拾う
昼過ぎから降り始めた雪は、夕刻には大人の踝が埋まるほどに積もっていた。時折小降りになる気配はあるが、おそらく深夜まで――ことによると翌朝まで――降り続くだろう。
この冬まだ二度目の降雪であるため、積もりはしても根雪になるには至らないであろう。だが、冬籠もりの支度をするひとびとの手はおのずと急かされる。
静かに降りしきる雪の中を、一人の青年が歩いていた。
まだ若い、体つきは大人のそれではあるが、顔立ちには未だ少年の名残が残る――あるいは単に童顔であるのかもしれない――青年は、雪の中、急いた様子ではあるが慎重な足取りで歩を進めていた。
ふと、青年が足を止めた。 白い静寂の中、何かが青年の意識の端を掠めたのだ。それは音なのか、色なのか、動きなのか、それとも匂い、あるいは時折吹き付けてくる風に何か違和感があるのか……
わずかな警戒心を持って、青年はゆっくりと辺りを見回す。
と、右斜め前方に微かに動くものが目に入った。何かが半ば雪に埋もれている。時折思い出したかのように身動ぐそれは、白い毛皮に包まれた何か、に見えた。
さほど大きなシロモノではない。ならば危険は少ないだろう。
青年は慎重にその毛皮に近づいた。
白い毛皮ならばウサギかキツネ。テンも白いが、今目にしているのは、それよりもだいぶ大きい。
ウサギならば菜の足しになるし、食すに適さない獲物でも、これからの季節、毛皮は――剥いだり鞣したりという手間はかかるが――余分にあればありがたいものだ。
かすかに膨張と収縮を繰り返すそれは、まだ息はあるようだが、逃げるほどの力は残っていないようで、時折身動ぐような動きを見せるが、それ以上の動きはない。それでも念のために風下に回り込んで近づく。
だが……
「…………こど、も……?」
期待に反し、青年が近づいて目にしたものは、一応全身を覆ってはいるが、この寒さから身を守れるとは思えないぼろぼろの服を纏った、三歳ほどの幼児だった。
毛皮と見えたのは、柔らかそうな短めの頭髪だった。
だが、毛皮と見紛うのもあながち間違いではない、とさらに目をこらして気づく。
注意して見ると、頭髪の間から、毛に被われた尖った耳が覗いている。
「……獣人……か」
逡巡したのはほんのわずかの間だった。
青年はその場に跪くと、半ば雪に埋もれかけた体を抱き上げた。体の下の地面の乾き具合から、その獣人の仔がずいぶんと長い間そこに倒れていたと知れた。
「運が良いのか悪いのか……ま、生き延びられたら『良い』ってことになるのかな」
小さな体の上に積もった雪を払い、外套に包むように抱え直すと、その体はさらにふたまわりほどちいさくなった。
どういう仕組みか、獣人の中には二足形態と四足形態の両方を持つものがいる。この仔もそういう個体なのだろう。
力尽きての変化か、それとも倒れてもまだ変化する余裕があったということなのか、獣人の変化に詳しくない青年には判らない。
ただ、確かなのは。
「……ま、小さい方が運びやすいわな」
ひとりそうごちた青年は、まだ少し雪で湿った毛むくじゃらを抱えて先を急いだ。