プロローグ
心優しい青年と辛い世界でも前を向き強く生きる大人のお姉さんたちの王道異世界小説です。
よろしくお願いします。
「ジン。あなたと出会えて良かったわ。私の短い余生に色をくれてありがとう」
そう言ってふわりと笑ったその人は、静かに瞳を閉じ、微笑みを残したまま生を終えた。
日に日に弱っていく彼女を見ているのは辛かったが、彼女が笑顔で最後を迎えられた理由が自分だったのなら嬉しい。
彼女にもらったものの半分も返すことはできていないが、少しは彼女のためになれたのかもしれない。
俺は握ったままの彼女の手から徐々に暖かさが消えていくのを感じながらも、時間が許す限り彼女の側で、穏やかなその死に顔を目に焼き付けた。
彼女に出会ってから、大きな刺激となるものは数えるほどしか無い、平和な毎日を繰り返してきた。幸せだった。
永遠に続いて欲しいと願っていた。
しかしそれも今日で終わりなのだ。
そう思うと鼻頭がツンと痛くなったが、それでも涙を零したくはなかった。
彼女が笑顔の別れを選んだなら、俺も笑顔で送りたい。
痛みで悲しみを紛らわそうと、彼女の手に触れていない方の手を、爪が手のひらに食い込むほど握りしめた。
——そこで俺の意識は覚醒した。
「…………朝か」
また彼女に会えたというのに、『7時に起きる』という習慣が根付いた体は、俺の意思に逆らい意識を覚醒させていく。
二度寝はできない体質なので、無駄足掻きはせず潔く起床した。
ぼんやりした頭で『まるで昨日のことのように鮮明だったな……』なんて考えてみるが、よく考えれば本当に昨日あったことだった。
恩人兼育ての親である彼女の死は、20年間生きてきた俺にとって人生で一番と言えるほど大きな悲しみを抱かせた。
自己防衛のためなのか、その事実は既に遠い記憶のように感じられるほどだ。
意識をしっかりさせようと洗面所へ向かい顔を洗った俺は、ふと鏡の中の自分を見つめた。
日本で生きていた時と同じ黒髪黒目に、常人より体格の良い筋肉質な体。
(体は大きいのに、笑った顔が可愛いから大型犬みたいって……。誰に言われたんだっけ)
日本で暮らしていた時の記憶を思い返そうとするも、個人的な過去はモヤがかかったように思い出せない。
だが別に不便はない。
俺にとって前世は、今の生活に役立つ知識を得られる記憶というだけだ。
俺はもう一度鏡の中の自分に意識を向けた。
異世界で俺を拾って育ててくれた彼女は『精悍なイケメンに育ってくれたわ』なんて喜んでいたが、世間的に見たらどうなのだろうか。
彼女は少々親バカなところがあったから、過大評価かもしれない。
少なくとも俺は、これ以上見飽きた顔と見つめ合っていても面白くないので、風魔法で濡れた顔を乾かしすぐに朝食をとりに行った。
それから俺が行ったことは、育ての親と15年あまりを共に過ごしたこの家を隅から隅まで掃除すること。
部屋の1つ1つ、物の1個1個に思い出があり、それらを思い起こしながら半日かけて汚れを取り、綺麗に整える。
そうして、満足行くまで思い出と向き合った俺は、必要なものを亜空間収納に仕舞うと、とある部屋の前に立った。
昨日はほぼ丸一日この部屋で過ごした。
静かにベッドに横たわる彼女とともに。
未だ息を引き取ったまま眠っているであろう彼女を想うと、鼓動がまた強くなる。
もう一度顔を見たいと思う欲望。
しかし一度顔を見たらしばらく離れられないだろうという冷静な理性が俺の中でせめぎ合う。
それでも昨日きちんとお別れができたからか、理性に従うことができた俺はそっと扉に触れた。
「……ありがとう。あなたの思い出の一色になれたこと、とても光栄に思うよ」
伝えたいことはたくさんあった。
それでも、溢れ出そうな言葉たちを抑え込んだ俺は、名残惜しさに抗って静かに家を出た。
家から十数歩分離れた俺は、ゆっくりその場で振り返る。
一見すれば何の変哲もない一軒家。
しかし俺には、かけがえのない幸せな思い出が溢れている我が家だ。
「ありがとうな」
友に語りかけるように感謝を伝えた俺は、炎の精霊を呼び出し着火した。
木でできたその家は瞬く間に火だるまとなり、側にいる俺の体にひりつく熱を伝える。
しかし俺はそこから一歩も動かず、自分が育った場所と自分を育てた人が灰になり、最後の最後、炎が燃やすものを失い消えるまで、その場で見守り続けた。
お読みくださりありがとうございましたm(_ _)m




