黄金の枷に飾られた美女
単独行動していたトガはクシャトリヤらと合流し、聞いた話をトガに説明していた。
「……とにかく気をつけた方がいい、そいつがどういう奴かはまだわからない」
「そんなに心配することないでしょう」
眉間にシワを寄せるトガに対してクシャトリヤらは、にやにやとお気楽な顔をしていた。そこから南の方向へ約一週間をかけ、黄金で建てられたランカー城についた一行は宿屋で作戦会議をしていた。
「これから俺は忍び込み、奴らの首を一夜にして狩り尽くすつもりだ。そしてはっきり言うが、お前らには瞬発性、機動力が足りない。ついてこられても足手まといだ」
「そんなぁ!?」
「じゃ今まで着いてきた意味が……」
「お前らはここまで着いてきた覚悟はあった、それは誇れ。そして代わりにお前らに新しい任務を与える。もし俺がしくじった場合、運が悪ければ即処刑されるかもしれない。が。運良く捕まった時はお前らが助けに来い、今のお前らは女の姿をしている。羅刹王はどうやら大の女好きのようで毎晩侍らせているらしい。心底憎んでる相手に媚びるのは屈辱だろうが、私情は捨てろ」
クシャトリヤらは渋い顔をした、彼らは自分を苦しめたラークシャサ族に一矢報いたい意思だけで歩んできたのに、今更戦力外通告されるというのは彼らにとって言うまでもなく絶望的だった。そんなクシャトリヤ達に対し一切の躊躇もなくトガは冷たく言い放つ。
元はと言えばコイツらが勝手についてきただけなのでトガには何の責任もないのだ。しかし動けない自分の代わりにニエを運び助けようとしてくれたのは紛れもなく彼らなのも間違いは無い。
「そんな辛気臭い面をすんな、言いたいことがあるならハッキリ言え。俺はお前らみたいな顔をした連中が嫌いだ、大嫌いだ。態度が気に食わない。不服なら文句の一つでも吐いて、行動しろ。納得がいかないなら出来るように足掻け。その結果死のうと悔いがない死に様を晒せ。汚ねえ生き様をみっともなく見せんな」
「……はい」
「……チッ」
静かに舌打ちするトガ、一同は喉に小骨が刺さったような気持ちのまま、空に闇が降りる。トガは暗闇に扮し、壁に神器を引っ掛けて軽やかに空中をスウィングし黄金の城へ窓から忍び込む。
「中庭があるらしいがイマイチ暗くて見えねぇな……まぁいい、今は奴らの寝床探しだ」
中まで金で出来た城の天井をトガはヤモリのようにがちゃがちゃ這っていた。自前の爪を隙間に食い込ませ、天食者の身体能力をフルに発揮し必死に張り付く。
「今奴らは飯時だろう、早く見つけなければ……」
「最近ラーヴァナ様が連れてきた女、やけに強情だったな」
「ああ、マンドーダリー様が居なければとっくに手篭めにされていただろう、まったく運のいい女だ」
「あとずっと寝ている少女もいるらしいな」
「顔の良さだけで連れてくるとは、ラーヴァナ様の女好きにも困ったものだ」
廊下を歩く二人の話を天井で盗み聞きしていたトガはどこか悪い予感がしたが、今は暗殺に集中するため顔を振る。
(アイツに直接ラーヴァナの寝床を聞いた方が早いか……)
そうトガが考えていると素早く音も残さず片方のラークシャサを殺し、窓から外へ放り投げ、生き残った方を攫う。
「んんー!?」
「静かにしろ、これは脅しじゃない。ラーヴァナの寝床を教えろ、でなければアイツと同じところにいくことになる。嘘じゃない、この痛みが真実だ」
ラークシャサの背に神器を押し当て、浅く刺す。
「今からお前の体の中に爆弾を仕込む、裏切る素振りを見せれば……」
「んんーー!!」
小さな鉄球、金剛糖をラークシャサの傷の中に埋め込む。グリグリと傷口に異物を入れられる感覚は既に相手を屈服させるのに十分な痛みであったが、トガは用心深く更に痛みとして頭だけにでなく体に直接教えこんだ。
体内に入った金剛糖はトガの好きなタイミングで棘を起爆させることができ、絶対逃がさない執念を棘に変える。トガはそのラークシャサの中にある金剛糖を軽く発動し表面から小さな鉄の棘が生え。体内にてズキズキとした疼痛を失神寸前のラークシャサに与える。
「耐え難い苦痛の後に死ぬことになる」
「んん……」
トガは軽く拷問したのち、相手は潔く諦めた。そうして縄で縛ったラークシャサから聞いた話の通りに羅刹王の寝床へ向かう。
「ここが奴の寝室か……やたら甘ったるい匂いと油臭さが漂ってくるな……不快だ、さっさと終わらせよう……」
トガは香木で作られたベッドの下にある床に軽く傷を付けて罠を仕掛け。ラークシャサから聞いた他の寝床にも仕掛けた。
「これで奴らが寝る深夜に発動すれば……一網打尽だ」
「もう許してください……」
「お前、あのラーヴァナが連れてきた女の話してただろう。そいつについて話せ」
「え、えーっと確かシーターという女らしいです……」
トガは悪い予感が当たったのか少しショックを受けシワを寄せる。
「あの野郎共ッ!何してんだ!守ると抜かしていてこのザマかッ!!」
怒鳴るトガに怯えるラークシャサ。
「ヒィっ……」
「俺の妹はどこにいる!」
「おそらく中庭に居られると……」
「もういい。これからお前は俺のスパイだ。それにお前の中にある金剛糖を抜こうとしても無駄だ。下手に刺激すればたちまちにお前の身体中に穴が空くことになる」
嘘である。これはトガのハッタリでそんな事は出来ない。遠隔操作で発動させることは出来るが自動ではないので地雷のように使うことはできない。
しかしそれを証明することもラークシャサには出来ない、悪魔の証明にも近いのだ。嘘かどうかも分からないのにそんな賭けに出るのは賢明ではないと誰もが分かるだろう。
「あとなぜシーターとニエは中庭にいる」
「それが……」
話はラーヴァナに城へ拉致された時まで遡る。ラーヴァナはなんとかして城の中へ連れていこうとするが、ラクシュマナの結界のせいで手出しができない。
「今日からはここがお前らが飯を食い寝る城だ」
シーターは口も利かず目だけで反抗の意思を伝えていた。
「そんなとこに居ては雨も風も凌げんぞ?」
「……」
「お前が俺の女になれば、毎晩歌と宝石に囲まれた生活を謳歌できる。快楽に浸り切りの毎日にはどの女も溺れずには居られん」
「そうよ、それにラーヴァナ様の寝技はスゴいのよ、どんな女もラーヴァナ様の手にかかれば極楽浄土へ連れてもらえるわ」
「苦しみが一切存在しない喜びの館だもの」
ラーヴァナの女たちが口々に賛美をしていた。
「断ります、私にはラーマ様が居ます。この世でただ一人の私の夫です」
「っ!!」
いくら説得しようと脅しを入れようと折れないシーターにラーヴァナも頭の血管がはち切れそうに激怒していた。
「貴様のラーマは俺が殺す。生首をこの中庭に飾り永遠に眺めていれば良い!」
「よしなさい!!」
ブチギレていたラーヴァナに一喝したのはマンドーダリーという女だった。
「ここは喜びの館、仏頂面をした者を入れる訳にはいきません!」
「なっ!?」
「自分の意思で入るべきなのです!それともラーヴァナ様は自分の力じゃ、その人を喜ばせ中に連れていけないと自信を無くされたのですか?それでもあの偉大なる羅刹王のすることなのですか?」
マンドーダリーの正論にはラーヴァナも渋々答えるしかなかった。
「……問題ない、この女はすぐにでも己の意思で結界から出てこようとする……」
トガは背中にラークシャサを背負って外壁を這いながら移動してるので見つかることはなかった。
「ここが中庭か……」
中庭には火の明かりが付けられていて、シーターの周りにはラークシャサの女が囲っていた。案外虐げられているわけでもなく仲良く話をしているように見える。
「シーター、もう出てきなさいよ」
「あなたのような身分の人にとっては中庭と言えども外に居続けるのは辛いでしょう?」
「そんなことはありません、私は十三年間森で暮らしてきたのです。城の中は窮屈ですし、外は危険。なのでここが私にとっては丁度いいのです」
「チッ、あの中に入りたいが、あのラーヴァナも手を出せないラクシュマナの結界のせいでニエには会えないか……どちらにしろラーヴァナを始末すれば済む話だ」
深夜が賑わい止まぬ喜びの館を静まらせる。
「パチン」
「「キャー!!」」
指を鳴らした刹那、悲鳴がところかしこから上がる。その夜多くのラークシャサが血に染った。
「「ラーヴァナ様ぁー!!」」
朝がやってくる。
「これで片付いたな……」
トガは中庭にいるであろう、シーターやニエのところへ向かう。
「よう……お前が俺や仲間を串刺しにした奴か?」
「ッ!?」
中庭に居たのは、串刺しにされたはずのラーヴァナだった。トガもこれには流石にたじろぐ。いくら天食者とは言えども脳、心臓などの主要器官を同時に。しかも日光の灯らない夜中に潰されれば息途絶えるのだ。例え日喰獣であってもそれは変わりなく死滅する。
それをラーヴァナは平気な顔をして身体中に血液を滴らせながら、仁王立ちしている。完璧に予想外。
「なぜ生きてる?」
「ハッ!お前の罠が荒かっただけだ。それよりもこの落とし前、どう付けてくれるんだろうな?ピリついた姉ちゃんよう?」
「ふん、残念だが中身は男でな。それにてめぇごときに払う義務なんかありゃしねぇ。死人に口なし礼なしだ」
「おお、随分憎たらしく口答えする姉ちゃんだ。もう少し俺に好意的なら惚れてたが……」
霜のついた月の刃を朝日に照らすラーヴァナ。
「楽に死ねると思わない方がいい……」
「ッ!?なんて速さだ……!」
その巨体に見合わず、凄まじい速度で突撃してくるラーヴァナにトガも少し圧倒された。
「しかし愚か」
そう呟くトガの足元から数十本の岩で出来た柱のような棘が地面から飛び出す。前もって地面に神器を垂らしていたのだ。
「ふん、子供だましにもならん」
ラーヴァナはほんの少し目を見開いただけで、なにのためらいもなくトガの元へ突っ込む。
「ここから東の方の国に鍼治療というものがあるらしいな……お前はそこのはり師か?」
身体に突き刺さった岩の針がゴトゴトと地面に落ち。できた傷から塞がれていく。
「っ……!」
「ふぅー、随分体が楽になった」
「なんなんだ、てめぇは……」
「俺か?俺は……羅刹の王、八首のラーヴァナだ。もうじき九つ目を迎えるがな……」
「そんなこと、聞いてねぇ……!」
城の塀に神器を引っ掛け、空中を自在にスイングしながら、引っ掛けたところごと引き壊し。棘の生えた黄金の瓦礫をラーヴァナに目掛けて投げる。
そのアクロバティックな身のこなしと技は神と見紛うほどに遊々としていた。
が。トガからの一切の攻撃を避けもせず。二十本の腕で瓦礫から生える棘の一本を掴んで受け止め。全てトガの元へ投げ返す。
「気をつけろ、お前の大事な女がどうなっても知らんぞ?」
「チッ……!」
やはりコントロールが難しいのか、正確に黄金の塊をラーヴァナにぶつけるのでさえやっとだった。上手いこと運動エネルギーと位置エネルギーを駆使しながらの芸当、天食者とはいえ女の体だとイマイチ力が満足に込められない。しかし利点もあった。男には無い利が……それは柔軟性だ。体をムチのようにしならせ、重い一撃を繰り出すことも出来る。
ラーヴァナは無責任そうにああ言ったが、その動体視力と速さがあれば避けることも出来た。しかしそうはしなかった。
「もう諦めろ、その空中芸もなかなかの見ものだが。俺には勝てん」
「お前が決めつけるんじゃあない……!」
「そこでだ、お前が降参すれば、俺の家族になれ」
「は?」
「しかし降参しないのなら俺と戦い負ければ、死んだ分の同族をお前に産んでもらう。お前は何人もの我が同族にまわされ、子を成すだけの孕袋になるのだ」
「気持ちが悪いッ!」
「そうか、まぁ俺はどちらでもいいのだがな……ッ!」
投げ続けられる瓦礫を足場に、空中を跳ぶラーヴァナは一瞬でトガへの距離を詰める。
「ヘッ……!!」
「てめぇはコレでも食らってろ……!」
服の裾から小型の金剛糖を出し、勝ったとニヤけたラーヴァナの口に放り込む。
「鉄の味をたーんと味わうがいい」
ズサズサとラーヴァナの口内が鉄の棘が炸裂する。
「フガッ……!」
「これもオマケでつけてやるよ……!」
片腕に嵌めた神器の輪から、矢のようなフックがラーヴァナの目に狙いを定め、勢いよくビシュっと飛び出す。
「バカめ」
突き刺さったフックの縄を引っ張り、トガを勢いよく引き寄せる。
「ぐっ……!!」
ラーヴァナは顎を引き剥がし、口内にあった金剛糖を引き抜くと。みるみるうちに顎は再生されていった。
「せっかくの顔を殴っちゃもったいねぇ、だが腹も後先を考えれば極力控えたい。なら……両手両足を黄金に変えてやる程度で済ましてやる」
「ハッ……!?」
片手で捕まえトガの両手両足を残りの腕で掴み、金に変えた。
「ああっ……!!」
「これで動くことも何かをすることもままならんだろう……心底気に食わないだろうが、これはお前の選択だ」
「なにを……!」
「大人しく降参していれば良かったものを……そういえば確かお前はあの女に会いたかったのではないのか?お前があの女とどういう関係は知らんが、会いたいのならそうしてやろう……フフフッ……」
「ぐっ……!」
悔しさとこれから受けるであろう辱めに心底に積まれた憎しみが顔に浮き上がる。
「ほれ」
「誰……?」
起こされたシーターの前には立つことも出来ずに座り込んでいるトガの姿があった。
しかしその人間を見ても疑問が頭に残るだけ。それも無理は無い、シーターが知っているのは男の姿のトガであり、目の前の女はどこから見てもトガには見えないのだから。
「シーター、てめぇラーマどもに守られているんじゃなかったのか……!」
「あなたは……もしかして……トガ!?」
この荒々しい態度と目つきにだけは覚えがある、目の前の女にはトガの面影が少し浮かんでいた。
「クソっ!」
「どうしてそんな姿に……?」
「……」
「ふん、どうだ。シーターよ……助けてくれる人間もこのザマだ……もう諦めろ、お前の前にいるのは魔神をも打ち倒した羅刹の王なのだ」
黙り込むトガ、微かな絶望と疑問がよぎり止まらないシーター。微笑むラーヴァナ。
こうして羅刹王ラーヴァナに敗北したトガはひとまず牢に入れられることになった。そこで思いもしないある人物と再開を果たすことになる。そしてまた、トガの旅は出会いも加速していく。




