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森の掟、自然の鎖

トガとクシャトリヤ一行がランカー城へ向かっている時、ラーマとラクシュマナ、シーターはニエの傍に座って雑談をしていたところに、鼻に金のピアスをした全身が黄金の鹿が森から現れた。

「まぁ、なんて綺麗な鹿なの」

 鹿の美しさに見とれたシーターにラーマは自分の妻を喜ばせようと、黄金の鹿を生け捕りにすると言った。

「生け捕りできれば、お前の立派なペットになるだろう、もし生け捕りにできずに殺してしまっても、その黄金の毛皮を敷物に使える」

「ありがとう……!」

 シーターはラーマについて追放生活をした中で一度も要求をしなかった、そんな妻を喜ばせたいと珍しくラーマは少し活気づいていた。

「では、ボクはシーター様を傍でお守りいたします」

 ラーマは黄金の鹿を追い、ラクシュマナはシーターに背を向け、シーターを守っていた。


「この鹿、やけに素早いな、それになにか妙な動きをしている……付かず離れずの距離を保って……なにかがおかしい……」

 ラーマは鹿を二時間追いかけ、そろそろ疲労が顔に浮かんできた。

「はぁはぁ……しかたない、生け捕りにしたかったが、これ以上は追っても到底捕まえられそうにない……すまないシーター」

 ラーマが一人ボヤくと弓を取り出し、矢を番え、その矢から弓に向かって(つる)が伸び、弓にヤドリギのように纏う。

芽吹き(サルンガ)っ」

無形の化身(スヴァターラ)!」

 森の植物達は矢に向かって伸び、植物が槍状に纏わりついて、ラーマの一撃が鹿に向かって放たれた瞬間、鹿は叫びラーマの背ほどの大きさがあるセンザンコウに化け、堅いうろこで槍を弾いた。

「ははっ、ここまでラーマを相手に出来たのは我自身でも驚いたな」

「やはりただの黄金鹿ではなかったな、お前は誰だ」

「私はマーリーチャ、夜叉(ヤクシャ)族だ」

 夜叉族の男はヤクシャ、女ならヤクシーと呼ばれる。

「ヤクシャのお前がなぜ黄金の鹿に化け、自分の命を危険に晒す」

「まぁ、これは言わん方がいいんだろうが、我は約束通りの事をした、なら何言おうと自由だろうラーヴァナ……」

 マーリーチャは残業をした後の傭兵のように独り言を空に飛ばす。

「ラーヴァナの手先か?」

「ああ、ラーヴァナに頼まれた……いや脅されてな、もし断れば我はラーヴァナによって殺されていた、だがアヤツに殺されるぐらいなら……我は貴様と戦って死にたい。だからこの我と決闘をしてくれ、森の掟に則った命のやり取りだ」

 マーリーチャからの言葉は負け惜しみでも負け犬の聞くに耐えない鳴き声でもなく、男の、ヤクシャとしての覚悟が決まった堂々とした態度はラーマにも伝わったが最後の対話をラーマは試みる。

「私は無意味な殺生はしないと決めている」

「我は生き恥を晒さぬと覚悟を決めている」

 ラーマの最後の和平交渉とも警告とも言える言葉を、マーリーチャは正面から受け止め、断った。それは短い一言だったが、鬼神としてのヤクシャ族の誇りを背負った大いなる覚悟を示した。

「これ以上、クドく御前に対話を望むのは、御前の誇りを汚すことになるだろう……ならばわかった、その覚悟を私も一人の武士として受け止め、御前の相手をしよう」

「やはりそう来なくては……っ!我も死力を尽くそう!鬼神のヤクシャ族として!一人の男としてッ!」

 両者の目付きからは火花が飛び散かんばかりに尖らせた。

種の根糸(サルンガーストラ)ッ……」

 先手を打ったのはラーマ、その弓からは蔓の纏わりついた三本の矢が放たれ、矢は空中で分解し、三十本の矢としてマーリーチャに降り注ぐが、センザンコウに姿を変えたマーリーチャには一本も刺さらずに弾かれるだけだった。

「我のうろこは虎でさえも歯が立たぬのだ、重い一撃も数に重きを置いた矢も効きはせぬ!では我も行くぞッ!」

 センザンコウのうろこはナイフのように鋭くしっぽを振り回せば、肉をも切り裂くことができる、攻守兼備の生物。そして本来、時速三〜五キロメートルしか速度が出せないが、防御においては無敵。

「スヴァターラ!追いかけっこは正に森の掟らしい戦い方で実に性に合うな!」

 マーリーチャは次にライオンの牙も通さない硬く伸縮性のある皮膚を背に持つツキノワグマサイズのラーテルに変身し、ラーマを執拗(しつよう)に追いかける。

「いつまで逃げているつもりだ?」

「サルンガーストラ」

 先ほどまで鹿を追いかけていたラーマと打って変わり、マーリーチャに追いかけられるラーマ。ラーマは逃げながら攻撃を避けながらひたすらサルンガーストラを放っていたが全く刺さらない。

「坂に着いたな!センザンコウで潰してくれる!」

 マーリーチャはそのセンザンコウの体を丸め、坂に転がる岩のようにラーマに突撃していく。

「……サルンガーストラッ」

 ラーマは待ってたとばかりに矢を空中に放ち、自分に向かってくるマーリーチャをギリギリで避けた。

「無駄だ!」

 と叫ぶマーリーチャに、細い矢はうろこの隙間に刺さった。

「……」

「なんだ?我の体をなにかが縛っていく……っ!」

 センザンコウは丸まる時に、うろこの隙間が出来る。そこに矢が刺し込まれ、矢がツタのように成長し、うろこの間に蔓を張り巡らせ、マーリーチャの身体をじっくり縛っていく。

「……決着は着いた、心臓に一撃で安らかに逝くといい……」

「ふん、まだ勝負はついておらんぞ!ラーマッ!」

 マリーチャは全身からヌルヌルの体液を分泌するアナコンダサイズのヌタウナギに変身し、蔓の間を難なくすり抜け、ふたたびラーテルに変身しラーマの懐へ素早く飛び込む。

「ッ……!サルンガーストラッ」

 矢が放たれたと同時にマーリーチャは次にセンザンコウへ変身し、矢を弾き、そのまま勢いよく突っ込んで、鋭いうろこの着いた尾を横払いをラーマにぶつける。

「油断したなッ!我は森の鬼神!卑怯とは言うまい!」

「グハッ……!」

 ラーマの腹はマーリーチャの尾に裂かれ、血しぶきを上げる、このまま出血死を待つもよし、追い討ちをかけるも良しのマーリーチャの独壇場が出来上がった。

「我は確かに貴様と決闘を申し込むが、ここは森、故に貴様にも森の掟に従ってもらうとし、我はこのまま貴様の死に様を見届けるとする」

「サルンガーッ……ストラッ……」

 ラーマはなんと自分の矢を傷口に刺す予想を超える行動にマーリーチャも驚愕した。

「……!」

 矢の蔓により傷口をそって縫合(ほうごう)されていく。

「グッ……!」

 流石の痛みにラーマも顔を少し崩し、汗が額に伝う。

「いくら頑丈な天食者とは言え、ここまでの覚悟と機転を示すとは……やはり我は貴様と戦って間違いなかった!その貴様に敬意を表したもう一撃食らうがいいッ」

 二度目の薙ぎ払いに、ラーマは少し痛みに悶えながら、ジャンプし避けた。

「サルンガ……ッ、あっ……」

 ラーマは痛みのあまり、加減を間違え強く引きすぎたことにより弓が折れてしまった。元来、ラーマの弓は至って平凡な弓である、それを矢の蔓が纏い、コンパウンドボウ並の性能にしていた、しかし普通の弓としては、かなり無理をしているので力加減を間違えると簡単に折れてしまう。

 ラーマは今までにも何本もの弓を犠牲にしており、どれも簡単に折れてしまうなら、いっその事使い捨てとして運用するようになった。

「あのラーマも弓が折れてしまったな、さてこれからどうでるか見させてもらおうか!」

「……もう十分だ」

「なに?」

 突然ラーマの諦めたかのような態度にマーリーチャは動揺した。

「……」

「弓が折れた程度で、降参するのか?ふざけるな……!貴様にも森の掟に従ってもらうのだぞ!最後まで足掻け!死を遠ざけろ!生にしがみつけ!」

 マーリーチャの怒鳴り声に対し、ラーマはいつものようにスカした表情で宣言した。

「……決着は着いたと言っている」

「……なに?」

「わからないのか?」

「……もうよい!貴様と知恵較べする気など毛頭ない!我々の一族は野生に生き、死ぬ時初めて次世代に繋ぐ知恵を授かるのだ!」

「ならそれは気の毒だな、知恵を授かろうとも伝える者が周りにいないのだから」

 ラーマのただならぬ、自信の持ちようがマーリーチャの闘争心を揺らがせる。

「な、なぜそんなことを……」

 野生の熊は人と相対した時、まずは相手を観察する、その相手が自分より強いかどうか見極めるためだ、もしその相手が背を向けて逃げるのなら自分より弱いと知り、襲いかかる。しかし背を向けず、堂々と面を向かわせる者には慎重になる。これは熊に限らず大抵の肉食動物が行う行為である。

 森の鬼神なら尚更当然、この暗黙のルールに従ってしまう、従わずには居られない。

「答えろ!」

「……」

 ラーマの沈黙が、マーリーチャの体をジワジワと凍てつかせるか如く、鈍らせた。

「「…………」」

 両者は互いに沈黙するが、目線だけは逸らさず、緊迫した空気が流れる冷たい戦闘、冷戦が行われた。先に痺れを切らしたのはマーリーチャ。

「さては、ハッタリだな?弓あっても負傷を負うなら、近接戦闘ではなおさら勝てぬと判断したのだな?」

「……」

「ハッ、あのラーマ様がどれほど強くオスとして尊敬すべき方だろうか、と思っていたが、買い被りすぎたようだ……もうよい、貴様……いや(うぬ)に我は臆さぬ、決着は着いたと言っておったようだが、あれはどうやら、降参の意だったようだな……」

「……」

「最後の一言ぐらいは聞いてやる、言ってみろ」

「……私はセンザンコウを好きになった」

「はぁ?」

 突然の告白にマーリーチャは調子を狂わせた。

「その体から生えるうろこは刃のように鋭く、その身を守る堅さは私の槍でさえ貫くことができず、強固の割には軽く、武器と鎧の混合一体には合理美を感じられる、正に自然の理に正しく沿った生き物だ、実に美しい。

 我々人間が見習うところが多くある。私は特にしっぽが好きだ、あの体とバランスのいい大きく、そのシルエットには形容しがたいロマンがある。太く長い尾にはリンガを彷彿させる生き生きとした力強さがある、男なら誰もが身につけたがるだろう」

 普段、物静かなラーマが突然饒舌(じょうぜつ)に話し始めた。ラーマがこうも長い台詞を話すのは説教の時ぐらいしかなかった。

「!?……」

 マーリーチャはヤクシャだが、なぜか自分を褒められたかのように感じた。というのもマーリーチャは常に状況、戦況に応じ、正しい姿に変身できることに誇りを持っていたのだ。その的確な判断でいくつもの困難も乗り越えれた。

 あのラーマ相手に圧倒した動物、センザンコウやラーテル、ラーマの能力に勝るヌタウナギに変身したという判断が出来る自分に大変誇らしく思い、気分はさながら、軍人がいくつも勲章括りつけた軍服にまた一つと着けるかのように清々しい気持ちだった。

「そんな褒めたところで、我が見逃すとでも?自然は命乞いを受け付けぬぞ」

「私はあくまで要求に応えたまでだ、御前への最後の一言をな」

「さっきから汝は訳の分からぬことばかり話しやがる、もういい先程言われた言葉をそっくりそのまま返す、今我が千刃の尾で楽に逝かせてやる」

 マーリーチャが動こうと一歩を進めようとした時、なぜか足が思うように持ち上がらなかった、いや動かせなかった。気づけばなぜか足にはキツく縛られた感覚だけがある。

「な、なぜ動かぬのだ!」

 マーリーチャが憤慨し、足元を見ると蔓がビッシリ足に巻き付かれていた。

「いつの間に!?」

「私は自然の掟に従い、もっとも効率のいい手段を選んだまでだ」

「どこが自然の掟なのだ!?」

「……私が予め、辺り一面に放っていた蔓がゆっくり成長し、その足を、体に巻き付かせるため。御前が動かぬよう、ハッタリをかけ、次にあえて沈黙し、さらに心を束縛したうえに心からの賞賛で混乱させ、更に時間を稼ぎ、そしてこの説明をしている間には、その蔓が全身を地面に縛り付ける……という算段だ」

「まさかそのような策を弄していたとはッ……!しかし我がヌタウナギと化し、難なくすり抜けられることを忘れたか!」

 ヌタウナギと化し、(かご)のようになった蔓の隙間を掻い潜ろうともがいているマーリーチャだが、自身の大きさと籠の小ささで上手く抜け出せず、籠の網目(あみめ)もギュルギュルと小さくなっていく。

「……っ!」

「無から有は生まれたりしない……質量も突然増えることも減ることもしない。だから例え御前が何に変身したとしても自身の質量は変わらず一定の大きさにならざるを得ない。例え象に変身しようとその大きさは象に及ばず、ネズミに変身しようとその小ささはネズミとは言い難い獣と化す。ヌタウナギになったところで抜け出すことは出来ない」

 潔く諦めたようにマーリーチャは、喉の筋肉が発達し、あらゆる音を真似することができる鳥、コトドリへ変身した。

「シーター!ラクシュマナ!」

マーリーチャはラーマの声を見事に真似て天高々に叫んだ。

「何のつもりだ?」

「ふふっ……不本意だが最後にラーヴァナとの間に残った約束があるからな……ラクシュマナをシーターから引き剥がすという仕事がな……」

「そうか…………御前は理不尽な契事(ちぎりごと)にも義理堅く守ろうとする者だ。……我々は敵同士だったが、このような形で出会わなければ、私たちは無二の友になれただろう……」

 マーリーチャも籠の中で金の鼻ピアスを寂しくキラつかせて呟く。

「そうだな……そう考えれば……実に惜しい気がしてくるな……今度こそ勝負は決まった、我の負けだ。敗者は勝者に何一つ文句を言わぬが森の掟」

「ならば……」




 ラーマの帰りを待つ二人、シーターはニエの世話をし、ラクシュマナが背を向けて守っていたその時。

「シーター!!ラクシュマナ!!」

 とラーマの声が森の遠くから聞こえた。

「がるっ!?」

「ラーマ!きっとラーマ様に何かあったみたい!ラクシュマナ、早く助けに行ってあげて!」

 何かあったのかと訝しむガルーダ、慌てるシーターに、苦しそうな顔をするラクシュマナ。

「……いえ、ボクは兄上からシーター様を守る任を託された身、兄上の言いつけを破ることは出来ません……っ」

「じゃああなたはラーマがどうなってもいいの!?そう、そうねわかったわ、あなたは森で過ごしている間、寂しくなって私に劣情を抱いたのね!それでラーマ様さえ居なければ私を妻にできると思っているんでしょう!」

「がる、落ち着いて、シーター……!」

 見ていられないほどヒステリックに叫ぶシーターにラクシュマナもたじろぎ、ガルーダには宥められる。

「そっ、そんなことがあるわけないでしょう!ボクは誰よりも兄上を尊敬している!ボクが自分の妻を城に置いて、規則もなにもない森で何年も兄上着いていったのがなによりの証です!」

 ラクシュマナの必死の訴えにもシーターは耳を貸さず、子供のように拗ねる。

「がるっがるっ」

 火の勢いが止まらず森を焼き尽くさんばかりの空気に焦るガルーダ。

「口だけなら何とも言えます、これは命令です、ラーマ様を助けに行きなさい……!」

「……っ!」

 ラクシュマナはラーマの約束とシーターの命令、兄への心配の二つを天秤にかけ、その結果ラーマを助けに行くことに決断した。

「……ではシーター様、一つ約束してください、この輪から決して出ないことを」

 ラクシュマナは矢で七本の線をシーターとニエの周りに引いた。

「この中に入ろうとした者は焼かれ、シーター様とニエをいかなるものからも守ってくれるはずです……いいですか、決してこの輪から出ないようにしてください」

「……わかったわラクシュマナ」

「……ではボクは行くので決してそこから出ないように……」

 ラクシュマナは二人と一羽をその場に残し、ラーマの方へ駆けつける。

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