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起き上がるのがしんどい。俺は朝目が覚めてからもベッドから出ようとせず、手元の携帯を弄って無意味に時間を潰していた。
今日がサークル活動ない日で良かった。あったらあったでどうせ行かなかったところだが、昨日顔を出そうと決意したばかりでありながら、またサボったとなってしまうとなんだか自分に対して後ろめたくなる気がしたから。あ、昨日は帰った時点で遅刻確定だったからノーカンで。……こういうところがもう色々とダメなんだよなぁという自覚は、無視。
「う……、ぐおぉ……」
寝返りに背、肩、足の筋肉が軋み、呻く。寝転がった体勢で携帯を弄っていると手が疲れるわ、手を入れ替えようと寝返ると筋肉痛が猛威を振るうわ、辛い。
極め付けの追い討ちに――
「はぁ……」
期待していなかったはずなのに、溜め息。
ときどき思い出したようにメール問い合わせを押しては、何も届いていないとの返答をもらってやるせなくなる。……自分でも分かっているさ、意識し過ぎだってことくらい。
結局一夜明かしてもうすぐ正午になろうかという時間になっても、こだまさんからの連絡はきていない。落ち着いたら、とこだまさんは言っていた。なにも帰りつけたら連絡をくれるつもりとは限らない。ようやく帰れた先でも、色々とバタバタしているのかもしれない。なにしろこだまさんの身の周りからしたら突然消えたようなものだからな。
そんな、誰にするでもない言い訳を頭の中で繰り返しながら、刻々と過ぎていく時にただ流されるだけのような時間に身を委ねていた。
こんな風にだらけきっていたから、携帯が着信して震え出した時は、完全に不意打ちだった。
その瞬間だけは筋肉痛を忘れてガバッと起き上がり、
「~~~~! ~~~~~~っ!」
悶絶。俺は痛みを堪えつつ震え続ける携帯画面に指を当てる。高鳴る鼓動に落ち着けと言い聞かせながら、頭の中は待ちに待っていた昨日出会った女性のことでいっぱいにしながら、親指が体で覚えた動きで着信メールを開こうとする。そこではたと気づく。
携帯が“震え続けている”。これは携帯の電話の着信を意味する。
俺は昨日、メールアドレスしか連絡先を渡していない。
=。
一瞬で期待に胸膨らませ捲った自分を激しく後悔した。なんて恥ずかしい奴。全てをなかったことにして生まれる前からやり直したい。
だが、俺の重力百倍並の落ち込みも、携帯に表示された名前を見てそれどころではなくなった。
(……!? は? ウソだろ、どうしたってんだ急に)
驚きよりも、困惑。そして悩むよりも先に、反射的に親指が着信ボタンを通話モードへスライドさせてしまった。慌てて通話の手に持ち帰る。
『よう。久しぶりだな、イタク。俺のこと、覚えてるか?』
声の主は、最後に言葉を交わしたのは何年前だったかな……その頃と変わらない調子で俺の名を呼んだ。
「オッキー……」
俺が何年振りかにその男の呼び名を零すと、電話口の向こうは嬉しそうに笑った。
『覚えててくれて嬉しいぜ。なんせこうして話すのは……えーと、いつ以来かな。中学以来か?』
そう言って懐かしむように年月を数える。こんなにも久しぶりなのに、まるでつい昨日も会った親友であるかのように語りかけてきてくれることが、特にこの相手に限っては、特別嬉しく思えた。
ニヤリと口角を浮かべて、俺は答えた。
「俺がお前を忘れるかよ。幼馴染だろ」
どの知り合いよりも旧い、一番最初の親友。
知ってるか、俺、今ではすっかり疎遠になっちまったけどさ、お前とはずっと、昔みたいにまた、親友と呼べる仲でなくてもいい、ただ、幼馴染として適当に連絡取り合うくらいの、腐れ縁の仲でありたいと思ってたんだぜ……
『ああ。そうだな。俺たちは幼馴染だ。幼稚園より前からよく遊んでたよなぁ』
楽しげな反応がひたすらに俺の気分を高揚させた。なんだ、俺たち、何年も連絡取り合わない内にすっかり疎遠になったと思ってたけど、まだ幼馴染でいれたんだな。
一気に気が楽になる。ご無沙汰の相手に対する遠慮なんて不要だ。なんせこいつは幼馴染なんだから。気を遣うことなんてなにもないんだ。
「でも、いきなりどうしたんだよ? 突然電話かかってきてビックリしたぞ」
『ああ。俺もお前が知らん間に電話番号まで変えてたらどうしようかと思ったよ。いつの間にかメアド変わってたからな』
「いや、知らん間にメアド先に変えたのはそっちだろ」
『そうだっけ?』
そうとも。メアド変えたあと、連絡のメールがお前に届かなかったという通知が返ってきたとき、俺がどんな気持ちだったか……まあ、もうどうでもいいけど。どうせメールのやりとりなんてしないし、こうしてまた話ができたからな。
『まあ、だったらすまん。それよりお前、大学入ったんだろ? なら今夏休みだよな?』
「ん? ああ、まあそうだけど」
『だったらよ、俺んち遊びにこないか』
「んな」
それはまた、どういったお誘いで? 言葉が出ないでいる中、幼馴染は照れ臭そうな声色を混じらせて続ける。
『一人暮らしになったはいいものの中々地元の奴遊びに来ないからよ、いつか誰か呼んでやろうと思ってたんだけど、せっかくだからな。幼馴染との旧い交友をここらで温め直そうぜ」
こいつ……今の俺の琴線にそのセリフは反則だろ……
でも、こいつの住んでる所を考えると、残念だが首を横に振らざるを得ない。
「嬉しい誘いではあるけど……悪いな。そう気軽に行ける距離じゃないだろ?」
『ん? そうか? 確かに遠いっちゃ遠いけど、二俣沢からなら昼に出れば三時半くらいには着くだろ』
二俣沢とは俺たちの地元の名だ。こいつの言う通り、二俣沢からなら今オッキーが暮らしている土地へは電車を乗り継いでだいたい三時間半。大変っちゃ大変だが、行こうと思えば気軽に行けなくもない。二俣沢からなら。
「あー、実は俺、大学熊本になったんだよ。だから今九州にいんの」
『え、マジかよ。って、言われてみればお袋からそんな話を聞いた気がすんな……』
知らないのかと思ったら、聞いてはいたらしい。なんだ、忘れてただけか。俺はお前の居所ちゃんと覚えてたのに。まあ、別にいいけど。確かに覚えてたところでなにか用がある訳でもないしな……だからいいんだけどね、別に。
『じゃあ泊まりにすりゃいいな。明日来いよ』
「待てやコラ」
話聞いてた? オン? 今俺九州って言ったよね? 地元からでさえ三時間半かかる所に、その3倍以上離れたここから、一体何時間、おいくらする思ってんねん我?
「明日て。気軽に行ける距離だと思うなよ? 暇ならお前が来いよ」
『ふざけんないくらかかると思ってる』
「喧嘩売っとんのか己は」
気が付いたら俺は喧嘩腰になっていた。なぜだろう。久しぶりの幼馴染との会話なのに。もっとこう、心温まる思い出話に華を咲かせてさ、今年の年末年始くらいに会おうぜーとか、そんで久しぶりになんかして遊ぶかーとかさ、そんな微笑ましい幼馴染に戻れるような、淡い期待がガラガラと崩れ去っていく。
『それに俺はお前と違って部活が忙しいんだ』
自分の意見を曲げる気なさそうな声で俺の幼馴染はとても自分勝手な言い分をのたまった。
ああ、そういえば、昔からこいつはこんなんだったなぁ……忘れていたよ。久しぶり過ぎて。
だが、伊達に俺もこいつの幼馴染をしていた訳じゃない。こんな問答日常茶飯事だった。
「なら会う暇もねーんじゃねーの? お前が部活の間俺はどうすりゃいいんだよ」
『適当に観光でもしてろよ』
「交友温めるのどこいった」
いったい何が狙いなのかさっぱり分からない。ただ、特にこいつが俺との疎遠を純粋に解消したいなんて、素敵で可愛げのある気持ちがこれっぽっちもないということは理解した。俺なんでこんな奴と腐れ縁に戻りたいとか思ってたんだろう。いっそ電話番号も変えてきっぱり腐り落ちればよかったのに、この縁。
だが実際は昔となにも俺たち幼馴染の相性は変わっておらず、思い出は美化されるものであると、ただただ思い知らされるのであった。
そう、もう一つ思い出したことがある。結果的に、いつも俺は強引にオッキーのペースに乗せられるのである。
『ち、しかたねー。お前この夏帰省したか?』
「いや、してないけど」
『決まりだな。明日帰省しろ。夕方に会うぞ』
「おい待て待て。部活忙しいんだろ?」
『帰省って言やまあまあ大丈夫だろ』
「てめぇ……」
『こっちのことはいいんだよ。とにかく俺も明日帰ってやるから』
「あー、それがな、今本当に金がなくてだな」
『いいから絶対帰って来いよ。じゃあな』
最終的な用件だけ捲し立てられ、通話が切れた。いや本当に金がねーんだっぺさ! と急いでリダイヤルするも、
『おかけになった電話番号は、現在電波の届かない場所にあるか――』
電源切りおった!?
結局、なんとしても明日までに俺はまた万単位の金を用意せねばならなくなったらしいのであった。
ジーザス。




