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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第二章 トレージャーハント
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地下世界16

冒険者向けの通りをココとリナ、浮遊する金属球を連れだって歩く。

様々な種族の冒険者が行き交うこの通りは、高級な歓楽街とは違った意味で大きく金が動いている。


命に見合う報酬を冒険の度に交渉し勝ち取る彼らは、報酬の多くを次の冒険の備えのために使うのだ。


大通りに面した秘術屋では宝石が飛ぶように売れ、武具屋では優れた武器が開発される度に棚から物がなくなっていく。

また、服飾屋では防具の修理依頼だけでも事欠かない。


ただ、それは人気店の話だ。

サービスや付き合いが悪ければ冒険者は容易に別の店へと鞍替えする。どこの誰が命を預ける装備を信頼できない業者から買うと言うのだろうか。


故に、客寄せから店の雰囲気作りまで店主は常に心を砕いている。


しかし、その信頼関係への心配りは買い手にも言える。

交渉により提示される売買の金額は、粗暴な振る舞いをしては決して良い結果をもたらさない。優良店は無粋な客には物を売らないこともしばしばだ。

そして、真贋を見極められず物の価値がわからなければ不利な条件の売買になることも良くある話。


道の中央の露店では自慢の料理を販売し、日々の稼ぎを得ようと料理人たちが味を研鑽し常に新しく美味しい食事を模索している。

新しい食材に新しい技法。流行り物に弱いのが人の常。

冒険者は思い思いの料理を手に取り、お腹を満たし、また別の装備を求めて彷徨うのだ。


買い手と売り手の力関係は均衡し互いが努めて紳士的に振る舞い、時に出し抜き、どれだけ自身の利益を出せるのか、ある意味ではこの大通りも商売人と冒険者との命のやり取りをしない戦場と呼べる場所だ。


そして、戦場であるが故に争いが起こるのもまた必然。

紳士的な対応を迫られる代わりにどこかでストレスを発散したいと思う不貞の輩は少なくない。


そんな彼らを取り締まるのが定期的に巡回するシティガードだ。

彼らは性質的に公正な性分のモノアイの機械兵士が一番多いが、公平を期すために多種族で構成されている。

ハーフリングにギガント、ドワーフにエルフ。

街の有力な種族からそれぞれ人が出され、街の治安を維持する一方で他種族へのけん制を行っていた。


露店の鼻腔をくすぐる香りに誘われて光に群がる蛾のように吸い寄せられる。

セリアンスロープとして無駄に発達した嗅覚が店主の努力の結晶に誘惑された。


「二人ともあれ食べるか?」


隣に歩く二人に声を掛ける。


「へぇ、ジンのお店がまた新しいもの作ったんだ。ボクは食べたいな」

「私もお願いします」


ココはいつものような態度、リナは話しかけると影のある表情から笑顔になり対応してくれる。

気を使っているつもりが逆に気を使われているかもしれない。


銅貨を取り出し、露店へ赴く。


「やぁジン、調子はどうだい?」

「これはスバルさん。いつもどうも。調子のほどはぼちぼちですな」


体長2.5メートルの巨人の男性、ジンが前掛けの良く似合う笑顔で出迎えてくれる。

俺との身長差は大きく、見上げて話さないとならない。

彼の身長に見合った露店のため、ほかの種族が開いているそれよりも随分と目立つ。

商品を置く台も相応に高く、自分が子供にでもなった気分だ。


「いつもと違う匂いがしたから寄ったんだが、何か新しいのでも作ったのかい?」

「流石はセリアンスロープ。目ざとい、いや鼻ざとい。最近良い食材が大量に手に入りましてね、仕入れられるうちはこれも売ることにしたんですよ」

「へぇ、それは一体なにをつかってるんだ? よければ教えてくれないか?」

「そいつは秘密だ……と言いたいとこだが。同業者でもないしスバルさんなら構わないか……少し前にワーグが大量に狩られたみたいでね」


なんでも数日前に大量にワーグの肉が出てきたらしい。

グラント結族がそんな小遣い稼ぎのケチな真似はしないだろうし、大方スラムの奴が死体を集めて売ったのだろう。

こんなところにもあの騒動は波及していたのか。


お前これ、人間っぽい肉塊を食ったやつを食ってるんじゃ……と思わなくもないがまぁ、よくあるよくある。


ココも俺と同じく気にしてなさそうだが、リナはあからさまにマジ? これくうの? という顔をしている。


「そうか……じゃあその新作を二つもらおうかな」


リナの分は買えない、流石に追い打ちが過ぎる。

代金を渡し、串の刺さった揚げ料理を受け取り、ココに一つ渡す。

まいど、と声を掛けられながら店を後にした。


リナを横目に見ると明らかに表情が暗くなっている。

元気づけるための行動が裏目に出た。


まぁ、そんなときもあるか。


ワーグの肉を食いながら道を進む。香草らしき匂いが鼻を抜け心地がいい。


料理片手に店を回り、『潰えぬ松明』を補充したり、次に洞窟に潜るときに備えた缶詰や干し肉、水に溶かすとスープになる野菜のペーストや調味料などを買い漁り携行袋に詰め込んでいく。


『秘術の携行袋』は残念なことに重量を無視し見た目の容量以上に物を入れられるが、時間経過はきちんとしている。

保存食は何処に行くにも必要だ。


「どこに向かってるんですか?」


目的もなく歩き回っているように見えたのかリナに訊ねられた。


「あと少しでわかる」

「…………?」


リナが疑問符を浮かべると同時に俺の脳裏に言葉が届いた。


【本日の開催場所はリオ地区『ゲオの菓子屋』裏】


≪一斉送信≫(マス・センディング)の呪文の効果だ。

任意の人間に同時に短い思念を届ける秘術が俺の脳に直接言葉を届けた。

ココにも届いたのか目配せを送ってくる。


当てもなく歩いていた一部の冒険者たちが目的地を変え、ある一点を目指して歩き始める。


「リナ、目的地がわかった」



第十六話 闇市



大通りから外れた裏路地。

密集して建てられた建物のせいで光の届かないその場所へ俺達は訪れていた。

リナは事態を飲み込めいないようだが文句も言わずに着いてきている。


『ゲオの菓子屋』の裏、壁のそばにフードを被った人間が静かに立っていた。

俺たちの存在を認めたフードの人物は、ただ佇むように見えて此方へと気を配っている。

そいつに小さなメダルが見えるように片手を掲げて近づく。


「ようこそおいでくださいましたスバル様、ココ様」


女性の声を発したフードの存在は恭しくお辞儀をする。


「念のため、メダルを確認させていただきます」


ココと二人でメダルを渡し返答を待つ。

手渡したメダルは、闇市の運営者が送る≪一斉送信≫の目印になっている。

これがなければ闇市の場所を知れないし、もし仮に場所を知ったとしてもこのメダルがなければ入ることもできない。


「確かに本物です。スバル様、そちらのお嬢様は?」

「俺の連れだ」

「スバル様のご紹介ですか。承知いたしました。ではお帰りまでにメダルを準備しておきます」


闇市に入るためのメダルは既存の利用者からの紹介か、酒場などでのスカウトでしか手に入らない。

リナが不安気にココに顔を寄せていた。無駄に良い耳が彼女の声を拾う。


「闇市にいくって言ってましたよね? とてもお店があるようには見えないのですが」


此処は裏路地。散々危険だとリナを脅し、マンティスと戦ったことも記憶に新しい。

こういった暗がりはあまり大っぴらにできないことも格段にやりやすい。

闇市を開く場所としては最適だ。


リナの呟きが聞こえていたのか顔の見えないフードの女性もどこか微笑ましいものをみるように感じられる。

俺も最初に利用した際はなんでこんなところで思ったものだ。


女性が何もないただの石壁に手を当てる。

すると、途端に壁が波打ち、白い塗料が壁に広がった。

どうぞ、と態度で入るように促される。

塗料は光を通さず、先を見通すことはできない。


「別に怖がらなくても大丈夫だよリナ、一緒に行こう」


ココがリナの手を引き壁に向かって歩き始めた。

ずんずんと速度を上げて壁へと歩く。

あわやぶつかる、その直前で二人の身体と付随する金属球は白い空間に飲まれ、視認できなくなる。


向こう側にいったようだ。

俺も遅れずに行こう。案内役の女性にチップを渡し、壁へと歩き出す。


「いってらっしゃいませ」


白い空間に飲み込まれた時、背後から女性の送り出す言葉が聞こえた。


空間に足を踏み入れると視界が白で塗りつぶされ、身体が浮遊感に包まれ、落下したような錯覚に陥る。

抵抗せずに僅かに待っていると、次の瞬間、地に足が着いた。


色が眼球に飛び込み、世界が色を取り戻す。

近くには尻もちをついたリナとそれに寄り添う外装骨格。

倒れたリナを見て笑うココ。


ココも最初に来たときは浮遊感に気を取られ尻もちついていたのに、他人が転がるのを見るのは楽しいらしい。

視線を正面に移す。この場所はいつ見ても良い。


その場所は巨大な空間だった。

ドーム状に作られ、宙にはカラフルな色の光の玉が漂い、空間を明るく照らしている。

球状の水が無数に飛び回り光を乱反射させた。

水球の近くには縄状の炎かま珠を囲うように動きまわる。


空間にはところ狭しと露店が立っていた。

秘術の込められた宝石、武器や鎧、何に使うかわからない貴重なアーティファクトに美味と噂される珍しいクリーチャーの肉、一見ただの服に見える衣類まで。

そこらじゅうの露店に多種多様な商品が並べられている。


もちろん普通には置いていない曰くつきの物から危ないクスリ、ケージに入ったワーグなどのクリーチャーや人間、果ては小型の黒光りするドラゴンまで所狭しと置かれている。


誰かがぼったくられ、誰かが安く買い叩かれる。

様々な種族が入り乱れ、皆が真剣に商品を手に取り品定めをしていた。


買い物をしているのは人だけではない。

知性あるクリーチャーも歩いている。

爬虫類と子犬を足したような小さなコボルトや一般的な成人程の体高の豚面のオーク、種族的に優れた体格を持ち大きな角を生やす牛の顔をしたミノタウロスや植物が服を着て歩いているトレント。


街の外では殺しあう存在もここでは大人しく共通語を操り、金貨や物々での交換をしている。


この大きな空間の中央には黒い円形のステージが作られ秘術の試し打ちが行われている。

今もステージでは煌めく粉が周囲に吹き荒れる綺麗な秘術が使われていた。


そして一番奥にはテントが幾つも並べられており、此処からでは中を窺うことはできない。


市場の随所には同じ衣装を着た人間が配置されていた。

立ち振る舞いから一廉の人物であると容易に想像ができる。

おそらくは警備のために雇われた冒険者だ。

原則的に争いが禁止されているこの場所でも稀に馬鹿は現れる。そのための抑止力の一つだろう。


金貨や貴重な品が取引されるこの場所は恐らくどの市場よりも刺激的で混沌としている。


尻もちをついたまま停止しているリナに手を貸して立ち上がらせる。

起き上がらせてもまだ再起動を果たしていない。


俺も最初は言葉を失った。

目新しく見たことがないものが並んでいることに加え、此処は他に類を見ないほど活気に満ち溢れている。

並べられた商品は効果などの説明を商人に聞くだけで心が躍る。


この妙に好奇心を煽る空間は、コネが必要な『アッシュの古代遺物店』のように整然とした趣ある内装とは別の興奮を俺に与えてくれる。


平たく言えば闇市は俺のお気に入りだ。尻尾が思わず揺れてしまう。

ココにもそれを指摘されるが気にしない。


まだきょとんとしているリナの背中を叩き、活を入れる。


「さぁ、リナ。買い物をしようか」


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