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いや、ね。
私だって分かってるんだよ?
現実的に考えて、こんなこと軽蔑した方がいいんじゃないかって思ったりもするの。
こんな感情捨てちゃって、ただの幼馴染に戻って、ほどほどにアイツの世話焼いていた方が私だって傷付かないし、幾分か彼女たちも苛立たないし平和になる。
知ってても、行動に移せない臆病な私。
でも近い未来、アイツへの感情が無くなると確信してる間抜けな私。
「紗綾、さっさと帰って宿題教えて!!」
こんなアホをこの後に及んでまだ好きでいる、泣いちゃったほどとっても馬鹿な私。
「ちょっと透馬、待ちなさいよ!私にも予定ってものがあるって何回言えばいいの?!」
昔から幼馴染の前でだけは強気で素直になれない、言いたかないがいわゆる【ツンデレ】に近い可愛げのない女だった。
ツンデレなんて可愛いもんだわ、私はいつも素っ気ない態度をとってアイツの情けない背中を叩いていた。
デレなんて弱みを見せる甘ったるい事は、一切しないように心がけてきた。
しょうがない、だってあの頼りなさは私が見て来た中でも随一を誇ると言っても過言ではないくらいだもの。
いつだってアイツが頼りない分、私が頑張らなくちゃいけない。
そんな固定概念は、透馬と私が幼馴染になった時からずっとあり、透馬の家に妹が生まれ、うちに弟が生まれた時から強まってきた。
透馬自体がとても特殊で、アイツ自身小さな頃から何故か数多の美女・美少女を引っ掛けてきた。
アイツはちょっとお色気な少年漫画の主人公みたいな境遇に居て、しかも鈍感で、癖のある美人は揃って奴を好きになり、そして天然だから好意に気づかず、本人は気づいて居ないが周りに対して気の在る振りをする。
透馬の家も特殊で、透馬父は透馬母の性格に耐えきれず奴が幼稚園生の頃に離婚、透馬母さえもが透馬を恋愛感情で好きと来た。
当然家族として成り立つ訳がない。
それを見たうちのママや透馬父が透馬を引き取り、幼少期は育ててきた物の、段々と透馬父のご病気が悪化し、私達が中学二年生の頃に他界、その後は親権を取り戻した透馬母の家にいる。
透馬母はさっそく"お母さん"なんて優しいモノではなく、私から見てもただの"オンナ"だった。
気持ち悪くて気持ち悪くて、私は一時期女性が怖くなったし、一応の想い人である透馬の事も怖くて仕方がなかった。
だってアイツは誰の好意にも気づかない。
いつも取り合いされて、いつも喧嘩が起きて、ずっとその状態が続いている。
透馬はそれにも関わらずに甘ったれで何もかもをちゃんとしようとしない、どうしようもないダメ男だった。
だから余計に下の子が出来た瞬間、私が何とかしなきゃって思った。
透馬の事は放って置いてもまた新たな人が私のポジションとして配置されて、面倒を見てくれるだろう。
でも、透馬の妹は?
常識人からも見放されるような人がお母さんで、なおかつ自分の兄にしか興味がない、そんな母親の元でまともな生活が送れる保障なんて何処にも無かった。
なら、頼れる人は?
透馬父か幼馴染である、うちの家族だけ。
私の妹として精一杯面倒を見るんだ、そんなことを思ったのは私が中学生になってから。
遅過ぎたのだろうと思う。
それでも、透馬の事を割り切れるようになるまで随分と時間が掛かってしまった。
もうきっと、この想いが叶う事を願えない。
「何だよ紗綾、最近つめてーなぁ」
「…こ、高校生にもなってすぐに幼馴染の手を借りたがるアンタが可笑しいのよ。友達とすればいいじゃない。私にだってプライベートくらいあるの!」
「はぁ?ほんっと紗綾って可愛くねー。クラスのマドンナ関口サンを見習えよな〜」
「〜〜〜っ関口さんにでも頼んだら?!私、もう行くから!」
不毛なやり取りを何回繰り返して、何回同じ傷つき方をしたのだろうか。
ワザとキツい言い方をして距離を取って、これ以上傷付かないようにしていた。
もしも弱さを見せてしまって、これ以上無いくらい立ち直れない事態が起きてしまったら。
そう考えると、絶対に私は私を見せてはいけないのだろうと思う。
どれだけ、傷ついても。
「…っ」
「さ、オイ!紗綾マジで行くのかよ!なら俺も、」
「透馬くん、谷屋さんなんて放っておきなよぉ〜?私が教えてあげるよ!」
「え、あ…アレ?!!紗綾!」
透馬の声なんて聞こえないフリをして走り去る。
何が何でもこれ以上アイツの方向を振り向いてはいけない。
いままた、振り向けば私は確実に傷つく。
きっと透馬は私の事をさっぱり忘れて、肩には美人な女の子が手を置いて、二人でイチャイチャしてるんだ。
透馬にとって私は、代替えの効く要らない存在だ。
昔にそれを実感した。
もう私はアイツを甘やかさない。
その為にももう、今日は透馬に会わない。
すれ違う先生方に会釈をして、足早に靴を履いて校門を出た。