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徒歩での移動時間を見越して十分前に家を出、腕時計の針が約束の時間より二メモリ手前を指した頃、思い出の光景そのままの姿で人の目を引く石造りの“8”のオブジェが見えてきた。
思わず歩調が速まる。が、傍に待ち合わせらしき人影はなかった。どうせ早めに着いても待つことになるなら、隣家に寄って連れ立ってきてもよかったかもな……ていうかお隣なのに待ち合わせる必要とかなかったんじゃ?
少し手鼻を挫かれた気分でいると、8の横の自動ドアから一人の大柄な男がのっそりと出てきた。大男と目が合う。かつての親友の面影が一瞬重なり、ふわっと心臓が高鳴った。勢いで手を振ろうかと思ったが、よくよく見れば別人のようにも見え、躊躇してしまう。
と、向こうの方から軽い会釈のような挙手が示された。それでやっと確信でき、相手に倣って右手を挙げて応える。気合入り過ぎて万歳が上がっていたかもしれない。どんだけ舞い上がってんだと。
「久しぶりだな。お前全然変わってないな。時間止まってんじゃねーの?」
こちらの心情などまるで気にした風もなく、数年ぶりの幼馴染は苦笑交じりに俺を迎えた。
「そ、そういうお前は、随分デカくなったな。昔はこんなに差がなかったのに」
想い人と再会する訳でもあるまいに平静でない自分を無理矢理相手と同じテンションに落としつつ、まあ実際に驚きながら相手を見上げた。
最後に会ったのは中学の時だったか入る前だったかくらいの頃だ。元々オッキーは筋肉質で背も高い方だったが、より筋骨隆々になり背も一八〇後半に届いてるんじゃないかという成長と遂げていた。まだまだ残暑続きの重ったるい空気に加え、ダメージジーンズと灰色のタンクトップというワイルド溢れる格好が余計逞しさを増長し、近づくほど暑苦しい。
これでも俺も随分背が伸びて一七七はあるんだけどな。昔から必要な脂肪もない典型的もやし体型なためか、数字以上に相手の方が大柄に感じる。これがスポーツ推薦を取る人間と一般人の違いか。
「人並み以上には鍛えてるからな。ま、取り敢えず入ろうぜ。席取ってあるから」
そう言ってオッキーは入店を促し、先導してファミレス8の中に入っていった。
……あ。そういや「久しぶり」って挨拶返しそびれたなぁ。今更言うってタイミングでもないし……せっかく再開したのに挨拶も返せないとか。ダメだな、俺……
相手は気にしてないだろうが、それでもずんずん進んでいく逞しい背中を見て、つい自分と比較してしまう。
同じ年月を生きてるはずなのに、なんで俺はこんなに女々しくなったんだろうな……性格も。人生も。
「つか、なんで待ち合わせ? 家隣なんだからわざわざ待ち合わせなくたって一緒に来りゃよかったんじゃねーの」
悔しさを素直に認められず、ちっせー恨み節が口を衝いて出た。ああ? としかめ面を振り向かせたオッキーは、
「なんでこの歳にもなって男と実家から連れだって出かけにゃならんのだ。気色悪い」
「あのさぁ」
こいつ本当に俺と旧い交友温める気あんの? 昨日の電話から抱いている疑念が視線に籠もる。意にも介さずオッキーは付け足した。
「色々と事情もある。最初から落ち着いた場所がいいと思ったんだよ。まあすぐにわかる。こっちだ」
そう言って店内でもあまり人目の付かない一角の席へと案内された。
ボックス席の片側にはすでに二人の人物が座っていた。どうも服装に男臭さを感じるが、二人とも女性のようだ。それもかなりルックス偏差値の高い部類に入るだろう。
え? もしかしてそういうアレ? 合コン的なアレなの? まさか。いやそういうの全く詳しくないけど確かにうちの実家スタートはNGだろうけどだとしても色々間違ってんじゃないの場所とか人選とかさあ!?
脳内スパークして足が止まった俺に通路側の女性が会釈をしてくる。それにつられて長い黒髪が揺れ、どっから連れてきたんだよこんな美女ってオッキーの胸倉掴みたくなるような気品と憂いの漂う小顔が面を上げた。
板囲こだまさんは再会を果たした俺に眉の下がった微笑みをかけた。
「え!? えぇ―――――――!!!!??」
「うるせえ」
「ぐふっ」
オッキーから脇腹に肘鉄をくらって息が詰まる。
だが俺の動転は収まらない。一昨日から今のこの状況までの流れがまるで整理できない。
そんな中、一個だけ繋がる情報があった。二つのキーワードが脳内の奥底から浮かび上がってくるように共鳴する。
怯えるこだまさんの震え声――助けて……タケちゃん――突然連絡をよこした幼馴染――オッキー――物心ついた頃からの付き合い――昔……昔は……俺たちは……
――『おそいぞタク! もっとはやく走んないと置いてくぞ!』
――『そんなこと言ったってっ! はやすぎるよ、タケ!』
「お前がタケちゃん!?」
目ん玉飛び出そうなくらい驚いてオッキー――沖 竹臣を指さす。
不愉快そうにオッキーはぺしっと俺の手を叩き落とした。
「今更なに言ってんだと言いたいところだがたぶんその意味では違う。あとうるせぇ。ちょっと落ち着け」
その言葉に、なぜだかこだまさんがしゅんと肩を落としたような気がした。なにがなんだかわからず二人を交互に見る。まったく事情が呑み込めない。こだまさんの彼氏さんという“タケちゃん”なる男がオッキーじゃないのなら、オッキーが呼び出したこの場になぜこだまさんがいるのだ。
そしてなぜ、こだまさんの隣に座る小柄な少女は口をわなわなさせながら俺に敵意の視線をぶつけてくるのだ。やだ。見てることに気付かれちゃった。訴えられちゃう!
「ほ、本当に卓なのね……くっ……こんなことになってるのに……アンタなんかの顔見なきゃなんないなんて……あ、安心の“あ”の字がさらに遠のく気分だわ……!」
む? なにやらぶつぶつ言っているが、最初の方で俺の名が聞こえたような。しかし俺はこんなロリッ子に知り合いなど……
と、知り合い履歴を検索し始めた早い段階で、一人の女性と面影が一致した。もう少しぽっちゃりした体型だった印象があるが、顔のパーツはかつてのオッキーの姉、しぃちゃんと酷似している。ああ、と俺は納得顔で、
「もしかしてしぃちゃん? うわーなんか雰囲気かわ――」
「だ・か・らぁ!! ち……っ!? …………あぅ」
俺の言葉を遮って、しぃちゃん似のロリッ子がいきなりいきり立ち否定の言葉を絶叫しようとした。が、叫びは最高潮に達する前に消え入った。親に叱られた幼女のように縮こまるロリッ子が上目遣いに窺う視線の先に、可愛らしい女の子を鬼の形相で睨みつける、マジで怒らせてはいけないタイプのガチムチがいた。
これ以上騒いだら○○す。
そんな目の圧力。あ、これ俺にも向けられてるわ。ヤバい怖い。○○に入る言葉とか全然わかんないけど○○される。ここは大人しく勧められるに従って席に着いておこう。
すると幼馴染にビビって委縮してしまった俺の目の前に、すっとメニュー表が差し出された。
「卓さんも着いたばかりですし、まずは、なにか口にして落ち着いてもらいませんか? わたしたちも先に頂いてしまっていることですし」
対面でこだまさんが「ね?」と小首をかしげてこの場の支配者にも同意を促す。テーブルには確かに食べかけのつまみや各々のティーカップなどが並んでいた。大きく鼻を鳴らして、悪鬼タケちゃんはクールダウンしてくれたようだ。追加注文をするつもりになったのか、キャンペーン用の特別メニューを眺め始めた。
それを見てロリッ子が星が飛びそうなほどキラキラした眼差しでこだまさんを見つめる。
一先ず場が収まったからか、柔らかさの増した表情でこだまさんは俺に笑いかけた。
なにこの娘天使? 女神? 逆に悪魔だとしても喜んで罠にかかりに行くわ。ウチのタケ鬼じゃない方のタケちゃんマジで爆発しないかな。
益体のないことしか考えられなかったので、みんなが頼んだメニューを訊ねて、適当に似たようなものを注文した。




