タース森の災難
数十人のクシャトリヤ率いるトガ一行は桃色と水色のパステルカラーで、いかにも女の子らしい可愛い色をした葉が生える森に着いた。木は透けるようなソーダの涼しい淡い青をしており、枝に止まってるのは森に似つかわしくない地味な色ばかりをした鳥がくつろぐ。
ランカー城へ最短で行くためには森を横断しなければならないが、一行は目の前の光景に謎の違和感を股間に抱え立ち止まっていた。
「なんだこの訳の分からない色をした森は……明らかに不自然だ……それに見ているだけで、なぜだか股間辺りがモゾモゾする……」
「トガ様、私もタマがヒュンヒュンします……まるで立ち入ったら何かの化け物にオスの首を狩られる感覚で細胞の一つ一つが恐怖しているんです……ッ!」
「ああ……この狩られる緊張感はラークシャサ族よりも強いぜ……」
クシャトリヤ達が本能からくる恐怖に怯えきって、なかなか進められずにいた。
「しかしここを通らなければ何週間もかかる遠回りをするハメになる……とてもじゃないがそんなの耐えきれない」
「……私、聞いた事があります……ここら付近に男を寄せ付けないタース森と恐れられる森があると……」
「それで入ったらどうなるんだ?」
「そ、それはわかりません……」
「おいおいおいおい、一番大事なとこをなぜ知らないんだ」
「そ、その……この話も巡回中に又聞きした程度なので……」
「……こんなとこでブルっちまっても仕方がない、『ランカー城へは向かう』『悠長なこともしてられない』両方やらなくっちゃあならないってのは兄の辛いところだ……お前らが無理に付いてくることはないが、何が起こるか保証できない。それでも森に立ち向かい、そしてその先に死が迎えに来ようと己の意思で苦境を打破するなら来い……覚悟はいいか?俺は出来てる」
騒いでいたクシャトリヤ達は黙った、彼らは確かに国を変えようと立ち上がった者たちだ、しかし、いざそれに直面しようとする時、意思は揺れる。決断していた時の勇気はみすぼらしく萎むこともある。
それに口を出すことができるものは二種類いるだろう、確固たる自信を持ち口より先に行動し結果を当然のように叩き出す英傑か。安全圏で唾と批判を無駄に飛ばす、凡人か。
「……俺たちはとっくに死ぬ覚悟が出来ていただろう!なぜ今になって足を竦ませる!ヤケでもいい!俺はもううんざりだ……!上から見下ろす奴らの目線……!いつ無実の家族を食われるか分からない恐怖っ!誰もがイライラして堪らなかったのに……!なぜ、いつの間にやら、俺たちはそれに慣れきってしまっていた!?それが気に食わないから俺たちはここまで来たんだろう!」
おっさんのタニシュが叫ぶ。
「俺は付いていく……俺はお前らがそこで見送る事しか出来なくとも侮辱したりはしない、覚悟もないやつが行こうがロクな結果にはならないからな、それよりその身を守りその意思で家族を守るんだ」
タニシュの声が咆哮がクシャトリヤとしての魂に火を付ける。
「……ッ!私、行きますッ、例え奴らの顔面に一発食らわせられなくとも、足元にクソをぶちまけることぐらいなら!」
「……お、おれも……死体になれば奴らの足元を転ばせられるかもしれない!」
「僕も……奴らのいけ好かない目に、飛び回る目障りなハエぐらいにはッ!」
一人が声を上げ、その勇気は波紋のようにクシャトリヤ達に広がった。それはまるで怯えていた少年時代を拭い捨て、真に成人として震えながらも立派に立ち上がる凡人の英雄のように。
「……なら来い」
いつもしかめっ面のトガに口角が少し上がっているように見えた。
トガ一行は森に入り一分程歩いている時だった。
「なんだ、特に何も無いじゃないか」
「まったく俺らは何に怯えていたんだか!」
「……」
「お、おい何だか頭痛や吐き気がしねぇか?」
「あ、ああ俺もなんだか怠くなってきた……」
「……ッ!!ぐっ!ぐああああっ!!」
最初にトガが謎の痛みに悶えだした。
「身体がッ!俺の身体の筋肉がはち切れていく感覚がするっ!なんだこの痛みはッ!そして謎の股間の違和感ッ!タマとボウが腹ん中に入っていくよう引っ込んでいく!」
「ううっ!下腹部が痛てぇ!まるで腹ん中で嵐が巻き起こっているような痛みが重く渦巻くぞっ!」
「それになんだか声もおかしいッ!喉が締め上げられるようだッ!」
「私はなんとか耐えれる痛みだな……!個人差があるのか……ッ!おいッ!お前らの髪がどんどんと伸びていってるぞッ!」
「お前だって!」
男たちが経験したことの無い苦痛に地面でのたうち回ることしか出来なかった。男達の汗が大地を湿らせる。
〜数時間後〜
「ふぅ……痛みが治まってきたな……」
「うん……それは……良かった……な……」
「うん……」
「いや、あれほどの痛みがキレイさっぱり吹き飛んで、むしろなにかスッキリした気分だ」
「ああ、なんか爽やかで前向きになれるような気持ちになれるな」
「……しかし……」
「ああ、言いたいことは分かるぜ兄弟……」
屈強な男達の胸筋はふくよかな二つの山を成し、ボサボサの硬い髪の毛はスラリと伸び、自由に風が靡かせ、引き締まった腰周りはクビレを作り、彫刻のように堅かったケツは桃を実らせるようにぷりんとしていた。
「お前らの言いたいことは痛いほど分かるぜ……」
「そうだな……みんなで一斉に叫ぼうか」
「「ふぅー……なんじゃあああこりゃぃいあああああッッ!!」」
「なんだこの姿はっ!俺たちの筋肉はどこいった!そして大事な息子はッ!?」
「俺らに比べてお前の体はなんだか貧相だな……」
「悪いか……ったく……私は元から筋肉がつきにくかった……その上、贅肉の付き方でもてめぇらに負けるたァ、たまったもんじゃねぇよ」
「だけど俺達よりもトガ様の方がよっぽどやべぇスタイルしてるぞ……」
「ああ……なんだありゃあ……!あの奇跡のバランスを保った体型はッ!」
「厚いコートの上からでもわかる、あのデカパイにデカケツ、それを強調して止まない惚れ惚れとしたクビレッ!まさに森の神!ヤクシボディ!」
「あのコートの中にはとんでもねぇ爆弾が隠されてるだけはわかるぜ……アプサラスだって嫉妬して池の水が塩辛くなっちまうだろうな……」
アプサラスとは水の精であり、修行者達を誘惑し邪魔する女の精霊である。
「足もスラリと長くて頬ずりしたくなるぜ……」
「おい、てめぇら……ジロジロ見んな……ッ!!」
「怖ぇ……けどよぉ〜、気迫はいつものトガ様だけどよぉ……」
「ああ、だがそれになにか足されている……そうあれだよ、ゾクゾクする危険な色気があるよな……」
トガの人を寄せ付けない、鋭い目つきにビクビクしていた小動物達が、今はその危険なスパイスに酔い惹かれるようにがクシャトリヤ共を釘付けにしていく。
「ったく、なんだこの森は……まぁいい」
「えっ?」
トガの切り替えの速さにクシャトリヤらは肩透かしを食らったように立ち尽くす。
「この無駄にデカイ胸は邪魔だが、これしきのこと、いつ目覚めるか分からないニエの状況と比べれば取るに足らない……行くぞ」
キッパリと言い放ったトガの声に、鼻の下を伸ばしていたクシャトリヤ達はピシッと背を伸ばす。
「ええ、そうですね……行きましょう」
「え?切り替え速くないか?」
「いや、確かに俺も拭いきれない違和感はあるが、ここでウジウジ話してても仕方がないだろう」
「そうだ、時間が惜しい」
トガ一行はだべりながらランカー城へ向かう途中で、石の上で呆けた顔の美女があぐらかいて座っていた。その姿はまるで瞑想をする聖仙のように。この国では森で隠居し瞑想や禁欲をすることで霊的火を得て、常人ならざる力を振るえると信じられている。しかしそれを行うのは男であり、大概は老後にすることだった。女がそれを行うことは普通有り得ない。
そのような者にトガらは慎重になって近づく。
「トガ様、あの人もこの森の被害者なのでしょうか?」
「どうだろうな、それにしては妙に落ち着いているが……」
「いや……もしやこの森のラークシャサかもしれませんぞ!」
「ああ?ラークシャサってあのランカー城とやらに居るんじゃないのか?」
「いや、それがラークシャサ族は部族ってよりかは種族なんですよ、本来は森に生きるのが奴らなんです」
「はぁ、めんどうだな……まぁ、あいつに聞けば何か有益な情報……例えばこの森、ランカー城の奴らとの繋がりもあるかもしれない」
「……!ここは俺らもついて行きます!」
「足手まといだ、ここに居ろ」
「ええー!?俺らは奴らと戦う覚悟して着いてきたんですよ!?」
「無駄死にしたいなら、好きにしろ」
「……わかりました、でもトガ様が何かあった時、我らは命を張って守りますっ!」
クシャトリヤ達は一同に頷いた、強く、無言だったが、その双眸は勇士の目つきそのものに映る。その視線にトガはどこかむず痒かった。
「……好きにしろ」
美女のもとへ慎重に近寄るトガ。長い金のまつ毛が煌めき、その美女は未亡人の雰囲気を漂わせながら、どこか憂いた顔をし、なにかあったのかと野郎達を引き寄せる色気を放つ。その頬をよく見れば天食者の印が。
「おい、お前……名前は?」
「……」
「おい……聞こえないのか!」
ボーッとしていた美女はようやく気がついたかのように怒鳴るトガの方へゆっくり顔を向けた。
「……」
「喋れないのか?」
「ぁ……ぁ……」
美女は口を動かしても声が出ず、掠れた声が塵のように零れるだけだった。
「なら字で書いて、俺がこれからする質問に答えろ」
トガは神器でそこら辺の枝にフックを突き刺して引き寄せ、その枝を美女に渡す。
「……」
粛々と美女は枝で地面に字を書いていく、金の髪は良質なカーテンのように風に揺れる。
「私の……名前は……シヴアショク……それがお前の名だな?」
(この女からはとくに敵意を感じない、しかし気を緩めれば、襲われることもありえる……警戒しなくては……)
シヴアショクは静かに頷く。
「まずお前はラークシャサか?この森について知っているか?」
綺麗な字を細い腕で書いていく、姿はひだまりのように穏やかだった。しばらく待っているとシヴアショクは手を止め、書き終えられた字をトガが読む。
「私はラークシャサではありません、この森は私が作り替えました、あなたはきっと森に何かされたのでしょう、あなたの家族、友人、仲間、もしくはあなた自身の身体を女性に作り替えられたのではないのですか?」
「お前のせいか、この姿になったのは……なら早く俺を元に戻せ、この体だといまいちしっくり来ねぇんだ」
「……」
シヴアショクはまた地面に字を書き、トガに伝える。
「それは申し訳ないのですが、私にはどうしようもありません、ですが心配しないでください。しばらく、そのままでいれば自然と身体が元に戻るでしょう」
「いつ戻る」
「女性の体になってから一ヶ月後です、その間に妊娠しなければ、痛みは伴うでしょうが元には戻れます」
「治るまでには一ヶ月もか……!?またあの痛みを味合わなければならないと言うのか!」
「……」
シヴアショクは頷く。
「……お前を殺せば……治るんじゃないのか?」
「…………」
トガはシヴアショクの座る石に神器を突き刺し、鋭い石の棘を生やす。虫を固定する標本の針のように、石の棘がシヴアショクの手や足、首の間などに生えた。
「今すぐお前を殺すことも出来るんだ、吐けるものはさっさと吐いた方がいい」
シヴアショクに一切の動揺が見れず、ただ青い瞳がトガの背後を見つめるようにしていた。
「チッ……もういい、こんなところで時間を使っていられない、アイツらに合図してさっさと先を急ぐか」
トガはクシャトリヤ達に合図をして、ランカー城へ向かう。
トガが簡潔にクシャトリヤらに話を伝える。
「へー、そんなことあったんですね」
「にしても一ヶ月かぁ……女の体で戦える自信ねぇなー」
「これじゃ、どれほど周りに言っても、とてもクシャトリヤと信じて貰えないだろうな」
「でもよ、そんな悪いことばっかじゃないかもしれねぇぞ?」
「なんでそんな事が言えんだよ」
「だってよ、夜の方は女の方が何倍も楽しめるらしいぜ?」
「ゴクリ……」
興奮したクシャトリヤどもが固唾を飲み込む。
「おい、くだらない事してる暇があると思うのか?夜はさっさと寝ろ、朝を起きられないなら置いてく」
「へ、へい……」
興奮してたクシャトリヤ共のテンションがあからさまに下がる。
その頃、シーターは焦りながら輪の中でラクシュマナやラーマを待っていたところに、天から影を落とす物が飛んでくる。シーターの方へ一直線にやってきたのは、空翔ける戦車。それに乗っているのは、かの邪智暴虐と名高い羅刹王ラーヴァナだった。その男は首に九つの鏡を繋いだ首飾りをし、二十の腕が胴体から溢れんばかりに生え、そのはだけた上半身には天食者の印が禍々しく、不自然に複数ツギハギに見えるように入れられていた。
「がるっ!」
「……!」
「ふふふっ、ようやく目障りな奴らが消えたな?さぁ麗しきシーターよ、共に我が黄金に輝くランカー城へ行こう、安心しろ、そこの太陽のように光る鳥も一緒だ」
「お断りします」
「お前なんかに、着いてくか!」
ガルーダは少々臆病風を吹かせるが勇気を振り絞って訴え、シーターはキリッとした目つきで、恐ろしい大男を相手にも一切の弱気を見せずに立ち向かう。そんなシーターにラーヴァナは涼しい顔で口を開く。
「ほほう、なんと豪胆な女だ、ラークシャサ族はそういう強気な女がタイプでな、そう来られると一層燃えるじゃあないか……それにその小屋にいる娘……なかなか可愛らしいではないかその娘も連れて行こう……」
「……!」
外からは見えない小屋の中をラーヴァナは何故か見透かしていた。
「あなたは私たちに指一本触れられません、その汚らわしい手を差し伸ばそうとすれば、瞬く間にあなたは灰と化すでしょう!」
「フン……ならばこの輪を囲む地面ごと運べば良いだけのことよ……!」
「がるっ!?」
そう言うと首飾りの鏡の一つが光を発して、ラーヴァナは十の手を地面に突っ込み、持ち上げ、その跡には抉られた穴がポッカリと空く。
「フハハハ!このラーヴァナ様にかかれば不可能は無いのだ!」
ラーヴァナはシーター達のいる孤島を持ち上げるように十の腕でガッシリと支え、金に飾られた二輪の戦車へ乗り込む。
「なんて男なのっ!?」
シーターを意にも介さず戦車は素早く空に飛び上がる。
「なんとかしなきゃ……!でも、がるぅ……怖いィ……」
歯をガタガタ揺らし、敵の前では姿を表さず誰かが自分の代わりに戦い終えるまでジッと隠れる。それを他人はガルーダのことをチキンと罵るだろう。
だが今のガルーダは違う、ドゥーシャナの戦いではニエのサポートをした、身を挺す命懸けの功績を立てた。いつまでも雛鳥のようにビクビクしてはいられない、ガルーダの運命は勇気なくして進めない生涯なのだ。
「ガルーダ……ニエと、シーターを!守る!」
ガルーダはエンジンをかけるように全身の羽毛を振動させ、火花が飛び散る。その両翼を勢いよく広げ、ラーヴァナの眼前で太陽に等しい光を撒き散らす。
「っ……!何だこの光はッ!目を開けていられんぞ!」
ひるむラーヴァナの手網の引く腕にすかさず噛み付くガルーダ。その牙の隙間から火が漏れ出て、そのままラーヴァナの腕を焼き切った。
「ええい!鬱陶しい!月の笑み、力拒む苦行者!」
刃文に美しい月のクレーターが描かれた、三日月状の刀がラーヴァナの手へ、ゴムの指輪は指に顕現。
「がるっ!?」
ラーヴァナが指輪のはめた手で、すばしっこく飛び回るガルーダにどうにか触れた瞬間、力が発揮できなくなり。そこへチャンドラハーサが、光を失ったガルーダに切りかかろうとしたとこを、天才的な逃げ癖でツバメ返しするよう咄嗟に避けた。が。チャンドラハーサの刃がガルーダの羽に掠った所からピシピシと凍てついていく。
「ガルーダ!」
「地面に激突し、砕けるといい……」
叫ぶシーター、冷たい声色のラーヴァナ。ガルーダは彫像のように落下した。




