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日の元に罪は暴かれる

遺跡を離れたトガはニエを抱えながらワイヤーアクションで木伝いに移動し近くのディガアット村に訪れる。

「もうすっかり暗くなっちゃったね」

「ああ、それに今の季節夜は冷え込むからな、寒くないか?」

「大丈夫!ガルーダが暖かいもん!」

「……そうか」

眠るガルーダの光と熱は昼間より下がったが、肌寒い夜にはぴったりのホッカイロ代わりになった。

「あ!もう村の光が見えるね!」

「戻ったらガルーダについて村のやつらに聞いてみるか」

「うん!」

 二人は無事に村にたどり着く、村には高潔でいつも適正価格で商いをすることで名高い「ジパングキャラバン」も来ていていつもより賑やかだった、トガはニエの傍で行商人の若頭であり筋骨隆々で三十代の鬼車(おにぐるま)と食事しながら話していた。

「ホンマか!?……おまん、あの遺跡を制覇したって?!」

「ああ、マジだ……だが収穫はこれっぽっちの金とこのキモイ雛鳥だけだった……これじゃ、とても信じちゃくれないだろうな」

「ははは、え!?いやいや収穫そんだけ!?おま冗談は堪忍してや〜、だってあそこは危険すぎて遺体も回収出来ずに蛆虫と死臭の漂ったカビ臭い遺跡なんじゃろ?」

「俺だって妹が相当痛い目にあったのにこの程度の収穫しかなくて半年ぐらい引きずりそうだ」

「にしてもあの遺跡にあの鳥だけが置かれていたのも気になんねんな…たしか日が当たっただけで孵ったんだって?」

「ああ、羽化寸前だったようにな、そのくせして長い歳月が経っても孵らなかったみたいだし、孵った途端ピンピンしてニエに引っ付きやがる、気に食わねぇ……」

「ははっ!雛鳥は最初に見たやつを親と認識するらしいからな!」

 ジパングキャラバンの評判はいいが話す度にどいつもこいつも一言一言やかましい連中だった、とにかくやかましかったがそこも愛される要因だろう。

「ほんで日に当たって孵るってことは一つ思い当たるとこあんねん、たしかなんだっけーな?んーーー……」

「なんだよ、早く言ってくれ飯もまだ」

「天食獣や!そうそうたしかそんなんあったハズや!」

「天食獣?天食者と似たようなものなのか?」

「そうそうその通りや!(あん)ちゃん勘が冴えとんのう!」

「しかし天食獣なんて聞いた事無いぞ」

「そらそうやろ、だってそもそも天食者は変わりモンが多い、欠けた心の器を埋めるようになっとるって聞いたなぁ」

「ってことは畜生はどいつも同じだから天の力を受けることがないってことか?」

「そうやなぁ、あと生まれ持った気質や天賦の才なんかで決まるらしいでぇ?」

「そんな話どこで聞いたんだ?」

「おれらはキャラバンやからなぁ、あっちこっちほっつきまわって商いしてると色んな話を聞くわけよ、たしかこの話は遥か西の方のマヤ人っちゅう連中からたまたま聞けた話や、まぁただ、まだ分からんことも多いな」

「マヤ人か……聞いたことがあるような……」

「あっ、おれらの国にも天食獣の話あんの忘れとったわ、それにおれらの方は天食獣と天食者の割合は結構互いにせめぎ合ってんでぇ、まぁおれはあんま国におらんかったから話はよう知らんが、案外無い話でもないでぇ」

「天食獣か…なんか引っかかるな……っ!日喰獣ってもしかしてそれと関係がっ!?」

「おおっ、そう言われりゃたしかに関係あるんかもな!!日喰獣も日のあかりや月のあかりをメシ代わりにしてるって話やもんな!」

「日喰獣ってもしかして天食獣が元なのか……?」

「そこまでは知らんなぁ、なんせ天食獣は謎が多いんや」

「もしそうなら……」

「……兄ちゃん早まったらあかんで、しかもそいつ兄ちゃんの話によると大層丁重に扱われているらしいしな、もしそいつが危ないっちゅうならとっくに始末されてたやろ?」

「いや、殺したらなにかしらの災害が起こるからしなかっただけなのかもしれない」

「それはないな、兄ちゃんよくその目でよーく見とき?こんな隙だらけのやつが災害なんて起こすか?」

「強い奴の余裕ってやつだろ」

「はっ、兄ちゃんが疑り深いのはかまへんが、これだけは言わして、あんまり即決せん方がええで、思い詰めてると広く何本も良い方向に分かたれたはずの道が見えずに走って、いつの間にか崖に落ちてるってこともあるさかい」

「お前意外と説教臭いな」

「商人やから経験の量がちゃうねん、失敗も含めてな…それに兄ちゃんはまだ若い、早まることもあるやろう、そんときはせめて、せめておまんの後ろについてるニエちゃんと相談せぇ、おまんはニエちゃんのただ一人の親族であり頼れる兄なんや、おまんのせいで道連れになるなんて……とてもじゃないが耐えられへんやろ……」

「っ……」

「兄貴!いつまで話しとんねん!まだやることあるやろが!」

「ひぃーっ悪い、兄ちゃん、妹分に呼ばれてもうた!これ金の殻のお代な!ほんじゃおおきに!」

 商人は急いで帰って行った、がやがや村人と話して賑やかだったニエも赤子のように寝息をたてて寝ていた。

「……ニエ帰るか……いつの間にか寝ちまってるな……抱えて宿に戻るか……お前だけは……」

 二人は床に着いた。



 

 ニエとトガが気持ちよさそうに眠ってるところをガルーダは陽の光に敏感なようで、パッチリまぶたを日の出とともに開けた。

「ガルー!ニエニエ!」

「わあああ!ねぇ兄ちゃ!ガルーダ喋ったよ!」

「こいつ、いつの間にっ!?」

「キモキモ!!」

「おいまさかこの鳥、俺の事言ってんのか!?こんのぉおお!!」

「ガル〜♪」

 すばしっこく逃げ回るガルーダをトガは慌ただしく捕まえようとするが、するりするりとすり抜け、狭いところも入り込み高いところにも登り、外にまで走り回ったガルーダはまるで追いかけっこをしているのかと思っているのか、とても楽しそうに遊んでいたところを昨夜のキャラバンの鬼車が来た。

「おう兄ちゃん、朝から賑やかやな!」

「げっ、鬼車……」

「ふふふっ、あっ!鬼車さん!」

「よう!ニエちゃん今日は日に照らされて一段可愛いな!」

「お前は何してんだ?他の隊員は忙しそうにしてるのにこんな所で油売って」

「いやー村の人達と挨拶してきたんや昼には発つからな」

「そんなことしてなんの意味があるんだ?」

「はははっ、大した意味は無いな、だが世界を旅する商人はいつも危険がついてまわる、山賊の奇襲、貴族からの嫌がらせ、場合によっちゃあ王に(たま)ぁ狙われることもある!いつ旅が終わるか分からんしな!だからどこでも一期一会なんや、おれは悔いを残さないようなんて言えんがせめてやり残した事は無いよう、すっぱり別れたいんや!そっちの方が気分ええし次の旅への気力ともなるしな!」

「おいおい、山賊ならまだしも貴族?ましてや王?お前は何やらかしてきたんだ……」

「おっ!聞くか!?」

「いっいや」

「聞きたけりゃ、聞かせてやろう!!」

 トガの止めを遮り、芯から天に通るような大声を叫んだ。

「あれは、おれが遥か北西に居た時の話や、ある鉱山で働いていたガキンチョ達がおったんや」

 村人は何やらあの異邦人、鬼車の話に興味をそそられ、集まってくる

「そのガキンチョ達はな、まだ年端もいかんような三〜七歳でよう働いてたんや、大人の仕事の分もな、なんなら大人ぁよりゃ働いておったこともある」

 鬼車の話を聞くため村人の中にはダリット(不可触民)の子も声がギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの距離で盗み聞きをする者まで現れた。

 「そのガキンチョらはいっつも汚れて服もボロッボロ、体は痩せ細りまさに餓鬼のようだったんや、ほんでなぜそんな働いてん?と無論、聞くわけやんか、まぁどいつもこいつも無愛想で目も曇りよってたんよな、忙しい忙しいと無視されるわ無視されるわで、流石に傷ついたんやけど、丁寧に丁寧に色んな子に聞いたところでようやっと話してくれる子が出よったんよ、ほんでその子の話によるとな」

 ダリットの子の親も我が子を連れ戻そうとするが、子どもは無言の抵抗で親を引き止めた、親も叱ったり、無理やり引っ張った拍子で声が出せば、村人達にこんなところで何してると思われ、後で何されるか恐れてしばらく留まることにした。

「働くのは当然だ、オレが働かないと家族を養えない、みんなそうだ。そこでどう仕事しとるのか、よくは知らんかったさかい、おれは気になって聞いてみたんや」

 ダリット達に気づいた鬼車は手招いて寄ってこいと言わんばかりに目を煌めかせる、ダリット達も困惑しながらではあるが少しづつ少しづつと寄り、村人達に気付かれない位置で聞いていた。

「オレ達は体にストラップを体に括りつけて石炭の入った箱と繋げて、高さ一メートルの坑道内を四つん這いになって腰の痛みを我慢しながら進むんだと言ったんや」

 痛々しい話であったが普段聞けない異国の話にニエも村人もダリット達まで引き込まれる。

「もう一人に聞いた話は、急がせ屋っちゅう仕事をしてたんや、石炭を運ぶ為に一日に地下から地表まで二十キロメートル走らされることもあるらしい、ここまで厳しい仕事やのにどうして逃げへんか、父親は何してん?と、みんな気になるよな、どうやら父親も朝から遅くまで働いても稼いでこれても家族は養えない低賃金、ほんなら子は更に低いわけや、それにあの国で男に生まれるっちゅうことは大黒柱になることらしい、父親の体が持たんくなったら、いよいよ子の負担も増える」

 人々は揃って(しか)め面したが、ここまできたらどうしても最後まで聞きたいのか黙って聞いていた。


 鬼車は子供や大人の過度の労働環境に業を煮やし、経営者の元へ直接向かった。

「おう、あんたらがあの鉱山を経営しとるっちゅうカーネギーさんけ?」

「おお、これはこれは義理人情に名高いジパングキャラバンの鬼車さんではありませんか、そうとも、私がカーネギーだ」

 そのカーネギーという男は二人の護衛を引き連れ、大層身なりのいい男であった、血色はよく、肉も憎らしく体に蓄えていたことが一目で分かるような男だった。

「カーネギーさんや、あの鉱山で働く連中は偉い働きもんやな、おれの国にも劣らん誠実な働きぶりや」

「それはどうも、彼らは私の立派な財産ですよ、それはそうと何をしに来たので?」

「ああ、その話っちゅうのは、部外者のおれが言うのもなんだが、もう少し労働に見合った対価を支払えばもっと効率良く働いてくれると考えて提案しに来たんや」

「はっはっはっ!、それはまた随分お世話焼きなことを、私からすれば十分な報酬を支払ってるつもりですがね」

 鬼車は何かを隠そうとしてるかのように大袈裟に笑った。

「ガーハッハッハッ!本当にそう思うんですかい?実際その目で見たんで?」

「おお、それはもちろん、大事な労働者ですからな、十分見極めたはずだよ」

「ふーん、そか、あの痩せ細くなった体を見て?」

「ああ、引き締まってるだろう?」

「はははっ……ご冗談はやめてもらいたいな」

「何が言いたいのです?」

「おまえにとってのあの子供らは単なる道具なのか?」

「いえいえ、大事な財源ですよ、あの状態がもっとも効率良く稼げるんでね」

「……おまんの言いたいことはわかった、つまり人を人として見ず、あくまで家畜としか見てないと」

「……」

 カーネギーは沈黙したが、その口角が上がっていたのは明らかだった、鬼車にとっては静かな挑発でしかなかった。

「ふんっ!」

 鬼車の堪忍袋の尾が切れ、顔が怒りの赤に染まり、拳がカーネギーの顔面を粉砕、まさに即死だった。

「ゲス野郎が、あんま悪事してっと鬼がしばきにくんぞ……」

 二人の護衛も銃を構えたが、鬼車の鬼神が如くの一睨みで護衛は怯み、鬼車は素手で銃を曲げた。

「よしとけ、おまえらに用はあらへん、失せな」

 館の奥に堂々と進んでいく鬼車、すると異変に気づいた警備員に見つかる。

「おいお前!なにをしてる?!」

「あん?」

「侵入者だ!撃てーっ!」

 鬼車に銃口を向け、一斉砲火される。

「逆巻けっ」

 どこからともなく金棒が鬼車の手に現れた、その金棒は六角状に先から四段と区切られ細くなっており、その面ずつに鬼の顔が彫刻されており、鬼の角が出っ張っていた、鬼車はその金棒を地面に叩きつけ、割れた床で壁を作り全弾防いだ。

魂暴(こんぼう)っ!」

 段々に分けられた鬼面がゆっくりガラガラと回り出す。

「ハジキ使うってんなら、相応の覚悟は出来てんのやろなぁ?」

 鬼車の一歩一歩が床にヒビを割る勢いで歩いていく、放たれる弾丸を魂暴で防ぎながら、焦る警備隊に距離を詰めていく。

「なんなんだコイツ!当たってもちっとも怯まんぞ!?」

「退くな!この陣営が崩れればそれこそ終わりだと思え!!」

 確かに弾丸は当たっていた、血も流れていた、しかしその歩みはブレることなくじっくり進む、東方の死神が迫る感覚に隊員達は顔を青くし、失禁する者も居れば、失神した者も出始める。

「おらっ!」

 鬼車の間合いの三メートルに横一列と並んだ警備隊を入れ、魂暴で薙ぎ払い胴体を真っ二つにする。

「……」

 先程まで銃声で館中を鳴り響かせていた喧騒は、鬼車の一撃で止む。

「ふぅ……散々暴れちまったな……キャラバンの奴らにどう顔を合わせりゃええんかな……仕方あらへん、有り金全部貰っとくわ、これでガンキンチョらに分けるか……いやその場しのぎにしかならへんな、長期的に見てかんとな……」

 少々暴れ疲れた鬼車は一人そんなことを呟いていた。

「いや、もういっその事国とるか?ハハッ、それも悪かないな、にしてもこんな悪行がバレたらキャラバンの評判はガタ落ちや……おれのせいでキャラバンの仲間にまで迷惑がかかっちまうなぁ……あいつらと縁を切る覚悟はせぇへんとな……」

 それから鬼車は単騎で富豪や貴族を襲い終いにはとうとう王直々の指名手配がついた。

「こんな状況やなのに、なぜかむしろ闘志が湧いてくるなぁ、昔を思い出すわぁ、この感覚」

 鬼車は懐かしそうに一人呟くが表情はとても寂しかった。


 鬼車が夜遅くキャラバンに戻ると妹分の御炙(ぎょしゃ)がいきなり叱りつけた。

「兄貴!毎晩毎晩なにしてんの!」

 他の仲間も鬼車に詰める

(かしら)、毎晩一人でほっつき歩いて怪しまれへんとでも思うてたんですかい?」

「実はな、おまえらに話さなあかんことがあんねん」

「王に指名手配されたことか?」

 御炙が鬼車を射抜くように鋭く聞いた。

「っ……まさにその話や、おれな、みんなには申し訳ないと思ててん……おれのせいで」

「おれのせいでキャラバンの評判が下がって商いが続けられん、だからおれは抜けるってか?」

 御炙がまるで鬼車を見透かしたように、これから言うであろうセリフをとりそれに苦い顔をする鬼車。

「ほんであたしらと縁を切らなあかんとか思ってんでしょ!!」

「うんうん」

 キャラバンの仲間も頷く。

「うっ……申し訳」

「アホんだら!!」

「っ!?」

 御炙の罵声に鬼車も思わずキョトンとしてしまったような顔をした。

「あんたな!アタシらの頭だろうが!その頭がなんちゅう血迷い言のたまっとんねん!バカタレが!」

「頭!オレ達はあんたに惚れてついてくって決めたんや!まさかこんなに長い間旅して知らんかったなんて言わないでくださいよ!?」

「オラ達の繋がりはそんな細いもんだったんか!?俺達の絆は糸なんちゅう頼りないもんで出来てへん!大綱で繋がっとるとオラ達は信じとる!」

「それに頭がなんの理由もなく暴れ回る訳ないと俺は信じてる、きっとなにか理由があったんやろ!?」

 仲間達は次々と鬼車に自身の思いをぶちまけた、その熱い思いに鬼車も感動した。

「おまえら、実はな……」

 鬼車は仲間にこうなった経緯とこれから何をするかを伝えた。

「なるほどな、国盗りか……久しぶりに暴れるだろうとは思てたが、まさか国相手にするなんてな」

「流石にそんな大規模で暴れたことはなかったもんな」

「腕が落ちてへんか……」

 キャラバンの仲間達は各々そう呟いた。

「おい、おまえらまでせんくてもええんやで……」

「何言うとるの!このバカ兄貴!アンタに一人にやらせるわけあらへんやろ!ドアホ!」

「なぁ頭、もうオレらの話忘れたんでぇ?」

「それとも熱意が伝わらんかったんです?」

「フフっ、いやもう十分伝わったわ、おれは幸せもんやこんな仲間、きっと来世でも巡り会えへんやろなぁ、前世におれはどんだけ徳積んだんやろか、ハハッ」

「来世もきっと会えますよ、俺達着いてくんで」

「へへっ、頭、泣いてるんですかい?」

「おっと、いけねぇ、こんな小っ恥ずかしい姿見せられへんわ」


「ってなことで国盗りの始まりや、指名手配されるんなら、いっそのことひっくり返してやろうってこった!」

 周囲は急展開に興奮し、異様な熱気と湿気が空気を漂っていた。

「それから富豪から奪った金は全部使うんやなく少しづつ分けた、ほんまに食料を買うのに一週間かからんくらいの金しか置かんことにした」

 村人たちはなぜ全てあげないのか疑問に思い眉をひそめたが黙って聞いた。

「というのもな富豪から奪った金はいい仕事を庶民に与えるための資金に使おうと思ってたんや」

 難しい話に村人達は顔を見合わせた。

「まぁこっからがクライマックスや、キャラバンのみんなで城を攻め落とそうとした時の話や……」

 

 鬼車らがいざ決戦の時、太陽を覆う船の帆くらいの翼に巨体を赤黒い葉っぱのような鱗が連なりびっしりと生え、しっぽは家一個ぶんの長さ、頭には巨樹の枝かのような角を生やし、太陽の模様を刻んだようなギョロりと巨大な目をしたドラゴンが出現した。

「なんだ……あの目は……睨んどる、感覚でわかる、アレはおれらだけを見とるわけやない……国をギョッと睨んどるんやっ……!!」

 その時の鬼車の恐怖は初めての体験だった、これほど恐い思いはしたことがなかった、それは時間を久遠のように感じさせた、体は麻痺し、心は凍てついてそれでいて何故か頭だけはよく回っていた、次の瞬間には鬼車の前に陣営を構えていた衛兵達はみるみる姿を変えた、ある者は頭からは兜を枝が貫通して生え、その枝には赤黒い葉っぱをつけ、肌が見えるところからは黒い毛が覆い尽くし、目は横に裂けたように広がりギラギラと眼光を発して、ある者はその苦痛に耐えかね自害しようと銃口を己に突きつけ、発砲したが傷はみるみると治り、それと同時に体がどんどんと獣のように変わっていった。鬼車はその時悟った、数々の文明を破壊した日喰獣は、みな元は人間で文明に終わりが来ていたことを。

 

 今まで朗らかと話していた鬼車の表情は別人かと見紛うほど深刻に、声は低く不気味なほどよく通り、話に夢中になって静かに聞いていた村人も騒然とした、日喰獣を知らぬ者、日喰獣を知る老人、何も知らないダリットの人達も落ち着かず、その時だけは村人達と同じ感覚を共有した。

「しかしそれだけならまだ良かった……本当にキツイのはこっからだったんや……」

 

 鬼車らは急いで城から逃げ出し、街へ向かった、鬼車らは日喰獣の恐ろしさを知っていた、日喰獣の真の恐ろしさはその凶暴性でも力でもなく、そのしぶとさにあると、日の光に当たる限り、いくら負傷しても、例え致命傷であろうと死ぬことはなく体は再生する。日喰獣の恐ろしい習性は例え仲間でも互いに喰らい合い、爪で引き裂き、死に至らせるまでその攻撃の手を止ませることはない、その行為には捕食の意味もなく、遊戯でもない、闘争、終わらない闘争、まさに修羅道そのものだった。鬼車がその時見たのは国民も同じように獣化していたがその度合いは衛兵のそれではなかった、変貌していく様子は衛兵より酷く、体は熊ぐらいに膨張し、それに追いつけない肌は裂け、筋肉の筋がハッキリと見え、切れた血管からは血が噴き出し、町中が血の霧に覆われた、顔の目玉は二つやなく四つ、六つと開いている者もいた、大人も子供も例外なく日喰獣へ姿を変えた、町中で日喰獣同士の殺し合いが起こっていた。

「クソっ!どんだけ魂暴で殲滅しようとしてもキリがない!やはりもうここは捨てるしかっ!」

「頭!速く!」

「ああっ!」

「兄貴!牛車に乗れ!」

 ジパングキャラバンは逃げながら国境に向かっていく。

「これでも食らえ!特上の鯨油だっ!アツアツのをたっぷりと味わいな!」

 御炙は追いかけてくる日喰獣に商品の鯨油を掛けて火をつけた。

「クソっ思ったより怯まねぇな……燃やすより油で転ばせた方がいいのか?」

 日喰獣は痛みを感じないのか、それとも気にしないのか燃えても走る速度を変えることはなく追いかけてくる。

「日喰獣が十分近づいたところで……おっらっ!」

 鬼車の魂暴が日喰獣の重心を捉えて顔めがけて上に打ち上げる。

「たーまやーってな!」

「おおーお見事」

 御炙もたまには鬼車を少し褒める。

「……ガキンチョらやあの国の人間を救うと大義上げて国を盗るなんて大口叩いたが、結局なんにも出来へんかった……いやせぇへんかったのかっ……!」

「兄貴……兄貴のせいやあらへん……急にあんな怪物が出たらどうしようもないやろ……」

「いや、おれが未熟なせいなんや、弱かった……心がッ!!立ち向かえんかったっ!!怖くなって逃げることしか考えられんかったのが悔しいんや!!」

「兄貴……」

 大の男がその日、人生二回目の大泣きをした。

 

 鬼車はその口を静かに閉じると騒然としていた周囲も静まり返った、ニエとトガもショックを受けたが村人達ほどではなかった、ガルーダは終始一貫ただ、ただ静かに話を聞いていた。

「どうして……彼らはそんな目に合わなあかんやったんやろか……」

 鬼車は空を見上げ、静かに涙を伝わせる。

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