地下世界31
宙を覆う木々の葉をかき分け巨大な空洞の半ばまで≪飛行≫で飛び上がる。
≪暗視効果≫の付与された視界が、広大な地下空間をつぶさに伝えてくれた。
後方には鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いた木の無い空間、ルクルドの集落。
前方1キロメートルほどの場所、なぎ倒した樹木の上に寝そべるヴァラヌス・ドラゴン。
亜龍からすれば一息で接近できる距離に彼が居た。
目立った傷こそないが族長との戦いで疲れた身体を癒しているのか動きはない。
「見えてるか? レイナール。悲しいことに本当にドラゴンがいるぞ」
「なに悲しむことはない。後年に執筆する自伝に華を添えられる」
隣に浮かんだレイナールは強がってみせるが寒くもないのに歯をカチカチと鳴らしている。
「震えてるのに何言ってんだ」
「武者震いさ、馬鹿を言うな」
「……スバル、戦う前に言わせてくれ、巻き込んでしまって本当にすまない。生き残ったら最大限の礼は尽くすと約束しよう」
「ココとリナにも言ってやってくれ。きっとココは法外な物を要求してくれるぞ」
レイナールの肩を叩いて地上へと降り、無謀な挑戦をしに行く仲間と合流する。
「どうだった?」
「普通に休んでるな」
「そのまま永眠してくれればいいのに」
ココが軽口を叩き、装備を確認しなおした。
彼女も口とは裏腹に緊張はしているらしく、いつもより軽口に切れがない。
エリスは何気ない様子でにこにこと微笑んでいた。
フラーラは顔を青ざめ今にも倒れそうにしている。そんな彼女を支えている辺りリナにはかなり余裕があるかもしれない。
「さぁ、諸君、ドラゴン退治と洒落込もうか」
小さな拳を振り上げレイナールが風を切って先頭を進む。
「お前、格好良くいってるけど正面からかち合うのは俺とココだからな」
第三十一話 対ヴァラヌスドラゴン
隠れもせずに木々の間をゆったりと歩き、無秩序に生えた草を踏みつぶして、ココと二人で亜龍の元へと歩む。
ドラゴンの知覚範囲は恐ろしく広い。どうせばれているのなら虚勢でも余裕を示すべきだ。
≪精神的集団連鎖≫で繋いだ精神の結びつきを操りココにだけ会話を飛ばす。
(ココ、緊張してるか?)
(んー。まぁそうだね。最近はこんな逆境少なかったけど昔は日常茶飯事だったでしょ? 厄介事は回避するに限るけど、ジャイアント・キリングだって今までに何度もつかみ取ってきたし、薄氷を渡るのにも慣れてる。いつも通りやるだけだよ)
この場所に他の者たちはいない。正面からぶつかるのは俺とココの二人だ。
拳が差し出された。いつものように突き合わせ、前に進む。
しばらく同じような光景が続き、突然、視界が一気に開かれた。
薙ぎ倒された木々の中心にそのドラゴンが鎮座していた。
頭部の角から尻尾まで含めれば全長は十数メートル程。
神殿の柱のように太い足と鋭く厚い爪、茶色い鱗に覆われたその体躯からは総重量はとても想像できない。
嗅覚が硫黄のような異臭をとらえた。
生命としての格の違いのせいか小刻みに身体が震えそうになる。
亜龍だからと翼がないことは果たして救いになるのか。
ドラゴンが深く息を吐き出し双眸が開かれる。
亜龍は伏せていた身体を起こし、縦に長い瞳孔で此方を窺うように見据えた。
俺達と亜龍との間合いは30メートルもない。
瞬きする間に殺されてもおかしくはない距離。
頭部の毛先から獣化させた手足の爪の先まで神経を張り巡らせる。
今回はククリはお休みだ。手まで獣化させて身体能力を上げなければ対応できるか不安が残ってしまう。
獣化と脳力、それと『秘術手甲』に嵌められた僅か24個の秘術が俺の命を握っている。
問答無用に暴れたと聞いていたが亜龍の瞳は理知的な光が宿っているように見えた。
小声で脳力の詠唱を始め、思念をエリスに飛ばす。
幸運なことに亜龍は俺の詠唱を妨げることはしなかった。
保険として用意した≪時間操作・詠唱≫は使わなくて済むらしい。
(≪伝言≫でドラゴンに言葉をつたえてくれ。話がしたいと)
≪精神的集団連鎖≫使用中は別の≪念話≫のような秘術は使えない。
そのため≪伝言≫を使用するレイナール、フラーラはこの秘術の恩恵を受けていない。
そんな彼らへ俺達の意志を伝える窓口兼、彼らの護衛役が傍に控えたエリスだ。
「グルァアアアアアア!!」
咆哮と同時に俺の脳力が発現する。空間に黒孔が出現した。
亜龍へと当てたメッセージへの返答は雄叫びと尻尾。
轟音立ててしなる亜龍の尾が直上から俺達へと叩きつけられた。
横跳びに回避しながらアーティファクトの起動呪文を詠唱。
「≪踊る剣撃、舞う鉄塊≫」
ドラゴンの背後の黒孔から『秘影剣』が次々と飛び出した。
黒孔から24本の剣が亜龍へと殺到する。
鬱陶しそうに長大な尾を振り、飛来する剣を叩き落そうとした。
亜龍の張った黒い力場に弾かれ『秘影剣』が地面に転がる樹木に突き刺さる。
「≪雷光の槌≫(トール・ハンマー)」
ドラゴンが『秘影剣』に気を取られた隙にココがすぐさま宝石を砕いた。
レイナールの持っていたグラント結族秘蔵の呪文が形を成す。
ココの手から身の丈を遥かに越える槌が彼女の手に形成された。
バチバチと唸りをあげて雷の槌が顕現する。
ココが≪雷光の槌≫を亜龍へと振り下ろした。
亜龍の周りに現れた黒い力場に雷の槌は受け止められ、余波の電気が木々に影響を及ぼし表面を焦がす。
亜龍がお返しとばかりに大量の息を吸い熱の奔流を吐き出した。
上下左右に首を振り、亜龍がブレスでの攻撃に逃げ場をなくす。
熱の範囲は広大。木々もなく遮蔽物のないこの場では無傷での回避はあり得ない。
俺とココ、二人同時に≪水の鞭≫を起動。身体を覆うように鞭を巻き付かせる。
戦闘前に付与された≪呪文抵抗≫(スペル・レジスト)を信じ、経験と勘からブレスの熱量の少ない場所を探して潜り込む。
呪文で生成された水が蒸発し、異常な熱気を≪呪文抵抗≫が遮断する。
地面に倒れた樹木が焦げ果てる。
凶悪なブレスにより妨げられた視界を縫って記憶を頼りにドラゴンの口内へと『秘影剣』を飛び込ませる。
ガキン、と硬質な音。聴覚によってもたらされた情報で牙により妨げられたことを推測。
風切り音を感知。地を蹴りその場から飛び退く。破砕音。
ブレスが吐き終わり、晴れた視界の先には尾を振り下ろしたドラゴンの姿。
剣を操作し、突進させるがまたもや黒い力場に防がれる。
まずはあの防御力場をどうにか突破しないことには話にならない。
ドラゴンの瞳が俺へと向けられる。
『秘影剣』を目障りだと感じたのか標的が俺へと絞られた。
突進して爪を振る巨体を移動し続け回避する。当然の如くドラゴンから目は離せない。
「≪冷球の場≫(コールド・アグリケーション)」
亜龍の意識が俺に集中したことでフリーハンドになったココが再び呪文を詠唱。
彼女の言葉と共に冷球が生成された。
呪文詠唱後、ココは結果を見届けることなくすぐに移動し樹木の残骸に紛れる。
生成された冷球が風と冷気をまき散らしながらドラゴンへと向かう。
冷球本体は黒い力場に阻まれ消滅。
残留した冷気が亜龍の鱗を撫でた。茶褐色の鱗の一部が白む。
鱗の凍結から力場は常に展開されている類のものではないことが判明する。
今も『秘影剣』を防ぎ続けている黒い力場は、時折防御に失敗し、力場ではなく亜龍自らが移動することで回避している。
力場は自動発動の類ではなく任意に展開しているか、或いは展開に上限があるのかもしれない。
「≪偉大なる業火≫(エンシェント・ノヴァ)」
三度目の秘術。
回避に専念したココは仲間である俺自身すらどこにいるかは分からないが呪文の影響範囲に俺が入らないよう適切に秘術を解き放つ。
宙の虚空から極太の熱戦が何本も亜龍を目掛けて降り注いだ。
術の力を看破しているのか亜龍はまるで意に介さず、力場すら展開しようとしない。
鱗についた霜が溶け、鱗が褐色を取り戻す。
炎を吐くドラゴン、想定の範囲内だが火に対する耐性は十分にあるようだ。
しかし、このことから黒の力場は自動的にではなく任意に発動させていることを確信できた。
≪偉大なる業火≫の火柱を受けている間に『秘影剣』を力場で防いでいるということはそういうことだ。
「グルァアアアアアア!!」
咆哮。
亜龍の鳴き声に反応するかのように地面から幾つもの木の蔓が這いだした。
如何なるサイオニックの効果なのか開けた空間を埋め尽くす様に蔓が生えまわる。
蠢く蔓が此方に向かって何本も迫ってきた。
「≪光稀の翼≫(ライト・ウイング)」
緊急回避用の制動力のあがった飛行呪文を唱える。
背に疑似的な光の翼が生え飛行能力が与えられた。
ココも同じ判断に至ったらしく翼を生やして宙へと飛び上がっていた。
地を蹴って移動するよりも瞬発力はないが木の蔓が無数に這い回る地表に居るよりも随分とマシだ。
空に羽搏く俺たちを亜龍が地面から見上げる。
ドラゴンの瞳が嘲笑うかのように俺達を見据えた。
膨大な力の編み込まれたサイオニックがドラゴンの周囲に展開されココ目掛けて射出される。
幾何学模様を伴った赤い光弾が空中で素早い機動のできないココに着弾。
(ココ!)
異常はすぐに現れた。
ココの光の翼が消失していた。
「〈解呪〉(ディスペル)だ! 秘術系統が全部剥がされた!」
ココが秘術の加護を失い落下する。
守りも、翼も、精神的な繋がりも全てが解除されてしまったらしい。
俺は咄嗟にポーチから取り出した『加速のポーション』を飲み込み瞬間的な加速。
墜落するココが木の蔓に絡めとられる前に抱きかかえた。
「グルァアアアアアア!!」
歓喜の声か勝利の勝鬨か、雄叫びを上げて亜龍が再び赤い光弾を放つ。
『加速のポーション』を飲んだとはいえココを抱え、速度の低下した状態での回避は不可。
二人で墜落し木の蔓に飲み込まれる、そんな未来が一瞬先には迫っていた。
ーーまだだ!
こんなあっさりと諦めるわけにはいかない。
『秘影剣』を呼び寄せ光弾の射線に次々と跳び込ませる。
〈解呪〉を受け光弾を受けた『秘影剣』が次々と落下していく。
一般的なアーティファクトはサイオニックの〈解呪〉や秘術の≪解術≫(ディスアート)のなどは効かないと聞いたが、事実ではないのか目の前の亜龍が規格外なのか『秘影剣』は操作できない。
『秘影剣』10本を犠牲に亜龍の攻撃が俺に届くことはなかった。
しかし、亜龍は既に次弾の順を開始している。
(ココの秘術が全部剥がされた! そっちに連れていく!)
「ココすまん!!」
「え?」
「≪風の道≫」
ココの反応を待つ時間的余裕はない。
彼女の両手を掴みジャイアントスイングの要領で投擲。
秘術の風が投擲物を包みこみ、激しく打ち出された。
ココを捕らえようとする木の蔓も≪風の道≫で加速したココには触れられず空を切る。
「ちょっとぉおおおおおおおおおお!!」
高速で遠ざかるココ。途中で森の中から出てきた糸に絡めとられその軌道を変えた。
(ココ様、回収しました!)
エリスからの念話。
答える暇もなく立て続けに打たれる亜流の光弾を空中で避け続ける。
『加速のポーション』を使ってしまった以上、恩恵を受けている時間内に決めなければ。
いざという時の緊急回避手段がもうない。
傍に控えた剣は有効打足り得ずココの使っていた秘術も足止めにすらならない。
あとできることは接近しての攻撃。
強靭な鱗に効くかは未知数だがこのままではジリ貧。
意を決して手甲に意識を向け秘術を起動。
「≪雷の武器≫≪武器付与の効率化≫」
慣れた紫電が獣化した爪に纏わりつき、後の呪文で勢いが増す。
深呼吸を一度。光の翼を繰り突貫。
乱れ飛ぶ光弾の群れを加速した速度を生かして無理矢理に掻い潜る。
木の蔓での攻撃が俺へと襲い掛かった。
薄皮一枚の回避を繰り返し、迫りくる亜龍の爪を『秘影剣』で食い止め、生まれた僅かな隙間に身体を滑り込ませ肉薄。
ドラゴンの背中へとたどり着いた。
亜流の鱗へと爪を振り下ろす。
強化された紫電の爪が浅く鱗を傷つけた。
秘術で強化してもその程度しか与えられないらしい。
傷を嫌がり、亜流が背中に居る俺を振り落とそうと暴れ出す。
僅かな傷に爪をひっかけ死に物狂いでしがみつく。
ロデオのような動きでは振り下ろせないと亜龍は即座に理解し、今度は地面に転がりだした。
流石に張り付いていられず、振り落とされ弾きだされた。
光の翼でブレーキをかけドラゴンの近くになんとか留まる。
離れてしまっては再び光弾の群れに立ち向かわなくてはならない。
それにこの場を離れ過ぎてしまい他の面子に興味が移っては彼らの命が危なくなる。
多少の間合いが開いた俺に向かって亜龍はブレスと爪をくり出した。
その時、爆音が聞こえた。
炸裂する音と共に何かが飛来し、亜龍の頸部を抉る。
続けざまに三度爆音が響き、亜龍の首を何かが貫通していく。
激しい着弾によって首と胴体との接続部がもげた。
ドラゴンの首が驚きに目を見開いたまま焦げた樹木の上に転がる。
「よし!!」
思わず言葉が漏れた。
あの攻撃はリナの攻撃だ。当初の作戦通りにリナが動いてくれた。
超遠距離からの虚を突いた射撃。それがあの爆音の正体だ。
如何に知覚範囲の広いドラゴンであろうと意識的に探さねば見つからないほどの遠距離攻撃。さらに彼女は不可視の力場を纏い、幾重にも重ねられた気配遮断の秘術で覆われている。
前回の冒険で最も物理火力が高いのはリナだと分かっていた。
けれど彼女に大きな脅威の前で冷静に戦えるほどの経験値はなかった。
そのための超遠距離だ。
しかし、高位の存在に守りの力場がないことなどあり得ない。
必要なのはその力場が任意展開なのか、自動防御なのか、或いは耐久力がどれくらいなのかなどの生の情報だ。
強烈な一撃も情報不足で効果的に当てられなければ意味がない。
知るためには試さねばならない。
そのために秘術と『秘影剣』を使い試した。
結果、判明したのは力場が任意展開であるという事実。
唯一の懸念はリナの攻撃がドラゴンの肉体に通じるか否かという点だったが今回は目論見通り上手くいったらしい。
意識の外から繰り出された攻撃にドラゴンは成す術もなく倒れ伏し、巨体を横たえている。
木の蔓もサイオニックの影響から解き放たれ動きを止めた。
(スバル様、リナ様から「成功した、カクテル奢って」と言付けを承りました)
俺が思念を送るより早くエリスからリナの伝言が伝えられた。
リナは遠くにいるため≪精神的集団連鎖≫の範囲には入れていない。
(支払いはグラント結族がいくらでも持ってくれるって伝えといてくれ)
(ふふ、わかりました。レイナールが責任を持って支払ってくれますわ)
エリスの楽し気な思念を受け取りながら俺は光の翼を操り地面に降り立った。
大きく息を吐き出し、周囲を見る。
焼け焦げて炭になった樹木に、異様に伸びた木の蔓。
そして、なにより目を引くのが此方を見据える亜龍の首と血を吹き出し横たわる巨大な胴体。
今もこうして益体の無い事を考えて生きていられるのはリナのお陰だ。
俺の爪では何度も綱渡りを繰り返さなければこの結果は得られなかっただろう。
あとで面と向かって礼を言わなければと決心する。
ーー唐突な違和感。
見てきた光景の中にあってはならない物があった気がした。
何かがおかしいが、何がおかしいかわからない。
もう一度周辺を見回し、気づく。気づいてしまう。
……あぁ、そうか。
ーー何故、首だけの存在が俺を見ているんだ?
「小さきものよ。よくぞ私の分体を倒した」
千切れた頭部から理知的な声が発せられた。
身を縮み込み上がらせる威圧する声音。
その声は自然に発せられたものとしては法外なほど威容を孕んでいた。
首だけとなった亜龍が目に強い意志を宿らせ俺を鋭く見つめた。
「な、なんで死んでない……なぜそんな状態で喋れる……」
口からでた自分の声は驚くほどに頼りない。
瞬間、亜龍の死体が消滅し、虚空から黒色の煌めきを宿す飛龍が現れた。
その存在感は亜龍の比ではなく全身が震えることすらできずに凍り付く。
一目で分かる。亜龍よりも巨大な体躯。暗く輝く漆黒の鱗。
紅の瞳に射貫かれ呼吸すら忘れて俺はその場に停止した。
飛龍たらしめる翼が大きく広げられ異常な量の幾何学模様が黒龍の周囲に展開される。
模様が蠢き、身動きできない俺を取り巻いた。
俺は抵抗もできずに意識を失った。




