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王の棺の中へ

掲載日:2026/07/22


 この壮大な山々を覆う深い霧と緑の向こうには、古代の王族の眠る墓地が隠されているという。この地方にはそのような口承伝説が残されていた。


 私が何者であるかは分からない。何を為すべきかも分からない。そういうことにしておいた方がいいだろう。人が母の腹から生まれ出て、六十年も七十年も経つ頃には、生きる目的もすでに見えなくなり、ある日、名も知れぬ街にひとりで佇んでいることもある。死という概念が近づくほどに、現実と幻覚と夢との境界は、日々曖昧になっていくからである。


 ふと気がつくと、王の宝を盗掘しようという一団のひとりとして、漠とした意識のまま、行軍しているということもあるわけだ。私は自分の現況について、そのように理解することにした。自分の前にはすでに盗掘者たちの長い列ができていた。彼らは私の存在を無視していたし、私の方から彼らに話しかけることもなかった。自分だけが特別だという意識も持ち合わせていなかった。


 大した才能を持ち合わせているわけでもないのに、秘宝を求めて、ずいぶん多くの命知らずが集まったものだ。孤独や寂しさを感じることはなかった、おそらく、私だけだろうが……。彼らの瞳には盗賊じみた殺気がみなぎっていた。自己の利益のみを目的とした、きわめて打算的な旅であった。自国の王族の墓を暴くなど、通常の神経の持ち主ならば、考えもしないことだが、彼らのような悪意のある盗掘者は、いつも自分だけに都合のよい、自分だけにしか理解できぬ理由を作り上げるものである。


 参加者のそれぞれが剣の腕前にかなりの自信を持っているようだ。しかし、それは己の中だけでの話だった。本当の死闘に晒されたとき、その人間の本質が見えてくる。真っ黒な鉄仮面でその顔を覆う者は、何か後ろめたい過去があるのかもしれない。しかし、彼らが陽気な笑みを浮かべていられたのは、この旅のほんの最初の部分だけであった。


 その後、経験したこともない雷雨が幾日も続いた。黒豹や大鷹の威圧的な叫びに、気を狂わせる者がいた。過酷な自然現象の中で、体力を奪われていき、襲いくる猛獣たちに敗北する者も出始めた。敗北者たちは薄汚い肉片と化した。巨大な鰐(わに)や、乱暴な水牛の群れが棲む、三つの大河を渡らなければならなかった。身に付けた装備品の重さのために、猛獣から逃げきれぬ者もいた。大森林の中ほどに達する頃には、盗掘者はわずか十名ほどにまで絞られていた。この凄惨なる冒険の最後まで生き抜いた者が、王の墓に眠る莫大な財宝と対面するのは道理である。ただ、発掘に成功して、ようやく入手した財宝を、易々と他人に渡そうという者は、おそらく、ひとりもいなかっただろう。敵とも味方とも表現できぬ人間関係が続いていた。


 しかしながら、ここまで来ても、食糧の奪い合いや些細な盗みこそあったろうが、あえて仲間を殺害しようとする者は現れなかった。おそらくは、この旅の最後に、どのような試練が待ち受けているかが、旅の途上の段階では、誰にも分からなかったからだろう。どのような愚者であっても、何かの役には立つかも知れぬとの確信が、それぞれの脳裏にあったのかもしれない。強敵に行く手を阻まれた場合、木製の盾よりも、人間の肉体の方が身代わりになりうることを、皆が知っていたのだろう。


 山の中腹に拡がる、広大な森をようやく抜けると、眼前には美しい緑の丘が現れた。一行はついに、かつてこの王国を統治していた偉大なる王族の墓地に到達したのだ。丘の頂上付近には豪華な祠(ほこら)があり、その中には色とりどりの花々が供えられた祭壇があった。祠の中央には、地下に続く細い階段があり、そこを通り抜けると、太古の王が眠るという棺があった。彼らにとっては、何も考える必要はなかった。残された力を振り絞って、その石造りの蓋をこじ開けた。その中には宝石も勾玉も、王の遺体も見えなかった。すべての砂を取り払ってみると、その棺の中に横たわっていたのは、身の丈三メートルもある土の像であった。その頭部には鬼のような形相が刻まれていた。


 その土像が身に付けていた宝冠に盗掘者のひとりが触れようとした。その瞬間、土の巨人はゆっくりと動き出すと、恐れおののく盗掘者たちを尻目に立ち上がった。そして、腰の帯剣をゆっくりと引き抜くと、悠然と戦闘の構えを取ってみせた。その異様なる姿を見て、肝を潰さなかった者はいなかっただろう。しかしながら、目的のひとつである宝冠はすぐ目の前にある。元より、墓荒らしの一行である。王族に敬愛の心を持っている者はいなかった。盗掘者たちは意を決すると、武器を構えて誰が合図することもなく、一斉に斬りかかっていった。


 王族がこの棺に収めたこの土像は、古代から伝わる様々な武術を身に付けていたと伝えられている。この像は古の戦場において、軍隊の先頭に堂々と立ち、兵士たちの盾となって戦っていたのだろう。ここに封印されてから幾百年が経過していても、その圧倒的な強さに衰えはまるで見られなかった。盗掘者たちは、自分たちの未熟さを思い知らされることになった。彼らは次々と斬り殺されて、その遺体はすぐさま近くの大河に投げ込まれた。それらは水中に沈んでしまうよりも早く、水面において幻霧と一体となって消え去った。その激しい戦闘は、ほんの数分間の出来事であった。


 私自身はおそらく墓荒らしではない。夢うつつにそう思っていたから、その凄惨なる様相を、ただ眺めていた。恐るべきその土の巨人は、周囲に平穏が取り戻されたことを悟ると、白い霧となり、再び大地の一部となって消えていった。愚かなる簒奪者の集団はすでに死に絶えた。


 森の奥からは美しい真白な羽衣と、紺色の帯を身に付けた、かつての従者たちが、あの頃の姿のままに現れた。彼らは緑の丘の麓に私の姿を見つけ、その周囲を取り囲むと、うやうやしく敬礼をした。そして、聖なる大河の水を汲んでくると、私の身体を丁寧に洗い清めた。大木にとまっていた金色の翼を持つ鷺(さぎ)が、甲高い声を張り上げると、この丘の遥か上空へと一気に飛び去って行った。私は神経にまで突き刺さるようなその声を聴いて、ようやく、偉大なる王としての、自分の宿命を思い出したのだ。


 今や無数の従者が天界からこの地を訪れ、私の周りに集うと、光栄の笑みを浮かべながら佇んでいた。彼らは私の肉体をあの豪奢な棺の中に運び入れた。少しの祈りがあり、静かにその蓋は閉じられる……。幾度も繰り返し体験していることだが、私は自分の役割を終えると、またしても深い眠りへとつくのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。他にも多くの短編作品がありますので、できればそちらもご覧ください。よろしくお願いします。

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