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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第四章 地底の篝火
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地下世界38-2

第三十八話



軋む音ひとつあげない窓の向こうで石や雨粒が荒れ狂っていた。

その風の威力はすさまじく、岩とも呼べる大きさの物が転がり、果ては洞窟に蔓延る獣の類まで勢いに抗えず暴風に翻弄されている始末。


逃げ遅れたと思われるコックスローチが何匹も風圧に負け、壁面に叩きつけられている様は見ていて子気味の良いものを感じる。


俺は風に晒されている者にとっての地獄を、腰を柔らかく包み込むゆったりとした椅子に腰かけワインとチーズに舌鼓を打ちながら緩やかに眺めていた。


隣にはシャワーを浴び俺と同じく座り心地のよい椅子に身を預け、リラックスしながらワインを口に含む軽装のフラーラが居た。


無論のこと俺も身を清め終え、最低限の装備しかしていない。


「私、話には聞いていましたが実際に嵐に見舞われるのは初めてです」

「……良い経験になるっていったが、ありゃ撤回だ。こんなのそこらの宿よりも良い環境じゃないか。なんの経験にもなりゃしない」

「ふふ、私達の宿を気に入ってもらえてよかったです」


優雅に酒を嗜む彼女に言われ室内を見回す。

岩を削り、作られた空間に木材などで壁を作りできた居住空間。

いくつかのゆったりとした椅子とサイドテーブルがそれぞれ並べられ、『消えずの灯り』の施されたランタンが放つ暖かな光が彫刻や絵などの調度品を照らしていた。


座っている椅子は肌触りからみて、以前にミガルドに紹介されたアイリスの歓楽街近くの宿と同じものだろうか。


洞窟の奥深くという地理的制約のせいか、壁などに使われている資材は一流ホテルのように最高級の物ではなさそうだが、それでもそこらの安宿とは比べものにならないほどの出来だ。


今居る広い受付兼ロビーを除いて数人で寝泊まりできる規模の個室は三つもあるそうだ。

こんな辺鄙な場所にある施設としては文句のつけようがない。


「君ら結族の宿を今まで使わなかったことを後悔してるところだよ」

「嬉しいお言葉です。残念なことに此処は調度品の搬入が終わっていないので開業しておりませんが、今度は是非営業中に来てくださいね」


フラーラがチーズを片手に微笑んだ。

彼女の落ち着いた様子と、この宿の外の苛烈な環境の対比に自然と可笑しさがこみあげてくる。


「今までは洞窟内の宿なんて気にも留めてなかったが嵐の時間をこんなに優雅に過ごせるなら是非とも使わせてもらいたいね。まぁ、残念なことに俺は君らの宿の場所がどこにあるのか詳しくは知らないが」


俺の発言を受けてフラーラが小さく目を見開いた。

危うくチーズを落としかけている。


ケラニア結族は宿業を生業にしている集団だ。

その宿は各町や集落だけには留まらず様々な場所の洞窟に点在しているという。

洞窟内の宿は場所は公にはされてはおらず、自ら探し当てた者か結族から知らされている者しか利用することができない。


彼らの宿はある程度の信頼のある人物しか教えてないだろう。

残念なことに結族と距離を置いていた俺にはそんなコネはない。


俺は彼らの宿の場所を一つも知らないし探そうとしたことすら一度もない。

もちろん、噂で大まかな場所程度は知ってはいるが。

どうやらフラーラはそれに驚いているようだ。


「そんなに驚いてどうしたんだ?」

「いえ、実力のある冒険者の方には全ての宿の場所ではありませんがいくつかの宿は必ず知らせているので……スバルさんが知らないのは正直言って意外でした。なんだかすいません」


想像とは違い、結構な人数が知っているらしい。


それもそうか。アイリスに住み始めてからそう時間も掛からずに仕入れた噂だ。

街に来てすぐに手に入れられる情報なら多くの人が知っていてもおかしくはない。


「評価してもらってありがたいが俺は結族関係には近寄らない様にしてからな」


フラーラがばつの悪そうな顔をしたあと、振り切るように酒を飲み干した。


ケラニア結族の宿業は情報を拾うためのものでもある。

力ある冒険者同士が交わした何気ない一言の情報でも、数ある情報を繋ぎ合わせれば正解に近い情報に辿り着く。

彼らの宿を使えば気を付けていても情報はほんの僅かな物であっても掠め取られてしまうことは疑いない。


冒険者もそれを承知で利用している者も多いだろう。

確かに嵐をこんなに楽に安全に過ごせるなら多少の不利益は被りたくもなる。

それでも俺はケラニア結族との交流がなかったときは積極的に使おうとは決して思えなかっただろうが。


だが、ある程度の信用を獲得した今なら問題はない。

決定的な事は言うつもりはないが、少しならば情報を掬い出されても文句はないのだ。

むしろ今では俺やココ、リナに不利益がなければ積極的に情報を売りたいとすら思っている。


レイナール達グラント結族と仲の良いフラーラ達ケラニア結族とは今のような友好的な関係を続けていきたい。


フラーラが所在なさげにする理由も詳しくは分からないが、おそらくはケラニア結族から宿の場所を知らせる程の実力が俺にはないと判断されたと、俺に思われていないかと心配でもしているのだろう。

俺が関わらない様にしていたんだ、彼女達の評価云々のせいじゃない。


無言でワインを注ぐフラーラを見る。


嵐だというのに安全な場所もあるし酒だってある。

辛気臭い空気になるよりはどうせなら楽しく時を過ごしたい。

友好的な関係を築くために少しでもフラーラにフォローでもしよう。


「俺に来てくださいって言ってくれたんなら何処にあるのか場所を教えてくれるんだろう?」

「は、はい!」


口に運びかけたグラスをサイドテーブルに置きフラーラが食い気味に答えた。

それから彼女は自身の腰辺りを漁り、小さな白い欠片を手渡してきた。


細長くそこら中が欠けたような形状。

見たことのある気がする。


「……これは『引かれあう骨』か?」

「それと似たようなものです」


渡されたものをまじまじと見つめ、自身の脳力内に収納されているコボルトのボルドガに渡した『引かれあう骨』の存在を思い出す。


『引かれあう骨』は一つの骨に特殊な加工を施してから二つに割ることで、必ず破片の片割れのある方を指し示す様になる秘術アイテムだ。


見たところ渡された白い欠片からは似たような気配を感じる。

手の平で欠片を転がしているとその欠片の先端が必ずロビーの中心部分を指していることに気が付いた。


「私達は『指し示す骨』と呼んでいる秘術道具です」


フラーラが同じようなものをもう一個取り出し手の平にのせてみせた。

彼女の持つ欠片と渡された欠片に関係性はなく、その二つは互いの方向を向いているわけではない。

彼女の持つそれも部屋の中央を指しているようだ。


「この道具は一番近い結族の建てた宿に向くように作られています」


それでこれが部屋の中心に向いているのか。

手のひらで『指し示す骨』を弄ぶ俺を尻目にフラーラ言葉を続けた。


「それがあれば何処に居ようとも私たち結族の宿を探すことができますよ」


笑顔で彼女がとんでもないことを言い放つ。


「言葉通りだと全部の宿の場所がわかるように聞こえるんだが……」


フラーラの良い笑顔を見るに冗談の類いではなさそうだ。


噂でも先ほどの彼女の話でも結族以外が教えてもらっているのは一部の宿だけのはず。

それなのに全部の場所を指し示す道具をもらえるとは……。


「精々、ある場所の地図なり簡単な場所を教えてもらえる程度だと思ったんだけどな……これは中々に貴重な物なんじゃないか? 君らケラニア結族でもない俺なんかに渡して大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。色々と縁もありましたし、今日だって家探しで忙しいのに護衛を引き受けてくれました。私がこれを渡してもミガルドだって何も言うことはないでしょう」


思った以上にルクルド跡地の価値は大きいようだ。

言葉通り全ての宿の場所を示してくれるとは思えないが、それでも十分な性能。


想定以上にグラント結族からも見返りがあるのかもしれない。

それとも俺に協力してくれたミガルドがなんらかの働きをしてケラニア結族の取り分が増えたのか……。


……まぁ政治的なものは考えてても仕方ない。

貰えるものは有り難く頂いておこう。

助けになることに間違いはない。


「なら有り難く受け取っておくよ。君らの本気のもてなしを受けたら今後洞窟内で野宿ができなくなりそうで怖いけどね」


脳力で起動した黒孔の収納空間に受け取った『指し示す骨』をしまい込み、礼を述べる。


「貴重なものをありがとう。いつか使わせてもらう」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ……っと、そういえば本当にきちんとしたお礼がまだでしたね。大変なことがあったばかりで忙しいはずのになのに地図作りなんて地味な依頼を受けてくれてありがとうございます」


彼女が俺の方へと向き直り、居住まい正して頭を下げた。


今はまだ黒龍のとのいざこざから数日も経っておらず、俺も身体を休めながら新居探しをしている真っ最中だった。

新しい物件の情報を受けとるためにグラント結族の建物に行ったところ、ちょうどルクルドの件で話に来ていたフラーラに今回の地図作成で人手が足りないと聞き、ならばと名乗り出て今に至る。


地道に何か所も歩き回り、測定しては歩き回るの繰り返しで手伝いを申し出たことに後悔していたが、今後必要になった場所の地図を見せてもらえる事と今貰った『指し示す骨』でチャラどころか圧倒的プラスだ。


やはり面倒も多い反面、結族との付き合いはリターンも多い。


「スバルさんの助けがなければコックスローチに群れに『坑道地図生成機』を壊されていたかもしれません。全く、嫌な時期に地図更新が重なってしまいましたよ。本来なら数人で動くものなんですがなにぶんルクルドの後処理が終わってないもので……」


あの大きな広間に進出するなら人手がかかるのは間違いない。

その上、先住民が根こそぎ居なくなっている。

広間の周囲の洞窟への影響も計り知れない。

さらに黒龍への祭壇の建立まである。


何れにせよあの場所が使えるようになるには相当な労力が必要だろう。

その分、得られるものはかなりのものだろうが。


「気にするな。こっちだって貰うものはもらってるんだ」

「それでも、です。スバルさんの収納能力で随分と助かってます。あのサイズの秘術アイテムをしまえる『神秘の携行袋』なんてありませんからね。生憎と結族の収納脳力者もルクルド方面に取られていまして、あの大荷物をどうやって運ぼうかと頭を悩ましていたところでしたから」


サイドテーブルのボトルを取り、このままずっとお礼を述べていそうなくらいに気合の入ったフラーラへと差し出す。

意図を理解した彼女が自身のグラスを空け、グラスをボトルへとむけた。

トクトクと小気味の良い音を立ててワインが注がれた。

芳醇な香りが室内に広がった。


嗅覚もそこそこ優れているポニャディング達が振りまかれる香りだけで調子を良くしたのか、室内をふらふらと鼻を鳴らして散歩し始めた。


美味い酒と世間話。

そして可愛いと言えなくもない動物。

室内には穏やかな時間が流れた。


背もたれに身体を預け、二人で静かに外を眺める。

緩やか時が流れる宿とは対照的に洞窟内は荒ぶる水滴の激しさが増し、宿を覆う防衛の秘術が絶え間なく反応していた。

秘術的な力場が幾つも波紋を作り、自然の驚異からケラニア結族の隠れ宿を守っている。


見て取れる荒れ具合から見て、かなり大規模な嵐のようであるらしい。

自分の身体から力が抜け、よりいっそう腰が椅子に沈み込む。

隣を見ればフラーラもポニャディングを眺めながら頬笑みを浮かべてる。


昔は少しばかりの秘術を駆使してココと身を寄せあって凌いだものだと昔を振り返る。


嵐。

発生条件は諸説あり、様々な場所で起こる可能性がある自然現象言われている。

一部のいかれた学者は嵐を人為的な災害だとか、嵐そのものが生物だと主張しているらしい。


洞窟内の通路や大きな空洞で発生するその現象は、風や激しい水滴の洗礼を伴い、文字通り災害とも言われ、対策を怠った何人もの冒険者達の命を奪っている。

その死因の中でも多いのが通路での水没死だ。


聞いた話では数十年前にはアイリスを直撃して地下部分が水没し甚大な被害を出したという。

アイリスの地下の中でも水捌けの悪い一部の場所では今なお当時の水が溜まったままで、良くない類の生物まで住み着き、劣悪な環境を振りまいているという専らの噂だ。


雑談に興じつつ思考していると、一段と激しく雷が鳴った。

宿を守るシールドが大きく波打ち、外の空間が明るく照らされた。


しかし、室内は穏やかそのものだ。


俺とフラーラはワインに合うチーズの話をする余裕すらある。

嵐のなかで耐えていた昔とは大違いだ。


再びの雷。音に反応したポニャディングが外に興味を示しはじめた。

外では逃げ遅れたコックスローチの集団が新たに嵐に補足され、その身を翻弄されている。


ふと、彼らとの戦いを思い出す。


夥しい数のコックスローチ。

無論、蟲ごときに俺は遅れをとることはないが、今までの俺ではもしかしたら多くの数のコックスローチに守りが抜かれ、『坑道地図生成機』を守りきれていなかったかもしれない。


幸か不幸か黒龍に操られ、格上の力を体験させられたことで僅かながらに俺の身体には変化が起きていた。


五感がいやに鋭くなっている。

視覚、聴覚、嗅覚に味覚、触覚に至るすべての感覚がより鮮明にはっきりとしている。

明確に意識したのは黒龍の件の解決を祝した宴の翌日だ。


街中でココとリナとの待ち合わせの時、匂いを感じ始めてから実際に会うまでの距離が少し長くなっていた。

以前より匂いや気配を探知する力が上がっているらしい。


今まで変わらなかった部分が急に変わった原因として思い当たるのは黒龍関連ぐらいしかない。

黒龍に纏わされた紋章の鎧のせいか、或いは黒龍にかけられたあの治療のサイオニックのせいか。


何れにせよ、あの体験から急に成長するなんて都合の良いことはなく、むしろ僅かな感覚の変化に振り回されないか、という心配のほうが大きい。


そういう意味では後遺症と言っても差し支えないかもしれない。


好ましい変化なのかはまだわからない。

黒龍との邂逅で生じた大きくはないその変化。

膨大な力に浸り白龍と戦うという経験は、小さく、けれど確かに俺を変えていた。


きぃっと扉の開く音で再び思考が中断させられる。

外からの来訪者ではなく中から開け放たれたらしい。


扉に視線を移すとポニャディングが三匹ほど積みかさなっていた。

上の2匹はリズムをとって踊り、一番したの奴は窮屈そうにぺたんとしている。

見る限り四つ足のあの生き物は器用に扉を開けたらしい。


嵐は相変わらずシールドに阻まれ室内にはそよ風すら入ってこない。


隣からも驚いた気配が伝わってきた。

ポニャディングは抜けているように見えてけっこう賢いようだ。


フラーラと顔を見合わせる。

アイコンタクト。


結果、扉に近い俺が立ち上がった。

優雅な時間をぶち壊されてため息の一つも自然に漏れた。


小躍りしてる三匹に近づくと止める間もなくポニャディング達が勢いよく外へと繰り出した。


宿を覆うシールドから出た途端、ポニャディング達は風に翻弄され壁に叩きつけられる。

たいしたダメージはないようで楽しそうに壁へと衝突を繰り返している。

そのままポニャディングは近くで舞っているコックスローチの死骸を食らった。

強化された視覚はコックスローチや瓦礫に囲まれたポニャディングを正確に捉える。


何が嬉しいのか口元に足をはみ出させながらぷぎぷぎと嵐のなかですら聞こえるほど大きな声でご機嫌に鳴いている。


「はぁ…」


また溜息が漏れた。



その瞬間、突如、地面が震えた。



ケラニア血族の誇る防御、防音秘術を貫通し衝撃が伝わってくる。

備え付けられた上等な家具がぎしぎしと音を立て、壁材が軋みを上げる。


「いったい何事ですか!?」


大地を揺るがす事態にフラーラも慌てて扉の前までやって来る。

膝をつくほどではないがかなりの揺れだ。

秘術で軽減されてこの威力が伝わってきているのなら生半可な出来事ではない。


最悪なことに今日のトラブルはコックスローチと嵐だけでは済まされないらしい。


揺れは加速し、価値の理解できない高級そうな壺が割れた。

原因を探るため、五感を利用するが異常は捉えらえられない。

視界の先には変化はなく嵐と死骸と転がる岩。

あとは能天気にプギプギと鳴いているポニャディング。


見た目の無変化とは裏腹に揺れは酷くなり、地鳴りまで聞こえ始める。

何かを削りとるような破滅的な音も耳に届いた。

音は次第に大きくなっていく。

現況の異常性を理解したフラーラが俺の隣まで駆けよってきた。


俺はこのまま二人でこの場に留まって良いのか思考を巡らせ考える。


思考に埋没する最中、臭いの固まりが迫ってくるのを感じた。


どこかで嗅いだことがあるその臭い。

記憶の中を探るが思い出せない。

移動すべきかしないべきかの逡巡。



防御の秘術を考慮し、宿に留まるのが最善と判断した時、通路に巨大な何か現れた。



コックスローチを叩きつける通路の壁が消失し、大きなソレの一部がのそりと現れる。

てらてらとした肌色の体表。体液の巡りがわかる気持ちの悪い表皮。

ぬらぬらとした粘液に覆われ、ソレはミミズのように伸縮を繰り返し、右から左へと道を削り取って移動した。


見えている部分は途方もない大きさのほんの一部であることを確信させる壁のような存在が、ぼりぼりと地の世界を咀嚼する。

記憶の中である光景がよみがえった。


人生で一度だけ見たことがあるその存在を思い出す。

目の前の光景の、過去の記憶に相違なく、その姿はまごうことなく――――――



「トンネルワームッ!!」



大地を喰らい、新たな道と未知との邂逅を創り出す巨大なミミズが眼前を通過していた。

距離は宿から数十メートルほど。

一歩間違えていれば、俺や隣で顎が外れんばかりに驚いているフラーラも仲良くあいつの腹の中。


もし俺が、この場にいることに耐え切れず宿の外に飛び出していれば間違いなく今頃はネバーランドだ。

自身の決断に安堵し胸をなでおろす。


「………………なに、これ……」


隣を見れば目をまん丸にひん剥き、脈動するトンネルワームを見つめるフラーラ。

人生で一度でも会えば自慢できると酒場で歌われるトンネルワームに遭遇しているのだ、無理もない。


俺は二度目だが。

運が良いのか悪いのは分からない。


巨大な壁はたっぷり一分は存在していただろうか。

呼吸すら忘れてただ茫然と見送るうちに壁は消失した。

後に残るのはトンネルワームの太さを象徴するかのような巨大な穴。


トンネルワームは嵐すら食い破ったのか、洞窟は静寂そのもの。

粘液でテラテラと光る新たな洞窟は何処まで続いているのか果てが想像できない。


「……あ、ポニャディング」


フラーラの呟きで俺もまともな自分を取り戻し、俺は再起動を果たした。

彼女の言葉に釣られて静まり返った洞窟を見る。


嵐は収まり、地面には岩やコックスローチの死骸が転がっている。

しかし、残念なことにぷぎぷぎとはしゃいでいるはずの小動物はいない。

プギプギと心地よくも鬱陶しい鳴き声も聞こえない。


「……おとぎ話じゃトンネルワームの中には夢の世界が広がっているそうだ。あいつらならきっとワームの体内で上手く生きていくだろうさ」

「うぅ、ポニャディングをなくしたら追加料金が掛かっちゃうのに……」


そっちの心配か。

フラーラはポニャディングの命や、一生に一度あるかないかの経験よりもお金が大事らしい。

どうせ経費だろうに。


「私のお給金が……」


どうやら違ったらしい。

肩を叩き、小さく沈んだフラーラの肩を浮かび上がらせようと努力をしてみる。


「ま、まぁ珍しいものが見れたからいいじゃないか……」

「初めて見ましたがそれとこれとは別物です。ある種の感動もありましたが、命の危機でもありましたし、損失を被るし……」


フォロー虚しく何も変わらず。

むしろ喋るごとに肩を沈めさせるフラーラを見つつ、更に重大な問題を思いついてしまった。


「俺の記憶に間違いがなければ君の任務は確か周辺の地図の作成だったよな?」

「……はい」

「また道がかわっちまったぞ」

「……はい?」


フラーラが虚ろな目で顔を上げ俺を見つめる。

不気味だ。

不穏な視線を振り切り言葉をつづけた。


「……これ、トンネルワームのせいで随分とここらの地形が変わったと思うぞ」

「………………」


フラーラが小刻みに震えだした。


「あ、あ、あぁ……あぁ……」


ケラニア結族の宿を自慢しワインを口に含んでいた彼女はどこへやら。

フラーラは情けない声を上げながら膝から崩れ落ちた。

無駄に発達した大きな犬耳はぽたぽたと水滴が落ちる音を拾った。


「……はぁ」


呻くフラーラを尻目に深くため息を吐く。

ゆっくりと扉から遠ざかり、身体を包んでくれるゆったりとした椅子に腰かける。


扉の前には四つん這いのフラーラ。

扉の先には大きく左右に穴の開いた、巨大な洞窟の通路。


まだまだこの依頼は終わらない。


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