること間違いなしだ!!」


エルフの研究者の一人が抜いた血を調べ、嬉しそうに呟いた。

彼はどんな種族が相手でも同じことを言っている。

研究が、人体実験が楽しくてしょうがないらしい。


あの表情は間もなく実験が始まる合図。


気を失っている少女の命もすぐに尽きる。

或いは脳を調べつくされ、組み替えられ纏められる。


何も問題がない何度も繰り返した実験の風景。

しかし、半獣半巨人の男、ヴァイトは明確には説明できない漠然とした不安を感じていた。


それは丁度、先の戦いで連れてきたあの『本の居住者』を装置に繋いで机に固定した時からだ。


「なぁ、ハバードこの実験中止できないか? 嫌な予感がする」


ハバードと呼ばれたハーフリングの男が短く答えた。


「馬鹿を言うな。『本の居住者』を実験に使えることなんてほとんどないぞ。黒の立方体を手に入れられなかった今、新しいデータはなんだろうと手に入れておきたい」


ルグシルトの中には無論のこと『本の居住者』も所属している。

彼らの多くは知識の集積に興味があるわけではなく、単純に結族の疲弊のために手を貸しているのは周知の事実だ。


『本の居住者』は表面上社会に認められているが実際には迫害の対象でもある。

姿を自在に変えることができる存在が何食わぬ顔で闊歩しているという事実は常人には受け入れがたいものらしい。

どの街でも彼らの全体数は減り続けている。


その境遇故に横のつながりは強く、今までは人体実験に使える素体を見つけることができなかった。


「彼らは脳力の他にも体組織を自在に変える力を持っているんだ。その力と脳の働きが関係しているのか、変身時に内臓までも変化しているのか、興味は尽きない」


ハバードは興奮しているのか普段よりも饒舌に機嫌よく言葉を続ける。


「それに……何者にもなれる『本の居住者』だからこそアレに適合するかもしれないじゃないか。肉体の強さはお前の拳を受けて四肢がくっついているだけでも折り紙付き。此処で踏み止まるのは『知識の集積者教団』の真の教義を理解していない愚か者達と同じだ」

「そこが問題なんだ。俺の拳は例えどんな守りを固めていたとしてもそれすらも貫けるように、一撃にあらゆる秘術を込めた。なのにその少女は気絶こそしているが骨すら折れていない。関節こそ外れているが骨自体が無傷なのが逆にその異常性に拍車をかけている。絶対に何かがおかしい」

「だから今からそれを調べるんだ。くどいぞ、ヴァイト。いくらお前の話でもこれだけは聞けない。この一歩が更なる知識の高みに導いてくれるかもしれないんだ」


ハバードに強く言われ、引き下がるより他にない。

混ざりバレイシャルである自分を受け入れてくれた組織に強く言う気にはなれない。


明確な根拠があるわけではなく自分の予感だけでは説得材料は少なすぎる。


「退屈なら見てなくても良いぞ」

「いや、最後まで見届ける」

「……それでこそヴァイトだ。頼りにしている」


ハバードが嬉しそうに拳を突き出した。

小さな拳の彼に、自分の拳、彼の身体の半分もある大きな拳を突き合わせた。


「さぁ、諸君。実験を始めよう」


ハバードの号令。

合図を待っていたエルフの研究者が嬉々として少女に注射針を押し付けた。




第五十話 大きな過ち




遠い昔、在りし日の出来事を思い出す。

どこにでもあるよくある話だ。


ヴァイトは禁断の恋に燃え上がった二人の男女から生まれた。

巨人の母親に獣人の父親、何が彼らを恋へと駆り立てたのかわからない。

しかし、その過ちで俺は生まれた。


本来殺されるはずだった不吉な存在の俺は、どういうわけか殺されずに生かされていた。

家から出たことは一度もなく、外の世界を全く知らなかったが両親に囲まれ幸せだった。


時にやさしさは残酷だ。

半獣半巨人という忌まわしい存在の俺をこの時に殺して置いてくれれば悲劇は起きなかったのに。


五歳になった頃、突然それはおきた。

見たこともない巨人と獣人が家に大挙として押し寄せ、両親を糾弾した。

どこからか俺の存在が漏れてしまったらしい

混ざり者だと罵られ獣人に爪を向けられた。


両親は俺を必死に庇った。

そして当然、殺された。

あの時どうやって逃げ切ったのかは俺自身もよく覚えていない。

だが、完全獣化を初めて起こしたのはその時だったと思う。


それから必死に生き抜き、俺の存在を認めてくれたハバードと出会って――――



――――突如、こんな疑問が生まれた。

何故、俺は過去の回想の映像なんて見ているんだ。


疑問を抱くと同時に認識してしまった。


この場所が何処なのか、今、本当の俺は何をしているのか。


「あぁ、気づいてしまったか。残念だ。もっと囀っておくれよ。中々に愉快な物語だったというのに」


少女の声が聞こえた。


頭を振り自らの頬を叩く。

意識を集中させて、自分の輪郭を再認識し現実を正しく視認する。


此処は先程と変わらぬ実験室。

隣のハバードや室内を忙しく動まわっていた研究者たちは膝立ちで項垂れている。


自身も膝をついていることに気が付き、慌てて立ち上がり机の上の少女へと拳を構えた。


彼女は机の上で転がっていた少女…………のはずだ。


顔の作り、身長、身に纏っている白い実験着。

戦闘者としての観察眼が彼女が連れ帰ってきた少女だと判断していた。


だが、姿や気配はその少女と全く結びつかない。


瞳は紅く染まり頭部には羊のように捻じれた角、背中からは実験着を突き破り黒い翼が生えている。


そして、見た目以上におかしい異様な気配。

関わってはいけない類のナニかであると確信を抱かせる彼女の佇まい。


その気配を、その姿の俺は知っていた。


けれど、脳が事実を認めない。


血液を調べ、体組成を調べ、完全に『本の居住者』だった人間が、同時にソレであることなんてある訳がない。

本能で出した結論を理性が認めず、全てを後回しにして隣のハーフリングに声を掛けた。


「おい、ハバードっ!!」


少女から目を逸らさずに足で彼を小突く。

反応はない。


周囲を探れば他の研究者達も意識はなく膝立ちなく放心状態だ。

皆、存在の格に圧倒され、意識を閉ざし走馬灯に似たものをみているのだろう。

それは自身を護るある種の防御反応だ。彼らを責めることはできない。


この異常事態に対処できるのは自分一人。

研究者を、ハバードを守るには得体の知れない少女と戦わねばならない。


戦いに身を置く者としての経験が条件反射のように秘術を唱えさせた。


「≪加速の付与≫(クイック)!!」


叫ぶように秘術を発動し、同時に両手足を獣化させる。

建物の柱のように太い四肢が更に肥大化し、獣毛に覆われた。


「≪炎の武器≫(フレイム・ウェポン)」


獣化した爪に炎が纏わりつく。

しかし、炎や加速程度で不安は拭えず、考えうる全ての強化を施した。


少女は気だるげにため息をつくばかりでアクションを起こさない。


駆り立てられるように地を蹴り拳を振り上げその少女へと吶喊。

威力を犠牲にして速度を優先させた突き。

何千と繰り返してきた動作を最適な動きで繰り出した。


拳は吸い込まれるように少女の顔へと向かう。

その時、少女が小さく呟いた。


「全く――――――は使えないというのにな」


瞬間、少女の姿が消えた。


いや、消えた様に見えた。

部屋の中央では、俺がいたはずの場所に鋭く尖った爪を突き出している少女が居た。


「――――ッ!!」


突如、視界が切り替わり、実験室の隅に移動していた。


≪危機からの逃避≫(クライシス・リープ)が発動していた。

この秘術は自動で発動する回避呪文だ。

認知できない不意打ち、或いは対処できない攻撃への備え。


その秘術が勝手に発動したということは、俺はあの少女に攻撃されてしまっていたらしい。


攻撃の入りも終わりも認知できなった事に驚き、実力の差に戦慄した。


「……そうか、そうだったな。全く。なんとも面倒な状況だ」


少女は俺の居た場所と今の居場所を交互に見て気だるげに呟き、おもむろに尖らせた指で近くの研究員の胸を貫いた。


「しかし、まぁ、なんとも久方ぶりだ。多少、愉しんでもバチは当たらないだろう」


研究員の胸に腕を生やしながら女は全身を確かめるように、手足をぷらぷらと動かした。

そのまま心臓を引き摺り出し、顔の前に掲げる。

少女は研究者の血を浴び、あろうことか血を旨そうに飲んでいた。


愉しそうに血を飲み、嗤う女。

心の底から血の味を喜んでいるのか少女の表情は少女のあどけなさを残しつつも娼婦のように扇情的で蠱惑的だ。


けれど、そんな少女から発せられる圧力は尋常ではなく、戦意に晒される経験の少ない研究者達は以前として茫然としていた。


存在としての核が違う。

戦ったところで敵う訳がない。


俺はそういった奴らを知っている。

だが、それはありえないのだ。


見た目や言動は変えれても、体組成を変える『本の居住者』なんて聞いたことがない。


まして――――――


思考の海に沈みかけた瞬間、ハバードが頭を振って正体を取り戻した。

彼は瞬時に状況を理解し、少女から距離を取った。


同時にハバードが宝石を砕き、≪精神的集団連鎖≫のリンクが飛んでくる。

ハバードと二人で秘術を構え、少女と対峙する。


(ヴァイト!! これはいったいどうなってるんだ!!)

(俺もわからん!! 薬物があの少女に投与された時から記憶がない)

(あの少女ッ!? まさかあいつはあの『本の居住者』なのか!? あの人間は確かに『本の居住者』だったはずだ!! あれじゃぁ、まるで……)

(今は憶測はいい!! あいつから生き延びることが最優先だ!!)

(…………そう、だな。アレを討つぞ)

(無理だ。逃げるべきだ。冷静になってくれハバード)


二人で会話する間にも女の犠牲者は増え続ける。

少女はゆっくりと、それでいて動ける俺達への警戒を怠らずに研究員達を屠り、心臓を抜いていく。


幸いな事に少女は俺達に興味がないのか、死体を、生きた研究員を弄んでいる。


(それこそ無理な提案だ。此処には我々の全てがある。全てだぞ。知の集積を置いて逃げるなんて愚の骨頂だ)

(だが…………)

(くどいぞヴァイト。此処は護る。守らねばならないのだ。だが、俺達だけでは絶対に無理だ)


ハバートは俺の忠告に耳を傾けず、宝石に意識を傾けた。


「≪一斉送信≫(マス・センディング)」


【第二解剖室にて非常事態発生。戦闘要員は全員フル装備で集合。敵は頭から角を生やしたイカれ女だ。このままでは要塞全体が危うい】


ハバートの手にあった宝石が砕け散り、要塞にいる全ての教団員に伝言が送りつけられる。

無論の事、俺の脳内にもメッセージが伝わった。


(…………後悔しても知らないからな)

(ああいった手合いと戦ったことはあるんだろう? 期待してるぞヴァイト)


俺が戦ったことがあるのは下位に属するモノだけだ

あんな圧力を発する奴ではない。


その事実をハバードも知っている。

だが、彼は発破をかけるために敢えてそう伝えてきた。

ならばその期待に答えないわけにはいかない。


逃げるという選択肢を脳の片隅に追いやり、少女を倒す手段を模索する。


「ふむ。どうやら多数の人間が此方に向かってきているな。おぉ、怖い怖い」


少女は何かを察知したのかお道化た様に血に濡れた自らの身体を抱いた。


「お前たちは私に挑んで来ないのか? その爪の炎や身体に込められた秘術の力は飾りなのか?」


現状、俺達は動けずにいる。

自身の経験が攻勢に出れば此方がやられると断じていた。

だが同時に、戦闘者としての経験は、距離を保ち攻撃を避け続け増援が来るのを待てば活路が開けるはずだと教えてくれる。


群を圧倒する個が存在するのは確かだが、個を圧倒できる群もまた確かに存在しているのだ。

手数があればいかな化け物であろうと秘術の数の力で押しきれる。


少なくとも目の前の少女は数ですら意にも介さない特上の化物ではない。


「ふむ。挑発にものらないか。なるほどどうしてやるじゃないか。今の私では逃げに徹されれば確かにお前たちを殺すのに骨が折れる」


少女はため息を吐きながら頭上に掲げた心臓を握りつぶした。

生々しい音をたてて血飛沫が少女に降り注ぐ。


今、殺された研究員が俺達二人を除く最後の一人だ。


少女の周りに転がる心臓を抜かれた死体は12体。

12人もの同胞の命がこの短時間で失われてしまった。


この解剖室内で次に狙われるのは俺達に他ならない。


(気張れよハバード。≪危機からの逃避≫が足りるかも分らない。少しでも被弾を抑えるんだ)

(わかってる。お前こそ死ぬなよヴァイト)


少女の僅かな動作にも対応できるように目を見開き、注視する。

ただ逃げ回るだけでは駄目だ。

見つけられるかも分らないが、隙を見つけたら殺すという気概を見せつけ、この部屋に縫い留めなければならないのだ。


ハバードも正確にやらねばならないことを理解している。

彼も、戦闘の補助に使える秘術は少女が愉しんでいる間に全て使用していた。


部屋の入口は俺とハバードの背にあるが、気を抜けば少女に逃げられる可能性もある。

要塞にいる人間では誰一人、個としての力は少女に敵わない。


集結し、団結し、力を適切に纏めなければ人間はあの少女を倒すことはできないだろう。


爪に纏った炎が俺の意志を反映して勢いを増す。

練り上げられた集中力は極限に達し、自身の呼吸音、心臓の音、瞬きすらも鬱陶しく感じた。


「このままでは手が足りないな」


想定に反し、少女は頭を掻きながら呟いた。


「本当はコレはココの領分なのだが……――――――が振るえない、ココも起きてはいない。なら、私がやるしかなさそうだな。あぁ全くもって残念だ」


(何が残念だ)


集中は途切れさせず、心の中で毒づいた。

少女もはや同じ人間と呼べるかも怪しいほどの醜悪な笑みを浮かべていた。


「『全ては死骸で、できていた。私は一人、無数のモノに囲まれ一人で嗤う』」


唐突に始まる詠唱。

全身で脳力特有の力の奔流が湧き上がるのを感じた。


「「馬鹿なっ!!」」


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