ちょこれいとらぶ
男を突き動かすは嫉妬の念
さてさて世の女子のみなさん、(いや、男子も入る…?)占いはお好きですか?
大半の女子は好きなのではないでしょうか。え?嫌い?じゃあ、占いじゃなくてもいいけど、好きな人と両想いになれるものならなりたいと思うでしょ?占いの好きな女子だって占ってもらいたいことってほとんど恋愛なんでしょ?青春時代の大部分なんて結局恋愛にしめられてるんでしょ?
いや、否定は許さん。これは私の持論かつ経験則なんだから。
「じゃあ、お願いします!!」
昼下がりの学食でそんなことを考えていると、目の前の女が話し終えて満足したとばかりに立ち上がった。
私はそんな彼女に
「言っておくけど、一か月後にならないと分からないからね。」
それだけ言って女を追い払った。
はあ、めんどくさ…
私こと大津美湖にはちょっとした秘密がある。私には、私の料理を口にした人の感情を読み取ることができる能力がある、ということだ。普段の生活では読み取りたいと思わないので使わないが、いざとなればすぐに使える。そして、ここからが重要なのかもしれないが、私が作るチョコレート菓子は100%の確率で“惚れ薬”になるということだ。あ、一応言っておくけど私は魔女でも何でもない。
大学に入り、よくつるむ女の子4人のうち3人をこの能力をこっそり使って恋愛成就させたところ、どこから漏れたのか、誰が話したのかは分からないが“恋愛マスター”とか何とかで女子の合間で有名になってしまった。
それ以来女子から相談という名の押しかけが後を絶たない。
まったく、私の苦労も考えてほしい。なんてったって、まずは依頼主の意中の男に何とかして料理食べさせ、感情を読み取り(付き合ってる子はいないのか、気になってる子はいないのか、彼女を欲しいと思ってるのか…等々)そしてチョコレートを作り、依頼主の女子にそれを意中の男に渡すように、頑張れと説得しないといけないからだ。
普段はだるがりの私にこの行動はほんと辛い。じゃあなんでやるのかって?金だよ金。世の中お金が一番なんだから。
そんな中、依頼主の意中の男が被る事態が起きた。まさか二股をさせるわけにもいかず、考え付いたのが「一か月間依頼を保留し、その間に同じ依頼がなければ依頼を受ける」というルールだ。
このルールは思いのほかうまく働いて、依頼のペース配分がうまくいくようになった気がする。
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ったくそれにしても遅い。学食で一緒にご飯を食べようと誘ったのは向こうなのに…
「美湖ー!ごめんねっ!遅くなった!」
息を切らしてやってきた真央を一瞥し、
「別に…」と答える。
我ながら不愛想だと思うが、真央は別段気にした風もない。それどころか私のお弁当の卵焼きをひょいとつまんで口に入れる。ちなみに私は学食のご飯は食べない。どこに私のような能力の人がいるかわからないからだ。自分の感情を読まれるなんてまっぴらごめんだ。
「また私の手作り食べたね…」
呆れたように私が言うと
「いやー、そんなの今更だって何回言わせるのさ。気にしないし。」
それに、美湖の卵焼きおいしいんだもん、と私の隣の椅子に座りながら真央はそう言う。
真央はこの能力を隠し切る経験や話術を持っておらず、孤立気味だった小学生時代からこうして私を普通の友達として見てくれる。親友と言って間違いのない存在だ。
「それにしてもあんたさあ…」
最近手作りに目覚めたという真央が自分の弁当を開きながら口を開く。
「何?」
「この頃依頼は受けないようにしたの?」
そんなことはないのだが、なんでそんなことを言うのだろう。
「何で?」
「だって最近依頼をこなしてるような、バタバタした感じがないから。」
なるほどそういうことか。
「依頼はうけてるんだけどね、依頼実行に移るものがないんだよね。」
「どういうこと?」
真央にはこれだけでは要領がつかめなかったらしく首を傾げた。
「1か月以内に同じ依頼が何件も重なるから。」
ここまでいうと真央も分かったらしい。
「あーー佐藤京介?」
「その通り」
さっきの女の依頼も佐藤京介に関するものだ。
全く、ヤツに関しては手を焼いている。と言っても私ができることなど無いに等しいのだが。
そう、ここ最近一か月に数回、いや一週間に数回というペースで依頼が来るにもかかわらず、その全てが実行できないのは、依頼主の意中の男の全てが佐藤京介であるからだ。
佐藤京介は私がルールを作るきっかけになった男であるものの、以前は月に2,3回依頼が来るくらいであった。もちろんそれでも多いのだが、今はその比ではない。最近のヤツというものは、フェロモンを振りまいてるかのごとく、いろいろな女を落としている。おかげで依頼は来るものの、ことごとくその対象がヤツであるためこっちは商売あがったりだ。
「それで、ほかの人対象の依頼は全くこないの?」
「うん。」
「ふ~ん。」
真央は思案気に言う。
「え、それがどうかし…」
「お、真央も学食だったんだな!」
あ、ゆうくん!と隣の真央が嬉しそうな声を上げる。
会話をぶった切ったのは真央の彼氏の藤田裕だ。今日のおすすめメニューをお盆に乗せた藤田は私に軽く挨拶をすると、真央の正面の椅子に座った。
真央と藤田はそのまま私をほっといて二人の世界に入り込む。二人は私の力無しににくっついたからなのか、もともとの相性がいいのか、とにかくとても仲がいい。
こんな調子の二人に居合わせるのは慣れているので目の前の弁当に視線を移し、箸を持ち直す。
そんな時、弁当を注視していた視界に手が映り込んだ。その手は一直線に私の卵焼きに向かっている。
がしゃん!!
「おわっ」「なになに!?」
二人の世界に入っていた真央たちが騒ぎ立てるほど大きな音が鳴った。
誰の手なのかわからないが、私の作ったものを依頼関係なしにうかつに食べさせるわけにはいかないと思わず手をあげてしまった。
しかし、手の持ち主がすばやく手を引いたために私はテーブルを思いっきりたたくことになり、テーブルの物が、がしゃんと鳴ってしまったのだ。
まったく、どこのどいつだ。勝手に人のおかずを取ろうとするなんて。
そう思い、顔を上げたと同時に手の主から声がかかる。
「あぁ!!ごめんね美湖ちゃん!君に痛い思いをさせるわけじゃなかったんだ。大丈夫?痛い?」
視界に入ったのは、さっきまで話題にしていた、佐藤京介その人で…
「ごめんね。思わずよけちゃって。ふーふーするから許して、ね。」
どさくさに紛れて佐藤京介は私の私の手を握ると、ふーふーと息を吹きかけてきている。
ぞわぞわっと背筋が寒くなる。なんなんだ、この変態は!
内心動揺しまくっているが、ポーカーフェイスを得意としている私のキャラ的に取り乱すわけにはいかない。
「何でいきなり人のおかずを食べようとする…」
左手はヤツにとられたままだが、問いかける。
「えー。だってさ、美湖ちゃんの弁当うまそうだったんだもーん。」
へらへらとした表情で佐藤京介は答える。
「それにしたっていきなりはないだろ。せめて声をかけるとかなんとかあったでしょ。」
一言声をかけられれば、おかずをあげはしないがすぐに手を出したりせずに済んだものを…
「いやいや、ちょーだいって言っても美湖ちゃんいっつも無視するじゃん。」
だから、今日はこっそり狙ってみようと思って。と言ったヤツの言葉にびっくりする。
「…え?」
さすがの私も相手がだれであっても無視はしないようにしていたはずだ。実際ヤツに話しかけられた覚えも、無視した覚えもない。
「覚えがないんだけど…。」
いつ、どこで話したかと問いかければ…
「あっ…!!」
思わず顔から火がでてしまうような返事が返ってきた。
どんな内容だったかって?言いたくない。しいて言うなら、弛み切った顔でいたところを佐藤京介に見られた挙句話しかけられていたということだ。一つに集中すると周りが見えなくなるのは私の悪いところだと常々思っているというのにっ!
「ねー?思い出してくれた?」
ヤツは絶句している私の顔をじっと見つめている。
ヤツは私の商売の邪魔をしている宿敵ではあるが、その顔はとてもきれいだ。言動は軽薄な男そのものだが、きれいな顔は整いすぎてミステリアスな雰囲気さえ醸し出している。世の女はその雰囲気と言動のギャップに落ちるのだろうか。そんなことを考え、ハッとする。
いつの間にか佐藤京介は私の手の甲を自分の頬に擦り付けようとしていたのだ。
さすがの私も鳥肌が立ちまくり、未だに握られていた手を引き抜こうとする。
が、逆にぐいっと引き寄せられ、テーブル越しに顔が近付く。
「…え?」
思わず声が漏れる。
しかしそのままヤツは私に顔を寄せてくる。
思わずギュッと目をつぶれば耳元でヤツが笑うような音が聞こえ、そしてさっきまでのチャラチャラしたしゃべりは何だったのかというほどに真面目な、ワントーン低い声でささやかれた。
「なあ…お前、隆や正文や光輝には弁当食べさせてやったのに俺には弁当くれないわけ?」
名前は忘れたが、ヤツの言う隆や正文や光輝は依頼関係の男のはずだ。それ以外にはありえない。心の中ではそう思いつつも実際の私は口をパクパクとさせることしかできない。
耳が熱をもったように熱い。いったいなんだっていうんだ。
きっと耳だけでなく顔も赤くなっているんだろう私の顔を見て、佐藤京介は満足したのか、ふっと微笑んで私の手を放すと、
「お前からのチョコならたとえ毒入りだって食べるのにな」
そういうと、ばいばいのつもりなのだろう。手をひらひらさせて立ち去ろうとした。
立ち去るヤツの後姿を見ながら私はため息をついた。あの口調はバレてる…?
あーもうっ!!いろんな感情がいっぱいで突っ伏したい気分だわ!!
だけど突っ伏したら色々と負けな気がして、ヤツの後ろ姿を見ていると不意にその歩みがピタリととまった。
そしてヤツがこちらを振り向く。
びくっ!!
思わず体が震える。今度は何だ!身構えるとヤツは何か言おうと口を開いた。
「美湖ちゃんがチョコをくれるまで、商売できないように妨害するから~」
ひょうひょうとした口調で話したその内容に、私は今度こそ机に突っ伏すしかなかった…
「絶対バレてる…」
「もうお金稼げないわねぇ」
「真央は他人事だからいいけどさ…」
「いっそチョコあげれば?」
「むりむり!それって向こうにバレてるんだから、私に惚れて!!って特攻しに行くようなもんだから。」
「他の女の子使って渡せばいいんじゃない?別に直接くれって言われてないことだし」
「…だめだ。誰を選ぶかでもめる。それでヤツの思惑を回避しても、多くの女子に刺されるわ」
「「詰んだ」」