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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第四章 地底の篝火
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地下世界45

重なった視界の先、少し開けた場所に石造りの扉を確認した。

辺鄙な場所にあるにも関わらず、ある程度の管理がされているのか広場には石ころなども落ちておらず明らかに人の手が入っている。


意識を集中させ六つ脚の小さな眼球を操作した。

俺の指令通りに≪蠢く瞳の蟲≫が進み、眼球の蟲が建物の光景を届けてくる。


視点が低いのはマイナス要素だが離れた場所から視認できるこの秘術の有用性は言わずもがなだ。


手元の骨が指し示す方角、そして街から離れた洞窟内の隠し通路の先にあった扉。

間違いなく逃走した敵の目的地であろう。


更なる情報を得るために≪蠢く瞳の蟲≫を動かそうとして、思い直す。

流石にこれ以上近づいてしまえば接近を気取られる可能性がある。


宝石を取り出し、あまり期待をせずに≪空間把握≫を使用してみる。

周囲の道が脳内に浮かび上がるが、脳内に記された地形にはこの場所は何も描かれていない。

秘術によって判明した地形地図内では俺は道から外れた岩の中にいるようだ。


なんらかの秘術でこの場所の存在を隠しているらしい。


「こんなところどうやってみつけたんだい?」


使用している二つの秘術に意識を傾けていると、背後から耳馴染みの声が聞こえた。

振り返るとココと外装骨格を纏ったリナがゆっくりと此方に向かってきていた。


偵察が一段落しタイミング良く二人が来たところで≪蠢く瞳の蟲≫と≪空間把握≫の接続を切り、秘術を解除する。

二重の視界が正常に戻り脳内地図が霧散した。


「早かったな」


俺がこの場所で偵察を始めてから数分しか経っていない。

先行している間も連絡を取り続け、二人に事情は説明済みだ。


「そりゃ、あれだけ丁寧に罠が解かれてたらたいして時間も掛からないよ」


ココが呆れ半分に答えた。

彼女が呆れているのは罠を仕掛ける際によく使われる手法、本命の罠から注意をそらすために仕掛けられる比較的わかりやすい所謂見せ罠まで解除してきたからだろうか。


少し丁寧にやりすぎたかもしれないが、慎重に慎重を重ねることは悪い事じゃない。

俺に敵対する連中の正体がわかるかもしれないのだ。

此処で取り逃がすわけにはいかない。


「スバルさん、この先に襲ってきた敵が逃げたんですか?」


リナが扉から見えない位置から外装骨格の一部を細く変形させて探っているようだ。

大分距離もあるのにちゃんと扉が見えているらしい。

秘術も使わず身も乗り出さず、なんとも羨ましい限りだ。


「あぁ、そうだ。簡単に探りを入れてみたがこの先には扉が一つあるのみだ。中までは流石に探れなかったから扉の向こうがどうなっているかはわからない」


道順、そして俺の方向感覚が狂ってなければ地形的にはおそらく、ミルトリオンの丁度真下に行ったところのはず。

街から遠すぎず近すぎず理想的な位置関係であるのは間違いない。


「で、スバル。どうやって追跡したの? 一度完全に視界から消えたんでしょ? こっちに来る途中も教えてくれなかったし、その犬耳にふさわしく匂いでもたどった?」

「よほど特徴のある匂いじゃなきゃ人混みに消えた奴を追えやしないさ」


まして相手は結族にケンカを売るような連中だ。

先の戦闘でも一つでも誤った選択をしていれば路地裏に死体をさらしていたのは俺自身かもしれない。

臭いを消す手段も当然、実行しているはずだ。

現に今いるこの通路の人の痕跡は罠が仕掛けられていることぐらいしかない。


「もったいぶらずに早く教えてよ」


わざと返答を遅らせていると外装骨格で顔まで覆われているはずのリナまでもから視線を感じた。

焦らすのも楽しいが潮時だ。


「……これだよ、これ」


指先で糸からぶら下がる骨を視線の位置まで持ち上げる。


「それ『引かれあう骨』だよね? まさか、奴さんはご丁寧に骨をぶら下げて帰ってくれたなんていわないよね?」

「まさにその通り」


信じているのかいないのかココが両手を上げて降参のやれやれとため息をついた。

嘘だと決めつけているらしい。


「信じろって。逃げられる直前に投げたナイフに透明化させておいたこいつを紛れ込ませておいたんだよ」

「……それで、見事にくっついたっていうこと? ミゲッタ結族に喧嘩売るわりに随分と間抜けな連中だね」

「おいおい、咄嗟の俺の手腕をほめてくれよ。それに末端までそんなに優秀なら今頃結族にとってかわっていただろうさ」

「……まぁ、たしかに」

「お二人とも、遊んでないで早く行きましょうよ」


これから拠点を襲撃するにもかかわらず緊張感無く話しているとリナから注意を受けた。

まさか、リナに諫められる日がこようとは。

彼女が物陰から扉の様子を探る姿は様になっている。


少し前までは死体程度でぴーぴー言ってたのに変われば変わるものだ。


「じゃあ、リナからお叱りも受けたことだしそろそろやろうか。二人とも準備はいいか?」


ココは俺と話している間にも戦いに必要だと思われる秘術の選定をすませ、防具に宝石をはめ終え、サポート秘術の類もかけ終えている。

当然、俺も秘術はかけ終えて、戦闘で消費した秘術の込められた宝石も補充済みだ。


無駄に時間を使って話しているわけじゃない。


「もちろん準備できてるよ」

「大丈夫です」


ココがダガーを構え、リナが腰についた三対六つの刃を動かした。

リナはいつも通りだが、ココが持っているのはいつだかボルトガから報酬として受け取った一品のようだ。

精神的な抵抗力を減少させるそのダガーは、情報を仕入れるために襲撃を仕掛ける今回にはぴったりの装備だ。


俺は腰の布袋から宝石を取り出し、呪文を口にする。


「≪精神的集団連鎖≫(スピリット・ジョイント)」


精神に繋がりが生まれ、言葉を用いずに会話が可能になった。

目の前にいる二人がより身近に感じられる。


標的が居る場所への入口は一つ。

中がどうなっているのかわからない。

俺たちの同士討ちを避けるために透明化する必要はないだろう。


(じゃあ、いこうか)


脳内で二人に合図を送り、俺たちは扉に向かって飛び出した



第四十五話



勢いよく扉が開かれる。

内部の大部屋に開閉音が大きく響いた。


部屋のサイズはポーカー邸のバカでかい食堂ほど。

奥には大きな石像が鎮座している。

顎に生えた八つの触手、頭髪は無く、石で形作られているにも関わらずぬらぬらと気持ちの悪い表皮を連想させる頭蓋。

ゆったりとしたローブを纏い、大きな杖を持っている。

手足、そして指などの細部も作り込まれ人とは一線を画す異形のヒトガタ。


間違いなくその石像は『知識の集積者教団』の原理主義者が信奉する神を模して彫られていた。

ゴールドマンの予想に入っていた通り、俺を嵌めようとしている下手人は彼らのようだ。


何処で恨みを買ってしまったのか見当もつかないが早急に対処しなければならない。


祈りを捧げる時間だったのか、4人ほどが手前に設置されている何列も連なる長椅子に腰かけていた。

静寂を乱すの闖入者に彼らは機敏に入口へと振り向いた。


戦闘にそこまで精通していないのか動きはお世辞にも良いとは言えない。

礼拝の正装なのか皆、ゆったりとしたローブを羽織り、武器の類も携帯していない。

俺達からすれば有難い状況だ。


想定通り大した反撃もなく彼らが脳力を起動する間も無いうちに地面へとねじ伏せ、リナが腰に生えた三対六つの刃を身動きできない狂信者達の首元にそれぞれ添える。


「貴様ら何者だ!」

「動くな。大人しくしていれば悪いようにはしない」

(リナ、此処ので入口を警戒しつつこいつらを見ていてくれ)


狂信者達に端的に意図を伝え、リナへと指示を出す。

首元の冷たい感触にこちらの本気度が伝わったのか4人は抵抗なく地面に伏している。


背格好は全員ハーフリングだが果たして本当にこれが彼らの真実の姿なのだろうか。

その辺は後で確かめるしかない。


(わかりました)


リナは小さくうなずいた。


(少しでもおかしな気を起こしそうだったら……)

(はい、わかっています)


大広間の対処を終え、部屋を見回す。

不気味な石像を中心にして2階の左右にバルコニーがあるようだ。

どこからでもあの石像を拝めるようになっているらしい。

全くもって酷い信仰心だ。


石像の後ろには扉があり、おそらくは2階に通じる階段があるだろう。

そちらも制圧しなければならない。


(ココ、左側を頼む。俺は右側を見てくる)


視線で俺が向かおうとしている方向とは反対を指し示す。


(了解。他人のインテリアにケチ付けるつもりはないけど、悪趣味な場所だしさっさと終わらせよう)


宗教の類を毛嫌いし、嫌悪感丸出しのココに苦笑しつつ、扉へと最高速度で向かう。


扉を潜った先は予想通りに左右に分かれた階段があった。

先程見たバルコニーに通じているのだろう。


ココと別れ、右側の階段を駆け上る。


2階に上がると大きな通路が一つ。

大広間同様、石を繰り抜いて作られただけの簡素な作りだ。


右側は石像を見るためのバルコニー、左側には幾つもの扉が並んでいる。

おそらく、左側の小部屋は信者たちの私室。


気配を探るとそれらの小部屋のうち、一つにだけ人の息遣いを感じた。

他の部屋は無人のようだ。


素早く、そして気取られないよう自身の存在を隠蔽しつつ気配を感じた部屋の前に移動する。

この場所まで攻め込まれることを想定していないのか、大部屋を含め、この通路にも罠の類は施されていない。

扉も一般的な錠は備え付けられているようだがそれすら使われていないようだ。


大きな犬耳をそばだてると中からは小さく囁くような男の声が聞こえた。


「あいつらだ。あいつらに会ったよ」


何かに語り掛けているような口調。

再度確認しても内部には1人分しか気配は感じない。

『引かれあう骨』を取り出すと間違いなく内部を示している。


路地裏から逃げ出した犯人は中にいるようだ。


「次こそは必ず……」


このまま男の独白を聞いても良いが生憎と悠長にしていられる時間はない。

扉を開き身体を滑り込ませる。


「貴様、何故此処に!」


中にいたのは先ほど路地裏で俺を襲撃してきた獣人ではなく背の小さなハーフリング。

内部の部屋は簡素な作りで広さはなく家具などの類もない。

他に人が隠れられそうな場所もない。

目的の人物は確実に目の前のハーフリングだ。


ハーフリングは腰元にぶら下げていたナイフを投擲。


投擲速度は中々のものだが動きが大振りすぎる。

身体のサイズに似合わない投擲術を行使しているようにも見えた。


俺は余裕をもって回避する。

そのままの流れでハーフリングの頭部を殴りつけた。

ふらついた小人の顔面を獣化させた腕で掴み、地面にねじ伏せる。


「≪魅了≫」


宝石に意識を傾け言葉を詠唱。

力ある言葉が宝石に込められた力を開放する。


光が地面で暴れるハーフリングを包み込み、彼の身体に溶け込んでいく。


「知を介さぬ薄汚い犬め!」

「……大人しくしていろ。少しでも怪しい動きをすればこのまま頭蓋を握りつぶす」


ハーフリングは指の隙間から敵意をむき出しにして俺をにらみつけている。


残念ながら秘術の効果は発揮されなかったようだ。

昔からの友人であるかのように誤認してくれるこの秘術は一定以上の精神耐性があれば抵抗されてしまう。

抵抗されれば当然、効果は現れない。


男は敵意こそ隠さないものの表面上の抵抗を諦め、何かを企んでいるのか大人しくしている。


ため息をつきながら室内に意識を張り巡らせるがやはり他に人の気配はない。

右手にある感触からハーフリングが幻術の類でないこともわかる。

視線を『引かれあう骨』に向けてみると骨は間違いなくこの小人を指している。


姿形は違うようだが、こいつは俺を襲った獣人のようだ。


どおりで獣化したにも関わらず力が強くなっていなかったわけだ。

変身能力で見せかけだけの獣化をしていたようだ。


そうなると俺を襲ってきた奴らで最初に始末した奴がブリントでなければ獣人のなかに一人だけブリントが紛れていたということになるが……。


あの獣人たちが雇われなのかそれともこの教団の構成員だったのか、知る術は現状一つしかない。

襲撃者を無傷で捕らえるほどの実力が自分になかったことが悔やまれる。


「なぁ、あんた。俺はお前らになんかしたか? あんたらに恨まれるような覚えはないんだがね」


男はだんまりを決め込み、何も語らない。


「お前ブリントだろ?」


俺の質問に呼吸一つ乱れる様子は見受けられない。

否定も肯定もせず、何も語らない。


「濡れ衣を着せたり、獣人に化けてわざわざ直接俺に接触してきていったいどうするつもりだったんだ?」


何かしら言葉を発すればそれが真実か否か判定する方法はあるが何もアクションを起こさないのであればどうしようもない。


此処は一つ攻め口を変えてみよう。


「……さっき扉の前で聞いてたんだが、何かに語りかけていたよな? 一人で何をしてたんだ? こんな部屋で」


男は依然として何も話そうとはしないが、僅かに表情が動いた気がした。


秘術の力の流れから、別の場所に言葉を≪伝言≫か何かで送っているようでもなかった。

単純に彼は何かを独白していた。

よくある独白や一人語りには往々にしてあるものが出てくる。


それは語る対象だ。


どんな物品でもいい。話しかけたい何か、話しかけなければならない何かがあったはずだ。


周囲、特に男が立っていた場所に視線を動かす。


床に落ちていたのは一冊の本。

表紙には共通語で書かれた『ゴブリン言語』の一文。


男の顔を押さえつけていない自由な手で腰の布袋から宝石を取り出す。


「≪念動力≫」


秘術が形を成し、不可視の力場が作用する。

本を秘術の力で引き寄せ、男の眼前に見せつける。


今度は表情こそ動いていないが、目には誰が見てもわかるほどの怒りが燃えていた。


俺にはなんの価値があるかもわからないこの本は彼にとっては大事な物らしい。


「俺は真実が知りたいだけだ。なんで狙われているのか。素直に話してくれればこの本とセットで安全に開放したっていい……欲を言えば今後俺に関わらないでくれると助かるが」


ハーフリングの姿をした男は憎々し気に呟いた。


「……貴様らにはいずれ神罰が下るのだ。知を集結せしめんとする我らの道を阻んだことを地の底で悔やむがいい」


明確に露になった感情。

男は焦った様子もなく瞳に怒りを滾らせ独白する。

焦るどころか余裕がある様にも思える。

脳力の警戒はしているが今のところなんの動きもない。


熱烈な宗教家はこれだからめんどうなのだ。

大抵の連中は死を死と考えない。

それどころか教義が死を許容するなら前進とすら考えている節がある。


(スバル。こっちには誰も居なかったよ。ボクはリナと合流する。そっちは?)

(こっちは俺を襲撃してきた輩の一人が居たんだが何も喋ってはくれないな)

(ボクのダガーを捻じ込みに行こうか?)

(いや、どうもこいつの余裕のある態度が気になる。狂信者だとしても含みがありそうだ。こいつはさっさと処理しておく。何も教えてはくれなさそうだしな)

(わかった)


ココとの会話を終え、再び床のハーフリングを見据える。

急に心を入れ替えてくれるなんてことはなく瞳の怒りが消えそうな気配はない。


「……さっさと話してくれれば楽だったんだがなぁ」

「私は貴様らを許さない。覚えておけ、絶対に貴様を許さない」


埒が明かない。何をしたかもわからない相手は面倒だ。

敵意剥き出しでとても情報を聞き出せるとも思えない。

長時間かければ可能かもしれないがそんなに時間を掛けても居られない。


つまるところ生かしておく価値がない。


「……覚えておく? おかしなことを言うなよ。此処で死ぬって言うのに」

「本性を現したな獣人め!! するなら早く済ませるが良い。だが、我らが積み上がる知識を忘れることがないように、我らは決してこの恨みを忘れないだろう」


こいつの信念は固く、おそらくは肉体を傷つけたとしてもその精神が挫けることはないのだろう。

全く、本当に殉教者ってのは本当に厄介だ。


頭蓋を掴んだ手に力を入れる。

ミシミシと骨が軋んだ。


「ち、知識は財だ、掛け値なしの財宝だッ!! 知の探究を理解しない貴様らには一片たりとも授けたりはしない!!」


自身の結末を理解しているのか急に饒舌になりはじめた。

このままぺらぺらと全部話してくれれば楽なのにな。


「先人たちの知が折り重なり知識の層を築くように我らの骸は重なり至高の財を築くのだ! 我が身は知の神『ノウレッジ・アグリゲーター』のおん――――」


彼の最後の言葉はぐしゃりという鈍い音と共に途中で止まった。


(こっちは済んだ。俺もそっちに合流する)

(ココさんと合流しました。嬉々としてダガーを何回も刺しているのでもしかしたら誰かは≪魅了≫が成功するかもしれません)


通話を終え、立ち上がり部屋を一瞥。

地理的な場所柄からもわかる通りミルトリオンに潜伏するためだけの施設のようだ。

家主のものと思われる私物も少なく此処を丁寧に探索したとしてもおそらく得られる物はないだろう。


注意深く室内を見回しても何かを隠している様子は見受けられない。


念のため、唯一の手がかり『ゴブリン言語』の本を手に取り、俺は小さな部屋を後にした。


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