縁を結ぶ
ふと、見ると。
いつのまにか。ピピが——元の、大きな姿に。戻って、いた。
すらりと、伸びた背。流れる水のような、透き通った——長い髪。深い、湖の色を、たたえた、瞳。
「あれ……? ピピ?」
『ううーん。やっぱり——このサイズの方が。楽だ〜』
ぴょん、ぴょん、と。嬉しそうに——跳ね回る。その仕草は、大きくなっても。やっぱり——あどけない、ピピ、だった。
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(……ピピ)
この子は。私を、召喚するために。その力の大半を——使い果たして。あんなに小さく、なってしまっていた。
それが、今——こうして。本来の、姿に。戻れた。
「……ふふっ。ピピ。……ありがとう」
胸が、いっぱいに、なって。ぽろり、と。涙が——こぼれた。
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「……あら? なんですの、これ」
お姉様が。私の頬を、伝う——しずくを、見て。きょとん、と、する。
「この、水の粒みたいなもの……。あなた、泣いたんですの?」
「あ……。えへへ。すみません、つい」
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「もう。しっかり、なさい」
お姉様が。あきれたように——けれど、やさしく。私の、頬を、ぬぐう。
「あなたが帰ったら。エマだって。きっと——半べそかきながら。あなたの帰りを、待って、いてよ」
『半べそ〜』
ピピが。お姉様の、真似を、して。ぴょこぴょこ——跳ねる。
「ふふ。……うん。そう、ですね」
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帰る。
その、言葉に。
私は——一瞬。考え込んで、しまった。
(……帰る、場所)
ここに来て、できた——大切な、人たち。エマ。お姉様。ユリウス。ピピに、フェン。そして——元の世界に、置いてきた。家族。妹。劇団の、みんな。
私の、帰る場所は——どこ、なんだろう。
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『——緑』
ふいに。荘厳な、声が。響いた。光の、精霊王。
『すまぬ』
「……え?」
『この召喚の儀式は。それ自体が——大きく、理を、捻じ曲げて、行ったもの。元の世界へ、戻す儀式を——すれば。その、ずれは。さらに、大きくなる』
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『戻った、としても。そこは——お前のいた世界と。似て、非なる場所か。あるいは——』
精霊王の、声が。わずかに——沈む。
『その、魂自体が。理の、ひずみに、耐えきれず——保たぬ、かもしれぬ』
(……ああ)
やっぱり、そうなんだ。うすうす——わかって、いた。
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「……いいんです」
私は。静かに——首を、横に振った。
「もう……覚悟してましたから」
元の世界には、もう——帰れない。それは。この世界に「残る」と、決めた、あの瞬間から。きっと、心の——どこかで。受け入れて、いたこと。
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『……ただ』
精霊王が。静かに——続ける。
『魂を、送り返すことは——できぬ。だが。記憶に、触れたり。ものを、送ることは——できる』
「……記憶」
その言葉が。なぜか——心に、引っかかった。
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「……そういえば」
ふと。ずっと、聞きたかったことが。口を、ついて、出た。
「どうして——私、だったんですか?」
(……ずっと、不思議だった)
「私なんて……ただの。少し、演劇を、齧った——女子高生で。特別な力なんて、何も……。なのに、どうして。こんな、遠い世界に。私が、選ばれたんだろう、って」
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その、問いに。
精霊王と——シルヴィアが。そっと、目を——合わせた。
(……え?)
なんだろう。今の——二人の、間に、流れた。意味あり、げな、空気。
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『……みどり』
シルヴィアが。ゆっくりと——口を、開いた。
『あなた、前の世界で。お芝居を、する予定が——あったでしょう?』
「……ん? 劇団の、こと?」
来月の、公演。私が、出るはずだった——小さな、舞台。
『ええ。……その、演目。戦争の——母と、娘の。物語だった、はずよ』
(……え。なんで、知って)
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『あれは——実は』
シルヴィアが。少し——はにかむように。けれど、まっすぐに。
『わたしが——書いた、台本、なの』
「————っ、え!?」
頭が。真っ白に——なった。
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「ちょ、ちょっと、待って! あの台本を、シルヴィアが!? で、でも、どうやって——」
『落ち着いて、緑』
シルヴィアが。くすり、と——笑う。
『順番に、話すわ。……あなたを。緑の世界の人を、召喚するには。まず——「縁」を、結ばなければ、ならなかったの』
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『何の、つながりも、ない人を。いきなり——呼ぶことは。できない。だから——まず。細い、細い——糸を。結ぶ、必要が、あった』
「……縁」
『ええ。そして——もう一つ。大事な、制約が、あったの』
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シルヴィアの、声が。少し——真剣な、ものに、変わる。
『召喚された人に——「選択」を。強制しては、いけない。呼ばれた人が。自らの意志で——「この世界に、残る」と。そう、決意しないと。この、儀式は——成立しないの』
(……自らの、意志で)
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『だから——わたしは。物を、送ることなら、できたから』
シルヴィアの、瞳が。どこか——懐かしむように、細められる。
『お母さんと、わたしの——物語に。寄せて。一つの、台本を——書いて。あなたの世界へ、送ったの』
(……お母さんと、シルヴィアの、物語)
戦争の、母と娘。昼は空襲に怯えて、夜だけ寄り添える——あの。私が、闇の精霊王の前で演じた——あの物語。
(……あれは。シルヴィアと、リリアさんの——)
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『その台本を。あなたの、劇団の人が——たまたま。演目として、選んで、くれた』
シルヴィアが。やさしく——微笑む。
『そうして。台本を、読んでくれた人たちと。わたしの間に——細い、細い、縁が。結ばれたの』
「……じゃあ。劇団の、みんなも」
『ええ。その縁を、通して。わたしは——あなたたちの、様子を。少しだけ、見ることが——できたの』
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『そして——その中で』
シルヴィアの、声が。あたたかく——震えた。
『わたしは。あなたを——見つけた。みどり、あなたが、いいって。あなた、しか——いないって。そう、思ったの』
『……あとは。以前、話した、通りよ』
(……そう、だったんだ)
舞台の上で。役を、演じる——私を。シルヴィアは、鏡越しに、見ていた。あの、最後の——記憶の、映像。あれは。この、縁が、あったから——だったんだ。
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「……でも」
ふと。一つ。疑問が、浮かんだ。
「なんで、強制しちゃ——いけないの? その方が……手っ取り早いし。呼んだ人を、無理やり、引き止めた方が。楽、なんじゃ……」
すると。シルヴィアは。静かに——首を、横に振った。
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『……誰かを、犠牲にして。精霊は——生まれないの』
「……え?」
『無理やり、奪った命や。歪めた、心からは。決して——清らかな、力は、宿らない。だから——記憶を、操作して。選択を、強制するなんて。そんなこと——もっての、ほか、なのよ』
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(……ああ)
すとん、と。何かが——胸に、落ちた。
だから、シルヴィアは。あんなに——回りくどい方法を、取ったんだ。台本を送って、縁を結んで。私が、自分の意志で「残る」と——決めるのを。ただ、待っていた。
強制も、しないで。命令も、しないで。ただ——願いだけを、託して。
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(……そっか)
私は。しばらく——考え込んだ。
元の世界には、もう——帰れない。台本が、縁を結んでくれた。私は、自分で——この世界に、残ると、決めた。
その、すべてを——飲み込んで。
そして——ある、考えが。私の中で。静かに——形を、結び始めていた。




