生きて、ほしい
精霊王の、言葉が。胸に——残っていた。
「答えは——お前が、すでに、持っている。あの、手帳の、中に」。
そして——「自分の手で、解き明かし。すべてを知って、なお、前へ進むと、決めたとき」。
(……うん。やるしか、ない)
私は——隠れ家に、こもって。もう一度。あの、暗号と——向き合った。
手鏡を、傍らに。フェンにも、手伝って、もらって。シルヴィアの声を、頼りに。声に出して。一文字、ずつ。
ここまでは——もう、読めた。
——わたしの、大切な人を。守れなかった。
——母も。あの人に。命を——奪われた。
——わたしも。同じ、運命を、たどる。
——だから。あなたを。
(……この、続き)
「だから。あなたを」。その先が——ずっと。固く、閉ざされていた。
でも——今の私なら。修行を、重ねた、今の私なら。
(……いける、気がする)
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私は——目を、閉じた。
意識を、研ぎ澄ます。手鏡の、力。フェンの、風。そして——私の中の、温かい力。すべてを——一つに、束ねるように。
『……いくぞ、みどり。集中しろ』
「……うん」
手鏡を、暗号に、かざす。淡い光が——記号を、並び替える。それを——声に出して、読み上げて、いく。
すると——。
今まで、固く、閉ざされていた、その先が。ゆっくりと——ほどけ始めた。
——だから。あなたを。呼んだ。
(……呼んだ)
心臓が——跳ねた。
やっぱり。シルヴィアは——意図して。私を、呼んだ。偶然じゃ、ない。
——どうか。あなたには。生きて、ほしい。
(……生きて、ほしい)
その、一文に。私は——息を、のんだ。
——わたしの、代わりに。この身体で。あなたの、人生を。
(……わたしの、代わりに)
胸が——締めつけられた。
シルヴィアは。自分が、もう——長くないと、知っていた。母と、同じ運命を、たどる、と。だから——せめて。この身体で。誰かに——生きて、ほしかった。
(……それが。わたし)
じわり、と。目の奥が——熱くなる。
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でも——。
暗号は、まだ。続いて、いた。
——でも。それだけじゃ、ない。
(……え?)
——あなたに、しか。できないことが、ある。
(……わたしに、しか)
心臓が——とくん、と、鳴る。
ただ、生きて、ほしいだけじゃ、ない。シルヴィアは——私に。何か。「私にしか、できないこと」を——託そうと、している。
——どうか。お願い。
——この、世界を。
(……この、世界を……?)
そこで——また。記号が、乱れた。
手鏡を、かざしても。声に出しても。その先は——どうしても。ほどけ、ない。
『……ちっ。ここまで、か』
フェンが、舌打ちを、した。
『その先は——よほど、深い。ここからは。今の力じゃ——届かんな』
(……あと、少し、なのに)
もどかしい。「この世界を」——その先に。シルヴィアが、私に、託したい。いちばん、大切な——願いが。あるはずなのに。
でも——確かに。一歩。大きく——近づいた。
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わかったことを——整理する。
シルヴィアは。自分の、終わりを、悟って。私を、呼んだ。「生きてほしい」と。自分の代わりに、この身体で。
でも——それだけじゃ、ない。「あなたにしか、できないこと」が、ある。そして——「この世界を」、どうにかして、ほしい、と。
(……この世界を。どうにか)
街に、滲み出す、闇。母を、奪い。シルヴィアを、追い詰めた——「あの人」。精霊王が、言っていた、世界の、危機。
全部——繋がって、いる。
シルヴィアが、私に、託したいのは——きっと。この、闇に、蝕まれていく世界を。救うこと。
(……でも。どうやって)
私みたいな、ぽっと出の、精霊士に。世界を救うなんて。そんな、大それたこと。できるんだろうか。
でも——シルヴィアは。「あなたにしか、できない」と、書いた。
なぜ——私にしか、できないんだろう。私の、何が。そんなに——特別なんだろう。
(……それも、きっと)
あの、暗号の——いちばん、奥。まだ、解けない、その先に。書いて、あるんだ。
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その夜。
私は——手鏡に、語りかけた。
「シルヴィア。……少し、読めたよ。あなたが——わたしに、生きてほしいって。願ってくれてたこと」
『…………』
手鏡越しの、気配が。そっと——揺れた。優しく。でも——どこか、申し訳なさそうに。
『……ごめんね。こんな——勝手な、お願いを。あなたの、人生も。あったはずなのに。無理やり——こっちに、連れてきて』
「……ううん」
私は——首を、横に、振った。
「謝らないで。……わたし。こっちに来て。怖いことも、つらいことも、たくさん、あったけど。……でも。ピピや、フェンや。エマや。いろんな人に、出会えた。あなたにも——会えた。それは——きっと。悪いこと、ばかりじゃ、なかった」
『……みどり』
「だから——謝らないで。むしろ——ありがとう。わたしを、呼んでくれて」
手鏡越しに。シルヴィアが——小さく。泣いたような。笑ったような。そんな、気配が、した。
『……ありがとう。みどり。……あなたで、本当に——よかった』
(……シルヴィア)
『でも——お願い。無理は、しないで。あなたの、命を、削ってまで——なんて。わたしは。望んで、いないから。あなたには——幸せに。生きて、ほしいの。それが——いちばんの、願い』
(……うん)
優しい、人だ。本当に。
自分の、願いを、託しながら。それでも——私の、幸せを。いちばんに——願ってくれる。
(……だからこそ)
私は——心に、決めた。
応えたい。この、優しい人の、願いに。生きて。そして——できるなら。この人が、守ろうとした、世界も。
(……待っててね、シルヴィア)
まだ——解けない、暗号の、奥。「この世界を」——その先の、言葉。
それを——必ず。私の手で、解き明かす。そして——あなたが、何を、託したかったのか。すべてを、知った上で。
前へ——進むんだ。
窓の外。二つの月が。今夜は——なんだか。優しく。私を、照らして、いる気が、した。




