小さな縁
「……精霊王、さま」
私は。ゆっくりと——顔を、上げた。
「そしたら——お願いしたいことが、あります」
『……なんだ』
精霊王の、声が。静かに——応える。
『お前の願いなら。できることは——なんでも、しよう』
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私は。一度——深く、息を、吸った。
そして。
「元の世界に——地球に、いる。私を知っている人の。記憶を——消して、ください」
しん、と。
その場が——静まりかえった。
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「——っ、緑!?」
ユリウスが。息を、のむ。フレデリカお姉様も。ピピも。みんなが——驚いたように、私を、見た。
でも、私は。落ち着いて、いた。
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「戻れないことも。今回のことも——もう、仕方のないこと、です」
私は。一つずつ——言葉を、選んで。
「それに……選んでくれたことは。嬉しくも、思ってます。こんなに——大切な人たちに。会えたんだから」
「緑……」
ユリウスの、声が。掠れる。
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「でも——」
私は。ぐっと——拳を、握った。
「元の世界の。家族や、友達は。……ある日、突然。なんの説明も、なく。消えてしまった私を。どう、受け止めて、いいか。きっと——わからない、と思うんです」
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脳裏に。浮かぶ。
無口な、お父さん。お母さん。素直じゃない、二つ下の——妹。
ある日、いなくなった、娘を。姉を。探して、探して。
「もしかしたら……いつまでも。希望を、捨てきれずに。私を、探し続けて。……自分の人生を、見失ってしまう人も。いる、かもしれない」
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それだけは——いやだった。
私のせいで。大切な人たちが。終わらない——苦しみの中に。閉じ込められるなんて。
「だから——記憶を、消してください。私が、いたことを。私が、いなくなったことも——ぜんぶ」
声が。少しだけ——震えた。
「それと……私が、いた。痕跡を、ぜんぶ」
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残酷な、お願いだ。わかっている。
私という存在を。最初から——いなかったことに、する。お父さんも、お母さんも、妹も。私を、忘れる。それは——私が、本当に。あの世界から——消える、ということ。
でも。
覚えていて、苦しむより。忘れて、穏やかに、生きてくれる方が——きっと、いい。
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『……わかった』
精霊王が。静かに——頷いた。
その声には。緑の、覚悟を——汲み取った。深い、慈しみが、こもっていた。
『お前の、願いの通りに。……元の世界の、人々の記憶から。お前に、まつわる——すべてを』
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『……緑』
シルヴィアが。そっと——寄り添う。
その瞳は。痛いほど——緑の、優しさを。わかって、いた。自分も。大切な人たちを——遺して、逝った。だから。
『……ごめんね。こんな、選択を——させて』
「ううん」
私は。首を、横に——振った。
「自分で、決めたこと、だから」
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でも。
それだけじゃ——終わらせたく、なかった。
「精霊王さま。あと——もう一つだけ。お願いが、あります」
『……言ってみろ』
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「手紙を——届けて、ほしいんです」
「……手紙?」
「はい。記憶を、消した——後に」
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私は。胸の前で。そっと——手を、組んだ。
「誰に、宛てても——いいんです。ううん。誰にも——届かなくたって、いい」
「緑……それじゃ」
ユリウスが。戸惑ったように——呟く。
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「……せめて。一つだけ」
私は。窓の外の——白み始めた空を。見上げた。
「さっき、シルヴィアが——言っていたでしょう。文字が、縁を——結ぶんだ、って」
(……そう)
シルヴィアの台本が。一枚の——紙が。遠い世界と、この世界を——繋いだ。
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「だったら——せめて。一通の、手紙だけでも。元の世界と。私の、いた場所と」
声が。じんわりと——濡れた。
「ほんの、小さな——縁だけは。残して、おきたいんです」
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記憶を、消して。痕跡も、消して。
それでも——たった一つ。文字に、託した、想いだけは。どこかに、残したい。
いつか。誰かが。その手紙を——読んでくれたら。
その、瞬間にだけ。ほんの一瞬でも——私と、元の世界が。もう一度、細い糸で——繋がるなら。
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それは。
消えていく私が。最後に——遺せる。たった一つの——わがまま、だった。
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『……ああ』
精霊王が。深く——頷いた。
『その願い。確かに——引き受けよう』
窓の外。
夜明けの光が。少しずつ——広間を、満たしていく。
私の、長い、長い——物語が。静かに。最後の、頁へと——近づいて、いた。




