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男尊女卑の世界で最強の男は、虐げられる女性たちに寄り添いたい  作者: 夜白 -Yohaku-


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常識が通じない男

ここアルトリア王国は、世界でも3本の指に入るほど広大な領地を有していた。

1年の前半は程よく温暖な気候。

後半は少しひんやりと感じながらも涼しく過ごしやすい。

そのため、作物なども育てやすく商業も発達している。

しかし、そんなアルトリア王国での暮らしにもデメリットがあった。

それは人々が住まう領地を囲むように広がっている、『魔の森』と呼ばれている危険地帯の存在だ。

街から出て少し森に入るくらいなら、危険度の低い魔物くらいしかいないため大して害はない。

しかし、森の奥に行くのであればしっかりとした装備と経験に基づいた知識が必要になる。

命が欲しいのなら足を踏み入れてはいけないと、子供の頃から耳が痛くなるほど言い聞かせられる危険なその場所は、一般市民は滅多なことがない限り立ち入らない。

しかし、魔の森に足を踏み入れなければいけない者たちもいた。

魔の森に生息する魔物の繁殖スピードはかなり早いということが分かっている。

そのため、誰かが定期的に森へ入り個体数を減らさないと、下層の平民街に被害が出てしまうのだ。

本来なら王国直属の騎士団である金色の騎士団、通称『金騎士』たちが定期的な討伐を行わなければいけない。

しかし、『いざという時に王を守れないと困る』という職務放棄とも捉えられる理由で、その仕事を民営の騎士団である黒銀の騎士団、通称『黒騎士』たちに全任しているのだ。

責務を放棄している金色の騎士団に批判が集まりそうなものだが、そもそも一般的な認識としてそれぞれの騎士団は守るものが違う。

金色の騎士団は、幹部が貴族男性で固められた貴族のための騎士団。

一方、黒銀の騎士団は団員全員が一般女性で構成された市民のための騎士団なのだ。

黒銀の騎士団ができる前は、平民がいくら危険な目に遭おうと王都ベルハイムに害が及ばなければ、断固として国は騎士団を動かさなかった。

そんな状況を見かねて一人の女性がゼロから作り上げたのが黒銀の騎士団。

どれだけ功績をあげようが、国からは全く評価されず雀の涙ほどの支援金しかもらえない。

街の人々からの寄付と冒険者用のクエストをこなして何とか運営を続けているが、経済的な悩みは尽きることがない。

それでも黒の騎士たちは誇りを持って民の守護者としてあり続けていた。

見返りなど求めず、ただ守りたいものを守るために戦うことができる。

そんな者のみが、黒銀の騎士団に所属しているのだ。


その日も黒の騎士たちは魔の森で、騎士団の運営費のために討伐クエストをこなしつつ、森の魔物の個体数を減らす遠征を行っていた。


「補給係、食料はどれくらい残ってるかしら」

「はい。現時点で2日分はございます」

「そう……。クエストは今日で決着をつけるつもりだけれど、何があるか分からないわ。1食分を少し減らして節約して」

「はい!」


森の少し開けた広場で休息をとっている黒の騎士たち。

黒銀の騎士団の由来は鎧の色からきていると言われているが、資金難のせいか。

今遠征に来ている黒の騎士たちは、最低限の急所を部分的に守るだけの軽装備。

そのため、自ら名乗らないと黒の騎士だとは分からない状態だ。

そんな彼女たちの中心で指揮をとっているのは、水色のロングヘアをなびかせた1人の美しい女性だった。

騎士としては細身な彼女は、右目に眼帯をつけた隻眼で。

それでも唯一見える左目は、氷のような冷たさを感じさせるほど鋭い圧を放っており、部隊長としての威厳を感じさせる。

休憩中の部下の様子を確認しながら、周囲の警戒も怠らないその女性は、副部隊長と今後の動きを話し合っていた。

が、突然、不自然に会話を止め口をつぐむ。

そして、まだ状況が分かっていない副部隊長が口を開こうとするのを、手のジェスチャーだけで静止した。

その数秒後。

彼女は一切顔色を変えないままゆっくりと背後を振り返った。


「……そこにいるのは誰?」


艶やかささえ感じさせるゆったりとしたその声は、その場にいる全員の耳に届いた。

自然と隊員たちの会話が止まる。

葉が擦れる音のみが漂う静寂の中、彼女の問いかけに答えるものはいなかった。

が、10秒ほどしても疑いが晴れなかったためか。

木の陰に隠れていたその人は、観念したように隊員たちの前に姿を見せた。

そこに現れたのは、190cmを超えるガタイの良い黒髪の男。

よく見れば綺麗な顔立ちをしているのだが、それ以上に有り余る全身の野生感が隊員たちに圧を与える。

見るからに戦闘向きな彼に対して、黒の騎士たちは一様に警戒心を抱いた。

が、それ以上に彼女たちを動揺させた理由は、魔物が蔓延る危険な森に現れた者の性別。


「な、なんでこんなところに男が……!」


下っ端の隊員が思わず声に出してしまった言葉は、決して口に出すべきではなかったが、この場にいる皆が思っていること。

しかし、この世界で男を前に女が悠々と座っていることなど許されない。

そんな共通認識の元、状況が飲み込めずとも、座って休んでいた隊員たちはすぐに立ち上がり直立の姿勢を取った。

部下が正しい対応をしたことを確認した部隊長の女性は、突然現れた男に向き合い静かに頭を下げる。


「男性様とは知らず失礼な物言いをいたしました。大変申し訳ございません。私、黒銀の騎士団3番隊隊長のレイラと申します」


動揺を微塵も表に出さず涼やかに挨拶をしたレイラだが、内心冷や汗をかいていた。

というのも、この世界には昔からの常識として男尊女卑という考えが強く根付いている。

そのため、先程のレイラの言葉遣いとその後部下が男性を『男』呼ばわりしたことは、相手によっては不敬罪として扱われてしまう可能性のあることだった。

細かいことだが『男性様が白を黒と言ったのなら、それは黒だ』という考えをする過激派もいるため、女性は気にし過ぎだと言われるくらい気をつけなければいけない。

しかし、今回の相手は大して気にしていない……なんて言うレベルではなく、挨拶をしたレイラに対してペコリと頭を下げた。


「丁寧にどうも……。私はジンと言います。拠点となる街を探しているところです」


とても簡素な挨拶。

しかし、その場にいる全員が彼の挨拶をすぐに理解することができなかった。

なぜなら、この世界に女に対して敬語を使う男などいるはずもないのだから。

男女比が3:7と偏っているこの世界では、人類の存続のために男性を保護する名目で男性優位な法律が存在する。

そのためこの世界で暮らす人々は、小さい頃から『男は女よりも偉い』という基本概念を植え付けられるのだ。

母親ですら息子が生まれれば必ず敬語を使うし、物心ついたばかりの男児でさえ毎日女性から過剰なほど丁寧に扱われ、女に何をしても怒られることがないと分かると、自然と女性を軽視していく。

それが普通。

それがこの世界の常識なのだ。

それなのに、今この男……ジンは、軽視すべき対象である女に礼を言い敬語を使うという『敬う行為』をしたのだ。

これには流石のレイラも唖然とした表情を見せる。

が、当の本人は凍りついたこの場の空気などどこ吹く風で会話を続ける。


「騎士団とおっしゃいましたが、どの街を拠点にしていらっしゃいますか?もし良かったら同行させていただきたいのですが」

「……あ。え、っと、拠点……」

「……?」


質問の内容は極めて簡単なのに、驚きに飲まれてしまっているレイラはまともに返答することもできない。

が、ほぼ無意識に『女である自分が男性を待たせてはいけない』という植え付けられた考えが頭に浮かぶ。

一度深く深呼吸したレイラは、今経験している非日常を一旦受け入れ、ジンとの会話にだけ専念しようと気を引き締めた。


「……失礼いたしました。我々黒銀の騎士団は、ここから馬で2時間ほどの距離にある『ロベルタ』という街を拠点としております」

「……ロベルタ。そこのギルドには冒険者課はありますか?」

「はい、ございます。我々も今回そのギルドでクエストを受けてから、ここまで参りました」

「なるほど。でしたら、そのロベルタの街までご一緒させていただくことはできますか?」

「……」


ジンからの相談に言葉を詰まらせるレイラ。

今の彼女の中には、ジンの提案を断るという選択肢はない。

アルトリア王国は、レイプや奴隷・過剰な横暴などは法律で禁止しているが、それ以外のことは各々の裁量に任せられているのが現状。

そのためジンが男性である以上、この程度の提案は迷うことなく受けるということになる。

では、レイラが迷いを見せた理由は何かというと、それは今抱えているクエストをどうするかという問題だ。

今回受けたクエストの討伐対象はジャイアントベアという、E〜SSSまでの危険度の中でAクラスに当たるなかなかの強敵。

もちろん今回組んだ討伐隊は、ジャイアントベアを討伐できる前提で組まれているのだが、ジンが同行するとなると彼を守るための人員を戦闘要員の中から割かなくてはいけない。

ジンをクエストに付き合わせ万が一怪我をさせようものなら、それ相応の責任がこの場にいる全員どころか騎士団にまで課せられてしまう可能性がある。

だからこそレイラは、ジンを守りながらクエストを続行するか、安全策を取り違約金を払ってでもクエストを諦め、一度拠点に帰るか悩んでいるのだ。

が、そんな彼女の懸念を半分だけ理解したジンは、微塵も悪気などない表情で彼女が取れる選択肢を1つに絞った。


「あ、もちろんクエスト中ということでしたので、クエスト完了したら街に戻るという形で構いません。……どうでしょうか?」

「………………かしこまりました。どうぞよろしくお願いいたします」


覚悟を決めたレイラは、本来職務中には絶対に見せることのない爽やかな笑顔をジンに向けた。

その笑顔を見て安心したのか、ジンも笑みを浮かべ再び頭を下げて礼を言う。

2度も男に頭を下げられ礼を言われたレイラは、笑みを浮かべた自分の顔が引きつっているのを感じた。

それをジンに気づかれる前にと、背後で待機している隊員たちの方を向き端的に指示を出す。


「休憩終わり。荷物を片付けて。移動するわ」


レイラの命令を受け統率の取れた返事を返した隊員たちは、手際よく広げていた荷物をまとめ馬の背に固定していく。

そして最後に自らも馬に跨がり、いつでも移動できるよう待機した。

そんな中、あることに気づいたレイラは、隊員の中で一番下っ端のモネという女性を呼び寄せる。

ネイビーブルーのショートボブを揺らし駆け足でレイラの前にやってきたモネは、少し緊張した面持ちでレイラを見つめた。


「モネ。申し訳ないけど、あなたの馬をジン様にお貸しして」

「は、はい!かしこまりました!」


元気よく敬礼をしたモネは、愛馬のクルルクに『お客様だから落としちゃダメだよ』と不安そうに語りかける。

そして、少し緊張した面持ちで手綱をジンに渡した。

モネの反応を見るに、クルルクは少々背に乗ることを許すのに時間がかかる馬のようだ。

しかし素直に手綱を受け取ったジンは、すぐに背に乗ろうとはせず、無言でクルルクの目をジッと見つめた。

そしてクルルクもその視線に応え、微動だにせず見つめ合うこと10秒ほど。

不意にジンが、ふっ……と表情を緩め、我が子を褒めるかのようにクルルクの頭を撫でた。

クルルクもその手を嬉しそうに受け入れ、甘えるようにジンに顔を擦り寄せる。

どうやらこの短時間で背中に乗ってもいいという許可を得たらしい。

ジンは軽やかにクルルクに跨がり座り心地を確かめると、満足そうに一つ頷いた。

そして何故か、モネに視線を移しちょいちょいっと手招きをする。


「……あっ、え?」


人見知りのクルルクとあっという間に心を通わせてしまったジンを呆然と見ていたモネは、下っ端の自分に何の用があるのかと動揺を見せる。

が、先程のレイラと同じように『男性を待たせてはいけない』という考えの元、呼び寄せられるままクルルクに跨がっているジンの方へ近寄っていく。

すると……。


「ひゃぁっ……!!」


少々緊張し過ぎなのではと思うほど気を引き締めていたはずのモネが、いきなり素っ頓狂な声を出した。

その理由は、若干無理な体制で前屈みになったジンが、モネの体をくるっと半回転させ、後ろから両脇に手を差し込みひょいっと持ち上げたためだ。

予想外のことにパニックになっているモネはそのままに、ジンは軽々とした動作で自らの前にモネを座らせた。

そのまま何事もなかったかのように手綱を両手で持ち、レイラに声をかける。


「こちら準備できました」

「……ぁ、いや。も、モネは別の隊員の馬に乗せても大丈夫ですが……」

「……?クルルクは加護が施された戦闘馬ではないのですか?でしたら2人乗りでも大丈夫だと思うのですが」

「あ、はい……ジン様が気にされないのであれば大丈夫でございます」

「……?」


男であるジンが女のモネのために馬を走らせるような形になることを気にしての提案だったのだが、ジンは全く気にしていない様子。

結局、ジンの意思を尊重して、緊張でカチコチになっているモネに同情しながら一行は移動を開始したのだった。

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