1ー3
数日前強引に私とメールアドレスを交換した彼は、デートしようね、とふざけたメールを送ってきた。
都浦さんがどれだけ顔が良くてイケメンスーツでも、現実は厳しく、制服で行けば確実にこの人は捕まるので、着替えた方がいいだろうと思っていたのだけれど、どうやらそれは勘違いされたらしい。
都浦さんは何を考えているのか知らないが、私のような小娘にだってそれくらいの配慮は出来るつもりだ。
いくら苦手な人だからと言って、約束を違えたりしない。
そう考えるとある意味で彼と同類と言えるだろう。
透馬みたいに、出来もしない約束なんて言わない。
透馬父から、人は変わりやすいから約束は守れと教わった。
そうすれば相手も自分の事を信じてくれるから、と。
都浦さんは何を思ってこんなことを言い出したのだろうか。
「あー、もう。嘘だよごめんね、そんな顔しないで。俺も大人気なかった。嫉妬してたんだよ」
一体何の弁解だろう。
会話が食い違っている気がする。
先ほどまでは彼の目が冷たかったのだが、急にへにゃっと下がってしまった。
ワケがわからない、こちらが冷たい目をしたいところだ。
「都浦さん何なんですか?」
「だって君、好きな人がいるんだろう?拓馬さんにも君の母上にも聞いている。こんな歳の離れたおっさんと身売りみたいな事したくないだろ」
話が通じていない上になんて今更な物言いだろうか。
ここ数日本気で悩んだ私をどうしたいのだろうこの親父は。
いや、親父と言ってもこの人は29歳だ。
おっさんとか自分で言ってて虚しくならないのかな、実質私とは12しか変わらないのだけれど。
というか、今なんて言った?
拓馬さんにも君の母上にも聞いている、だと…?
透馬父とママと仲がいいんじゃない!!
岬ちゃんの無事しか考えてなかったけれど、何処か辻褄が合わないし、私の早とちりと妄想で展開をしてしまった節があるから可笑しいと思ってたんだ。
小娘はしてやられたってことか。
…情けない。
笑いたきゃ笑って欲しい、そして私の骨は透馬父が眠る墓の近くの海に蒔いて貰いたい。
心の中で項垂れた自分に喝を入れ、事実確認の為に都浦さんに向き直る。
「今はそんなのどうでもいいです。都浦さん、一体何をお考えですか。岬ちゃんを手篭めにする、とかじゃなかったんですか?」
「…紗綾ちゃんはよっぽど俺を悪い大人にしたいようだね。まぁでも、強ち嘘ではないかな」
「嘘、じゃない…」
「うーん、ちょっと今後の話を詳しく話し合いたいな。ロック掛けてないから、ほら乗って」
どっちなんだ、はっきりして欲しい。
あの一瞬だけ、喉が渇いたような気がした。
岬ちゃんが手篭めにされるだなんて、絶対に許せない。
もしそれが本当なのだとしたら、少しでも彼女を守れた事に安堵から笑い出したいところだ。
立ち止まっていると、ずいずいと都浦さんの車の助手席まで背中を押され、警戒する間もなくちゃっかりシートベルトまでしてしまった。
私ってどうして流されやすいんだ。
「あの、制服は」
「分かってる。俺もまだ捕まりたくないしね。初デートの記念に服見立てたから着てくれる?後ろに置いてあるからね。美容室で着替えようか」
「そこまでしていただかなくても、私は交渉相手で、身代わりで」
「いいから黙ってプレゼント受け取ってよ。大人の男に恥をかかせないの。紗綾ちゃんを着飾りたいっていうおっさんの気持ちを分かれとは言わないから、ね?」
人の好意を無駄にしてはいけないと透馬父が耳元で言っている気がした。
大人しく頷いて、「鞄貸して」と言う都浦さんに荷物を預けた。
都浦さんって強引で数日前の出来事を除けば、とても紳士で素敵な男性なんだろうな。
数日しか会ったことはないけれど、これだけは言える。
こういう人に、恋をすれば良かったと。
片想いを拗らせる相手が都浦さんみたいな人なら、私だって玉砕覚悟で告白出来るかもしれないのに。
何で透馬って透馬なんだろう。
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』ではないけれど、本当に時々思ってしまう。
もしかしたら、ドラマの人とかじゃないの?
じゃないと普通は現実的にあんな昼ドラ張りの茶番なんて出来ないよ。
私も叩かれたり、机の中に仕込まれていた画鋲で怪我をしたことがある。
その点、この人は(今日は)優しいし、この人の周りも(いまは)静かだ。
あーあ、透馬の事なんて考えたくないのに。
胸が、痛い。
「いつも誰の事考えて溜息吐いてるの?」
「え…」
「女の子にそういうことさせる男はやめておきな…なんてね。俺が言える話じゃないけどさ」
都浦さんは不思議だ。
何で透馬の話だと分かったのだろう。
都浦さんの冗談は笑えないし真剣だ。
確かに都浦さんは透馬の事を言えない、けれども実はママにも、透馬の友達にも言われた事がある。
アイツはやめておけ、私を傷つけるだけだ、と。
分かっていてもやめられないのだから、恋愛は難しい。
時に見惚れて、したくもないのに勝手に嫉妬して頭の中が真っ赤になって、目の前さえ眩んじゃうんだ。
彼女たちが良い例だろうな。
争奪戦に参戦出来ない女が言えたことじゃないけどね。
「本音を言うと、拓馬さんの娘でも誰でも良いんだよ。ただ俺の周りに居させるなら、拓馬さんの娘か紗綾ちゃんの方が気楽で良いってだけで」
「…何でそんな事を?」
「都浦って大企業でもある反面、知られてないけど極道でもあったりするんだよ。俺は今、祖父から会社を就いでるけど早く女作ってどちらかを選べって言われててね」
「身を固めろと」
「んー、ただの情人でもいいんだ。道具が居るんだよ」
冷たく吐き捨てる都浦さんの事情は、一般人の私には分からなかった。
透馬父の娘である岬ちゃんを選んだ理由は、何となくは理解出来た。
でも、どうしてそこに私が出たんだろう。
疑問を振り払って、少し遠出になるからメールしてね、と言われたのでぽちぽちと文章を作成する。
今日が金曜日で良かったかもしれない。
金曜日以外の平日だと、次の日に備えて課題を終わらせないといけないし、体力が持たない。
静かに安全運転でハンドルを切る都浦さんを見ながらママにメールを送った。
「紗綾ちゃん、内部事情聞いちゃったんだから逃げられると思わないでね?」
「え」
「当たり前じゃない。俺、君が逃げたら地の果てでも追いかけて連れて帰るから。約束を違えたら、」
恐ろしい表情と低い声で私に忠告をする都浦さんは今更過ぎて苦笑してしまう。
私は身代わり、そして透馬から離れたい。
なんてことない、利害が一致している相手だ。
どんなにこれから先に恐怖が待っていようとこちらより楽な道はないのだ。
脅してる割に物騒なことを言い出さない彼の性格が、そんなわけないと思いながらも少し分かって来た気さえしてくる。
これなら私も内情を話した方がいいのかな。
話しているうちにいつの間にか美容室の前に着いていたらしい。
車から降りて店の外観を観察する。
お菓子のお家みたいでとても素敵な雰囲気で好感が持てる。
こういった類は大好物だったりする。
ぼけっとしているとブランドのお洒落な紙袋を持った都浦さんが、行こうかと言ってまた私の背中を押した。
「いらっしゃいませ、都浦様。本日も贔屓にしてくださり有難う御座います。中上は準備が済んでいますので、奥の部屋へ」
「ありがとう。これ、彼女の服ね。タグは切ってあるから着衣室の中に置いてくれる?」
「畏まりました」
都浦さんのエスコート?に甘んじて会話を聞き流した。
金持ちってこういうところによく来るのかな。
慣れた態度で私を奥の個室へ案内する。
こういうところで無駄なくエスコート出来るって事は、何回も誰かをエスコートした事があるってことだよね。
そうやって見てみると、透馬が全年齢対象のちょっとお色気ハーレム主人公なら、都浦さんはドロドロの20禁ハーレムを築いていそうな気がする。
透馬なんて本当に甘いものなんだろうな、これが都浦さんみたいに大人になったらどうなるんだろう。
現実よりも未来なんて、考えたことがなかった。
考えてしまえば、この関係はすぐに消え去ってしまうと思ったから。
でも、私ももう覚悟を決めた方がいいのかもしれない。
きっと都浦さんとこの時間を過ごしてしまえば、透馬との関係は薄れて行ってしまうだろうから。
馬鹿だな、私。
あんなタイプでも何でもない男に未練なんて残しちゃって。
渇いた笑みで自分を嘲笑った。
わざと短く折ってしまったせいで、5話で終われないことに気づきました馬鹿です…。
「水浸しドロップ」が混沌としていて煮詰まってしまったので、少し休憩です。
あちらももうすぐ更新予定なのでお待ちください。