疑似母親の懺悔
エッセイである部分もあります。
あまり穏やかではない作品なので、気分を害したくない方は閲覧を避けて下さい。
女は言った。
私ね、小さい頃、周りの人間が嫌いだったの。
兄がいたんだけど、兄は私より頭も力も強かったし、それに私に対して愛なんかなかった。
もちろん愛っていうのは家族愛のことよ。
でね、兄は何かと理由をつけて私を否定してたわ。
ストレス解消道具だったのよ、私。
でも頭が悪かったから。
今はそんなことないけど。
だがらストレス解消の道具にされていること解らなくてね、ただ何で毎回喧嘩して、例えそれが口喧嘩でも負けるのか解らなくてね、で、毎回悔しい思いをしていたの。
父は家庭に興味のない人だったから。
夢を訊いたらね、自分の父親より偉くなることだ!なんて答えてたわ。
父が家庭に求めたのは形だけ。
妻と子供を持つ普通の父親でいたいが為に家庭を作ったような人だったから。
母はね、小さい頃はやっぱりバカだったから気付かったんだけど、おそらく内心、私のこと煙たがってたの。
多分ね。
私泣き虫で、よく兄に殴られては泣いて、助けて助けてって声に出せない悲鳴で泣いていたの。
そんな私に嫌悪を感じていたの。
母は言ってた。
お前は泣いている悲劇の自分に陶酔するタイプだって。
半分それは本当かも。
確かに自分のこと、不幸な子だと思っていたから。
それに私に疑似母親を求めていた部分があったわ。
母はね、小さい頃は両親が共働きで、祖母に育てられたんだって。
厳しい人だったって、嫌そうな顔で語ってた。
本当は母親に甘えて、お姫様のように大切にされたかったのよ、大人の人に。
だけど幼少期にそんな人、だぁれもいなかったの。
ある意味可哀想な人だったの。
だから大人になってから子供の私、つまり母親自身を無条件に受け入れて優しく愛してくれる私。
そんな私に母親役を求めたの。
もちろん私はその要求に応じたわ。
私も母に愛されたかったから。
尽せば愛されるなんて漫画だけの話なのにね。
身体の弱い人で、よく倒れてわ。
倒れて、床に人形のようにぽんと身体を投げ出して。
凄く惨めに見えたの、その頃の私。
でもね、大切にしてあげた。
母に愛されたかったし、何より非情な子だと思われたくなかったから。
幻滅されたくなかったから。
もしかすると母が最後の砦、というか心の拠り所だったのかも。
今思い出せばあんまりいい母親じゃなかったかも。
それで倒れている母にタオルケットをかけて、手を握って、起き上がるまでずっと傍で座ってた。
優しいでしょ。
本当は嫌われるのが怖かっただけだけど。
話が逸れちゃったね。
女は息をはぁ、と吐き出し、煙草をくわえた。
男はその唇に微かに欲情した。
だからかな、小さい頃は周りの人間全てに疑似母親を求めたよ。
母親そっくりに。
教師に、クラスメイトに、近所のおばさんおじさんに。
だぁれも母親役を演じてくれるような人、いなかったけど。
多分、甘えたがってる私に正直嫌悪してた部分もあると思うの。
特に子供はね。
教師はね、よく距離を置いていた。
心にカバーをかけて、この子と密接な関係になるのは避けよう、って心の中で警戒してたのね。
全て憶測だけど。
だから嫌いだった。
甘えるな、って相手も私のこと嫌ってただろうし、私も誰か愛して、優しくしてよって精神的な暴力を振り撒いていた。
もちろん振り撒いていたのは家庭の外だけだけどね。
家の中では愛なんて求めてなかったから。
女は短くなった煙草を灰皿にぎゅうぅと押し付け火を消した。
そして口元を故意に吊り上げ男の目元をじいっと見つめた。
まるで男の反応を期待しているかのようだ。
実際にそうなのだろうけれど。
男は何か喋らなくてはと誰かにジラされている気分になったが《実際は女に声ではない視線でジラされている》、男の声は喉元で唾に絡み付き、言葉として口から発せられることはなかった。
何を言えば正解なのか?
男は答えが出せなかった。
君は可哀想だね、辛かったんだね、などと陳腐な言葉を発することには嫌悪する。
無責任な慰めなんかクズな人間がやることだ。
じゃあ何を。
何を言ってやればいい?
先月、母が自殺したの。
ガス自殺。
そういえばノルウェイの森って知ってる?
あの有名な。
母も持ってたわ。
私もね、読もうと二度試したんだけど、まだ結局最後まで読めてないの。
文章の魅力が解らなくてね。
でも確かそれに、車の排気ガスで死ぬ奴がいたの。
母はその人に真似てガス自殺をしたのかも。
で、あっけなくシンダ。
顔は腫れて赤くパンパンになってたそう。
私は見なかったの。
見ても得られるものがなさそうだったから。
ただ夕食がタベレナクなる、それだけの結末になると解っていたから。
それで今日ね、私も自殺しようとしたの。
理由は解らないけど。
何で解らないの?
考えろよ、君には考える義務がある!
男はそう叫びたかったが疲れていた。
女の話を一方的に二時間も聞いていたからだ。
男は泣きたくなった。
女の叫べない心の中をひっそりと悟り、代わりに泣き叫んでやりたくなった。
だがここは喫茶店。
そんなことしたら変人だと間違えられる。
だが男は言ってやった。
聞こえても聞こえなくてもいいような小さな小さな声で。
君は愛していたよ。
確かに家族を、アイシテイタヨ。
女に聞こえたのかは男は解らない。
女は唇のかさついた皮を指先で剥がし、財布を取り出した。
そして男に二万を手渡す。
ありがとう聞いてくれて、貴方のお陰で死ななくて済みそう。
女は笑った。
その笑顔が本物かどうか、その真偽、男には解らない。
ね、話聞いて、喫茶店でいいから、お金あげる、お願い。
街中でそう女に話かけられた。
男は女の言っている意味は理解出来たが、その言葉の中にある、いや奥でくすぶっている怪しい雰囲気の正体が解らなかった。
だが話を全て聞き終えた今なら解る。
《懺悔》、男は飲み残しの珈琲の中に答えを落とした。
自分で消化不十分な作品だと感じています。
書きたいことが山ほどあって最終的に無理矢理終らせてしまったような気もします。
ただこの男の優しさだけは自分でも気に入ってます。
とりあえず、あまり良い作品ではなかったかも知れませんが、読んで下さった方、ありがとうございます。