潮騒のペダル
【海】【夜】【自転車】
のお題で書く短編小説の企画に参加させてもらいました!
夏の終わり、夜の海沿いの道を、自転車のタイヤが風を切る音が響いていた。
「急いで、湊っ! 間に合わなくなるから!」
蒼が叫ぶと、隣を走る湊が笑いながら振り向く。
「焦りすぎだって。灯台なんて逃げないよ」
「そうじゃないよ……今日が最後なんだよ?」
その声には、焦りと、少しの悲しみが混ざっていた。
灯台の明かりが遠くで瞬いている。潮の匂いが夜風に混じって、ふたりの汗ばんだシャツを撫でていく。
夏休みの終わり――いや、ふたりの“時間”の終わりが近づいていた。
蒼と湊は、小学校からの腐れ縁だ。
時には言葉少なに、時には冗談を交わしながら、日々を共に過ごしてきた。
他の誰よりも近くて、特別な存在。気づけば高校最後の夏を迎えていた。
「ねえ、ほんとに東京に行っちゃうの?」
「うん。決めたんだ。映像の世界で、ちゃんと自分の夢を追いたい」
「……ここでも、できるじゃない。別に、遠くに行かなくたって」
湊は小さく笑った。そして、空を見上げてから、ぽつりとつぶやいた。
「ここにいたら、多分、俺……変われないんだと思う」
その言葉は、蒼の胸にざらついた波紋を残した。
灯台が見える海岸。
湊は自転車を降り、堤防に腰掛ける。蒼も隣に座る。
静かに、潮騒の音だけが世界を満たす。
「湊……あのね……」
声が震えそうになるのを、蒼はぐっと飲み込んだ。
「東京行っても、忘れないで。この海も。この匂いも。……私のことも」
「忘れるわけないだろ。お前、俺の半分みたいなもんだし」
その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。“半分”じゃない。“全部”だったのに――
湊の目が月明かりに照らされていた。あの目に、どれだけの決意が宿っているのか、蒼にはわからなかった。ただ、ひとつだけはわかる。
――明日になったら、もう隣にはいない。
だから今夜だけは、ただ自転車を飛ばして、海を見て、並んでいたかった。
灯台の灯りが、海を照らしている。
温かい橙色の光が、波間を揺らめかせながら。
まるで、ふたりの行き先を指し示すように。
「湊、東京で成功してよ。かっこよくなって、帰ってきて。そんで、もう一回……私の隣に並んでよ」
湊は一瞬だけ目を伏せて、それからまっすぐ蒼を見る。
「約束する。だから――お前も……」
言葉が潮風の中に溶け、伝えきれない想いが波音とともに響く。
冷たい風が、知らぬ間に距離を縮める。
優しい温もりを残して、夏は静かに終わりを告げていた。
ふたりはもう一度、自転車にまたがる。帰り道は静かだった。でも、その静けささえ、ふたりの心に焼きついた。
――いつか、また灯台の見える海岸で。
今度は最後まで、隣に居られるように。
この物語を読んでいただき、ありがとうございます。
蒼と湊が歩んだ最後の夏の物語には、ただの友情ではなく、お互いが心の中で大切な存在でありながらも、未来に向けて歩み出さなくてはならないという切なさを込めてみました。
別れは、いつだって心に深く残りますが、同時に新たな始まりをも意味しています。
蒼と湊がこれからどうなるのか、私にもわかりませんが、彼らが再び交わるその瞬間がくるといいですね!
楽しい企画に参加させていただき、ありがとうございました!