青ざめた、横顔
シルヴィアと、イザベラ。
二人の間には、かつて——何かが、あった。イザベラが、あれほどまでに、シルヴィアを憎むような。深い、何かが。
でも、私には。その過去がわからない。記憶がないから。シルヴィアがイザベラに何をしたのか、なぜこんなにも憎まれているのか。
(……知りたい)
知らなければ、彼女を救う手がかりもつかめない。そんな気が、していた。
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その日の、午後。
中庭で、ぼんやりしていた私に。継母のローザが、そっと、近づいてきた。
「シルヴィア。……少し、いいかしら」
「お義母様。はい、なんでしょう」
ローザは、いつものおっとりとした様子で。でも、どこか思いつめたような顔で。私の隣に、腰を下ろした。
「あなた……このところ。イザベラ王女殿下のことで、悩んで、いるでしょう」
(……っ)
どきり、とした。気づかれて、いたのか。
「……わかりますか」
「ええ。あなた、わかりやすいもの。……ずっと迷っていたの、話すべきかどうか。でも、あなたが苦しんでいるなら。知っておいた方が、いいかもしれない」
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「私はね。この家に来る、ずっと前。隣の国から、嫁いできたでしょう」
「はい」
「だから、昔のことはほとんど知らないの。でも……一度だけ。見て、しまったことが、あって」
ローザは、膝の上で、手を、組んだ。少し、言いにくそうに。
「まだ、この国に来たばかりの頃。とある夜会に招かれたの。でも、私、土地勘もなくて。広い会場で、すっかり道に迷ってしまって」
(……夜会)
「人気のない廊下を、さまよっていたら。……ちょうど、その場面に出くわしてしまったの」
ローザの声が。少し、沈んだ。
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「壊れた、調度品の、そばで。イザベラ王女殿下が——真っ青な顔で、立っていらしたわ」
(……イザベラが)
「殿下は、必死に訴えていた。『私じゃないの。さっきまでシルヴィアと一緒にいた。そうでしょう? シルヴィア』って。……あなたに、すがるように」
私は、息を、のんだ。
「……それで。シルヴィアは。わたしは——なんて」
ローザは、ためらった。でも、意を決したように。口を、開いた。
「あなたは、こう言ったの。『いいえ。一緒にいませんでした。イザベラが壊すのを、見ました。私は、いつもいじめられていました』……と」
(……っ)
心臓が。冷たく、なった。
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「殿下は、信じられないという顔で。立ち尽くしていらした。そして……あなたは。立ち去る前に、殿下のすぐそばに寄って。何かを、囁いたの」
「……何を」
「『ユリウスも、信じないわよ。あなたから、離れていく』……と。そう、聞こえたわ」
(……うそ)
頭が、真っ白に、なった。
シルヴィアが、イザベラに濡れ衣を着せた。それだけじゃない。いじめられていた、と嘘をついて。そのうえ、いちばん大切な人との繋がりまで。断ち切るような、言葉を。
あの、優しいシルヴィアが——?
「……その直後。遠くから、ユリウス様が駆け寄っていらしたわ。何かを感じ取ったように。でも、もう遅かった」
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「私が、立ち去るとき。……背後から。イザベラ王女殿下の。それは、ひどく、悲しい——泣き声が。響いて、いたわ」
ローザの声は。沈痛だった。
私は——言葉も、出なかった。
あの、苦しんでいたイザベラ。あの、敵意の奥の傷ついた瞳。その理由が、これだったのか。慕っていた親友に裏切られ、陥れられ、孤立させられた。
(……そんなこと、が)
胸が、潰れそうに、なった。シルヴィアが、そんな、残酷なことを。どうして——。
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「……でもね、シルヴィア」
黙り込んだ私に。ローザは、静かに、続けた。
「私、立ち去り際に。ちらっと——あなたの、顔を、見たの」
「……わたしの?」
「ええ。ユリウス様に話しかけられていた、あなたの顔。それが、とてもつらそうで。青ざめていたの。まるで、自分のしたことに。誰よりも傷ついている、みたいに」
(……青ざめて)
「だから、私、ずっと思っていたの。あの子は……シルヴィアは。本当は何か、言えない事情を抱えていたんじゃないか、って。あんなにつらそうな顔で人を傷つける子が、ただの意地悪なはずがないって」
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ローザの、言葉が。じんわりと——胸に、染みた。
そうだ。私の知るシルヴィアは、臆病で、欲張りで。でも、誰よりも優しい人だった。大切なものを守りたくて、自分の身を削るような人だった。
そんなシルヴィアが。理由もなく、親友を、陥れるなんて。あるはず——ない。
(……何か、あったんだ)
きっと、彼女は。何か、とてつもなく大きなものに脅されて。あるいは、イザベラを守るために。あえて憎まれ役を引き受けたのかも、しれない。
青ざめながら。誰よりも、傷つきながら。
(……シルヴィア)
確信は、ない。でも、そう信じたかった。私の、大切な、もう一人の私を。
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「……教えてくださって。ありがとう、ございます。お義母様」
私は、ローザの、手を、そっと、握った。
「あなたが気に病んでいたこと、よくわかりました。でも、だいじょうぶ。わたしは、シルヴィアを……自分を信じます。きっと何か、事情があったんだと」
ローザは、少し、驚いたように。それから——ふわりと、微笑んだ。
「……そう。あなたが、そう言うなら。きっと、そうなのね」
その、温かい笑顔に。私は——救われる、思いがした。
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ローザの話を聞いて。私は、思った。
こうなったら、とことん聞いて回ろう。前に、エマに昔のことを聞いたみたいに。私の知らないシルヴィアを、少しでも知っている人に。
(……まだ、聞いていない人が、いる)
フレデリカお姉様だ。同じ家に暮らす、継姉。あの人なら——何か、知っているかもしれない。
私は、思いきって。フレデリカの部屋を、訪ねた。
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「……過去のこと?」
猫のクッションを、抱えたまま(あれから、隠さなくなった)。フレデリカは、怪訝そうに、眉を寄せた。
「なぜ、わたくしに、聞くの」
「お姉様なら、何か覚えていないかと思って。……わたしが昔、イザベラ王女殿下にしたこと、とか」
フレデリカは、しばらく黙っていた。それから、ふいと目を逸らして。
「……知らないわよ。詳しいことは。でも」
「でも?」
「……あなた、昔から。時々、記憶がすっぽり抜けることがあったでしょう。自分が自分じゃないみたいになって、ぼうっとして。……そういうとき、何を言ったか何をしたか。あとで本人も覚えていない。そういうこと、よくあったじゃない」
(……っ)
「だから、その、イザベラ王女殿下の件だって。あなたがそういう状態のときに、わけもわからないまま。何か口走っただけ、かもしれないでしょう。あなたが本気で誰かを陥れるなんて。……そんなこと、するわけないんだから」
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ぶっきらぼうに。でも——どこか、必死に。フレデリカは、そう、言った。
(……お姉様)
わかった。フレデリカは——わたしを、かばってくれている。
わたしが過去に何をしたとしても、それには何か事情があったはずだ、と。記憶が抜けていたせいだ、と。そうやって理由をつけて、わたしを悪者にしたくないんだ。
不器用に。ツンツンしながら。でも——精一杯。
「……お姉様。ありがとう、ございます」
「べ、別に。お礼を、言われるようなこと、言ってないわよ。事実を、言っただけ」
ぷい、と、そっぽを、向く。でも——その耳が。少し、赤い。
ローザも、フレデリカも。みんな——わたしを(シルヴィアを)、信じてくれている。何か、事情があったはずだと。
その、温もりが。胸に、じんわりと、広がった。
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その夜。
窓辺で、私は。今日、聞いた話を。何度も、反芻していた。
イザベラの、悲しい泣き声。シルヴィアの、青ざめた顔。そして——その裏にある、まだ見えない、何か。
(……全部、繋がってる)
イザベラが変わってしまった理由。シルヴィアが背負ったもの。そして、この国を蝕む、闇。
すべての答えは、きっと。あの草原に、ある。シルヴィアが言っていた、あの場所に。
(……もう、そんなに。時間は、残されていない)
街の闇は、日に日に濃くなっていく。イザベラの心も、限界に近い。ぐずぐずしては、いられない。
私は——窓の外の、二つの月を、見上げた。
(……行こう。あの、草原へ)
すべてを、知るために。そして——すべてを、終わらせるために。
私の、覚悟は。静かに——固まりつつ、あった。




