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男尊女卑の世界で最強の男は、虐げられる女性たちに寄り添いたい  作者: 夜白 -Yohaku-


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討伐対象

ジンを連れた黒の騎士たちは、クエストのターゲットであるジャイアントベアを見つけるために魔の森の奥へと進む。

周囲の安全を確認しつつターゲットも探している一行は、ゆっくりと馬を闊歩させているのだが、異様に静かな森を前に気味の悪さを感じていた。

普段ならゴブリンなどの比較的低ランクの魔物が、餌がやってきたと襲ってくるのだが、今日はまだ1匹も現れていない。

経験上こういう場合は、生態系が崩れるほどの異常個体が近くにいる事が多いので黒の騎士たちは皆緊張した面持ちだ。

しかしたった一人だけ、それらの理由とは全く違う理由で極度の緊張状態を強いられている者がいた。


「モネさんは近接戦闘がお得意なのですか?」

「い、いいいいえ……!と、とと得意なんてことはないです!私なんて何もかもまだまだです!」

「そんなことないと思いますが……。謙虚ですね。素晴らしいです」

「ひぇえぁ!そそそそんなっ、ももももったいなきお言葉です!!」


話下手ながらも気を遣って世間話というものを振ってみるジン。

モネの緊張をほぐそうとしての配慮だったのだが、明らかに逆効果だ。

びくびく怯えながら『返答を考える間すら失礼かも』と反射で返答していくモネは、体の関節全部に力が入った硬直状態。

男と一緒に仲良く世間話をするなんてありえないこの世界で、今の状態はイレギュラー以外の何物でもないのだ。

そんなモネはジンとの会話に神経を集中させつつも、揺れる馬の背の上で絶対にジンの体に寄り掛かるまいと若干前傾の姿勢を保つ。

ずっと力を入れている腹筋は既にぷるぷると震え始めているが、それでも力を抜くわけにはいかない。

しかしそんなモネにジンが気付いた。

彼は手綱から片手を離し、完全なる善意でモネの腹部に腕を回し、そっと自分側に引き寄せた。


「バランス取るの大変でしょうから、どうぞ寄りかかってください」

「いいいいいいいや、そそそんな私などがっ!!」

「……?遠慮せずどうぞ?」

「うぅぅぅ、せんぱぁい……」


未知の体験に半泣きで周りに助けを求めるモネだが、仲間である先輩隊員たちはサッと目を逸らす。

それもそうだろう。

助けたいのは山々だが、ここにいる全員未知の状況過ぎて助ける方法が分からない。

結果、非情な対応を受けたモネは『うぅぅぅ、おかあさぁん……』なんて嘆くことしかできない。

そうして、ジンの体にガチガチのモネが体を預けること約10分。

魔物との戦闘もなくターゲットも見つからない。何の変化もない状況が続き、黒の騎士たちの警戒心が緩んでくる。

そんな時だった。

今まで呑気な顔でモネと会話をしていたジンの眉がピクッと跳ねた。

そしてすぐに何かを察知したのか、必要以上に危機感を煽らないように気をつけながら冷静な声を響かせる。


「レイラさん。進行方向の左斜め、前方2kmほど先にターゲットと思われる反応があります」


突然の警告に隊員たちは驚きを感じながら一気に気を引き締め、ジンが示した方向へ意識を飛ばそうとした。

が、よく考えれば2km先の魔物の気配など察知できるはずがない。


「……ジン様。ジャイアントベアの鳴き声などが聞こえましたでしょうか?」


ジンに求められ指揮官として先頭にいるレイラは、一度馬を止めジンへ確認を取る。

ジンの報告に疑問を持ちながらも、もちろんそれを表には出さない。

その問いにジンは臆することなく返した。


「私を中心とした半径2km分の地面に魔力を通わせていました。ちょうど対象がそのエリア内に入ったようです」

「え……魔力を通わせる?それも2km……」


ジンの回答に戸惑いを隠せないレイラは、今ジンが言った方法が可能かどうか頭の中でシミュレーションを試みる。

が、魔力とは保有していた者の肉体から離れた瞬間からその力が弱まっていくものだ。

数メートルならまだしもキロ単位で魔力を維持するなら、必要な魔力量は計り知れない。

しかし、どれだけ信憑性の低い情報でも、男性であるジンの言うことを無下にはできない。

ジンに礼を言ったレイラは、『総員警戒。進行スピードを上げるわ』と指示を出した。

そして、一行はジンが示した場所までトップスピードで馬を走らせる。

正直レイラのその指示は男であるジンの体裁を保つためのもので、内心『これで行く先に何もいなかったらどうフォローすれば……』と少し心配していた。

が、すぐにそれが杞憂であったことに気づく。


「総員戦闘準備!」


部下たちより先に標的の気配を感知したレイラが、凛とした鋭い声を響かせる。

瞬間、レイラの後に続く隊員たちの目の色が変わり緊張が高まった。

そして敵の姿がギリギリ目視できる距離まで来ると、レイラがさっと手を上げ馬を止める。


「目標確認。これより戦闘に入るわ。馬はここで待機させて」


レイラの指示に声を出さず無言で頷いた隊員たちは、すぐに言われた通り馬から降り戦闘準備に入る。

それを確認したレイラは、3名の隊員の名を呼んだ。


「あなた達はジン様をお守りして。ジャイアントベアだけではなくその他の敵にも注意するように」


敬礼とともに無言で頷いた3人は、すぐジンの元へ移動し『命をかけてお守りします』と敬礼をする。

そのやり取りを見守っていたレイラは少し心配そうな表情を見せていた。

なぜなら今までのジンの行動から、自分のせいで部隊の戦力を割いてしまうということに引け目を感じ、護衛を拒否する可能性を考えていたからだ。

しかし意外にもすんなり護衛を受け入れたジンは、近くの手頃な岩に腰掛け、黒の騎士たちの戦いを見守る体勢を取る。

それを見て、ほっと胸を撫で下ろしたレイラはすぐに意識を戦闘へ向けた。


「これより戦闘を開始するわ。作戦1、実行」


レイラの指示のを受け、魔法を得意とする3名の魔導士が空に手をかざし詠唱を行い始める。

すると数秒の静寂の後、花火のような盛大な破裂音を立てながら光の球が上空で弾けた。

突然の爆音に驚いたジャイアントベアは、黒の騎士たちの思惑通り音の鳴った方へ意識を向ける。

必然的に背を向ける形となり隙を見せたジャイアントベアを狙って近接部隊が動く。

すでに標的の近くまで移動していた彼女たちは敵の背後から奇襲をかけた。


「はっ……!!」


全身へ身体強化をかけ、武器を振るう腕にはさらに強化を2重で付与する。

通常時の数倍まで威力を上げた黒の騎士たちの剣が、一斉にジャイアントベアを狙う。

が、予定していた作戦が上手く行ったのはそこまでだった。


「っ……!何だこいつっ……硬い……!」


通常のジャイアントベアは一撃の破壊力と体の大きさの割に俊敏な動きに気を付け、きちんと連携が取れれば難なく倒せる敵だ。

武器が通らないほど硬い毛皮を持っているという情報は聞いたことがない。

が、現に黒の騎士たちの攻撃は小さな切り傷さえもジャイアントベアに与えられていない。

そんな状況を見てレイラは小さく舌打ちをした。


「……変異種ね。しかもかなり変異が進んでる」


事前に立てていた作戦では、背後からの強襲で両足と首にダメージを与えジャイアントベアの動きを抑える予定だった。

しかしそれが失敗した今、実行中の作戦を続けるのは難しい。


「近接班!標的から距離を取りなさい!!作戦を3番へ変更するわ!」

「「「はい!!」」」


返事とともにバックステップで四散する隊員達。

レイラが指示した3番の作戦とは、近接班が標的から一定の距離を取りつつ動き回り敵の意識を拡散させ、その隙に遠距離から魔法で攻撃するというもの。

しかしレイラはこの作戦は上手くいかないと分かっていた。

力自慢の近接班が、身体強化を使っても傷一つ付けられなかったものを、遠距班がどうこうできるわけがない。

が、レイラは敢えてその作戦を続行する。


——放つ魔法を『水魔法』に限定して。


本来、ジャイアントベアの弱点は火。

火・水・風・光・闇・地・聖と7属性ある魔法の中で、水は一番相性が悪い。

が、絶対的信頼をレイラに対して抱いている部下たちは、何の迷いもなく指示通りに水魔法を放った。

貫通力を高めるのであれば、水を氷に変換させることが最適だが、彼女たちが放ったのはただの水の球。

もちろんそれはジャイアントベアに当たりはしたものの、ただ毛皮を濡らすことしかできない、が……。


「光の精霊よ、我が身に宿りて一弾となれ……」


レイラの艷やかな薄い唇から唱えられた言葉に反応し、彼女の右手がバチバチと雷をまとう。

そして、冷たく鋭い目で標的を見据えたまま小さく呟いた。


「……『雷砲』」


瞬間、パンっという小気味良い音がレイラの手元から発せられた。

レイラに注目していた者は何が起きたのか理解できなかっただろう。

しかし実際は、レイラが詠唱をしたと同時に、20mほど離れたジャイアントベアの頭に直径10cmほどの風穴が空いていた。

すぐには何が起きたのか分からずただ立ちすくむジャイアントベアだが、徐々に神経が痛みという信号を脳に送り始めたらしい。

突然目を大きく見開き、天を仰いだ。



グルォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!



地面が軽く振動するほどの咆哮が辺りに轟く。

猛烈な痛みを感じ、のた打ち回ろうとしたジャイアントベアだが、水魔法で濡れた体に雷撃を浴びたことで全身が痺れている様子。

結局、思い通りに体が動かせないまま、地響きを立てて地面に倒れ込んだ。


「近接班!!上から狙いなさい!」

「「「はい!!」」」


先程は地面と平行方向の攻撃だったが、今は敵が地面に仰向けになっている。

重力と自重を利用し、より貫通力のある攻撃が可能だ。

その意図を汲み取った近接班の3人がタンっと地を蹴った。

器用に空中で体の上下を反転させた彼女たちに合わせ、すかさず魔導班が水魔法を氷に変換し足場を作る。

そして、再度身体強化をかけた近接班の3人は、重力の力を借り、弾丸のような速さで地面に向かって加速した。



ズシャ……!!



生々しい音を響かせ、ジャイアントベアの体に3本の剣が突き刺さる。

しかし、近接班が持つ剣の身幅は4cmほど。

それが3箇所刺さったくらいでは今回の標的は倒せない。

もちろん隊員たちもそれは理解していた。

ジャイアントベアの体に深々と剣を刺したまま、近接班の3人が詠唱を行う。


「「「……火の精霊、我が剣伝いて破壊せよ……『爆炎』!!」」」


次の瞬間。

ボゴンッというくぐもった音がジャイアントベアの体内から聞こえた。

同時に、ジャイアントベアの体にある穴という穴から煙混じりの血が噴き出る。

苦悶の表情で大きく口を開けたジャイアントベアだが、あまりのダメージに咆哮すら上げられず、地に横たわったまま激しく痙攣する。

その時には既に、近接班の隊員はジャイアントベアから距離を取っており、そのままレイラや魔導班がいる場所まで戻ってきていた。


「お疲れ様。あとは絶命するのを待つだけね」


レイラからの労いの言葉に、誇らしげな表情で敬礼を返す隊員たち。

皆討伐対象の絶命を確認していないので集中は解いていないが、変異種とは言え体内を炎で焼き尽くされれば生きてなどいられない。


(何とかなったわ……。後は討伐証明と素材を取って……。まだ日も高いし今日中に帰れそうね)


この後の流れを頭の中で組み立てていくレイラは、そう言えばという様子で、後方で待機しているジンに視線を向ける。

余裕のない戦闘となってしまったため、彼の安全に全く気を払えていなかったと少し反省するも、きちんと部下3人に囲まれたジンに問題はないようだ。

万事問題なく行ったことに、ほっと胸を撫で下ろしたレイラ。




……の表情が一変した。




「っ……!?」


常に冷静に場を把握し、的確に指示できることを買われているレイラの脳内を空白にするほどの殺気が辺り一帯を押し潰す。

団員の中には立っていることもできずうずくまっている者や、あまりの重圧に呼吸すらまともに出来ない者もいた。

レイラでさえ息苦しさを感じ、戦意を維持するので精一杯な状態。

そんな彼女は何とか冷静に今の状況を把握しようと、殺気の中心へ目を向ける。

そこには、絶命寸前だったはずのジャイアントベア()()()()()がいた。


「まさかこの土壇場で、魔獣化したっていうの……?」


事態を把握したレイラのこめかみから冷や汗が流れる。

レイラの口から発された『魔獣化』とは、死に瀕した魔物が何らかの理由で凶暴化し、知性を失った魔獣となる現象。

まだ詳しいことは解明されていないが、魔獣化した魔物は巨大化し能力も大きく上昇するため、通常より討伐が困難になる。

しかし魔物の魔獣化など、一生見ることなく生涯を終える者がいるほど確率の低い現象だ。

どんな冒険者も討伐対象が魔獣化する可能性など考えてクエストを受けたりはしない。

だが今それが起こってしまったのだ。部隊長であるレイラは現実を受け止め対応しなければいけない。


「総員撤退!!出来るだけ魔獣から離れなさい!!」


ありったけの声量で放たれた命令に、部下たちはよろよろと移動を試みる。

が、経験が浅い隊員は恐怖に飲まれ、その場から動けず荒い息を繰り返すことしかできない。


(まずい……!!魔獣化が完了してあいつがこっちに来たら……)


動くことができない部下を助けたいと思う一方で、果たしてそんな時間があるのかという焦りがレイラの思考を狂わす。

この人数で戦って勝つなどほぼ不可能。

だからと言って逃げることも難しい。

万が一無事に街へ逃げ帰れても、自分たちを追って魔獣が街へ到達してしまったら……。

極度の緊張のせいで動きの鈍い脳を必死で働かせるレイラ。

しかし、彼女が選べる選択肢は少ない。

いや……『ない』の方が適切か。



——全滅。



そんな言葉が黒の騎士たち全員の頭に浮かんだ……。

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