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姫は欠けた月と沈む

鬼車の昔話が終わって、トガとニエも帰り、村人が霧散した頃、男三人がダリットの親子に気づいて近づく。

「ああ?なんでこんなとこにダリットの女とガキが居んだ?もしや……鬼車さんの話を盗み聞きしてたのかぁ!?これは許せんなぁ、俺達のために話してくれたもんを盗み聞きするたぁ……」

「っ……!決してそんなつもりは!!」

「ご、ごめんなさい!!」

「おいおい、てめぇ盗み聞きってのは随分大胆なことするよなぁー、ダリットの分際でよぉー?これだからダリットは穢らわしいっ!くたばれ売女(ばいた)!」

「制裁が必要みたいだなっ!おらっおらっ!」

 母親は子供を庇うように抱え、背中を男たちに殴られ、蹴られ声が村に響き野次馬が集まってくる。

マータ(ママ)!」

「くっ、見苦しいな!そのガキにも制裁をくわえなくちゃいけねぇっつーのによぉ!」

「引き剥がしてやらぁ!」

 男は母親から無理やり子供を引き剥がし、その子供は地面に転がるように投げ捨てられた。野次馬達は軽蔑の目で見ていた、なにがあったか知らないが、こうなって当然だろうと顔に書かれていたほど。

「やめてー!!殴るなら私だけでいいから!!」

「んじゃお前だけ二倍お仕置してやる、子供はその半分で済ましてやらぁっ!はははっ!!」

 村の男三人は子供だろうと容赦なく蹴飛ばす。

「ふーっ……んっ!!」

 近くにいた若い女が軽やかに木に登り、手に持った三個の石を投げ、全て頭に命中した。

「かァっ!?」

「ぬっ!」

「ごっ!」

 三人の男は頭から血を出して倒れた、周りの野次馬がザワつく、一体誰がこんなことをしたのかと。

「ふぅ、大丈夫か?」

「えっ……ええ……それよりあなた、こんなことして疑われたらどうなるか分かってるの!?」

 母親は小声で言った。

「ああ、それなら大丈夫だ、どうせ私は寺院に売られる、ラークシャサダーシー(羅刹の侍女)として、それに木の上から投げたから誰も見ていないはずだ」

 ラークシャサダーシーとは本来寺院に仕える仕事であったが、今ではバラモンなどの性のはけ口となっている。

「おい、あの女もダリットじゃねぇのか?」

「もしや、あいつが石を?」

「はぁっ!?あの女、ダリットのくせにヴァイシャ(平民)を殺そうとしたのか!?」

 野次馬達が騒ぐ、ダリットを犯人と仕立てるのに証拠も根拠も要らなかった、それがこの国のカースト制の実態である。カースト制度とは大きく四つに分けられる、上からバラモン(聖職者)クシャトリヤ(軍人)ヴァイシャ(庶民)シュードラ(隷属民)と分かたれている、ダリットはそのカーストの外にある不可触民として存在してる。しかし今回ばかりはマグレだが犯人探しは当たっていた。

「処刑だ!処刑!」

「そうだそうだ!」

 野次馬達は殺気立って石をぶつける。

「っ……!」

 若い女は投げられる石が母親らに当たるのを守るため、背を野次馬に向ける。

「おいっ!何してんねん!!」

 鬼車が騒ぎを嗅ぎつけ、やってきた。

「っ!……鬼車さん!」

「あのクソったれどもがヴァイシャを殺そうとしたんですよ!?」

「……ほんまか?」

「ええ!」

「ではなんで、あの女がお前らの仲間を殺そうとしたのか、教えてくれ」

「ああ……それは、あのダリットの親子が罰を受けているところを……」

「ではどうないして、その親子が罰を受けなアカンことを?」

「それは、あの親子が鬼車さんの話を盗み聞きしてて……」

「アホンダラ!それしきで罰受けなアカン理屈が通るか!」

 鬼車の顔が少し赤く染まる。

「そ、それはあの親子がダリットだからですよ!」

「ダリットがどうした!ダリットが人の話を聞いたらアカンのか!?」

「ダリットは穢らわしいんですよ!近くにいたら俺達が穢れてしまう!」

 村人達は少し怯えながらも自信もって自分の意見を主張する。

「ましてや、盗み聞きなんて罪を重ねた、とんでもない奴らですよ!?」

「ダリットが穢らわしいだと?あいつらが何をしたと言うんや!?」

「前世で悪いことを……」

「馬鹿野郎!そんな道理がまかり通るか!前世で悪いことしたから今世では罰せられる?ふざけんのも大概にせぇ!罪はな……っ!本人が自覚せな贖罪出来へんもんや!それで何も覚えてないのに今世に生まれて突然罪人扱いたぁ、てんでおかしい話やろがっ!?ちゃうんか!?」

 鬼車は顔を真っ赤にした、血管を浮き上がらせ、子供をも黙らせる鬼の形相だった。

「……いや、その、教えで……」

 野次馬達は鬼車の一喝で黙る。

「いや、そんなことより、あの女が立場を弁えずヴァイシャを殺そうとしたんですよ!?」

「確かに人を殺めんのは良いことやない、だがな、ああしなければ誰が止められた?」

「……だからって、あれはやりすぎでは」

「なら、おまんらは止めたんか?止めへんやろ、例え母親らの当たり所が悪くて死んだとしてもなんも思わんやろ?」

「へへっ、だってダリットですよ?死んで」

「死んで当然かって?てめぇらホンマいい加減にせぇよ、おれの話を聞いてなかったんか!」

「…………」

 ついに野次馬の誰もが黙った。

「おまんらの腹の底は見えてんのやぞ、どうせおれの話なんてちっとも響いておらんかったろ?なんなら何だこの野郎って思ってんのやろ?怖いから黙っとるだけで居なくなったら、自尊心が傷ついた分足してアイツらに危害をくわえようって魂胆なんやろ?知ってんで、お前らのような顔をした人間はそうやって……」

「もう、いいんです」

 若い女が言った。

「……おまえ、後が怖くないのか?おまんが良けりゃ、おれのキャラバンに入ってもええんやぞ?」

「いえ、私はこれから両親に寺院へと売られる身ですので」

「……おまんはそれでええんか?」

「……ええ、もう既に覚悟はしてました……」

「……そうか……じゃ、一つ聞いてええか?おまんの名は?」

「私の名前はカーリーです」

「そうか、どこの寺院に売られるとかは知ってんのか?」

「ダクシネーシュワル寺院です」

「となると大分遠いとこに売られるみたいやな、もう二度と親とも会えへんよな……」

「ええ……」

「……おれも自己紹介せなな、鬼車だ、ジパングキャラバンの若頭をしとる、おまんの面構えからわかるんやが、ただもんじゃない、おまんなら売られたあとこっそり抜け出せる、そんときはおれの元まで来い、おれらは歓迎するで」

「ありがとうございます……」

 鬼車は周りに聞こえないように誘って、野次馬どもは不満げにだが大人しく立っていた。

「おまんら、いつまでそこに突っ立っとんねん!失せろ!」

 野次馬どもは、倒れた三人のヴァイシャを運んでそそくさと帰った。

「しかし、このカースト制度はホンマ理解できへんな、意味わからん、それにあの親子虐められんか……」

「また騒ぎ起こしたな、このバカ兄貴!」

 鬼車が居なくなったことに気づいた御炙(ぎょしゃ)が駆けつけて鬼車の頭に拳を一発入れた。

「いてっ、なにすんねん!?」

「毎回騒ぎ起こしてたら、いつか商売相手おらんくなるぞ!」

「……うーん、しかし……」

「はぁ……もう少し穏便な……いや無理か、諦めよう……」

「……」

 御炙の諦めの早さに、鬼車がすこしムッとしたところを親子が汗を垂らしながら駆け寄る。

「あの、鬼車さま、今回はありがとうございました、あの子を庇ってくださって……ほら、お礼を言いなさい」

「あ、ありがとう……ございます……」

 子供は鬼車に少し怯えた様子で礼を言った。

「庇う?いやいや当然のことをしたまでよ、坊主、悪かったな、兄ちゃん怖かったろ?ほれ飴ちゃんや」

「あ、ありがとう……」

 子供は怯えながらも飴を受け取った

「ところでおまんらはどうするん?これから、なにか起きへん保証はないで?」

「私達はどこかへ越そうと思います……この子のためにも……」

「そうか、ならおれの牛車に乗れ、道の安全を保証してやる」

「おお、ありがとうございます!鬼車さま!ヴィシュヌ神のご加護があらんことを!」

「いいって、それよりダリットと呼ばれる、おまんら全員を集めてくれへんか?話があんねん」

「は、はい分かりました……では着いてきてください、ここで集めると厄介なことになるので……」

「はぁ、兄貴また勝手なことを……」

「ええやないか、おれがそういう男だって知っとるやろ?」

「まぁ……しかしダリット達を集めてどうするんや?まさか全員乗せてくってわけじゃ!?」

「流石にそこまではせーへんよ、意味ないしな、狙われるのはあの親子ら家族やろうし、他の連中は関係ない、それにダリットの全員連れてくにしても差別されるのは一緒やろうしな、ならせめてあの親子らを恨まれんとこに連れていきたいんや」

「はぁ、そう……」

 二人は案内された、ダリットの広場に座った。

「では、ここでお待ちください、集めてまいります……」

 

 少し時間が経ち、母親はダリットの人達を集めてきた。

「これで全員です……」

 ダリット達は少し不安げな顔を浮かべながら鬼車の顔を伺う。

「おまんらに大事な話がある……っちゅうのも、おれの昔話聞いとった奴もおるやろう、しかし大事な話やから聞いてないやつのためにもっぺん話す、もう聞いたやつは聞かんくてもええで」

 こうして鬼車の昔話が始まり、最後まで話して終わった。

「この話で大事なことはだ、高い身分の連中はろくでもない奴が多い、おまんらは従っとるだけじゃ死ぬまで辛い目に合うだろう」

「で、でも俺たちが今世で辛いのは前世で悪いことをして……」

「何言うとるん、罪ってのは自覚もってようやく償えんねん、なんも知らんのに、いきなり知らんやつからおまえは犯罪者だ、罰してやる!なんてのは理不尽ってもんやろ」

「……」

 ダリット達は諦めきっていた、出過ぎた真似をしないよう、目につかないようしてるうちに、いつの間にか自分達を心底から否定するようになり、罪人だから仕方ないと思っていた。それも仕方ない、この地域ではない他のところで余所者から扇動を受け、抵抗をしようとしたダリットの者は一族皆殺しにされることも。この国の女性はさらに差別の対象だった、歩いてるだけで侮辱され、時には上位カースト者に強姦されても泣き寝入りするしかなく、さらに中には拉致強姦された上、脊髄を折られて外に捨てられそのまま死ぬこともある、人身売買も盛んに行われており、誰もそれを気にすることはなかった。

「ええか、おまんらの力は確かに大した事ないかもしれんが、団結すりゃ目の前の障害物なんてのは、案外石ころだったかもしれねぇぞ?」

「いえ、無理です……この国にはラークシャサ族達がいて、とてもじゃありませんが逆らえませんよ……」

 ラークシャサ族とはこの国を支配している羅刹達のことである。

「なら、おれがそいつらを退治する言うたら、おまんらも上位カースト者と戦うか?」

「う……そ、その……」

 ダリット達は自信と言うものを持ったことがなかった、誇りなどもってのほか、そんな彼らに抵抗する気は起きやしなかった、しかし小さな変数が運命を大きく転がすこともある。

「そうか……まぁじっくり考えといて欲しい、じゃおまんら、あばよ!」


 鬼車はダリット達を後にし、親子を連れて牛車の方へ戻った後、トガ達は宿から荷物をまとめてジパングキャラバンの牛車に来た。

「鬼車、一つ頼みがある、俺たちを西へ乗せてくれないか?」

「まぁ、ええけど、どないして西の方へ?」

「あの遺跡で取れた宝が少なすぎた、これじゃ生活に支障が出る、だから次の遺跡かどこかで宝探しがしたい」

「ほーん、ところでなんでトレジャーハンターなんかしとるんや?」

「言わなくちゃダメか?」

「聞きたいだけや、ええやんか少しぐらい話聞かせてもろても」

「はぁ、単純に誰かの下で働きたくないからだ、俺には力がある、才もある、この力がありゃ簡単に稼げる、それを誰かの下でこの力を使うなんて有り得ない」

「そうか、確かに下っ端で収まる器では無いことは、おれもよう分かっとるつもりだが、おまんならすぐに上へ上り詰めれるやろ」

「断る、面倒、俺より優れてもいない奴なんかにペコペコなんてしたくないね、それにそんなことに時間を割いてられない、ニエと離れてる時間の方が多い生活なんてまっぴらごめんだね」

「まぁ、おまんにもおまんなりの考えがあるのはようわかった、んじゃこの親子と同席やけどええか?」

「……構わない」

「では改めてよろしくお願いします……」

 牛車にて。

「きみ、なんて名前?」

「ぼ、ぼくはチニンタ」

「チニンタか〜、それじゃあたしも自己紹介するね!ニエおねえさんと呼んでいいよ!あとこの子はガルーダ!」

「チニンタ!チニンタ!」

「ニ、ニエお、おねえさん……!ガルーダ!」

 初めてダリットの人以外に差別されず悪意もなく仲良くなろうとしてくれるニエに、チニンタは少し戸惑いながらも嬉しそうにしていた、父親はこれからどうしようか不安を顔に浮かばせていたが、母親は少し穏やかな顔になった。

 (ニエが、お姉さんとして振舞っている……可愛い……!けど、少し妬けるな……!!)

 トガは萌えながらも嫉妬が混じり複雑な感情に揉まれ、表情も微妙になっていたが、ニエは俺のものだぞと、情けなく意思表示するようにニエの手を握って、ニエも少し苦笑した。

 (もう……兄ちゃったら……ふふっ、またヤキモチでも妬いちゃったのかな?でも嬉しい……兄ちゃは絶対離さないんだから……)

 ニエとチニンタは話してるうちに仲良くなり、ガルーダもはしゃいでいた、牛車に揺られながら和やかな空気が漂っていた、トガとチニンタの父親を除いて。何時間もガタガタと牛車を走らせ、ついに街に到着した。

「おーい!ここらでええか?」

「ええ、本当にありがとうございました……!」

「この事は忘れません、一生恩に着ます」

「鬼車おじちゃんありがとう!」

「こら!」

「ははっ、おじちゃんか……もうそんな歳か!ハッハッハハ!」

「お前ら元気でな!」

「俺達を相手に商売する時は少しお得にしとくぜ!」

 一行はチニンタ親子に別れをして、街の中心へと向かう。

「鬼車、ここらでいい、ほら運賃だ」

「おおきに、この運賃少し多くあらへんか?」

「これからも、なにか頼むことがあるかもしれないからな」

「それは喜んで受けるけど、運賃の量の多さより、感謝の一言の方が嬉しいなぁ……」

「……ありがとよ……」

「まいど!」

「鬼車おじちゃん、ありがとうね!」

「たーはっはっ!!わざと言うとるなぁ?このーかいらしい嬢ちゃんめ!」

 トガとニエ、ガルーダも鬼車と別れる、二人とも長い間会うことは無いだろうと思っていたが、運命が二人を思いもよらぬほど早く邂逅(かいこう)することになるだろう。しばらく香辛料でスパイシーな匂い香る市場を歩きながらトガらが色々買い足していた、やはり天食獣は珍しいのかよく目立つ、いや天食獣どうこうではなく単純に羽が太陽のように発光してるから余計目立っていた。

「がーる、がーる♪」

「あの遺跡で手に入れた宝はガルーダの殻だけだったが、金は金だからな、少し売れば、かなり儲かる、しばらくは遊んで暮らせるな、それにガルーダの殻なんておそらく金以上の価値を持っているはすだ、ガルーダについて知っていそうな奴にでも売りつけよう」

「うん!あとガルーダちゃん前より機嫌良さそう!」

「前より眩しく光ってるからな……流石に抑えてもらいたい……」

 そうこうしてると、なにやら仰々しい者らが前から来た、やたらと煌びやかに着飾り、頭から木の枝のような角を生やした、フェイスベールを着けた偉そうな醜女と付き添いのバラモン(聖職者)と護衛のクシャトリヤ(軍人)達がトガらの前に立ち塞いでいた。

「ふむ、天食獣か、珍しいな、きっと妾に相応しいペットになるだろう」

 (いやホントなんなのこの綺麗な鳥!?お友達になれないかしら……)

「がっがるっ……」

 ガルーダは怯えているかのように体を震わせる。

「ええ、こんな鳥は見たことがありませんなぁ、しかもこの輝き……!きっと貴女に相応しい鳥となりましょう……!」

「なんだ?お前ら」

「そこの男、無礼であるぞ!この方は我らが敬愛する羅刹王ラーヴァナの妹君であるシュールパナカー姫ぞ!」

「あら、この子可愛いわねぇ、とって食べちゃいたいぐらい、いくら払えば譲ってくれるかしら?」

 (聞くだけ聞いてみましょう、きっと譲ってくれるはず)

「それは悪かったな、そんでその様子を見るにガルーダが欲しいみたいだな?俺は構わんが……」

「ちょっと兄ちゃ!だめでしょ!そんなこと言ったら!ガルーダはあたしたちの家族なんだよ!」

「まぁ、この通りだ、俺のお姫様がこうおっしゃってるんでな、断らせてもらう」

 (まぁ、そうなるわよね……)

「な、なんという愚行か……!無礼な口をきく上に、我らの望みも分かってる癖して、こっ断るだとぉー!?脳なしにもほどがある!ありえぬぞ!」

「子供を殺めたくはないが、この無礼は見逃せない……」

 そばに居るバラモン達が動揺する、クシャトリヤの四人は剣を構えた。市場の活気は消え、市民は怯えて家へとそそくさと帰り、窓から静かに眺めていた。

 (えー!?なに剣を取り出してるの!?い、いや別にむりやり奪おうなんて思ってなかったのに……!)

「ほ、ほう、妾に逆らうのか……なら切り刻んで犬の餌にでもしてやろうかのう!」

 (お願いだからここで素直に謝ってくれれば、妾も許すから!しかも相手の顔の模様を見るに天食者らしいし、お願いだから引き下がって!)

「やんのか?上等だ、その身ぐるみ剥いで売っぱらってやる」

「兄ちゃ、やめた方が……」

「こんなケバい偉そーなブスは痛い目に合わなけりゃ治りゃしねぇし、なによりその上から目線も気に食わねぇ、公衆の前でその高価そうな服やアクセサリーを剥いだ上で頭を垂れさせてやる、安心しろ下着までは取らねぇよ、見たくもねぇからな」

「もう完全に戦闘モードみたい……わかったよ……こうなったらニエも一緒に戦うね!」

「ッ!なんて下衆(ゲス)な事を口走らせるかこの変態っ!妾にここまで恥じ掻かせて、許さぬぞ!この上なく辱めてから処刑してやろう!簡単に死ねると思うでないぞッ」

 (何もそこまで言わなくていいじゃない!)

「手加減のつもりか?それとも、もう負けたあとのための言い訳か?」

「こんのぉー!もう許さぬ!」

「ニエはクシャトリヤの相手してくれ」

「えー?」

「男四人相手出来るんだからそれで我慢してくれ、な?」

「わかったよ……」

 シュールパナカーはますます激昂し、月食のように美しいチャクラムの神器を顕現させる。

月輪の鏡面ウラバンナ・チャンドラッ!」

 トガも両腕を下に向け、手首を外に折り、袖下にフックワイヤーの神器を顕現させ臨戦態勢に入り、ニエはクシャトリヤの四人に立ち向かう。

「跪かせてやる、クニール・クルシフィクション」

「その言葉、そのまま返すわっ!!」

 シュールパナカーの指で回転していた半径五十cメートルの二枚のチャクラムがトガに向けて放たれる。

「無駄だ、罰針山(バツシンザン)!」

 トガの神器が地面に放たれバッテンに浅く切り付けられたところか三メートルの砂の針の壁が生え、チャクラムを受け止めるかと思いきや、すり抜ける。

「っ!?」

 咄嗟にトガは体を横に逸らしたが、チャクラムが少し体に当たり、切断されると思いきや、それもすり抜けていく。

「っ?!何ともないな……しかし何かがおかしい……こんな拍子抜けのハッタリなわけが無い!」

 四人を相手し終えたニエが参戦した。

「兄ちゃっ!頭の上になにか月のような物が出てるよ……っ!」

「な、なんだこれはっ!」

「ふふふっ、妾のチャクラム自体に殺傷力はなく、当たってもすり抜けるだけだが……体にチャクラムが当たった分の面積が増える度にその月は欠け、新月のように真っ黒となれば、アンタらは死ぬ……どうだ?怖かろう?寿命が目に見えるのは……命乞いでもしてみるがいい……フフフッ、ハーハッハッハッ!!」

「ニエ、俺があいつの相手をする、あのブスの強さは日喰獣とはまた違う危険性がある……」

「い、いやだよ!あたしも戦わせて!兄ちゃ一人にさせられないよっ!」

「……わかった、じゃあ俺があのブスを引き付けつつダメージを与えるから、お前は死角からブスの首をへし折れ、もし無理そうなら俺がもう少し努力してブスの動きを止める、いいか絶対に焦るな、迷ったら行くな、これだけは守れ」

「う、うん!」

「最後の別れ話は済ませたかのう?それじゃ……っ!!ゆくぞッ!」

 また二枚のチャクラムがトガに向かって放たれる。

「芸のないブスだなっ!」

 壁に神器を突き刺し、トガの十八番であるフックワイヤーアクションで空中を舞いながら近づいていくが、外した二枚のチャクラムはすぐにシュールパナカーの手に顕現し、外しては投げ、外しては投げた。

「ぐぬぬっ!ちょこまかと!こうなったら、満月の潮汐(ちょうせき)!」

 二枚のチャクラムを重ね、トガに投げられる。

 (はぁ?二枚でも当たらないのに、一枚にしてどうすんだ?)

 余裕で避けられると思っていたトガの体がチャクラムに引き寄せられる。

「なっ!?なんだこの引力っ!?」

 チャクラムの刃がトガの半身をすり抜け、頭の上にある月が三日月に染まる。

「ふふっ、次でフィニッシュね!私のチャクラムは液体を引き寄せるのよ、だからアンタの体の中にある血液がチャクラムに引き寄せられるわけ」

「マズイっ!もう後がないっ!物理的な壁は意味が無い、投げたそばからあのブスの手に現れるから弾切れもないっ!空中に逃げても体が引き寄せられ避けることも難しい……!ならっ!」

 ポケットに忍ばせていた複数の石ころサイズの鉄球をシュールパナカーに投げ、空中で鉄球から鋭い鉄の棘が生える。

「遥か東方ではこんな形をした飴菓子があるらしい、金米糖と言ったか……俺の奢りだ、鉄の味を存分に味わえっ!」

「っ!?」

 幾つか二枚のチャクラムで叩き落とすが、三個の棘付き鉄球がそれぞれシュールパナカーの顔、右胸、左太ももに突き刺さる。

「いっ!痛いっ!よくも私の顔にぃぃっ!」

「少しはマシになったろ……そうだなぁ、この技の名前は……金剛糖としよう!まだお代わりはあるぜ?ほらよっ!」

「っ!?もう無理っ!逃げなきゃっ!」

 トガに背中を向けて逃走するが金剛糖が体や足に刺さり動きが鈍くなる。

「……貰ったッ!クニール(糾弾)ラッシュ(猛攻)ッ!」

 シュールパナカーの足元の地面にトガのクニール・クルシフィクションが突き刺さり、鋭い棘が勢いよく生えるが、しかしシュールパナカーの身体に当たっても砂の棘は砕けるだけだった、だがそれでも十分の攻撃にはなる、なぜならその生える勢いはもはや突きであり、威力もヘビーボクサーの一撃にも匹敵する威力だった、その尽きることの無い重い連撃がシュールパナカーの骨にまで響く。

 クニール・ラッシュの殺意が籠った止めどない猛攻撃にシュールパナカーは苦痛を訴える声すら上げれず、なんとか喉から搾り出した悲鳴が微かに聞こえただけだった。

 トガのラッシュはようやく止み、シュールパナカーの身体はボロボロになっており、立つことすら出来ず、無様に倒れていた。

「ニエ、俺があの店からかっぱらって来た、この鉄板にそいつを置いてくれないか?」

「楽勝だよ!ふん!」

 ニエは軽々と片手でノビていたシュールパナカーを掴んで業務用の焼肉プレートに置いた。

「お前は磔刑だ」

 クニール・クルシフィクションで鉄板の表面を撫でた所に、シュールパナカーはまな板の上の鯉のごとく置かれ、鉄板から鉄の棘が生え、シュールパナカーの両手のひらに棘が突き刺さり、太い棘柱が胸を貫通する。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「もう、兄ちゃ一人で片付けられそうね……」

 

 時を少し遡り、ニエの方は四人相手していた。

「あんた達はあたしが相手するよ!子供だからって舐めてかかると後悔するよ!」

「あまり気は進まないが、どちみちここで殺すことになるし……」

「おいおい、そんな落ち込むなよ、たかがガキじゃねぇか、まさに赤子の手をひねるような楽な仕事ってやつさ」

「一人で俺ら相手に出来ると?」

「大人しくしてくれたら楽に殺してあげよう」

 四人は各々の思うことを呟く。

「じゃ、いくよ?」

 目にも止まらぬ速さでクシャトリヤの一人の懐に入り、不意打ちの全力アッパーを決め、軽口を叩いたクシャトリヤの頭が吹き飛ぶ。

「これじゃ、弱すぎて相手にもなんないなぁ」

「っ!?このガキなんて速さでっ!?」

「じゃ、サクサクいこう……」

 驚いていたクシャトリヤの腹を一撃で貫通させる。

「お、おい剣をしっかり構えろっ、こ、こいつは猫の皮を被ったとんでもないバケモノだぞっ……!」

「あ、ああ……っ!」

 剣をニエに振りかぶるが、それも避けたついでに刃を折りちぎって、その刃を三人目の首筋に突き刺す。

「も、もうやめてくれー!わかった……降参……っ……降参するから許してくれ……っ!」

 最初にニエを哀れんだ男が命乞いをする。

「降参しちゃうの?あたしはいいけど、それなら早く立ち去って」

「あ、ああっ!」

 最後のクシャトリヤは腰が抜けながら転ぶように逃げ去った、ニエの鬼のような戦いを目の当たりにしたバラモン達もすぐに逃げたのを確認して、ニエは再びトガの戦いに参戦しようとする。



 そして決着が着いた今にいたる。

「うーん、気が変わった、衣服や装飾品を剥いで終わらせようと思ってたんだが、思ったより激しい戦闘をしちまったな、服もボロボロ、宝石もひび割れて売り物にならねぇし……俺たちも相当危ない戦いだった……さて、話をしようか、天食者は基本重症受けても日にさえ当たっていれば死にはしないが……鬼車から聞いた話からすると、俺が考えるにお前の体の節々から黒い毛が生え、赤い葉を付けてるところから……日喰獣に少し侵食されてるみてぇだな?俺は知ってるんだぜ?日喰獣のしぶとさを、日に当たってさえいりゃ、いくら内臓をブチ抜こうが、頭潰そうが再生しちまうことを。だがお前はどうなんだろうな?日喰獣になりきれていないお前の体力がどれくらい持つか興味がある」

「いっ、いやっ!やめて!やめてください!」

「命乞いか、その態度、お前のようなブタ未満の醜女には良く似合ってるぜ?まぁ、少し付き合えよ、まずは右耳を切り落として再生するか見てみようか……」

 シュールパナカーは青ざめた、生まれて以来これほどの屈辱……いやそれを遥かに超える恐怖に、声すらマトモに出せはしなかった、声にならない音を喉から出しているだけのように泣いていた。一方ニエは静かに佇んでいるだけだった、顔にはいつもの笑顔を浮かべていたが、その笑顔はあまりに不健康に張り付いていた、仮面のように冷えていた。

 (あなたが悪いのよ……兄ちゃを怒らせたあなたが……こうなるのも仕方ないよね?)

 トガが神器で右耳を落とす。

「ッッッ!!キャーーッ!!」

 金切り声が痛々しく市場に鳴り響く。

「ちっ!うるせぇな!頭がガンガンする……これでも咥えてろ!」

 鉄球を口にねじ込み、口内で棘を生えさせ、突き刺し固定する。

「ふーん、特に生えはしないんだな、これじゃアシンメトリーだし、可哀想だからもう片耳もいっとこうぜ……?」

「ンンンーッッ!!」

 痛みに悶絶し、涙が止まらないシュールパナカー、もう体の穴という穴から体液が漏れ出す。

「ああ……汚ぇな、鼻水が止まんねぇのか?んじゃそれも()いでやろう」

 鼻を目の前で削がれるという、あまりの恐怖と痛みにシュールパナカーは失神した。

「うーん!鼻が無くなってよりブタに近づいたな!削いでよかったよかった、前よりずっといい見た目してるぜ?」

 (ふふっ、楽しそう……)

「もうほっとこうよ、こんなバケモノ見たくないよ」

「そうだな、あんまり見てると目に毒だ」

 二人はシュールパナカーを後にし、宿に戻る。

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