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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第三章 獣人の街
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地下世界28-1

何度見ても理解できない壺や絵に囲まれ、ふかふかのソファに腰かけ茶を啜る。

手入れの行き届いたレイナールを執務室を見回す。

最近は結族の本拠地に出入りすることが多くなったものだとしみじみ思う。

今まではケチな依頼と少しの幸運で生きてきたというのに僅かな切欠で生き方がだいぶ変わったものだ。

いつかは俺も芸術を理解できる日が来るのかもしれない。


益体もないことを考えていると、この部屋に近づいてくる足音を大きな耳が捉えた。

歩幅、歩調から考えておそらくはハーフリングの男性。レイナールだ。


扉が開き見立て通り彼が現れる。

そのままスタスタと歩き小さな身体を大きなソファに沈めた。

慣れたもので互いに堅苦しい挨拶などはない。


「すまないスバル。こっちが呼んだのに待てせてしまって。丁度打合せの最中だったんだ」


レイナールが机の上の水差しからコップに水を注ぎ勢いよく飲み干して開口一番にそういった。


「気にするな、美味い茶を楽しんでいたところだ」


カップを持ち上げておどけて言って見せる。

出されたお茶は以前に闇市のテントでキールに出された茶葉の物だ。

味が美味いと世間話をして次にこの建物へ来た時にはその茶葉が用意されていた。

彼のこういった細かな気配りが交渉人として相手の利益を汲み自らの要求を通すことに生かされているのかもしれない。


「書類の山はようやく無事に片付いたみたいだな」

「お陰様でね。私はこの綺麗になった机を見るたびに君が私をエリスから見捨てて帰ったことを思い出すことになるだろうさ」


これでこの事を責められるのは5回目くらいだろうか。

変なところで身体と同じく器が小さい。

吐いて捨てるような口調の割にレイナールの顔は笑顔なのだから冗談で言ってるのかもしれないが、こう何度も言われれば冗談にも聞こえなくなってくる。


「それよりスバルは最近は精力的に働いているみたいじゃないか。聞いたぞケラニア結族のフラーラを助けてくれたんだって?」

「まぁ、成り行きみたいなもんだ。別の依頼の副産物みたいなものだな。しかし、レイナールはあの子のこと知っていたのか」

「おっとスバル、その言い方は頂けないな。確かに我々ハーフリングは身体こそ小さいが彼女は立派なレディだぞ。子、呼ばわりは良くない」

「そいつは失礼」

「まぁ、フラーラはあれだ。ケラニア結族との会合で何度か会ったことがあるんだ」


フラーラの上司のミカルドの言っていた通り、二つの結族は懇意にしているようだ。


「そういえば最近リナがお世話になってるみたいだな」


ボルトガの依頼でコボルトを虐殺して以来、リナは多方面に精力的に活動するようになった。

以前から話半分にレイナールから言われていた、セントラルの技術を研究するグラント結族の技術者との共同研究にも参加しているようである。


リナがどの程度の役に立っているかはわからないが、やることのない日は毎日参加しているあたりその本気度が窺える。


「あぁ、そのことか。彼女は我々の技術研究に大きく貢献してくれているよ」

「迷惑とかかけてないか?」

「全然さ、むしろ大いに役立ってくれている。生まれつき科学技術に触れている上に基礎教育と言うものが成されているみたいでね。私たちの常識が通じない部分に関して的確に助言をくれているよ」


リナは存外、役に立っているらしい。

普段の生活ではあまり凄いと褒めれるようなところはないのだが。

ココも昔から大概、目を離せない部分があるがリナも色々と常識知らずで危うい。

何にせよ、上手くやっているなら上々だ。


「彼女にも君にも私は多大なる借りがある。コネが必要な店を紹介するだけじゃ返しきれないくらいの借りがな。だからもし困り事があって私の力が必要ならいつでも頼ってくれ」


レイナールは小さな胸を反らしてどんと拳を打ち付ける。


私は、ね。我々と言わないところを見ると結族の厄介さもよくわかる。

いや、結族の個人にそこまで言わせることができたのだからそこで満足しなきゃだめか。


「じゃあ、今度でいいから良い物件を紹介してくれないか? 宿じゃ色々と対策するにも問題が山積みでね。縁もできたしそろそろ腰を据えたいんだよ」

「お安い御用だ。私の裁量に任されている範囲で紹介をしよう。気に入ったものがなかったら知人にも物件を扱ってる者がいるから一応彼らも紹介しておこうじゃないか」


彼は懐からメモを取り出し、何かを書き始める。

ちらりと覗けた内容から人物の名前と居る場所が見えた。

書き終えたメモを渡される。


「そこの書かれたものには話を通しておく。彼らに話を聞くといい。あとは……そうだな。私の管理している物件の情報は君の宿泊している宿にでも資料が行くよう手配しておこう」


メモを受け取り『秘術の携行袋』にしまうふりをして脳力の収納空間に送る。

これでまず無くすことはない。


「恩に着る」

「気にするな。我々の仲じゃないか」


にかっと憎たらしいくらいの朗らかな笑みを彼は浮かべた。


「で、その我々の仲の俺に今度は一体何を頼みたいって言うんだ?」

「ふむ、確かにそろそろ本題に入った方が良さそうだな。扉の向こうから副官エリス君の早く本題に入れやオーラを感じる」


レイナールの言葉に半信半疑でエリスの匂いを辿った。

グラント結族の中でも二番目に良く会う彼女の匂いは既に覚えている。


彼女は本当に扉の前にいた。明らかにその場所に匂いが集中している。

接近に全く気が付かなかった。

こんな副官が常にレイナールの近くに居てきびきびと彼に仕事を持ってくるのか。

そりゃ以前のような力関係になるわけだ。


レイナールに同情していると彼は話を待っていると勘違いしたのか本題を話し始めた。


「早速本題だが、私は見ての通りにハーフリングで、君は見ての通りのセリアンスロープだ」

「……まぁ、そうだな」

「よし、スバル。それさえ分かっていれば十分だ。私とセリアンスロープの集落に来てくれないか?」



第二十八話



「さて、では皆の衆、準備はよろしいかな?」


レイナールが小さな両手を広げて皆に語りかけた。


街の郊外、アイリスで最も権威ある宗教団体『知識の集積者教団』の神殿よりも豪華な神殿がそこにはある。


何本もの太く精緻な細工の施された柱に、大理石の壁。

屋根には鷹を模ったマークや彫像がいくつも置かれ、室内にはエルフの精錬された技術で作られた彫刻が品を貶めない程度に飾られている。

金や銀などの貴金属や宝石がふんだんに使われた調度品は見る人の欲を刺激した。

床の大理石には謎の幾何学模様が刻まれ、どこか荘厳な雰囲気を醸し出している。


コネと金がなければ見ることすら許されないその神殿は、エルフのミゲッタ結族を中心とした運送ギルドが転送業を営む本拠地である。


転送業は長く険しい地下の道を介さずに別の街々に一瞬で移動できる脳力や技術を持った集団で構成されている。

場所と場所とを瞬時に結ぶその業務からどの結族からも切っても切れない関係と言われ、彼らは独自の地位を築いていた。


「忘れ物の類はないか? ちょっと帰って取りに来れるような距離じゃないぞ」


目もくらむようなお宝に囲まれながらレイナールが再度全員に確認を取った。

リナは再び荷物や外装骨格の確認を行い始め、ココは何もないと言わんばかりに腕を組んで立っている。

他にもレイナールの副官エリスとケラニア結族のフラーラまでその場に居た。

エリスは甲斐甲斐しくレイナールに付き、フラーラは何の資料なのか紙束を熱心に読み込んでいる。


普段は上等な絹の服を着ているだろうレイナールとエリスも街の外に出る今回ばかりは鎧を着こみ冒険者然としていた。

フラーラはゴブリンの住処で捕まっていたときと同じ装備だ。

修繕をしたらしく鎧に損傷の痕は見られないが。


そしてもう一人、転送を行うエルフの術者が青いローブを羽織り近くに佇んでいる。


これから向かう場所は数ある獣人の集落の一つ『ルクルド』だ。

その所在地は遠く、徒歩ではアイリスから数か月も掛かるという。


レイナール曰く、彼らの住んでいる場所の近くには希少な鉱石と古代の遺跡があるらしい。

また、彼ら自身も工芸品やクリーチャーを素材とした装備を作っているため、そういった物品の貿易もしたいと考えているとのこと。

何度かその集落の族長との対談をしており、今回はその調整と貿易の契約の締結を目指すために赴くようだ。


そんな結族の仕事丸出しの依頼に何故、俺が呼ばれたかというと、俺が獣人セリアンスロープだかららしい。

最初は固辞しようかとも考えたが、どうしても取引相手の族長に獣人を信用して近くに置いているぞ、と伝えたいとレイナールに言われ頼まれてしまった。


アイリスの近くには獣人の集落は無いせいか、アイリスの獣人は恐ろしく少ない。

レイナールの伝手でも俺ぐらいしか獣人がいないらしい。


彼にはいくつかの借りがあり、断るに断れず現在に至ってしまった。

特に『アッシュの古代遺物店』を紹介してもらった借りは大きい。

『秘影剣』がなければ先日のゴルドとの戦闘はより辛いものになっていただろう。

だから仕方ない。きっと仕方ない。


面倒そうな依頼を受けてしまったことに対する自己弁護をしているとリナが俺に近寄り、顔を寄せ小声で話し始めた。


「これから転送ってやつで遠くに飛ぶんですよね?」

「そうだな。俺も使ったことないから詳しい手順は分からないけど」


転送サービスを利用するにはコネが居る。

今までの人生ではそんなコネは無く、使えなかったが、今回の依頼以降はレイナールに取り成してもらえば使えるかもしれない。

また一つ、心の中で依頼を受けてしまった理由ができた。


「少し前から考えてたんですけど、闇市にお客さんとかってアイリスの住民だけじゃありませんよね?」

「……まぁ、そうだな」


話の流れが予想でき、リナに顔を向ける。

大きな瞳に宿る爛々とした輝きが彼女の告げるであろう言葉を如実に表している。

リナがまた、この街の触れてはいけない闇に触れようとしているらしい。


「絶対に遠くの街から来てるだろう人も見ました。つまり、あの場所を経由すれば他の街に転送屋さんにお願いしなくてもいけるのでは?」


やっぱりだ。

リナよ。それは触れてはならない事柄だ。

エルフの職員が長い耳でリナの言葉を聞きつけたのか視線を投げかけてくる。


「その話題は今後、絶対に口にしちゃいけない。転送屋は自分たちの利権が脅かされるのを嫌うんだ。闇市の出口にぼーっと立っている人いたろ? あれは入口と出口で来た場所、帰る場所が違わないように彼らが見張ってるんだよ」


睨みつけてくる職員になるたけ聞こえるように声を大きめにした。

この街には面倒でも通さなくていけない義理がいくつもあり、これもそのひとつだ。

闇市が闇市でいられるのは必要であるからという理由以外に全ての結族が見逃しているからという側面が大きい。

権力者に楯突くリスクは計り知れないのだ。


リナに釘を刺しているとレイナールが細かい事情を運送ギルドと詰め終わったらしく出発の言葉を口にした。


「では四日後に指定の場所に迎えをよこしてくれ」


帰りは四日後。

これから行く先は野生の力を持って野生で暮らす獣人の集落。

俺は都会派だから正直行きたくはない。でもこれも依頼だ。

両隣りに居るリナとココを見る。

少しばかりやる気がわいてくる。

さぁ、がんばろう。


「では、皆さま。瞬時に終わってしまう旅路なれどごゆるりとお楽しみください」


青いローブを羽織ったエルフの男性が小さく告げた。

演出か、本当に必要なのか、地面の幾何学模様が淡く輝く。


瞬間、周囲の景色が切り替わった。


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