決意
「母を助けてくださるというのであれば、私はこれからの自分の人生をジン様に捧げます。ただ……具体的に、どのような方法でお救いくださるか教えていただいてもよろしいでしょうか」
真っ直ぐにジンを見つめるユリアが、不安で瞳を揺らしながらもジンに問いかける。
ジンがこの世界の『男』という枠に収まらないほどの良い人だということは、ユリアも既に理解していた。
しかし、会ってまだ数分しか経っていない他人であることも事実だ。
ジンの言葉をそのまま信じるにはまだ信頼が足りない。
他でもない母親の命を委ねるのなら、少なくとも自分が納得できる説明が欲しい。
いろいろな不安と戦いながらも、ジンを信じようと努力する彼女の真摯な態度を受けて、ジンがその問いに答えようとした時。
「……ユリア。……その方は?」
静かな室内だからこそ聞こえた、弱々しくも艷のある声。
ルルとララ、2人と同じブロンドヘアを持ったその女性は、病魔に侵されてから長い年月が経っているというのに清潔感すら感じさせる涼やかな女性だった。
そんな彼女は、見知らぬ男がいることに不信感を抱きつつも、失礼にならないように細い腕で何とか体を起こそうとする。
ずっと寝たきりだった母親のその行動を見たユリアが慌てて駆け寄ろうとしたが、それよりも早く動いたのはジンだった。
「驚かせてすいません。どうぞこのままでいて下さい」
布団の脇に膝を付き、片手で女性の背中を支えながら再び布団に寝かせるジン。
男ということだけでなく、ガタイのいいジンに無意識で恐怖を感じていた女性だが、自分を気遣うその声と手がとても優しいことに気付いた。
多少の戸惑いは残しつつも、言われるがまま布団に戻った女性はせめてもと丁寧に挨拶をする。
「こんな姿で申し訳ございません。私、そちらにおります3人の母親であるレイリアと申します」
「レイリアさんですね。私はジンと申します」
「……は、はい。ご丁寧にありがとうございます。……あの、それで、我が家にはどの様な理由で……」
『何でこの人は敬語を使ってくるんだろう』という疑問は残しつつ、レイリアは恐る恐る尋ねた。
もしかしたら、自分が寝ている間に子どもたちが失礼をしたのかもしれない。
そんな緊張感のある質問だったのだが、返ってきた答えはあっけらかんとしたもので。
「あ、クエストを受けてあなたの病気を治しに来ました」
あまりにさらっと言われたので、レイリアも『あ……そうなんですね。なるほど……』などと一度は受け入れてしまった。
が、すぐにジンの言葉がおかしいことに気付き首を傾げる。
そして、『あら、私クエストなんて出したかしら。もしかしてユリアが……?でも男性様が来てくださるクエストなんてどんな……はっ!ま、まさか夜のお誘いをっ……!?』なんて明後日の方向に思考を進め始めた。
レイリアは少々……というより、かなり天然な人間なようで、それに慣れている長女ユリアはたくましくも母親の独り言を全スルーする。
そして改めてジンに向き直り、先程の会話の続きを促した。
「先程お話した通り、母には治癒魔法は効きません。病気を治すための治療薬もありません。それでも、治せるんでしょうか……」
不安と希望の入り混じった表情を見せるユリアに、ジンは優しく微笑みかけた。
「治せるよ。ただ、治療をするにあたって1つ約束してもらいたいことがあるのと……レイリアさんにはあることを許可してもらわないといけないんですが……」
「……?許可ですか?」
「はい。でもまずは約束をして欲しいんです」
「ど、どんな約束ですか……?」
今まで男という立場ながら、自分たちに優しくしてくれていたジンだが、もしかしたら法外な要求をしてくるかもしれない。
ジンの優しさに絆されかけていたユリアは『今目の前にいる相手は男なのだ』と、気を引き締め答えを待った。
すると、ユリアが強張った顔をしているのに気づいたのだろう。
苦笑するジンは、ユリアを安心させるため頭を撫でる。
「大丈夫だよ。そんな怖がらないで。俺はただ、今から俺が話すことをここだけの秘密にして欲しいだけなんだ」
「秘密……?」
「うん。実は俺、ユニークスキルを持っててね、それでユリアちゃんのお母さんを助けるんだけど。あんまり色んな人に知られちゃうと、悪用しようとする人が出てくるかもしれないから」
「え!?ゆ、ユニークスキル持ってるんですか?」
「うん。そうなんだ」
まるで世間話をするかのように穏やかに話すジンだが、その話を聞いたユリアは冷静ではいられない。
なぜならユニークスキルとは、神に選ばれた者のみが生まれた時に授かる、天才の証。
スキルの内容に関わらず、ユニークスキル持ちは神に選ばれし者としてワンランク上の生活を保証されるし、例え女性であっても一目置かれる存在になる。
それを母数が少ない男性が持っているというのは奇跡レベルの確率だ。
(な、なんでこの人、こんなど田舎で冒険者なんてやってるんだろう……)
本来ジンの自己紹介を聞いた時に抱くべきだった疑問が、ようやくユリアの頭に浮かんだようだ。
『若い』『男』『ユニークスキル持ち』なんて条件があれば、王城で悠々自適に暮らせるレベルの逸材だろう。
ジンの変人さに改めて驚くユリアは同時に、ジンが母親を助けられるのではという確かな希望を抱いていた。
不安要素はまだたくさんある。
それでも、もうここまで来たら、突然現れた目の前の救世主に助けを求めるしか無い。
そう思ったユリアはその場に正座し、額を床に擦り付けながら、おそらく最後の希望となるジンに願った。
「約束します。誰にも言いません。私に用意できるものであれば、一生かけても手に入れて捧げます。だから……お願いします……母を、助けて下さい……」
痛々しく思えるほど震える声で、絞り出すように言葉を紡ぐユリア。
そんな我が子を見て、レイリアは痛む胸を押さえた。
ユリアはユリアで、日に日に弱っていく母を、ただ見て見ぬ振りして過ごすしかない無力感を感じていたのだろう。
だが、レイリアもレイリアで、まだ幼いユリアに家のことや娘2人のことを全て任せてしまっている現状を。
そして、娘3人をこの先も守ってやれないことを心苦しく感じていた。
「……ジン様。私からもお願いいたします。本当はもう、諦めていたのですが……。もし、まだ可能性があるのなら……。子どもたちの成長をもう少し見守らせて下さい……」
若い体で家事と育児をするユリアも、死に近づいていることを感じながら病魔と戦うレイリアも、どちらも辛さや苦しさを感じているだろうに。
自分より相手を思いやるその暖かさに触れたジンは、ふっ……と頬を緩めた。
「是非……お力にならせて下さい」
その一言で、レイリアの治療を行うことが決まった。
であれば早速治療を進めようと、これからの流れをジンが説明しようとした時。
「ちょ、ちょっと待っていただけますか!」
思い切ってというように、ユリアがジンの言葉を遮った。
何事かと不思議そうな顔をするジンの視線の先で、ユリアがタタッと妹たちの元へ駆け寄る。
そして2人の頭にポンと手を置き、ジンを見て言った。
「ジン様のスキルを誰にも言わないという約束ですが、この2人が守れる保証がありません。多分スキルの説明をしても理解できないとは思いますが、一応お隣に預かってもらってからでも良いでしょうか?」
至極真面目なユリアの提案に少し驚いた表情をしたジンは、頬を緩めてひらひらと手を振った。
「いやいや、そこまでしなくても大丈夫だよ。ユリアちゃんとレイリアさんだけ、少し気をつけてもらうだけで……」
「ダメです!」
「……!」
不敬だと思っていながらもジンの言葉を再度遮ったユリアは、ジンの目を真っ直ぐ見据える。
「約束はきちんと守りたいんです……。私達のせいでジン様が困ることになるのは嫌です……」
「……」
ジンとしては、軽い気持ちで自分のスキルを他の人に話さないでくれればいいと、ちょっと釘を刺すくらいのつもりだった。
が、自分の今後を考えてしっかり約束を守ろうとしてくれるユリアに、ジンは嬉しそうに破顔する。
「……そっか。うん、じゃあユリアちゃんの提案通りにお願いできるかな?」
「……!はい!」
自分の提案をジンが受け入れてくれたことにホッとしたユリアは、妹たちと目線を合わせるようにしゃがむ。
そして、姉の顔になりルルとララの目を順番に見つめた。
「ルル。ララ。今からお母さんを元気にしてもらうから。ちょっとの間ヨネばあのお家にいてくれる?」
「……おかあさんなおるの?」
不安そうなララの言葉。
ユリアにもまだ不安は残っている。
だが、敢えて言い切った。
「うん、治るよ」
信頼している姉が言った言葉を聞いて、ぱぁっと顔を輝かせるルルとララは、『それならヨネばあのおうちでまってる!』と元気に返事をした。
そんな2人をユリアが隣の家に預けに行くと、2人きりの空間でジンはレイリアに笑いかける。
「いい娘さんたちですね」
真っ直ぐに褒めてくるジンの言葉に、少し照れたような顔をするレイリアだが、微笑みとともに凛とした声で言葉を返した。
「私も、そう思います」




