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憂鬱少女は今日も独り  作者:
彼女の場合の拗れた恋は:【谷屋紗綾】編
4/6

1― 4

 透馬と美女たちはこれから先、どうなるのだろう。


 もしかしたら、私の知らないところでお色気の程度を越しているかもしれない。

でもそれは私には全く関係がないことだ。

透馬が、私が都浦さんとこんな状態になっても気づいてくれないように、透馬も私と関係がない。

例えそれが、「紗綾の事なら何でも分かる」「俺を頼って」なんて在り来たりな台詞を吐いていたとしても。

期待するのは私の勝手だ。ただ、それだけだ。

 現にアイツは連絡すら寄越さない。

自分に都合のいい時だけそうやって調子のいいこと言って女の子釣って、そうして私も落とされた。

色んな言葉をかけるくせに、私の状況なんて知らんぷり。

うんざりだ、あんなやつ。

情けない自分が不甲斐ない。

こんな感情ぐしゃぐしゃに丸めて、踏み潰してしまいたい、そんなことを何度も何度も考えて、夢見て、妄想してばかり。

そうしたらいつの間にかアイツに対して憎まれ口を叩き続けていた。

滑稽だ、笑えちゃう。

黒々とした感情が渦巻いて、とてもではないが前を向けない。

そんな私の心情を察したかのように肩を叩かれ、ハッとして都浦さんを見る。

彼の顔を見るだけで、少し安心してしまった。




「当店では待ち時間に軽めのお茶をご用意させて頂いています。都浦様、本日はどのように致しましょう」


「俺はコーヒーだけでいいよ。それと、こっちの彼女にはキャラメルマキアートとメープルワッフルでよろしく」




 都浦さんは私が答える前にすかさず店員さんに返答をした。

意見も聞かずに即答されたが、もしもその『キャラメルマキアート』と『メープルワッフル』が私の好みじゃなければどうしたつもりだろうか。

もしや…自分で食べるとか…?

それはそれでシュール…いやいや、その前に何でこの人私の好物知ってるのよ。

都浦さんと話せば話すほど、わけがわからなくなる。

このひと、ほんとうは、────。




「畏まりました。では都浦様はこちらの控え室で。お連れ様は私と共にこの部屋へ参りましょう」


「えー、俺も行っちゃダメなわけ?友人サービスとかさぁ」


「珍しいことを仰る…女性が変身する様は魔法使い以外が見ると魔法が解けるんだよ。さっさと出てけ」


「俺も魔法使(パトロン)いだよ」


「出ていってください」




 意味深な言葉を残して、店員さんに押し出された都浦さん。

その彼から、去り際に頭を撫でられた。

店員さんと仲が良いみたいだし、私の好物を知っているし、妙に茶目っ気もあるし、ますますよくわからない人だ。

撫でられた部分を少しだけ押さえて、店員さんの方へ身体を向ける。

すると、何故だか驚いた表情をして都浦さんの後ろ姿を眺めている店員さんがいた。

彼は首を傾げる私に苦笑して、「奥へどうぞ」と言いながら近くの扉へはけていく。

言われた通り奥の部屋に入って大きな鏡の前にある椅子に腰掛ける。

鏡の向こうに見えたさきほどの店員さんの顔が、慈愛に満ちた笑みで溢れていた。

都浦さんって、一体何者?




「こんにちは、都浦の旧友であり店長の中上です。当店にご来店いただき誠に有難う御座います。失礼を承知でお名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「あ、…はい、大丈夫です。都浦さんの知人の、谷屋紗綾と言います。今日はよろしくお願いします」




 馴れていない待遇にしどろもどろになりながら、質問に答えて鏡越しに頭だけでぺこりと会釈をした。

この人、店員さんじゃなくて店長さんだったのか。

少し目を細めた私に、中上さんはそんなことを気にも留めないで「毛先を切ってもいいでしょうか」とカットの確認をする。

毛先がパサついた肩甲骨まで伸びている長ったらしい髪をちょうど切ってしまいたいと思っていたので、迷わず「お願いします」と了承をした。

ついでにその勢いでミディアムボブにしてもらうことになって、何だか元の私の原型なんて何処にも存在していないような気分にさえなってしまいそうだ。

まるでほら、透馬に恋愛感情を抱いている今の私を無かったことにするかのように、はらはらと音を立てて新しい私になっていく。

帰ったらママとパパ、それに岬ちゃんもびっくりするだろうな。

まだ完成していない、私に似合うかも分からない新しい髪型を、みんなは「似合うね」と言ってくれるのだろうか。

少なくとも都浦さんは、私がどんな格好をしていても「凄く可愛いよ」を連呼しそうな気がするけれど。


 …あれ、何でこんなに見たこともない状況が想像しやすいの?




「いくら毛先が少々乾燥しているとはいえ、こんなに綺麗な髪を切ってしまってもよろしいのですか?」


「…はい、いいんです。今日は都浦さんに、私の限界いっぱいイメチェンにつきあわせることにしたんです」


「ならば、勿体無いとは失礼な言葉でしたね。では私も、都浦の財布の上限いっぱいを利用して谷屋様を素敵な女性に変えて見せましょう」


「有難う御座います。あ、あのでも財布の上限云々は…」


「ふふふ、冗談ですよ。ですが数時間後、貴女はその表現に見合うくらい素敵な女性になっていますよ。私は都浦と違ってダイアモンドの原石は研く派なんです」


「都浦さん、と…?」


「あの方は、場合によっては原石も鉱石そのものも、気に入ったものは研きもせず何でも隠しますからね」




 ひんやりとしたハサミが私の髪の上を滑る。

さすが美容師と言えばいいのだろうか、素晴らしいトークスキルのおかげで全く退屈をしないし、それどころか刃を合わせる音をBGMにして場の雰囲気を盛り上げているようにも感じる。

この中上さんという方はかなりのやり手だろう。

都浦さん同様、何処か得体の知れない感覚がするのはこの人の魅力の一部だと思わせられる。


 都浦さんの旧友と名乗った中上さんは先ほどの彼とのやりとりで見せた荒っぽさをおくびにも出さずに、丁寧な言葉使いで対応してくれる。

都浦さんにもこんなまともそうで尚且つ好印象を抱けるような友人が居たんだという事実に、何だか少し不思議な気分になる。

いや、都浦さんのことというよりも、今日と言う日全てが不思議に満ち溢れている気がする。

 透馬とのこと、都浦さんとの取り引きのこと、都浦さんのこと、そして何より私自身のこと。

いつもの日常通りだった一日が、あの人が来たことによって色がつく。

たった一日で何かが変わってしまうような、そんな出来事を私に与える都浦さんは本当に魔法使いなのかもしれない。




「しかし…今日は驚きましたよ。まさか都浦が女性相手にあのような軽い態度を取るだなんて」


「え、都浦さんが…?」


「はい。都浦と旧知の仲に…といっても大学時代ですね。大学時代からいままで、あの男が女性に対してあんな浮かれた顔を見せるところを見たことがありません。谷屋様はよっぽど特別なのでしょうね」


「ま、またまた…中上さん、上手いご冗談を。都浦さんは素敵な女性を選り取りみどりに決まってます。こんな小娘が特別なわけありませんよ」




 ある程度リラックスしてきた最中に、中上さんからの思いがけない話で衝動的に軽く肩を上下に揺らした。

そんなはずがない。

私よりも10も長く生きていて、世間一般でも知られているような大企業のお偉いさんで、しかも私を変える魔法使いみたいな凄い人が私を特別扱いするはずがない。

だって私は、アイツの幼馴染みなのにアイツが他を選んでまで蔑ろにするくらい価値のない人間なのだ。

そんな私が、誰かに選ばれるだなんてあるはずがない。

だから私はしっかりと前を向かなければならないし、頼れる相手が居ないのだから。

だからあんなしょうもない男に惚れたのだから。

いくらアイツが私に、『紗綾はずっとずっと特別』だなんて小さな頃に約束していたとしても、すぐに反故されるくらい希薄な存在なのだから。

だから私は本当の意味で、誰かの特別になれるはずがないのだ。




「いいえ、谷屋様。私は都浦の旧友ですので、そのような冗談を言わないことくらい知っています。あまりご自分を卑下してはいけません」


「…そう、ですね」


「ええ、そうなのです。都浦はね、あの容姿とご実家の権威おかげですっかり女性不信の女性嫌いになっていまして。私と出会ったときはすでにその傾向が多く見受けられました」




 一重にそれも、あの方が何処かで望まずには居られなかったからでしょうね。

中上さんのその言葉は、まるで本人さえもが理解していない希望を見透かしたような、それでいて彼自身が都浦さんへそうであって欲しいと願っているかのように聞こえるものだった。


 何でも都浦さんが小学生の頃、長きに渡って病気を患い、ついには病床に臥せって入院を余儀なくされた、都浦さんのお母さんと代わるかのように入ってきた使用人の女性が、自分は貴方の次の母親だと(うそぶ)いたらしい。

多忙で都浦の大半を任され海外に出ていたお父さんは、この事態を中々把握することができず、一ヶ月後に海外出張から帰宅すると、衰弱してしまった息子と家の財を食い尽くそうとし、息子にすがりつく見慣れない使用人を見つけたのだそうだ。

そのあとすぐに実は都浦父のストーカーだった女性を警察に通報し、そのストーカーを採用した主犯である都浦のある分家を一族から追放、そして当の都浦さんはしばらく入院生活を送ることになったようだ。




「その後も散々な目に遭ってましてね。そんな都浦が貴女に対して穏やかな顔をされているんです。これで、特別ではないはずがありませんよ」




 そう言ってふわりと微笑んだ彼に、何も言えるわけがなかった。


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