『潮風が運んだ約束』 ―灯里と大樹、長崎からはじまる恋の記憶―
序章 潮の匂いと、君の笑顔
長崎・伊王島。まだ小学生の灯里と大樹は、毎日海辺で遊んでいた。夕焼けの堤防の上、大樹が貝殻を灯里に手渡したときの一言は、幼いふたりの心に深く刻まれた。
「たいき、海、こわくないの?」 「おまえがいれば、だいじょうぶ」
灯里は、細い指で髪を耳にかけて、にこっと笑った。その笑顔が、大樹の胸に深く焼きついた。
「じゃあ、ずっとそばにいてよ」 「うん。ぜったい、守るから」
まだ幼すぎた約束。でもその言葉は、ふたりの人生を繋ぐ種になった。
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第一章 幼なじみ、それぞれの歩幅
第一節 中学最後の夏
塾の帰り道。西日が伸ばす影を並べながら歩くふたり。
「ねえ、たいきはさ、将来の夢ある?」
「……ない。というか、わかんねぇ」
灯里は、少し寂しそうに笑って言った。
「私はね、先生になりたい。いつか伊王島の学校で、子どもたちに勉強教えたいんだ」
その言葉に、大樹は答えられなかった。ただうなずいた。
第二節 歩幅の違いに気づく時
通知表の点数や塾のテスト結果に一喜一憂する灯里。野球しか見ていなかった大樹は、次第に彼女の話題についていけなくなる。
「たいき、聞いてる?」 「……ああ。すげぇな、灯里」
「うん……ありがとう」
その返事にこもった空虚さに、ふたりとも気づいていた。でも、何も変えられなかった。
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第二章 言えなかった“好き”
第一節 すれ違う高校生活
高校入学。灯里は生徒会、大樹は野球部の練習漬け。顔を合わせる時間は激減し、それでも目が合えば微笑み合った。
「最近、話してないね」
「オレは部活忙しいし、おまえも、生徒会とか塾とか……な?」
笑い合って、言葉を飲み込む。
第二節 夏、花火の夜
浴衣姿の灯里。会場の雑踏に紛れて、大樹は何度も言おうとして、言えなかった。
「……きれいだな」 「え? 花火のこと?」 「……どっちも」
その一言に灯里は目を見開き、ふと目をそらした。
「ありがと……」
その沈黙が、告白のチャンスを奪った。
第三節 もう少しの勇気があれば
帰り道。堤防に腰掛け、海を眺めながら灯里が呟く。
「来年も、一緒に来れるといいな」
「うん。……絶対、また来ような」
“好きだ”の一言を言うには、まだ心が幼すぎた。
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第三章 夢が砕ける音
第一節 最後の大会
夏、県大会準決勝。大樹はマウンドに立つ。
だが、投げた瞬間、肩に激痛。
「うああっ……!」
その場にうずくまり、周囲が騒然とする。担架で運ばれる彼に、スタンドの灯里は立ち尽くしていた。
第二節 診断、そして絶望
「右肩腱板断裂。復帰には最低でも1年半……」
医師の言葉に、大樹は呆然とした。
「おれ、終わったな……」
第三節 堤防の沈黙
夜、堤防。海の風が強い。
「おれ、夢、なくなった」 「たいき……」 「プロ野球選手になるって、ずっと言ってたのに。おれ、なにもない……」
灯里は黙って彼の手を握った。
「夢がなくても、たいきはたいきだよ。……それじゃ、だめなの?」
涙が風に流された。
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第四章 遠ざかる未来、崩れる信頼
第一節 別々の場所へ
灯里は東京の教育大、大樹は地元の大学。
「遠距離なんて、たいしたことないよ」 「毎週、電話するから」
でも、それは思っていたより遥かに難しかった。
第二節 揺れる想い
電話の回数が減り、LINEの返信も遅くなる。
「最近、忙しいの。授業も実習も……」 「……そうか」
ある夜、大樹はSNSで灯里の写真を見つける。男子と並んで笑う姿。
胸が締めつけられる。
第三節 崩れる絆
「ほんとに友達なのか?」 「……信じてよ、たいき」
「……ごめん」
心の距離が、取り返しのつかない溝になる。
第四節 別れのメッセージ
冬、長い長いメッセージ。
> 「たいき、もう私、自分の未来に自信が持てないの。誰かの支えになる前に、私自身が崩れそうで」
> 「これ以上、たいきを縛れない」
> 「好きだった。いまでも。でも、ごめん」
大樹は、スマホを胸に抱き、嗚咽した。
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第五章 再会、沈黙と涙の夜
第一節 偶然の再会
卒業間近、長崎駅。
灯里と大樹、偶然の再会。目を合わせた瞬間、ふたりの世界だけが静止する。
「……灯里」 「……たいき」
第二節 語られる空白
堤防に座り、少しだけ笑い合う。
「東京、ひとりは、想像よりずっとしんどかった」 「俺も、何もかもが怖かった」
沈黙が、優しくふたりを包む。
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第六章 もう一度、名前を呼んで
第一節 灯里の涙
「たいき、あの時、私……ほんとは毎日会いたかった」
「会いたかったのは、こっちもだよ」
涙ぐむ灯里に、大樹が手を伸ばす。
「ずっと好きだった。今も、変わらず」
灯里が泣きながら、頷いた。
第二節 ふたりのはじまり
それは告白でも、再スタートでもない。
ただ静かに、ふたりの“約束”がよみがえった瞬間だった。
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第七章 潮風が運んだ約束の続きを
第一節 プロポーズの夜
花火の夜、大樹がそっと灯里の手を取る。
「灯里。オレと、人生歩んでください」
灯里は涙をぽろぽろこぼしながら笑った。
「……ありがとう。やっと、言ってくれたね」
第二節 ふたりで歩く日々
小さな家、窓から見える海。食卓を囲む日々。
「ねぇ、たいき」 「ん?」 「私、今がいちばん幸せだよ」
「オレも。やっと、手を離さずに済んだ」
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終章 いつか、生まれた町で
娘が3歳になった春。
ふたりは、あの堤防に戻ってきた。
灯里「ここから、全部始まったんだよね」
大樹「約束も、涙も、全部な」
潮風に髪がなびく。
手をつなぐ娘が、小さく笑った。
「パパ、ママ、ここでキスしたのー?」
ふたりは顔を見合わせ、照れながら頷いた。
家族の笑い声が、海に溶けていく。
──それは、潮風が運んだ、永遠の約束だった。
【完】