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虹彩都市アイリス  作者: とんさき
第一章 誘拐少女
23/93

地下世界 幕間 『ココとお酒とエステラと』

「それで、話ってなんなのさエステラ、緊急って話だったけど」


ココは店に着き、バーカウンターの椅子に腰かけるとすぐさまそう切り出した。


アイリスの高級歓楽街、『聞き耳服飾店』のほど近く。

会員制の酒場、『隠者の集い』にココは呼び出されていた。

呼び指し主は『聞き耳服飾店』の美人店員エステラ。


室内には余計な調度品などは無く、木のカウンターと無数の酒瓶が並べらている棚、静かな音楽を流す秘術道具が置かれていた。


酒と少しばかりの話を愉しむ、落ち着いたお店だ。


早朝という時間のせいか、室内にはバーテンダーが一人とエステラしか居ない。

エステラがココと目を合わせ妖艶に笑った。


「来てくれてありがとうございます、ココさん」


どんな女性でも見惚れるであろうその表情の作り方は永い年月を生き抜いてきたエルフの女性特有の技術だ。


「……何か失礼なこと考えていませんか?」

「いや、全く、全然。それよりも、いい加減そのさんづけやめてほしいんだけど。店の外なんだから誰も気にしないでしょ」

「いえいえ、こういった線引きはきっちりしとかないといけません。商売人として同業に舐められたくはありませんから」


年上に敬称をつけられるのはどうにも居心地が悪い。

ココは普段、ガサツな冒険者の相手しかしないのだから猶更だ。


「それが舐められることにどうつながるかわからないけど、まぁ、いいか……それで、その長い耳にとっくに入ってると思うけど、この前のちょっとしたごたごたがあってね。今は割と疲れてるんだけど、緊急の用事ってなに?」


エステラとココは売る側と買う側という関係なってから、時折飲みにいくような関係になっていたが、それも時間のある場合の話だ。

今までにこういった緊急と銘打って呼び出されたことはなかった、とココは思い返す。


「そう、凄い緊急の用事があるんですよ。そのゴタゴタと関係して」


リナの一件から四日ほど経ち、ココはレイナールから残党狩りの依頼や後処理、報酬として提示された店への訪問など、忙しい日々を送っていた。

そんな折に宿に言付けられていた今回の件。

空気の読めるエステラのらしくない振舞いに、余程の大事なのだろうとココは重たい足を引き摺りながらも会いにきていたのだ。


「まぁまぁ、とりあえず一杯飲みましょう? 丁度いい時間ですし」

「こんな朝から!? エルフの時間感覚はどうなってんのさ!?」


エステラのオーダーを聞き届け、従業員が素早くラム酒をロックで持ってくる。


「まぁまぁ、御一献。話をするにも口の滑りが悪くては用事も上手く済ませられませんわ」

「いや……用件……」

「まぁまぁ、今回は私がお支払いしますから。お願いしますよ。ココさん」


有無を言わせぬ迫力でありながら、どこかまぁ仕方ないかと思わせる魅力がエステラにはあった。

ココはため息をついてグラスを軽く上げ、ラム酒を煽った。

美人は徳だ、と内心毒づいて。




地下世界 幕間 『ココとお酒とエステラと』




「だから主人が酷いんですよ。また結婚記念日を忘れて仕事に没頭しちゃって……まぁそこが格好良いところでもあるんですけど」


それから、ココは肝心の用件を聞かされることもなく酒を何杯も勧められ、実のない話

、詰まる所の平時の誘いと変わらない状況が続いていた。


「……似たような惚気をこれまでに何度も聞いたことあるんだけど、そろそろ良いんじゃない? 本題は何さ?」


そこそこの時間が経ち、アルコールも回り気分が良くなってきた頃、埒が明かないとココはエステラに切り出した。


「……やっぱりココさんはお酒に強くて駄目ですね。疲れているときならいけるかと思ったんですけど」

「時は金なり、値千金払ってお酒飲みに来たんだからそれなりの用件じゃないと許さないよ。だいたいボクを酔わせたってエステラになんの旨味もないでしょうに」


ココはここ数日の仕事で疲労こそしているが、体調を崩すほどのものではない。

ましてアルコールに呑まれるなんて持っての他だ。

如何なる時も一定のコンディションを維持する体調管理こそが冒険者としての必須技能だと彼女は経験から学んでいた。


「……この前、リナちゃんがスバルさんとお店にきてくれたのだけど……あの娘、いい子そうね」

「この期に及んで、また関係ない話を……今日に支障が出そうだし何もないなら帰ってひと眠りしちゃうよ」


席を立つぞと言ったココにエステラは流し目で妖しく笑いながら小さく呟いた。


「…………心配じゃない?」

「……はぁ? ……ん? 心配? ……いや、何がさ。リナの事? 今はそのリナにまつわる心配事を処理してるから最近忙しいんだけど」


本当に意味が分からないといった表情で呆れたようにココは返した。


「いえ、違いますよ。そんな雑事じゃなくて……」


結族との仕事を雑事と断言し、エステラはカクテルを口に含んだ。

ほぅ、と漏らしたエステラの吐息から甘い香りが広がった。

それからココの顔を、表情を見ながら、たっぷりと溜めて一言。


「リナちゃん自身のこと」

「…………はぁ?」


ココは予想だにしなかったエステラの言葉にさらに呆れ度合いを深める。

先ほど自分で良い子だと評したばかりだろうとため息を吐いた。


「うーん、確かに今は心配な部分も多いけど、そのうち自分の身も自分で守れるようになるだろうね。あいつ自身も悪いやつじゃないし。真面目で、素直なのか飲み込みが早い。少し訓練すればマシになるだろうさ……まぁ、装備ありきの話だけど……あぁ、でも、心配といえば冒険者としての常識に疎いのが心配かな」

「……そういうことじゃないですよ」


胡乱な言い回しの連続にココも苛立ちを感じを始め、ラム酒を一息で飲み干した。

すると、酒は口内に溜まっていた文句も一緒に連れて胃の中に滑り落ちていく。


「今までスバルさんと二人きり…………たしか、十年以上でしたよね? しかも、幼い頃からの十年。エルフにとっては大した時間じゃなくても、貴方達の種族なら子どもが大人になるほどのたいした時間ですよね? そんな中、ぽっと湧いて出た、言葉は悪いですけど、お邪魔虫。心配ないわけがないですよね?」

「…………もう酔ってんの?」

「至極真面目な問いですよ。私もココさんと同じくらい年齢の頃、パーティーを組んでいましてね。それが男一人の女二人の構成でして――――」


酒のせいか無意識にココは何十年前の話をしてるんだと漏らしてしまう。


「――――あら? 何か言いましたか?」

「いえ、何も」


命に手が掛かりそうなほど致命的な死の気配を感じて、ココは即座に無粋な思考を放棄した。


「…………兎に角、男女揃えば必ず一つや二つ、もつれができちゃうものなんです」

「だから、ずっと言ってるけどボクとスバルはそんなんじゃ…………」


この手の話、男女関係の話はエステラと酒を交わすとき、必ずといって良いほど話題に上がる。

ココはいつものように反射的に否定しようとして――――


スバルがスラムの地下に侵入していた時のリナとの会話を思い出した。


リナはスラム街で待っている間、事あるごとにスバルやココへの感謝を口にしていた。

特にスバルへ話のときは熱が籠っているようにココには思えた。


打算があるとはいえ、命を救ってもらい、かつ自身のために単身敵地に乗り込むその姿に普通の女性は好感を抱かないわけがない。

更に世の中には吊り橋効果というものがあるということをココは知っている。


僅かな逡巡でココは言葉を詰まらせてしまう。

その隙を見逃すエステラではないが、彼女のことを無視するようにココは無理矢理言葉を繰り返した。


「そんなんじゃ、ないよ」


ココとスバルは幼いころから必死にこの世界を生き抜いてきた。

けれど、親の居ない環境で生きるにはこの地下世界は厳しすぎた。


クリーチャーだけではなく同じ人間も危険だ。

幼く、か弱い子どもが身を寄せ合って生きるのは当然の帰結。


命を奪う経験も、それ以上の非道もココはスバルと共に一緒にこなしてきた。

家族、兄弟、相棒、そんな安い言葉で表せるほど二人の関係は薄くも単純でもない。


「でも一度くらい、スバルさんと結ばれてみたいとか考えたことはあるでしょう? 私よりも断然若くて……えぇ、ココさんは所謂思春期も過ぎたばかりの年齢なのですから」


じろりと眼光鋭いエステラを意識の外側に飛ばし、ココは間髪入れずに答えた。


「そんな想定無意味だね。事実そうなってないし」

「そうは言っても、ココさん。貴女、なんだか痛いところを突かれたような顔をしていますよ」

「…………複雑なんだよ色々と」


スバルは獣人としては顔は悪くない。

何度も見たわけではないが完全獣化のときの狼顔も格好良いとすらココは思っている。


ココは初心な小娘ではない。

綺麗なこと汚いこと、当然、男女の事も理解している。


ココはいつもの間にか注がれていたラム酒のグラスを持ち上げ、氷を見つめた。


「なるほど、想像以上に二人の絆は強いんですね」

「まぁ、そう見えるんならそうなんだろうね」

「…………ふふ、ふふふふふ」


突然、室内に流れる穏やかな曲の上に、エステラの如何にも抑えきれなかったような笑いが被せられる。


ココは目を細めてエステラを睨んだ。


「なにさ」

「クールに決めたつもりかもしれないですけど……顔、紅くなってますよ。やっぱり色々と気にしてるんじゃないですか」


エステラが口元を手で押さえながら、クスクスと笑った。

ココが慌てて携行袋から手鏡を取り出すと、そこには紅く染まった自身の顔が映し出されていた。


「あ、う、こ、これは、お酒だから!! お酒のせいだから!! あぁ、もう酒、酒もってきて酒。こんなんじゃ全然足んないよ」

「まぁ、ココさん、どんどん頬を紅くしちゃって可愛い」


ココは酒をボトルごと引っ手繰るように掴み、一気に煽る。


ココは冒険者だ。

生きるために続けてきている冒険者としての経験がこの場から退散すべきだと決断を下した。このままこの場に留まっては海千山千のエステラにあることないこと言わされてしまうだろう。


「じゃあ、そろそろボクはいくよ。スバル達との待ち合わせだ」


ココは荷物を持ち、エステラの奢りという言葉を無視して金貨を数枚カウンターに置き、急いで席を立つ。


「まぁ、もう行ってしまうのですか。折角面白いことになってきたところですのに」


エステラのにんまりとした笑顔を視界の端に捉えつつ、ココは『隠者の集い』から逃げ出した。





―――――――





息を乱しながらココはスバル達との待ち合わせの場所、『癒しの広場』へと辿り着く。

酒場を予定よりも早く出たせいか待ち合わせよりも1時間近く早い。


ココはベンチに座り、息を整えながら宙を仰ぐ。

アイリスの天井、セントラルシティの床が嫌でも目に入る。


これからどう時間を潰そうか、とココが考えていると、急に視界が暗く覆われた。


「ココ、珍しいな。俺の接近に気が付かないなんて」


驚きでココの息が止まった。

スバルがベンチの背もたれ側から覗き込んでいる。

酒場での話がココの脳裏にちらつき、頬が熱を帯びていく。


「……顔も紅いし息も荒いし……まさか風邪か?」


スバルの額がココの額にゆっくりと近づく。

額が振れそうになり、ココは思わず身構えてしまう。

ココは息苦しさを憶え呼吸を思い出し、浅く息を吐き出した。


すると、途端にスバルが顔を引っ込めた。


「うわ、酒くさ!! 朝っぱらから呑んでんのか!!」


残念な気持ちと安堵感がココの心に同時に押し寄せる。


切り替えろ、切り替えろ、切り替えろ。

自己暗示にも等しい、自身を律するその言葉でココはようやく理性を思い出し、冒険者として正常な理性を取り戻した。


ココは何事もなかったかのように答えた。


「うん。エステラに呼び出されて仕方なくね」

「あ~、なるほど。なら仕方ないな」


あの人あれでおっかないからな、と呟きながらスバルがベンチの横に腰かける。


「待ち合わせより随分早いけど、どうしたの? ……というか、リナは?」

「なんかあの金属球のことでレイナールがどうしても聞きたいことあるらしくて早く呼び出されたんだよ。そんでリナを今日一日貸してくれってさ」

「…………それ大丈夫なの?」

「さぁ? まぁ多分大丈夫だろ。あれだけ好意的な相手に交渉の一つもできないんだったらそりゃリナの落ち度だろ。それにレイナールだって流石にこの状況で悪いようにはしないだろうし」

「たしかにね……じゃあ、今日は二人で後始末?」

「そっちはなんか他のグラント結族とレイナールとで行き違いがあったみたいで中止だってさ。大きな組織ってのは大変だね」


スバルは両手を広げ、あぁやだやだと首を降る。


「え、じゃあ今日は何もなしってこと?」

「まぁ、そうなる」

「……どうしよっか?」

「一仕事してもいいけど……最近立て込んでたし、ゆっくり物資補給でもするかなって感じ……あぁ、そうだせっかくだし『赤鉄の巨槌』の裏側にでも行ってみるか」

「……あそこになんかあったっけ?」

「レイナールに紹介してもらったんだけど、ソフトクリームのすっごい美味い店があるんだってさ。確か好きだったよな?」


スバルの何気ない一言で、冒険者としての思考を取り戻したはずのココの理性に罅が入る。

ココは頬に熱が溜まってしまいそうな気配を感じた。


「やったね。じゃあ行こう、今すぐ行こう、さぁ行こう!!」


誤魔化す様に勢いよくベンチから立ち上がり、スバルの手を引いて走り出す。


「っとと、走り出すほど好きだったっけ!?」


ココは聞こえないふりをして、スバルの手を強く握り街を駆ける。


「そんな急いだってまだ早いし売り切れることなんて無いと思うぞ」


見当違いな事を言っているスバル。

振り向きもせずに手を引っ張るココ。


やがて、スバルは抵抗をやめてココと並んで、二人で走り出した。


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