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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第三章 獣人の街
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地下世界36-2

黒龍が喉を鳴らし場の注目を集めた。

幼い黒曜龍は身体をぴったりと寄せている。

スキンシップは一段落ついたらしい。


全員が話をやめ、黒龍の次の動作、一挙手一投足に対応できるよう神経を研ぎ澄ませているのを肌で感じた。

もちろん俺も例に漏れない。


風を切り、突如、黒龍が翼を広げた。

急な動きに全員が警戒をむき出しにする。

そんな俺達を無視して、黒龍は言葉を続けた。


「お前たちのお陰であの白龍の街から『ーーーーーー』を救い出すことができた。礼を言う」


どうやら本当に感謝されているようで格の違いからくる根源的な威圧感こそ消えないものの、意図的な圧力は感じない。

用心に越したことはないが俺達の警戒は僅かに緩んだ。


「地底龍への敬意からお前たちを生かし、チャンスを与えたがお前たちは見事に私の願いに答えた。眷属からの譲渡とは言え、ただの人にそのリングが渡るとは誇り高き彼の龍の目も遂に穴が空いたのかと心配したが、あながち人という存在も捨てたものではないようだな」

「……そいつは有難い言葉だ」


仲間の誰もが言葉を返さず呆けているので仕方なく俺が返す。

目の前の広がる光景は緊張感を弛緩させ、呆れさせるに足る映像だ。


黒龍の言葉の途中で震えだした黒曜龍が耐え切れないといった様子で再び黒龍にじゃれ付き始めたのだ。

収まったように見えていたスキンシップもどうやら我慢していただけだったらしい。


普段ならば息が詰まるほど静謐で厳かな雰囲気を醸し出すであろう黒龍の所作とその言葉も

、横で狂ったように身体を擦り付けている幼い黒曜龍を見れば簡単に言葉も出てこなくなる。

数瞬前に身体を強張らせて黒龍に警戒していたことすら馬鹿馬鹿しく思えてきた。


ため息をつくように長く息を吐き出し、黒龍は欠けた威厳を取り戻す様に力強く告げた。


「貴様らが行った私への愚かな挑戦は許す」


身体が巨大であることと最強の一角を占める生物であることを除けば微笑ましい黒龍の状況を極力意識の外に追いやり、彼の言葉を噛み砕く。


貴様らが行った私への愚かな挑戦は許す。


愚かな挑戦とはおそらく彼の分体である亜龍に挑んだことだ。

それを許してくれるらしい。


何故だか、急に身体が軽くなったような錯覚に陥った。

微笑ましく多少和まさせられる光景を前にしても、実際には身体の芯では緊張状態であったらしい。


この森についてからの黒龍の態度で酷い扱いはないと予想はしていたが、黒龍の口から言葉を聞かされるとやはり安心する。

誇りや敬意を大切にしていると明言した黒龍ならば今の発言は信用に足るものだ。

悪魔の類の薄っぺらい言葉とはわけが違う。


横を見ればココ達も表情にも棘がなくなり、エリスまでもどこかほっとした気配をにじませている。


思えば確かに愚かで無謀な挑戦だった。

亜龍ならばどうにかなるかもしれないというレイナールの油断の元に攻撃、しかしてその実体は黒龍。


今後も敵がなんらかの擬態を用いていることを常に疑って考えなければならないだろう。

或いは事前に情報をじっくりと集めていればもしかすると本体ではなく分体であると見抜くこともできたのだろうか……。


いや、致命的な失敗をする前に気がつけたことに感謝すべきだ。

取り返しのつかない事態ではあったが、今こうして生きている。

それだけで十分だ。

何もかも黒龍に許された今となっては詮無い話。

次に生かせばいい。


つまる所、問題はあと一つ。


ルクルドとの連中との交渉だ。

あれだけ奔走してこの場所に来た最初の状態に戻っただけと考えると悲しいものがある。

むしろ、事前交渉が意味をなさなくなったことを鑑みればマイナスとも言える。


だが、そこら辺は俺達の仕事ではない。

レイナール達、結族の領分だ。

しなくても良かった苦労の徒労感は甚だ大きいが、結族が報酬を多く払うと確約してくれた以上、文句は言えない。


雇い主が同行している以上、雇われの冒険者は課された仕事を粛々とこなすだけなのだ。


「そして相応の働きには相応の褒美が与えられなければならない。小さきもの達よ、それぞれ望みを言え。私の力の及ぶものであればお前たちの〈願い〉を叶えてやろう」


脳内で思考を纏め、レイナールからの報酬で何を買おうかとアイリスへと思いを馳せていると大きな犬耳に衝撃的な言葉が飛び込んできた。


気前の良い黒龍は命を狙われたことを許すだけではなく何かを与えてすらくれるらしい。


「そ、それは魅力的な話だね……どれほどのものが望めるんだい?」


ココが動揺しながらも訊ねた。

一概に報酬と言っても世の中ピンキリだ。

屋台の一食分から貴重なアーティファクトに至るまで、依頼内容と依頼者の気分で報酬は決められる。

依頼の危険性と困難の具合から提示された報酬が見合うなら冒険者はその依頼を受ける。


基本的には依頼を受けた時点で余程のことがない限り、後から報酬の上乗せは起こらない。

依頼にどんなイレギュラーな困難が発生しようとも契約を交わした時点でそれは終わった話なのだ。

だからこそ、交渉の場でより正確に内容を見極める力が求められる。


しかし、どうしても事態は常に流動し、イレギュラーは予期せぬタイミングで湧き出てしまう。

今回の亜龍を発端とした黒龍との遭遇のように。


依頼内容と実際に発生した事態との差異、それを解決するために費やした労力に見合う対価。

事態が変動し依頼を破棄することによる不具合、全てに対処したことによる追加の報酬、依頼者と冒険者との間で揉める話は吐いて捨てる程存在し、酒場で一時間も飲めば愚痴が嫌でも耳に入ってくる。


ただ、契約だからと追加報酬の支払いを依頼者が一方的に突っぱねていられるほど強い立場と言うわけではない。


一度限りの関係ならば後のことなど、どうでも良いが今後も冒険者と付き合いを続けるなら依頼する側は出し渋りはしないほうがいいと言うのがアイリスでの通説だ。


あの依頼者は羽振りが悪いと声高に広められてしまっては、ことだ。

アイリスにおいて噂はすぐに広まり、その噂が大きな意味を持っている。

気前の悪く難題ばかりの依頼者の頼みを受けるものは徐々にいなくなっていくだろう。

依頼事態が困難になればなるほどその依頼を達成できる冒険者は減っていく。

そして面識のない、ぽっと出の冒険者を信頼できるかもわからない。


どうしても手が足りないときに頼れるのは冒険者なのだ。


依頼者は一度でも信頼を失ってしまえばそれを取り戻すには今までに費やした時間の倍は掛かってしまう。

信頼云々はもちろん、不誠実な冒険者や性質の悪い中抜きを繰り返す依頼の仲介屋にも言えるが。


依頼を出すような立場になるならば特定の冒険者と良好な関係を作っておいて損はない。

冒険者としても融通が利き、金払いの良い依頼者に対しては多少のリスクを受け入れてでも彼らの願いには答えるものだ。


俺達とレイナールとの関係はちょうどそのようなものだ。


リナの一件以来、レイナールから斡旋されたいくつかの依頼も初期の報酬以上の事柄が起きれば過不足なく相応の報酬が支払われている。

そういった意味で今の俺やココ、リナはグラント結族の総意かはわからないがレイナールからは軽んじて見られてはいないだろう。

それを理解しているからこそ、亜龍との戦いを承諾してしまったわけだが……。


なんにせよ依頼と報酬は釣り合うべきで過分に要求するのも支払うのも互いにとって良い関係とは言えないのだ。


今、目の前の偉大な黒龍は俺達に褒美を与えるという。

俺達と黒龍との間にある今回の騒動における労力の認識の差がどれほどあるのだろうか。


ココやレイナール、エリスとフラーラの対処した辺境の村人との戦いの価値はそう高くもないだろうが、少なくとも白龍と矛を交えてアイリスの有力者を殺し、幼い黒曜龍を救った俺とリナの働きは小さなものとは言えないだろう。


黒龍はアイリスのあこぎな仲介屋のようにせこい真似をするとは決して思えないが彼の力からすれば俺達の働きはたいして大きくないようにも思える。


ココの質問、どれほどを望めるのか、率直ではあるが危険な問いだ。

あんたどれくらいなら払えるんだ? と挑発的な、ある種試しているようにも受け取られかねない。

本当にびっくりしているのか彼女らしくない迂闊な質問だ。

そういうのを聞くのはリナの役回りだというのに。


「お前たちを許し見逃すことと『ーーーーーー』のアイリスからの解放。この二つの価値は比べることが烏滸がましいほどの差が存在している。お前たちが救い出した『ーーーーーー』にはそれほどの価値があるのだ。当然、与えるものも相応なものになるだろう」


黒龍はともすれば侮辱とも取られかねないココの質問に、気を悪くする素振りすら見せず答えた。

俺の考えすぎだったようで胸をなでおろす。


黒龍は少しの間の後、もう一度静かに告げた。


「さぁ、小さきもの達よ望みを言え。私がお前たちの〈願い〉を叶えてやろう」

「それは金銀財宝の類でも?」 


黒龍の魅力的な提案に平静を失いかけたココが反射のように言葉を出した。


「俗だな。だが望むのならば釣り合うだけの物を与えてやろう」

「い、いや、ちょっと待って……やっぱり今の無し」


咄嗟に漏れた言葉を慌てて取り消し、ココは顎に手をあて一瞬の逡巡を見せる。

そして、彼女はすぐに顔をあげて黒龍へと歩み寄り秘術を起動させた。


ココの創り出した空間が黒龍と彼女を覆う。

音が遮断され、ココの話し声が大きな耳に届かなくなった。


どうやら人に聞かれたくない類の願いをするらしい。

無理をすれば彼女の願いを知れるかもしれないが、聞かれたくないことを無理に知る必要もない。


黒龍に近づいたココから視線を外し、レイナールやリナを盗み見る。

レイナール達、結族の三人はどうやら固まって話し合っているようだ。

リナも降って湧いたチャンスのためか頭を捻っている。


俺も彼らに倣って何か願いを考えよう。


欲しいもの。欲しいもの。

そんなものは吐いて捨てる程ある。


金にアーティファクト。

細かいものを上げればきりがない。


けれど、そんな自分でも届きそうな願いにこの貴重なチャンスを使うのはあまりにお粗末だ。

黒龍がミスティの名前まで引き合いに出してどんな望みでも良いと言ったんだ。


数えきれないくらいの金貨をくれと言いそうになる口元を抑え、リナよろしく頭を抱えて欲しいものを捻りだそうと思考を巡らせる。


少しの時が経ち、残念そうな顔でココが≪消音の小部屋≫を解く。

彼女の願いが何かはわからないが期待通りとはいかなかったようだ。


「次は誰だ」


重厚な声で黒龍が告げた。


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