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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第四章 地底の篝火
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地下世界49

ミルトリオンから遠く、地の底深く。

その場所には巨大な空洞があった。


天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、光り苔が一面を覆っていた。

しかし、天井覆う光源も巨大な空間故に、底まで明るく照らすことはできていない。


幾つかの鍾乳石は長く太く成長し空洞の底まで到達していた。

岩の柱が突き刺さる地面に広がる湖は、近くに溶岩でもあるのか熱で泡立ち、絶え間なく蒸気をまき散らしている。


小さな街を納めてもなお余裕が生まれる途轍もない空間の中心に、一つの人工物が立っている。


飾り気の無い岩の城だ。


その要塞から延びる一本橋もまた岩でつくられており、小隊が隊列を組んで進めるほどに幅が広い。

泡立つ湖を越え広大な地下世界へと通じる通路に繋がっていた。


ただの人ならば立ち入ることのできない高温の橋を一つの影が冷気と蒸気を振りまきながら高速で突き進む。


銀色の鎧。

その影を現す言葉はこれをおいて他にない。


銀色の鎧、外装骨格は背中に無数の銃身を生やし、脚部の噴射口から炎を噴き出し飛行していた。

冷気を纏い、炎の尾を引き直進する。

秘術で生み出された冷気が蒸気を凍結させ、鎧の軌跡には小さな氷の粒が輝いた。

そして高温の大気に熱せられ、瞬時に液化した水分が靄となって銀色を覆う。


その時、城壁の屋上から無数の影が飛び出した。

光を飲み込む影の化け物『シャドウ・エンティティ』だ。


彼らは文字通り影存在。

此処とは違う別の世界で影が形と意志を持ち動き出した血と静寂を好む不定形の化け物。

影は実体を変化させ翼を生やし飛び上がる。


影の奥にはローブを纏った狂信者。

彼らは宙に浮かび、何かを握りしめ小さく呟いた。


「≪招来・影の亡者≫(サモン・シャドウ・エンティティ)」


すると狂信者の周囲の闇が更に深化した。

秘術のエネルギーが解放され異界から影を呼び寄せる。

呼んではならない異形を招来した代償か、狂信者の中には影を制御できず身体の一部を喰われているものすらいた。


けれど、狂信者に悲壮の色は窺えない。

彼らにとって死とは、知識を積み上げる地層の一つになる望ましき行為。

命すらも惜しむ必要がないのだ。


無数の影、何人もの狂信者。

彼らが一斉に銀色の影へと殺到する。


要塞から百メートルあまり、影の異形を認識した外装骨格が橋から上方に飛び上がり背中の銃身を更に肥大化させた。

大きく膨れ上がったシルエットは見る者に恐怖を与える。


前触れもなく空気を振るわせる炸裂音が響いた。


面で射出された弾丸は影を貫き、狂信者をミンチへと変貌させる。

影たちは弾丸が通過した場所をすぐに再生させ、再び外装骨格を目指して飛翔する。


影の異形である彼らに単純な物理攻撃はあまり効果を成さない。

遅れて一際大きな弾が放物線を描いて影たちの密集地帯へと辿り着いた。

影たちは自らに影響はないと判断し、その弾には構わずに飛び続ける。


瞬間、弾が炸裂し、光の奔流と爆音が煮えたぎる地底湖を支配した。

『シャドウ・エンティティ』は光に溶けて消え、招来の持続時間を待たずに消滅した。


外装骨格は結果を確かめようともせず、機械的に銃撃を続ける。

迎え撃つ狂信者達は各々秘術を解放し、炎を氷を雷を、そして影の異形を顕現させた。


銀の鎧は迫りくる敵や秘術に対して、一定の距離を保ち、後退しながら弾の雨を降らせる。


外装骨格が宙で攻撃を開始する中、不可視の膜を纏った二つの何かが音もたてずに橋を走り抜けていた。




第四十九話




(城の内部は熱いわけではないんですね)

(個人個人で管理するよりも、全体を覆ったほうが楽なんだろうさ。多分何処かに冷気を発生させている道具があるはずだ)


≪精神的集団連鎖≫により脳内にリナの思念が響いた。

不可視の膜を纏い、俺とリナは城内の罠に警戒しながら最高速で走り抜ける。


転送屋のエルフの男とは此処から少し離れた場所に転移してからすぐに別れている。

付いてこられて戦いかたを見られるのも好ましくはない。

変に手伝いを申し出られなくて良かった。


「急げ!! 城壁の前にとんでもないやつがいるぞ!! このままじゃ押し込まれる!!」


すれ違う狂信者達の実力はあまり高くはない。

目と鼻の先に居る狂信者は風の動きを見れば簡単に見抜ける俺たちの存在をまるで気にも止めていない。


彼らをこのまま屠るのは容易いが、此処で死体を作ってしまえば囮になっている外装骨格の意味がなくなってしまう。


建物の規模、狂信者の数からしておそらくは『知識の集積者教団』の原理主義者の集まり『ルグシルト』の本拠地だとは思うが、専門の戦闘員の少なさに戸惑いを覚える。


電撃的に奇襲をしているせいで戦闘員が出払っているのか、それとも元々の教義からして研究職の色が強い組織なのかは定かではない。


いずれにせよ彼らの戦闘力の低さは俺たちの追い風であることは間違いない。


城内を真直ぐに進み、目的地へ直進するのに邪魔な壁に手を付け、小さく呟いた。


「≪石の加工≫(ストーン・プロセス)」


力ある言葉により、宝石内部のエネルギーが解放された。

込められたエネルギーに従い、石壁の変形を試みる。


だが、何も起きない。

壁を拳でコツコツと叩いた。

反響音が自然の岩とは違う。鈍い音がしている。


(……予想通りだが、やっぱり≪石の加工≫じゃ無理か……破壊するなら硬度からしてかなり派手にやらなきゃ厳しそうだな)


材料に石を使ったであろう岩は何らかの混ぜ物をしているのか、純粋な岩ではないのだろう。


威力のある秘術を使って派手に行くよりは透明化を維持して動いたほうが効率が良いはずだ。

すでに侵入はばれているだろうが正確な場所を確認する手間を相手に強いればその分こちらは動きやすい。


(方向は大丈夫ですか?)

(信じろとしか言えないな。感覚的な確信だし……それよりもそっちのほうこそ本当に大丈夫なのか?)


リナの疑問に俺も疑問符で答えた。


今の彼女はこれまでのように全身余すことなく重厚な銀の鎧で守られた姿ではない。

頭部や胸部などの急所はこれまでのように覆われているが、脚部や腕部は拳や関節部を除き、外装骨格の節約のためにそこらでも販売されている普通の軽鎧で代用されている。


平時であれば六つある大腿部の刃も二つしかなく、心なしか背中のバーニアも小さく見える。

防御性能も著しく落ちていることは想像に難くない。


遠隔機体操作オートパイロットの感度も調子も良好です。流石に私自身の方はだいぶ防御性能が落ちてはいますが運動性能には問題ないと思います。最低限スバルさんの速度にも付いていけてますし)


リナは得意気に言うが、新しい技術、新しい機能をこんなに大事な局面で投入するのは信頼性に欠けて不安な気持ちがある。


俺は脳力を瞬時に解放することができる高価な秘術、≪時間操作・詠唱≫ですら一度実戦前にテストしている。


(異常があったらすぐに外装骨格を離脱させてくれよ。その鎧の代わりなんてここらじゃ絶対に手に入らないんだ)

(大丈夫ですよ。今もきちんと動向を確認してますし、機械に無理をするなんて感情的行動はありません。決められた行動パターンを繰り返すだけです)


リナ曰く、今も外装骨格が戦っている映像がリアルタイムで送られてきているらしい。

彼女の言うことを信じるならこの場で操作もできるようだ。


遠隔地で自動的に戦闘し、自分の意志を反映させることもできる。

言うなれば黒龍が使っていた分体の科学版のようなものだろう。


彼女が元々住んでいたセントラルシティから連れ出された後、アイリスに住むことになってからもレイナール達グラント結族の研究設備を使い、ずっと研究と研鑽を続けたからこそ遠隔機体操作という技術が開発できたようだ。


詳しくはわからないが、今使っている外装骨格が旧式で開発の余地がいくらでもある汎用機からこそカスタマイズができるらしい。


何にせよ便利なのは間違いない。


(ならいいが……)


会話をしながらも足は止めず、ココの匂いを辿って通路を進む。

迷路のように入り組んだ城内には物理的な罠は殆ど設置されていない。


通路には小部屋に繋がる無数の扉があり、時たま開け放たれたままの扉からは何か実験のようなものをしているのが見て取れた。

殆どの部屋で非人道的な実験が行われていることは、絶え間なく嗅ぎ取れる血の臭い、大きな犬耳が拾う人間の苦悶の声からも明白だ。


此処で研究しているものの資料を少しでも盗めればそれなりの財を得られるかもしれない。


そんな金銭への誘惑をココへの想いですっぱりと削ぎ落す。


此処で得られるものを渡すのはミゲッタ結族との約束でもある。


首をふり、鼻に神経を集中させ、空気を思い切り吸い込んだ。

むせ返るような血臭の中から微かにココの匂いを嗅ぎ取った。

今のところ、ココの血の臭いはしない。


明らかに研究要員である白衣を羽織る狂信者達とすれ違いながら通路を何の障害もなく進む。


(何かがおかしい)

(……そうですか? とても順調にいってますが……遠隔機体操作のほうも狂信者達が城内から出てこないで遠くから秘術を撃ってるだけなので釘付けには成功してますよ)


城内を走り続け、すでに十分は経っている。

敵の侵入者対策も機能しているはずなのにここに至るまで目立った襲撃もないというのは異常だ。


(絶対に何かが起きてる。俺たちを見逃して罠に誘っているのか……いや、そうだとした実験の内容を見て取れるようにはしないはずだ。研究の成果が盗まれるなんて研究者が最も嫌がる事態のはずだし……まさか本当に戦闘員を俺たちに回す余裕がないのか?)

(考えても仕方ないですよ。槍が降ろうが罠だろうが、ココさんの元に行くにはこの道を行くしかないんですよね?)

(………………そうだな)


リナの言う通り、仮にこれが罠でもココの元に行かねば話は彼女を助け出すことはできない。


(確かに進むしかない。次の分岐を左だ)


リナと俺は新しい『透明化のポーション』を嚥下し、透明化の持続時間をさらに引き延ばす。

俺は平静を装うが、どうしても最悪の事態を考えてしまう。


もし、仮に『ルグシルト』の拠点であるこの場所で、侵入者に戦闘員を送る余裕がないほどの事態が起きているのだとしたら、それはきっと俺たち以外の侵入者がいるとかそういう外的な要因ではない。


一か所しか無いはずの入口から此処まで城内のどこを見ても戦闘の痕はないのだ。


つまり、内部で何かが起きている可能性がある。


脳内に浮かぶ幾つかの可能性の中には、考えうる最悪の事態もある。

身体の動きに出るほど未熟ではないが不安にはなる。


(私はココさんを見つけるまでにお腹がポーションでいっぱいになりそうなのが不安でなりません…………)


リナの心配事を鼻で笑い、気持ちを切り替えた。


悩んでいても結果はおそらく変わらない。

ならば、少しでも早くココの元に辿りつくべきだ。


(ペースを上げる。ちゃんと付いてきてくれ)


俺は焦る気持ちを押さえつけ、さらに速度を上げた。


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