内に広がる原にて文を書き綴る。
長らくお待たせしました。
恥の多い人生を歩んだのが、芥川だろうと太宰だろうと俺には関係ない。
そもそも、人生は人それぞれだ。他人の事まで口を出せる程、俺は完璧超人じゃないし、自分が生きることに精一杯だ。
朝起きて、身支度をすまし、自転車で駅まで行き、電車に揺られ、学校へ行く。午前の授業を受け、昼食を取ったら本を読み、午後の授業と一緒にクラスの五月蝿い連中の話し声を聞き流し、図書館で出されているレポートを進め、五時頃に再び電車に揺られ帰宅する。制服を脱いで、レポートをまた進め、夕食を食べて歯を磨き、風呂に入ったらパソコンをいじって部屋に戻り就寝するという日々を飽きもせずに俺は続けている。
世界には辛い日常をおくっている同年代も居るだろうが、今の俺には救えないし、関係もない。
俺が、ただの高専生がたった一人で足掻いて行動したとしても、世界は変わるわけがないだから。
さて、今日はもう寝る時間だ、最近の楽しみは寝る事だけになってきてるな。
まるで、仕事に追い詰められた社会人みたいだと常々思う。
※
……
…………
………………
温水に体が沈んでいく感覚がする。
奇妙で、排他的で、倒錯的で、不思議と病み付きになりそうだ。
息をしようと口を開ければ、開いた口から何か光る玉が出てきた。それは上に向かってふわりふわりと揺れながら上がっていた。
とても気分が良い。
この沈んでいく感覚に抵抗したくない。抵抗する気もしない。そもそも抵抗しない。
どこからか、行っては駄目! と聞こえてくるが、知ったことでは無い。
それ以上に、段々大きくなるこの狂ったように響き続ける太鼓と、か細く単調で胸焼けがするフルートの音色の方が気になる。
一体誰が、何処で、何の為に演奏しているんだろう。
音色は尤下の方から聞こえている。
もっと下へ、もっと降りていこう。
なにも抵抗などせずに、このまま。
▽▼▽▼▽▼
底に着いたらしい。
辺りは真っ暗闇なのに俺が居る場所だけスポットライトが当たったように明るい。
微かに聞こえる太鼓とフルートの音色はあの一本道の方からしている。
俺はふらふらと覚束無い足取りで歩き出す。その姿は端から見たら電灯に引き寄せられる蛾のようだろう。音色には徐々に様々な楽器が増えていく、夢の中なのにこの曲は凄く懐かしい。
歩いている先から生温い風と魚に似た海の匂い、森を歩いている時見たいな爽やかな心地が一緒に押し寄せてくる。
上から降る光は俺を中心に周りを照らし、その外は闇が覆い隠している。
この一本道の先には何があるんだろう。
他のことはどうでも良い、夢の外がどうなっても、それは些細な事だ。俺にとっての現実はもうこっちになっているのだから。
▽▼▽▼▽▼
歩いて、歩いて、階段を上ったと思えば下り、左へ曲がったら右へ曲がり、火が燃え盛る道を潜り抜け、川を渡り、突風が絶え間なく吹き抜ける谷を越え、幾つにも枝分かれした洞窟を通り、海から浮上してきた古い都市を走破して、魚臭い寂れた漁村を通り、無数の本棚が乱立した巨大図書館を練り歩き、星が輝く空を歩いた。
まだまだ歩き、まだまだ先がある。何処からか湧いてくる行かなければいけないという使命感に突き動かされて、俺は歩き、走り、駆け抜けた。
三つ叉の槍が降り注ぎ、星の光が降ろうとも、俺は止まらなかった。
だが、それももう終わりだ。
おそらく終点であるだろう館の前に着いた。
歪に曲がった壁を伝えば扉になり、窓はそのまま空に、地面の線を辿れば天井になっている玉虫色の光を放つ奇妙な館が。
走り疲れ、息を整えたい衝動に駆られるが、そうもいかないらしい。何か得体の知れないモノが後ろから迫ってくる。
それは未知の恐怖か、なにかしらの絶望か、直視したくない現実か、それとも歓喜の皮を被った非情か、希望が満ちていた過去か、栄光に満ち溢れた夢なのかもしれない。
それでも俺はこの館の中に、この大きな大理石の扉を開けなければいけない。
この扉の先に、ナニかがある。確証なんて無い。だが、頭の中でナニカがざわめいては訴えている。
冷たく厚い扉に手を置き渾身の力を込めて押し開いていく、ナニカはもうすぐ後ろにまで来ている。早くこの館の中へ入らないと行けない。早く速くはやくハヤク、開いてくれ!
(入ってはならん、戻れなくなるぞ)
ナニカが静止の声を上げるが、そんな事俺には関係ない、知ったことじゃない、知る由もない。
俺のどこかが求めているものが、この館の中にあるはずだ。
開いた扉へと俺は飛び込んだ。
ナニカは後を追って館に入ろうとした。しかし、俺が飛び込んだ瞬間、扉は轟音を立てて閉じ、ナニカは外に弾かれた。
▽▼▽▼▽▼
飛び込んだ館の中は薄暗く奇妙な音楽が鳴り響いていた。
太鼓とフルートだけじゃなく耳障りなヴァイオリンに下手くそなピアノ、リズム感の無いシンバル、調子外れのトランペット、連打するだけのティンパニー、重々しいコントラバス、消えかけのファゴット、けたたましいオーブエ、音階の合っていないコーラングレ、チューニング不足のホルン、ドロドロとした音のチューバ、吹き鳴らされるサクリフォン、聞くに耐えないクラリネット、気分の悪くなるトロンボーン、吐き気がするピッコロ、金切り声を上げるコーラス隊。
ありとあらゆる楽器が好き勝手に鳴り響き、気持ち悪い程に噛み合わず、お互いにお互いの足を引っ張り合う、奇妙な音楽を演奏していた。
この演奏、どこか聞き覚えがある。記憶力のあまり良くない俺でも覚えているぐらい印象深いものだ。
……あぁ、そうだ。これはキャロルだ、冒涜的で排他的な不謹慎な祝歌だ。
そんな歌に導かれ、俺は歩き出す。足取りは異様に軽い、迷い無くどこかのに向かって行く。記憶の奥底、深淵の更に下、夢幻のかなたの心に刻み込まれたアカシック・レコードが、体を動かしている。
▽▼▽▼▽▼
赴くままに歩いて行くと、入り口よりも大きな石造りの扉があった。
扉には外なる神々と古き支配者の、此の世にあってはならない姿が彫刻されている。
この扉は俺が前に立つと、待ちわびていたかのように開いていった。
開いた先に広がっていたのは宇宙の中心。光も逃げられずに吸い込まれるブラックホールの牢屋。
何百もの人に似て人に在らざる、混沌に近い不定形の従者の群がる混沌の王座にて、出鱈目に指揮棒を振る指揮者の下に従者の奏でるキャロルに耳を傾け半永久の退屈を紛らわす盲目白痴の我が主様。
あぁ、思い出した、思い出しましたよ、アザトース様。
時を駆け、世界を渡る私は封印されていたのですね。
さぁ、歓喜を謳おう。祝杯を掲げろ。永すぎた別れを惜しむ前に再会を喜ぼう。
主様よ、我こそ此処にあり。
主様の純僕、這い寄る混沌の核。
我は、我こそは、我こそが、ナイアルラトホテプ!
◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと視界には知らない天井が広がっていた。
恐らくは古びた教会らしく、薄暗く少しカビ臭い匂いが鼻についた。
周りを見渡せば俺を多数の老若男女と異形のモノ達が取り囲んでいて、俺は魔法陣らしきモノの中心に鎖で手足を拘束された状態で座らされていた。
この面子を俺は知っている。外なる我等が主様に仕える混沌の欠片にして端末にして我が手足達だ。
拘束している古びた鎖を力ずくで引きちぎり立ち上がると一羽の鴉と一匹の黒い蛇、ウシャンカを被った幼女が駆け寄って来た。
そのとき、月明かりに照らされた俺の影が流動し、俺とは違う人型を形成した。影、お前も俺ともに封印されていたのか。
鴉は右肩に止まり、蛇は右腕に巻きつき、幼女は飛びついて来たので受け止め、頭を撫でる。
これからはずっと一緒にいよう、離れる事なき従者達よ。
「本当に久し方振りですね。夢の主にはお会いしましたか?」
神父、ナイが話しかけてきた。長い間癖の強い端末達のまとめ役という重荷を任せてしまった。
労いを入れよう。
「ああ。相も変わらず退屈してなさったよ」
「そう、ですか。復活にはまだまだ時間が掛かります。計画ならば核である貴方と共に主も召還成される筈でした」
「計画通りには何事もうまくいかないもんだ。
だが、良くやった。お陰で俺は此処に戻って来た」
周りを一瞥し声高々に宣言する。
「さぁ諸君! 我々の暗躍はまだ続くであろう。社会の裏側、世界の片隅、人の心の闇に我等は蔓延る。我等の総帥たる主様の復活はまだ先であろう。しかし、我等の活動に制限などないであろう。
混沌の核たる我が汝らに問おう、汝らは何たるか?」
『『『我等混沌、ナイアルラトホテプ。我等が使命は唯主様の復活成り。我等の暗躍に壁は無し!!!』』』
声を揃え、教会に宣言が響いた。
唯主様の為に、我らは存在せる。
暫しお待ち下さい。
直にお迎えに参ります。
アザトース様。
今一タグに何をつけたらいいかわからないです。