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 食事を済ませたあと、わたしたちはそこから徒歩一分のバス停に並んでいた。このまま市街地へ向かうバスでK駅へ行き、新幹線の乗車券を購入して見送りまで案内してくれるという。わたしが改めて何度目になるか分からないお礼を述べると、

「まあ俺も暇だったんで。久しぶりにちょっと足を伸ばして外出してるみたいな気分で、楽しくさせてもらってますし」

 と、照れ臭そうに頭をかいて、

「これもこだまさんのお蔭ですかね」

 ……。なんというか、この人もしかして……

「卓さん。不躾な質問かもしれないんですけど、一ついいですか」

「? はい。なんでしょう」

「卓さんってよく女の人に、“紛らわしい”って、言われないですか?」

「ん? どういう意味ですか、それ?」

「いえ、なんとなく」

「んー、まあ俺女の人とあまり話とかする人いないんで、それ以前の問題ですね」

 なるほど。天然なのね。

 もし卓さんの身近に女の子がいたら、その子大変だろうなーと思ったのだけど、どうやらなにもなさそうで安心というか、勿体ない気がするというか。

「それにしてもバス遅れてますね」

 片手の携帯に目をやりながら卓さんがバス停の時刻表を確認する。「そうなんですか?」と首を傾げてわたしも時刻表を覗き込んだ。その辺の確認も卓さんに従うがままだったので、どの程度遅れているのか分からなかったから。わたしが身を寄せると、卓さんはさっと身を起こして時刻表の前を空け、わたしたちが待ってるバスの到着予定時刻を指示してくれた。

「もう三分前には来てることになってるんですけど……」

「まあ、しょうがないですよ。どこも時刻通りに到着するバスの方が珍しいでしょう?」

 取り留めもなくそんな話をしていると、ふと傍を通りかかった通行人が足を止めた。次の乗客が時刻表を確認したがっているのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。

「あれ? イタクやん。お疲れー。なんしよっと?」

 聞き取りやすい低めの声が卓さんを呼んだ。卓さんは一瞬表情を緊張させ、

「おお、白川。お疲れ。ちょっとな、知り合いを駅まで見送りに、な」

 一瞬の機転で細かい部分には触れずに答えていた。明らかに誤魔化してる感じだけど、大丈夫だろうか。どう見ても連れなのでわたしも振り向かない訳にはいかず、声の主へ向き直って、

(わぁ。すっごい。顔立ち整ってるなぁ)

 そこにホストみたいに造形の整った美貌があった。美青年は訝しげにわたしと卓さんを見比べて、

「ふ~ん。なんか似とるね。お姉さん?」

「いや違うけど……似てる? そう?」

「いやむっちゃ似とるやん。どう見ても兄弟やろ」

「えーっと、そうかな? 俺はそうは思わないけど、ひとから見たら他人の空似、に見えるだけではないかな? ははは」

 思いっきり興味を持たれてしまった。卓さんは乾いた笑い声を漏らして露骨に目を泳がせる。割とアドリブには強い方なのかと思ってたけど、そうでもないらしい。ちょっと突かれるとすぐボロが出るタイプのようだ。

 でも言われてみれば卓さんもわたしのこと妹さんと見間違えたみたいだし、わたしも卓さんとうちの妹のひかりがちょっと似てるって思ったから、要するにひとから見たらわたしたちも似て見えるってことになるのかな。

 尚も「なんか怪しいな~」と追い詰められる卓さん。わたしは口を挟めずに佇むしかなかった。こんな状況になることを想定してなかったから、どう口裏を合わせるかとかそういう発想もなかったのだけど、迂闊だっただろうか。

 また余計な迷惑をかけてしまったと後悔しそうになったところで、道路の奥から短いクラクションが上がった。すかさず卓さんが毅然とした姿勢で美青年を制する。

「すまない。バスが来たから、俺たちはこれで」

「おっと。仕方ないなぁ、今日はこのくらいで見逃しちゃるわ。たまにはサークル来いよ~」

 ニコやかに手を振り、ついでにわたしに軽く会釈をして、美青年は立ち去っていった。

 卓さんはしっしっと手を払って彼を見送り、

「どうもお騒がせしました」

 バスに乗り込みつつ、疲れた顔で頭を下げてきた。後に続きながらわたしは苦笑する。

「楽しいお友だちですね」

「友だちっつーか……まあ、同じ学科で、同じサークルってことで、まあまあ話すくらいで」

「へぇ、サークルやってるんですね。どんなサークルなんですか?」

 空いた座席に並んで座ると、程なくしてバスは走り出した。慣性に揺られながらしばし卓さんは言葉を探し、

「『とりあえず外に出る』っていう、緩~いアウトドア系のサークルですよ。みんなで運動場借りてスポーツしたり、ちょっと夜景見に山の上までドライブしたり、川遊びしに行ったり、お祭りに行ったり花火見たり……誰かの気が向いた時に気の乗った人と一緒に外に出る。そんなことをやるサークル……らしいです」

「らしいって?」

「俺、幽霊部員なんで」

「あはは、そうなんですね」

 まあ、そういう人だってたくさんいると思う。大学のサークルって、うちの大学でも大概がそんな感じだし。

「でも、楽しそうじゃないですか、そのサークル。学生生活を謳歌するぞーって感じで」

「基本出不精なんですよ。だから正に、とりあえず外に出るきっかけが欲しかっただけなんですけど……課題を言い訳にしばらく顔出さないでいたら、なんか行きにくくなって」

「あー」

 あるあるすぎる話だった。それでも少し、お節介かもしれないけどもう少し、この恩人に対して感じる勿体なさを、わたしはどうにかしたくなった。

「でも、さっきの彼も同じサークルで、彼は顔を出しているんですよね? だったら、せっかくあんな風に誘ってくれているんだし、まずは彼と一緒にまた復帰してみたらどうですか」

「彼……? ああ、白川のこと」

 思い当った瞬間、卓さんはぷっと噴き出した。

 ? どうしたんだろう?

 訳が分からないでいると、卓さんは悪戯っぽく口角を浮かせて、楽しげに告げた。


「あいつ、女ですよ」


「えぇ!?」

 思わず大きな声が出た。すぐに車内であることを思い出し、声を潜めて聞き返す。

「ホントに? 全然気づかなかった」

「ええ。白川(しらかわ)日稲(ひいな)。その辺の男より断然イケメンですけど、どうやら女みたいです。俺も最初聞いた時は耳を疑いましたよ。声も無駄にカッコイイし」

 やれやれと卓さんは首を振る。確かにあんなカッコイイ人が女の子となれば、男の人的には形無しだろう。その辺はお化粧すると物凄い美少女になる、男の子を見たときの女の子の心境に近いと思う。

 でもあれだけの造形なら、舞台上ではすごく映えるだろうなぁ。

 つい職業病なことを考えていると、今度は卓さんから質問を返された。

「そういえば、こだまさんはなにをやってる人なんですか? その、今更ですけどお仕事とかしてるなら、突然こんなことになったのはかなりマズいんじゃ……」

「あ、そういえばまだ言ってませんでしたね。わたしも大学生ですよ。今二年です」

 V、としてみせると、卓さんは苗字が同じだった時と同じ笑みを見せ、

「そうでしたか。じゃあ同い年なんですね。俺は一浪してるので、まだ一年ですけど」

「あ、そうだったんですね。でもまあ、大学ならそんな人も全然珍しくないですよね」

「はは、確かに。ただ言わないでいると後々言い出しづらくなるので、結構タイミング難しいんですけど」

「あー。それはわたしの友だちも言ってたなー。あ、わたし演劇部なんですけど、最初明かされたとき即興かと勘違いしちゃって」

「あぁ、演劇やってるんですね。やっぱり」

「はい。でも、言われた時はちょっとびっくりするけど、へーそうなんだってくらいで、仲良くなっちゃえばそんなに気にならないものですよ」

「そんなもんですか」

「むしろ本人から直接明かされずに、何かの調子で生年月日見たときに気付いたってなると、ちょっと悲しいですよね」

「あ~それはキツイなぁ。こっちも、向こうも。まあなんにせよ、お互い九月まで夏休みがあって助かりましたよね。普通の平日にこんな訳の分からないことに巻き込まれたら、もっと大変になってただろうし」

「あはは、本当にそうですよね」

 こんな益体のない世間話が、不思議に盛り上がった。

 K駅までは四十分くらいバスに乗っていたけれど、全く暇を持て余すことなく、むしろ、新幹線の改札を通る時には、せっかくできた友人との別れが惜しいような、そんな気分になってしまっていた。

「本当になにからなにまで、ありがとうございました。帰ったら必ず連絡して、貸してくれた服やお金も、絶対どうにかして返しますから!」

 ぐっ! と卓さんの連絡先が書かれた紙片を握って見せて宣言する。卓さんはぐっ! とサムズアップで返してくれた。

「ええ。期待せずに待ってます」

「ちょ、ほんとに大丈夫ですから!」

 ツッコミを入れてから、どちらからともなく笑い合う。ふふ。本当に愉快な人だ。

 こんな人ならほんの少し歩み寄るだけで、きっと話にあったサークルでも人気者になれるだろう。ガンバレ! と余計な老婆心を念じつつ、

「じゃあ、そろそろこれで」

 最後に深く会釈し、わたしは改札口に向かった。その耳に、

「こだまさん!」

 卓さんの真剣な声が届いた。

 足を止めたわたしに、卓さんは真面目に言い募る。

「正直、今日のこと、不可解でしかないです。どんな理屈で何が起こったのかさっぱり分からないし、またいつこんなことが起こるとも限らない。だから、どうか気をつけて」

 それと、と付け加えて、

「また変なことが起きたら、できたら俺にまた相談してくれたら嬉しいです。その……こだまさんに会えたことは、良かったと思ってます。短い間でしたが楽しかったです!」

 言い切ったことで、なんか卓さんは清々しい顔してる。

 ……こっちの気も知らないで。まったく。わたしにはタケちゃんという恋人がいるって言ってるのに。

 顔が赤くなってないかしらと心配な気持ちを抑えて、わたしは卓さんに向けてビシッと人差し指を立てた。

「いいですか、卓さん。会えて良かったとか、一緒にいて楽しかったとか、あんまり軽々しく女の子に言っちゃダメですよ」

「え? あ、えーと、すいません……?」

「はい。そのセリフは本当に大切なときまで取っておいてください。約束ですよ?」

 困惑する卓さんにわたしは一方的に約束を取り付け、

「じゃあ、さようなら。また会いましょう!」

 颯爽と改札を通り抜けた。恥ずかしかったので早足でホームへと上がるエスカレーターへ。ただし、エスカレーターは改札の方を向いていた。改札にはまだ卓さんがいて、目が合うと、高々と手を振って見送ってくれる。

 同じようにわたしも手振りを返して、わたしは初めての九州の地を離れた。


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