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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第二章 トレージャーハント
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地下世界22

話がひと段落すると、ボルドガは薬草の香りのする茶でのどを潤した。

彼の吐き出した吐息に乗って安らかな香りが部屋中に広がる


ぺたりと小さく座り込んでいるボルトガを尻目に、話された内容を脳内で素早く纏める。

ボルトガ曰く、少し前からこの集落から遠くない位置にゴブリンが住み着いてしまったらしい。

彼らはそこを拠点に活動を開始し、つい先日にはこの集落までやってきて服従か死かを迫ったとのこと。

ゴブリンだけならなんとかなるが強力なホブゴブリンがゴブリンを組織し太刀打ちできないようだ。


斥侯に出した大勢のコボルトも数人しか帰らずこのままでは服従するよりほかに道はない。

しかし、服従してしまえば最後、集落は解体されていいようにこき使われて終わってしまう。

元々、数の多さと罠で生き抜いてきた彼らに服従後に状況を打開する術はない。


打開策を模索していたところに俺達が来た。

渡りに船ということで協力を要請したということのようだ。


「住み着いたってことはそこそこの規模の人数だろ? 俺達だけじゃ殲滅なんて夢のまた夢みたいなもんだぞ」


ココとリナを指で示す。

少なくとも百単位はあるであろうゴブリンの集団を殲滅するのはできなくはないだろうが消耗激しいし、相手は知性あるクリーチャー、万が一が怖い。


「わかっていル、ボルトガ達コボルトも一緒に戦う。スバルに求めているのは指揮している奴を倒すことダ」


ボルトガが腰に差した小さな剣を抜いて戦意を露にした。

くりくりとしたその瞳が怒りに燃えている。

卵生で簡単にぽんぽん増えるコボルトは仲間意識が低いのが特徴だが、知性高ければそれは別だ。

忸怩たる思いがあるのだろう。


彼の依頼、指揮している奴のみを倒せというは冒険者の運用としては非常に正しい。

一人で一軍に匹敵する冒険者も居るらしいがそんなものは稀だ。

少なくとも俺たちはそんなに強い存在ではない。

組織だって行われる戦いにおいて、ぽっとでの冒険者が入ったところで連携が難しい。


戦闘力はそれなりだが連携は無理。

そんなはぐれ者にできることは一つ。

電撃作戦で陣地に侵入し対象を殺害する。

所謂、暗殺だ。


「人にとっても悪い話ではないはずダ。スバルの話ではボルトガの住処とスバルの集落までは数日の距離。奴らはいずれ辿り着くゾ。知る限り幾つかの人間達が襲われていル」


正直な話、アイリスはまるで問題ないだろう。

ゴブリン程度に蹂躙されるならとうの昔に滅びている。

人間の犠牲者もどうでもいい。弱肉強食だ。仕方ない。


しかし、今後しばらくの間、街の外での活動がしづらくなるのは確実。

それは少々困る。時は金なりだ。


どうしたものか……とココとリナの二人を見るも、ココは俺に任せたの表情を浮かべリナに至っては何が可能で何が不可能か判断しようがない。

結局、俺が決めるのか。


「話自体は考えてもいいが、俺にそんな面倒なことを頼むんだ。それ相応の物は用意しているんだよな?」


冒険者の行動基準は金。

俺達も例に漏れない。

こんなところの依頼では話が広まることはないだろうが安い報酬で危険な仕事をするというイメージは絶対についてはいけない類のものだ。


俺の言葉を受け、ボルトガが首から下げた輪っかを差し出した。


「ボルトガが以前に『高貴なる地底龍』から賜ったこれを報酬に渡したいと思っていル。偉大なるかのドラゴンもボルトガを救うためならば許可を出してくれるはずだ」


装飾はなく一見するとただの腕輪。

『高貴なる地底龍』はどんなものなのか知らないがドラゴンからもらった品か。

サイズから見て龍ならば指輪ほどの大きさか?

装飾は細かく刻まれた紋様はそれだけで工芸的な価値はありそうだが、秘術的なオーラは感じない。


「これは?」

「『高貴なる地底龍』の鱗を賜って作ったリングだ。超常の力を減衰する力場を常に発していル。これならばスバルの言うアーティファクトにも劣らなイ逸品のはずダ」


常に発揮している力場!?

物理攻撃や秘術の力を常に弱らせる力場が常時展開されているなんてまさにアーティファクトだ。

効果が事実なら戦闘において強力な助けになる。


秘術オーラを感じないのは≪秘術的隠蔽≫(コンセルメント・セキュリティー)に類する力のお陰か。

それとも秘術では感じ取れない類の強力な力なのか。


「他にもいくつか品を用意していル。見て欲しイ。それに調べた限りゴブリン共は強力なアーティファクトを持っていル。きっとスバルも興味を持つだろウ」


部屋の隅にある頑丈そうな箱に俺でも聞き取れないほどの小声で何かを呟き、中身が浮かび上がりながら俺たちの前に並べられる。

中からは出てきたの刀身の短いの武器の類が三つ。

刀身が短いとはいえ、小柄なコボルトが使えば長剣に匹敵する長さだ。

持続時間の残っていた≪秘術の目≫が秘術的オーラ感知する。


「切り付けた相手の目を焼くククリに、精神的な抵抗力を減少させるダガー、酸を切り口に滑り込ませるカタール。中々に価値のある武器ダ」


現在、俺たちは武器よりも防具に力を入れている。

何事も命あっての物種、死にづらくするために。

武器にまで完全にお金が回っていないのが現状だ。

売るためというよりも単純に欲しい。こんなものを隠し持ってたのかボルトガは。


俺が驚いているとボルトガがニヤリと笑い此方を見やる。


得意気な表情しやがって。

これまで冒険者から取ったものの中で特に価値のありそうなものを取っておいたみたいだな。

てっきり全て交換に出していると思ったがやはりボルトガの知性はかなり高いらしい。


「わかった。受けるよ依頼。だがその前に情報をあつめてから行きたい。斥侯でもなんでもいいから何か情報を持ってそうな集落のコボルトと直接話をさせてくれ」



第二十二話



「トレジャーハントがただのハンティングになっちゃったね」

「勝手に引き受けてごめんな。でもあのアーティファクトにはそれだけの価値があるし、武器だって捨てがたい」

「宝探ししても確実に宝が見つかるかもわからないしボクは賛成だよ、あれを受けたの」


コボルトの詳しい計画を聞き、ココと軽口を叩きながらボルトガの家を後にする。

その際に一人のコボルトが付けられた。

信頼関係はあるとはいえ、前金としてククリを受け取った以上、監視の意味もあるだろう。


「ディグはコボルトのディグだヨ。よろしくネ!」


彼が共通語を片言でしか喋れないコボルトとの通訳になってくれるらしい。


「よろしくディグ。早速だが、ゴブリンを調べてたやつと話がしたい。案内してもらえるか?」

「お安い御用だヨ! 他にも何かあったらディグになんでも言ってほしいの!」


斥侯にいったコボルト達は現在、この集落の端で休んでいるらしい。

若いコボルトのディグは『本の居住者』(ブリント)を見たことがないらしくしきりにココへ変身をねだり始めた。

ココはそれをめんどくさそうに往なしている。


「宝石を持っていたようには見えなかったのですがボルトガさんはどうやって出ててきた武器を浮かせたんだんですか?」


リナがココの困っている様子を余所に耳元に顔を寄せてきた。


これも知らなかったか。

アイリスの常識とセントラルの常識が異なりすぎていていまいち何を常識として教えていいかわからない。

今度じっくり知識のすり合わせをするべきかもしれない。


「クリーチャーと人とを分ける一番の要素は何だと思う?」

「え? えーと……か、かお?」


顔ってなんだ顔って。

マンティスのことをクリーチャーだと思ってそうだな。

あれ一応人間の分類だから。


「それは脳力の有無なんだ」

「脳力……。宝石とか媒体を使わずに発揮する力のことでしたっけ? それ私使えませんけど……」

「だから俺の中では会った時からリナが実はクリーチャーっていう説が浮上してた」

「ひどい」

「気になって、この前の騒動の後から調べたらピュアも大昔にアイリスの連中と交流してたらしい。その時は脳力使ってたって記録はあるみたいだし、そのうち使えるようになるかもしれないな」


途方もない程の昔はアイリスの上には都市なんてものはなかった。

上の役人、ミュラーだったかな? 

彼の話通り、その時代にはピュアもアイリスで暮らし脳力を操り財を成して上の建設を行ったそうだ。上の建設に一番尽力したのはアイリスの中央部に住んでいる白龍らしいが。


「話が少しそれたけど、基本的にはクリーチャーには脳力が使えないんだよ」


リナはふんふんと顔を上下に勢い良く振っている。


「疑問に思わないか? なんの力もないのにクリーチャーに対して人間が奴らを殺し尽くしていないことを」


クリーチャーは知性もあり人よりも強力な肉体を持つ存在も多い。

しかし、ただ力が強い、素早く動けるなどの単純な身体能力だけでは≪支配≫や≪魅了≫を使い隙を作り、身体能力に劣ろうとも簡単に殺せる。


知性のない獣に至っては接近される前に適当に高火力で薙ぎ払うだけで終わる。

なんなら銃で撃つだけだ。

そんな簡単に済むならば果てしない欲を持つ人間が街に留まっているわけがない。

資源を求めて四方に散っている。


「……確かに」

「クリーチャーはデーモンとかヘイメルと一緒で魔法みたいな超常的な力を使うことができるんだよ。人はそれをサイオニクスで呼んでる。ちなみに秘術体系はそれに対抗するために作られたらしい」


際限のない欲を持つ人が外に思い思いに繰り出せない理由。

それはサイオニクスのせいだ。


サイオニクスは宝石のような発動に必要な物品が存在していない。

自らの意思と僅かな言葉のみで奇跡を成すことができる。

ある意味では人よりもクリーチャーのほうが優れているかもしれない。

脳力と秘術、サイオニック。どちらもメリットデメリットがあり一長一短ではあるが。


「そのサイオニクスとかいうのは全てのクリーチャーが使えるものなんですか?」


周りコボルトを見回し、多少怯えながらリナが呟いた。


「秘術と違って誰でも使えるわけじゃなくて相応の知性と修行が必要らしい。それに個人個人の力量に沿った一日あたりの使用回数の限界もある。リチャージが可能な秘術アイテムの人間版みたいなものかな」

「なるほど……」


リナへの簡単な説明が終わった頃、ココへのちょっかいがあらかた終わったのか今度はディグが俺に寄ってきた。

ココは生やした猫耳を消しながらため息をついている。

結局、ディグの押しに負けて変身を見せてしまったようだ。


「スバル、あんたの耳はナんの耳? ディグはとっても気になるノ!」


ディグは集落の長から通訳を任されてるだけあって知性が高く何にでも好奇心を持つようだ。

彼の興奮した様子から察するに俺達と会話するため自ら志願した可能性も否めないが。


俺への質問攻めは尻尾を振りまくった辺りでようやく終わり、ちょうど斥侯をおこなったコボルトの元に辿り着いた。

リナだけ質問されていない。俺とココのジト目がリナを襲う。


案内された粗末なテントの小さな入口を潜り、中へと入る。

中ではボルトガの所で嗅いだ薬草の匂いが充満していた。


目の前には緑色の薄い鱗に赤い筋がいくつも入り、傷だらけになったコボルトが五人。

その傷はどれも死ぬほどではないがそこそこの重傷に見える。

彼らは小さな爪の生えた爬虫類の手を動かし、磨り潰した薬草を一生懸命に傷口に塗っていた。


治療の類のサイオニクスは使われていないようだ。

それとも死なない程度の傷にまで回復させたのか。

サイオニクスに一日の使用限度回数がある限り、本当の緊急時の為に使用回数は残しておかねばならない。

俺が宝石を節約するのと同じ理由で使っていないのだろう。


「ディグがきたよ。あんた達に話を聞きたい人が居るんだ。手を動かしながらでもいいから話を聞いてほしいな」


鱗に焼き付いた稲妻が走った焦げ跡はゴブリンの中にサイオニクスを使える術者が紛れていることを示している。稲妻なんてサイオニクスでなければ操れない。


「ほら、お客様だよ! ディグの話をきちんと聞いテ!」


彼らはキーキーとコボルトの言葉でディグを罵っているようにも見える。

痛みで呻いている時に話を聞かせろなんて言われてしまえばその態度も無理ないかもしれない。


口の滑りを良くするために『治療のポーション』を二つほど彼らに振る舞う。

身体の小さな彼らはこの量で十分に回復することができるだろう。


彼らはポーションを飲んだり塗ったりして見える範囲の傷はかなり小さくなった。

人間の作った品が乏しい彼らに『治療のポーション』を渡したことで彼らの態度が軟化する。

その小さなくりくりの目から出される視線は友好的ものが見て取れた。

これでようやく話が聞ける。


「ゴブリンめ、ツギはやっつけてやる」

「みんなミンなしんだ、あいつにげるとき急にうごけなくなっタ」

「ホブゴブリンつよかった、俺、アブなかった」

「あいツらゴルグのため、ゴルグのため、ウルサかっタ」

「俺、ゴルグみた。あんたよりでかかっタひっしニゲタ」


五人の話は要領を得ないが相当苛烈に追い込まれたことは分かった。

話すたびに興奮して共通語ではなくなるでディグに通訳を頼む。


ディグの通訳で分かった限りだとゴブリンの住処に通じる通路には罠の類は少ないが、住処のある空間の前には通路を塞ぐ様にバリケードのようなものが築かれているらしい。

中は見ることは叶わず逃げ帰ってきたようだが、おそらく中もすでにかなり整備が進んでいるだろう。

そしてゴブリンを指揮しているのはゴルグという名前の大きなホブゴブリンらしい。


集落の規模、サイオニクスを操る術者の多さ。

これは中々に骨が折れそうだ。


その後、話を聞き終えた俺達は出発までの時間を待機する場所へと案内された。

上等とは言えないがコボルトの住居としては清潔感のある場所だ。

ディグと別れ、簡単な打ち合わせをココとリナとして休息に入る。


集落の中とはいえ念のため交代で見張りをして就寝する。

休息は俺が先で二人が後、三時間交代だ。


毛布を取り出し横になる。

ゼンマイ式の腕時計は0時を指していた。

出発は今から6時間後、明日明後日は忙しい日になりそうだ。


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