地下世界40-1
宙の光球が煌々と地下の巨大な空間を照らすなか、俺達は指定された時間に転送屋の神殿へと訪れていた。
豪華絢爛を絵にかいたような神殿を見るのは二度目だが、その輝かしさに慣れはしない。
この神殿を解体して売り払うだけで俺の全身装備が何セット買えてしまうのだろうか。
一般的に宝石などの光り物に心を奪われるであろう女性のリナとココは欠伸をしながら眠たげな瞳で神殿を見つめている。
『幸運のよつば亭』に帰り、俺が部屋に戻った後もずっと二人で飲んでいたらしい。
威容を示すための建造物をぞんざいな態度で見られているせいで案内をしてくれているミゲッタ結族のエルフの態度が少しばかり固い。
「あちらです。お足元に気を付けていってらっしゃいませ」
神殿の中央へと階段を上がると幾何学模様の中心に青いローブを羽織ったエルフが立っていた。
そして、エルフの隣には小柄な女性の姿が一つ。
「あぁスバルさん。遅かったですね」
匂いで予想はついていたがフラーラだ。
「見送りか? 別に来てもらわなくて大丈夫だったんだが」
「ふふふ、実はただの見送りじゃないんですよ」
先日の地図作成以来、二人で長時間過ごしたせいか俺とフラーラの距離が少しだけ近づき、態度が砕けてきている。
「ここ最近休みがありませんでしたからね……ダメもとでスバルさん達を案内するためだってミガルドに言ったらなんと休暇の許可が下りまして!」
休みがどれだけ嬉しいのかフラーラは年齢に似合わない大きな身振りで喜びを表現している。
「何を隠そう実は私、ミルトリオンの出身でして、どんな場所でも案内できますよ!」
フラーラは自信満々に小さな胸を拳で叩いた。
(いいの?)
その時、脳内に気だるげなココの声が響いた。
彼女は気づかれないように≪念話≫の秘術を行使したようだ。
ココの短い一言には多くの意味が込められている。
買い物を見られればこちらの手管が知られるかもしれないし、街に入る際に結族の者と入れば関係者と思われることは間違いない。
他にも考えれば考えるだけ、問題は出てくる。
(……ミガルドにはなんらかの意図があるかもしれないがフラーラは完全に善意で言ってくれてるみたいだな)
(自分が休みたいってだけにも聞こえたんだけど……)
問題はいくつかあるがフラーラ自身は純粋な善意であることに疑いがないということが、言葉は悪いが性質が悪い。
「あ、最初に簡単に案内だけしたらすぐにちゃんと別行動しますね。ずっと引っ付いているわけじゃないので安心してください!」
楽しそうに話しているフラーラを見て断りをいれるは気が引ける。
それに一応別行動すると言っている訳なのだから最低限の距離感はわかってはいるようだ。
問題もあるが初めての街に見知った案内人がいるというはかなりのメリットでもある。
現地で前情報なく雇う街の案内人は誠実でない者や街を熟知していない者も多い。
もちろん、親切でしっかりした案内人もいるが。
ここアイリスですら来訪者を騙す輩は後を絶たないのだ。
(だからといって追い返すわけにもいかないだろ)
(まぁたしかにあの様子を見てると休みが取り消しになったら倒れちゃいそうだね……)
「あの、すいません、ご迷惑でしたか……?」
「いや、そんなことはない。有難くお願いするよ。案内をよろしく頼む。なにせ初めてで不慣れな街だからな」
「はい! どんと任せてください!」
第四十話
巨大なすり鉢状の空洞、壁面に沿って無数の灯りがゆらゆらと揺れる。
空洞の中心では途方もない大きなの岩が浮かび、その上では遠目に見てもわかる巨大な建造物。
中央の島の周りには光蟲のように輝く乗り物がいくつも飛んでいた。
浮島の下には最上部浮島よりも一回り地面の大きな島がある。
何本かの通路が底面から延ばされ、まるで島自体が浮かび上がるのを阻止するかのように空中に縫い付けられていた。
その島も最上部に劣らず建造物が乱立し遠くからでも理解できる賑わいを見せている。
滅多にみられない幻想的な風景。
中でも目を引くのはもちろん中央に鎮座する二つの浮島だ。
浮島に建てられた建物自体が発光しているのか、二つの浮島は橙色の光を振りまいている。
時に強く、時に弱く、炎のように光は揺らめく。
そしてその光に比例するかのように、浮島の下、最下層には暗く淀んだ闇が静かに横たわっている。
秘術の街ミルトリオン。
その街は最上部の浮島、地面に縫い付けられた真ん中の島、そして最下層の地面、三つの居住空間で形作られていた。
俺達は光と影が明確に分かれた街、その玄関口に足を踏み入れていた。
「見てください! あれが篝火たる所以の浮島です! あの人工的な光がまるで炎みたいですよね! 最上部の浮島にはミスカトニック大学があるんですよ! 今も優秀な人材によって数々の秘術が作られているはずです!」
テンションの高いフラーラが浮島を指さし、自慢するように声高に説明を始めた。
小柄な体を右に左に動かし忙しい。
そんな彼女を余所に俺達三人は疲労の色を隠せずにいた。
まだ、この街の玄関口から出て10メートルもしていないというのに。
「……まさか入国審査に5時間もかかるなんてね。まったく、ボクたちの何が怪しんだか」
「フラーラが居てよかった……あの調子なら居なかったらもっと掛かってたぞ。多分な」
感動的なミルトリオンの風景も待合室で窓からずっと眺めてしまえば街に入ったときの感動が薄れるというものだ。
俺やココのように大きな街の出身ではなく身元の怪しい人間は入国審査や街に入るのに時間が掛かるのが相場だ。
学問の門戸を開きやすくするという名目で比較的入国審査の緩い国でこれだ。
流れ者はアイリスのような入れ替わりの激しいごった煮の街でもなければ暮らすことすらできない。
だからこそ当時の俺とココはアイリスを目指したのだが……。
「お二人はともかく、なんで私まで……」
「リナ、聞こえてるよ」
リナの小さな独り言にココが素早く反応した。
「だってスバルさんもココさんも、結構目つき悪いですから……」
「鏡を見ろ。最近じゃお前の目もなかなかのものだぞ……」
俺の返しにリナは驚き、自分の目尻をたれ目になるよう押さえつけた。
「手間取らせちゃってすいません。たぶん皆さんのせいじゃないと思います。普段は此処まで厳重な体制ではないんですが……なんでも転送サービスの人が9人程行方不明になってるみたいでして……」
テンションの差を感じたフラーラが申し訳なさそうにやってくる。
「ミゲッタ結族の影響力の強い街ですので総力あげて厳戒態勢を敷いてるみたいです」
少し前に見た情報じゃ転送屋が5人消えたとかだったかな?
今は9人にまで被害が拡大しているらしい。
貴重な転送脳力持ちが9人も消えちゃ慎重にもなる。
目に入る範囲だけで衛兵と思われるエルフの姿が20は確認できる。
アイリスのシティガードの数を考えると一か所にこの人数はかなりの厳戒態勢だ。
こんなに監視される場所じゃ居心地も良いとは言えない。
早めに場所を移してしまおう。
俺達が不満を露にしたせいでフラーラも落ち込んでしまっている。
「……文句が先に出ちゃって、すまん。気を取り直して自慢の街とやらを案内してくれないか? もう五時間もお預けを喰らってたんだ。鼻が良いせいで香ばしい良い匂いをずっとかがされてたんだ。拷問もいいとこだよ」
フラーラがぴょこぴょこと動かした犬耳と尻尾を見てくすりと笑った。
「……はい! アイリスの料理とは趣が違いますが良いお店をいっぱい紹介しましょう!」
気を持ち直した彼女は何処から取り出したのか小さな旗を掲げる。
「じゃあ、出発です! 皆さんはぐれないで下さいよ!」
そう言ってフラーラが元気いっぱいに歩き始めた。
一大都市、ミルトリオンの玄関口だけのことはあり、石畳の大通りはかなり幅も持っているというのにも関わらず人で溢れかえっている。
人種は様々だが、ミゲッタ結族が幅を利かせているせいかエルフが多い。
アイリスではフラーラのようなハーフリングが多いだけに新鮮な気分になる。
「この道はミルトリオンの中心的な道です。このままずっと真っ直ぐ行けば最下層まで辿り着けますよ。そこを抜けてもっと直進すると反対側の入口です。ちなみに途中で逸れると真ん中の島に着きますね」
斜めに下っているため、遠くの下の層まで見渡すことができる。
フラーラの言う逸れる分岐までくっきりだ。
この長く大きな通路には所かしこに出店が立ち、お土産まで売られている。
あまり人が多いと歩くだけでも辟易してしまう。
リナの外装骨格など、人が多すぎるせいで彼女の頭上でずっとうろうろしている始末だ。
「メイン通りを離れれば人波もひくので少しの辛抱です」
心情を察せられたせいかフォローが入ってしまった。
入口からすぐにこれだけ活気があるのはアイリスと違ってこの空洞への入口が二つしかないからだろうか。
アイリスは小さいのを含めればそこらじゅうに外への通路がある。
街の地下を鑑みれば見つかっていない通路もあるだろう。
関所が多すぎて警備が大変だと衛兵のファイが言っていたのを思い出す。
「あ、ジョーイの唐揚げ屋です。運が良いです! あの店主は気が向いたときにしか出店しないんです!」
フラーラの嬉しそうな声に思考に耽っていた意識が戻された。
同時に空腹を思い出す。
「はい、皆さんどうぞ食べてください! 此処の香辛料は他と違って美味しいんですよー」
フラーラが素早く唐揚げを買って戻ってきた。
鼻を抜ける香りはアイリスではあまり使われない香辛料の匂いだ。
「確かに珍しい匂いだな。これはなんだ?」
「えーと、確か……『悠久の国』(シラフィア)のほうから仕入れてるサンショウっていう香辛料だったと思います」
「聞いたことないが、良い匂いだなこの唐揚げ」
「気に入って頂いたようでなによりです。まだまだご紹介しますよー」
『悠久の国』はエルフの国だ。エルフでなければ入国も難しいと聞いたことがある。
ここミルトリオンがエルフが多いだけにそちらに寄った料理も多いのだろうか。
見たことあるが味付けの違う異国情緒漂う出店料理をフラーラに連れられ楽しんで進んでいると、徐々に出店の数がすくなり人並の僅かに引いてくる。
「ねぇスバル。ずっと気になってたんだけどあれなに? 奥のほうにも同じような奴が飛んでるみたいだし」
ホットドッグを頬張りながら隣を歩くココがあごで何かを示した。
視線を辿ると四角いバスケットに似た大きな籠の上部に、丸い大きな球体が括りつけられている乗り物のようなものが一列に何台も並んでいるのが見えた。
「……さぁ?」
「なんだ知らないんだ。残念」
「スバルさんも知らないものがあるんですね」
「二人が俺をどう思ってるのかしらないけど知らないものだらけだよ」
リナたちと話していると、先導していたフラーラが振り返る。
「あれは『バルーン』ですよ」
「バルーン?」
俺たちの疑問符をよそにフラーラは楽し気に『バルーン』へと足を向けた。
「よし。せっかく初めてのミルトリオンですし。少し奮発して観光しましょうか」
フラーラ曰く『バルーン』、の近くには同じ帽子を被った従業員と思われるハーフリングの姿がちらほらと見られる。
「すいません。『サント・パウ』までお願いできますか?」
その中でも壮年の男性にフラーラが声を掛けた。
「運が良いですなお嬢さん。今日は人が少なくて宙を回るには最高の日ですよ。今ならそのレストランも空いているでしょう」
ハーフリングの男性に言われ周りを見回す。
少ないといわれた人の数も昨日の『木漏れ日酒場』と同じぐらいは行きかっている。
街の規模としてはアイリスとそう変わらないはずだがここまで観光客が違うのは、このミルトリオンの近くには中小規模の集落が多くあるせいなのだろう。
「後ろの皆さんもご一緒ですかな? ここから商業地区までですと銀貨11枚ですが」
俺たち三人が感じていた疑問を代表してリナが問いかけた。
「フラーラさん、『バルーン』っていったい何なんですか? 見た限り乗り物に見えるんですけど」
答えようとしたフラーラに先んじてハーフリングの男性が返した。
「お嬢さん。これは場所と場所とを結ぶ乗り物ですよ。少しばかりのお金を頂いて私たち操縦士がお客様を目的地へとお届けする庶民の乗り物です」
庶民の一日の収入を考えるにあまり一般的な乗り物ではなさそうだが、俺たちのようなある程度の成功を収めている冒険者から見れば端金だ。
「なるほど、タクシーみたいなものですか……」
リナのいうタクシーはわからないが彼女は納得しているらしい。
「私の友人たちはミルトリオンが初めてなんです。特別コースでお願いできますか?」




