お姉様の、秘密
その日は、よく晴れた、穏やかな午後だった。
イザベラのことも、王妃のことも。少しだけ、頭の隅に置いておこう。ずっと気を張りつめていては、心がもたない。たまには、こういう何でもない日も、必要だ。
私はエマと一緒に、屋敷の廊下を歩いていた。母様に頼まれた繕い物の布を、届けるためだ。
「フレデリカお姉様の、お部屋は、こちらでしたよね」
「はい。たしか、東の、奥のお部屋です」
のんびり、話しながら。フレデリカの部屋の前に、たどり着く。
ノックを、しようとした、そのとき。
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扉が、わずかに、開いていた。
きっと、フレデリカが閉め忘れたのだろう。中から、人の気配はしない。出かけているのかもしれない。
「あら。開いて、ますね」
エマが、何気なく扉に手をかける。声をかけようと、隙間から中を覗き込んだ。
その、瞬間。
私とエマは。同時に——固まった。
(……えっ)
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フレデリカの、部屋。
それは、たしかにお嬢様の部屋らしく。品のいい調度品で、整えられていた。でも。
その、あちこちに。
猫が、いた。
いや、本物じゃない。猫の置物。猫の刺繍が入ったクッション。猫の絵柄のティーカップ。窓辺には、猫の形の小物入れ。棚には、ずらりと大小さまざまな、猫のぬいぐるみ。
(……猫、だらけ)
お嬢様らしい優雅な部屋に、ありとあらゆる猫モチーフのものが。所狭しと飾られていた。それも、どれもころんと丸くて、あどけない表情の。とびきり可愛らしい、ものばかり。
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「……お、お嬢様」
エマが、声を、ひそめて、囁いた。
「フレデリカお嬢様って……もしかして。その。可愛いものが……お好き、なんでしょうか」
「……みたいだね」
私とエマは、思わず、顔を、見合わせた。
あのフレデリカが。いつも、つんと澄まして。嫌味ばかり言っている、あのフレデリカが。自分の部屋では、こんなに可愛いものに囲まれて暮らしている。
(……なんか)
胸が、きゅんと、した。
意外で。そして——とても、微笑ましかった。
あの、ツンとしたお姉様の。誰にも見せない素顔。それが、この猫だらけの部屋に詰まっている気がして。
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「——なっ……!?」
背後から、素っ頓狂な、声が、響いた。
振り返ると。両手にお茶のトレイを持ったフレデリカが、顔を真っ赤にして立っていた。
「な、なな、何を、見ているの!」
「あっ。フレデリカお姉様。す、すみません。扉が、開いていて、つい」
「見てないわよね!? 今、何も見てないわよね!?」
フレデリカは、慌ててトレイを近くの台に置くと。私たちを押しのけるようにして、ばたんと扉を閉めた。その耳まで、真っ赤だ。
「べ、別に。あれは。その。……いただきものよ! わたくしの趣味じゃ、ないわ!」
(……ぜんぶ、同じ趣味の、いただきもの?)
さすがに、苦しい。あんなに、たくさん。しかも、どれも統一感のある可愛らしさ。誰がどう見ても、本人のコレクションだ。
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「あの。フレデリカお姉様」
私は、できるだけ、優しく、声をかけた。
「素敵な、お部屋でしたね。猫さん、とても、可愛らしくて」
「っ……!」
フレデリカの、顔が。さらに、赤くなる。茹でだこ、みたいに。
「……笑いたければ、笑えばいいでしょう。公爵令嬢が、子供みたいなぬいぐるみを集めて。みっともない、って」
ぷい、と。そっぽを向く。でも、その声は。どこか、恥ずかしさと。怒られるのを待つ子供のような不安が、にじんでいた。
(……ああ)
わかった。フレデリカは。きっと、ずっと。この「好き」を。隠してきたんだ。
公爵令嬢らしく、完璧で、隙のない淑女であらねば、と。だから、可愛いものが好きなんていう、自分の柔らかい部分を。誰にも見せられずに、いた。
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「笑いません」
私は、はっきりと、言った。
「だって、可愛いものを好きなのは。すてきなことです。ちっとも、みっともなくなんて、ありません」
「……っ」
「わたしも、可愛いもの好きですよ。今度よかったら、お姉様のコレクション。見せていただけませんか?」
フレデリカは、ぽかんと私を見た。からかわれている、とでも思ったのだろうか。私の顔を、じっとうかがう。でも、そこに嘲りがないとわかると。
「……べ、別に。見たいなら。見せて、あげても、いいけど」
ぼそぼそ、と。そう、言った。
そっぽを、向いたまま。でも——その口元が。ほんの少し、ゆるんでいるのを。私は、見逃さなかった。
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その夜。
『みどり、今日のフレデリカ、面白かったねえ』
ピピが、けらけら、笑う。
「こら。笑っちゃ、だめだよ。……でも、ね」
私も、つい、笑ってしまう。
あの、猫だらけの部屋。真っ赤になったフレデリカ。「いただきものよ」という、苦しい言い訳。全部、可愛かった。
ツンツンして。素直じゃなくて。可愛いものが、好きなくせに、隠して。
(……ほんと、不器用だなあ)
そして、また——思い出す。
元の世界の、妹のことを。あの子も、可愛いものが好きなくせに。「べつに」「子供っぽい」なんて言って、こっそり部屋にぬいぐるみを隠していた。フレデリカと、そっくりだ。
(……ふふ)
会えない、妹。でも、こうして。フレデリカの中に、あの子の面影を見つけるたび。寂しさが、ほんの少しだけ。温かいものに変わっていく気がした。
窓の外。今夜は、月が、きれいだった。
明日は——お姉様に。何か、可愛い、お菓子でも。作って、持っていこうか。
そんなことを考えながら。私は久しぶりに、穏やかな気持ちで眠りについた。




