夜明け
この世には天食者と天食獣と呼ばれる天の使者のような扱いを受ける存在がいた。彼らにはその印に刺青のような独特の模様が顔や体に表れ、それがどこに表れるか、大小は個人差があり、人によっては隠すことも出来る。
天食者は太陽から授けられた祝福の形を神器として顕現させ、天食獣はその身の一部に宿すことが世界の共通的な認識である、故に彼らは尊ばれるが、天から祝福を受ける者はどのような者でも多少なりクセがあり、倫理観に欠けている者が多い。逆に、日喰獣と呼ばれる獣は厄災の象徴であり、数多の文明を破壊してきた自然災害のような共通認識を受けている。そしてこれはある神話が出来るより以前の話、そして芽吹こうとする英雄譚である。
何百年も静かに佇み、その石壁にシワを深く刻んだ遺跡で、久しぶりに二人の客人が遺跡を賑やかにしていた、いや正確に言えば主に一人が騒いでいた、二人は兄妹でトレジャーハンターを生業としていた。陰湿そうにしている兄の方をトガ、ヤンチャな子うさぎのような娘をニエと言う。
「おいコラ、ニエあっちこっちに飛びつくんじゃない、どこにどんな罠があるか分からないだろうが」
「いいもーん、あたし兄ちゃよりずっと頑丈だし力だって兄ちゃより何倍も強いもん!」
「……」
「あっ!なんかいかにもって感じのレバーがある!引いてみよ!」
「……おいっ」
ニエがレバーを引くと長らく眠りから覚めた遺跡が伸びをするように、地面と部屋が揺れ動き、天井からは砂埃が降ってきた。
「日喰獣か、厄介だな!」
赤い葉を付けた虎のような獣は地鳴りが如く唸る、その獣が二人を捕捉し、迷いなく襲いかかりにいく。
「わー!久しぶりに思いっきり暴れられる!兄ちゃ本気出していいよね!?」
「危なくなったら中断させるからな、あと遺跡を壊すなよ……」
「ラジャ!」
獣は、トガに向かって迷わず食らいつこうとするが、しかしそこにニエが獣の行く手を立ち塞ぐ。
「あなたの相手はあたしだよ!」
獣もそれに答えるように牙先をニエの方に変える、毛を逆立たせ飛びつく。
「よーし!まずはウォーミングアップのジャブで行くよ!ほらほら!」
か細い少女の拳が二連撃、三連撃とリズミカルに叩き込まれる、拳の小ささに反して殴った時の音の低さは命に響くような音だった。獣の横顔は凹み、横腹は抉られるようにケガを負っていた、普通の獣ならお陀仏級の重症、しかしこの獣は普通の獣ではなく、人に恐れられ止まない厄災の日喰獣。獣も負けじと鎌のような爪を立て少女の横腹を裂こうとする。
「……ニエ!」
「っ!」
獣の一撃が少女に入る、少女は横腹から血を流した、苦悶の表情を浮かばせる。
「お気にの服が……ううん、命賭けて戦うんだからこれくらい大したこと…ない…でもムカつく!あたしも本気でいくよっ!」
少女は獣の横に回り、飛び上がって華麗にかかと落としを獣の背骨に決め込む。
「ゲェオア!」
獣も流石に今のは効いたのか痛みを訴える声をあげる。
「次は首を刎るよ!はあっ!」
少女は狙いをつけて全力の回し蹴りを決めようとする。
「っ!?」
その全力の回し蹴りには少し溜めがあったため、獣はすかさず砕かれた背骨のまま飛びつく、そのせいで僅かに急所を逸れ獣の首はぶらりと取れかかっている。負傷は重なるがそれに何故か比例して獰猛さは衰えるどころか増していく。
「これだから日喰獣を相手にするのはやめられないんだよね!っ!」
首の折れた獣は左腕の爪を少女の太ももに突き刺した。
「ニエ油断するなっ!もう…見てられない!」
「兄ちゃは手を出さないで!」
「聞くか!」
トガの神器は触れた物に棘を生やす能力であり、その生やすタイミングを好きに決められ、触れられた物は地雷のようにすることも出来る。トガは左手首から矢状のフックワイヤーが勢いよく飛び出し天井に突き刺る、突き刺さったフックワイヤーを思いっきり引っ張り遺跡の天井の壁が崩れ落ちる。
「釘封じ!」
その側面にはなかった鋭い棘が生え、獣を串刺しにせしめんと落下する。そして右の手首からフックワイヤーを出し、それがニエに巻き付き引っ張る。
「もー!」
重く分厚い石板が獣を串刺しにする、その棘は床に突き刺さるほど鋭く床にヒビが走る。串刺しにされた獣は身動きも取れずせいぜい体を震えさせることしか出来なかった、傍から見れば檻に閉じ込められた肉食獣のように見えた。
「まだ勝負ついてなかったのに!手を出さないでって言ったのに!」
「危なかったから中断したまでだ、そういう約束だったろう」
「あんなのぜんぜんへーきだよ!それに約束破ったのそっちだよね!?遺跡壊すなって言ってた兄ちゃが遺跡を壊したじゃん……」
「ぐっ……最優先はお前の安全だ」
「誤魔化そうとしてもムダだよ!」
「とにかく今はこの傷を治そう、おそらくあの日喰獣がいた部屋に日が差してるはずだ」
「話はまだ終わってないよ!」
トガは慣れたようにニエの抗議を無視してスタスタ部屋に運んでいった。
「やっぱりな、こんな古い遺跡であいつが今日まで生きてられたのも天井から日が差していたのか、壁の傷跡も酷いな、相当抉られている、一部は壁が崩壊して土が露わになっているな…まぁ、ここは地下だからいくら抉ろうと地上まで辿り着きはしないだろう、上に掘る知能も無いだろうしな」
「むー」
「まだ怒っているのか?」
「むー!」
「はぁ、わかったこの埋め合わせはしよう、お前の大好きなカラメルホットケーキをつくってやるから」
「わー!」
少女に日を当てるとみるみる傷が治っていく、その横でトガはホットケーキの準備をしていた、置かれたコンロにフライパンを設置し、火をつけフライパンを温めながらホットケーキの生地を作り、そしてカラメルソースを少し入れてよく混ぜる。出来上がった生地を熱いフライパンに落とし綺麗に焼いていく。甘いカラメルの香りを漂わせながらトガは呟いた。
「にしても日喰獣を罠に使おうとはここに居た奴らは大した胆力を持っていたようだな、それとも相当強い天食者が居たのか、あるいは…神が居たか…まぁ今はもう滅んでしまってかなりの歳月を経っている、天食者も神もどちらにせよあの忌々しい空飛ぶ老いぼれメスクソトカゲに目を付けられたんだろうな」
「……ママ……」
「悪い、こんな話をするべきでは無かったな、さて傷も完璧に治ったようだ、ケーキも食べ終えたら宝探しを続行しようか」
「……うん!」
「ほら、出来上がったぞ」
「わー!久しぶりのカラメルホットケーキ!」
ニエはほっぺにたんまりとホットケーキを入れ勢いよくもぐもぐと食べていく
「んー!おいしー!」
「ゆっくり食え、しゃっくりが止まらなくなるぞ」
「さて食い終わったな、探索を続けようか」
「ラジャ!」
「ここの遺跡は入口から罠が仕掛けられてるほど用心深い、そしてその罠も何百年も歳月が経っているはずなのにまだ機能していた、つまりここの遺跡は余程性格の悪い巨匠が建設した遺跡ということだ、そしてこんなにも手が込んで厳重という事は宝も相当なはずだ、これでしばらくは遊んで暮らせるな」
「甘いもの食べ放題…ってコト?!」
「ふふっ、ああそうだ」
「うへ〜、ジュルルっ」
二人がしばらく暗い地下の回廊を談笑しながら歩いていた時、ニエがたまたま踏んだ床の石タイルがガコンと音を出し一気に落ちるように下がる、踏み入った足は膝まで深く沈み中から粘着質の泥が満たしていく。
「ニエ!」
「わわっ!」
沈んだ足には粘ついた泥がまとわりつき、ニエがハマってるところを壁に隠されてた矢が発射されるが咄嗟に引き抜こうとするも体のバランスが崩れて上手く引き抜けない。
「ううっ!」
「っ!針柱!」
ニエに向かって全身に当たる量の矢が放たれ咄嗟にトガが地面にフックワイヤーを突き刺して太い一本の針が柱のように突出し、矢の八割は防げたが、間に合わず隙間から頭に目がけて三本命中した、ニエはその人並外れた動体視力で矢を腕で受け止め頭には刺さらなかった。
「大丈夫か!?」
「痛た……」
「ほら、引っ張り出すぞっ、ふん!」
「ううっ!」
「この遺跡本当に性格悪いなっ、もうこれ以上はお前を行かせられない、危なすぎる」
「だ、大丈夫だよ、このくらいの傷はへっちゃらだもん」
ニエの表情は痛みを引きつったような笑顔で誤魔化す。
「傷もだが、いくら頑丈とは言っても痛いもんは痛いだろ、これ以上は見てられない、兄として、それにその矢に毒が塗られてないとは限らない」
「ううっ、で、でも今回は最後までやるって約束したもん!」
「っぐ……」
「それにさっきのやらかしも覚えてるよ?だめだって言うならもう兄ちゃのこと三日は無視するからね!それにもう兄ちゃのこと信じないからね!」
「ううっ……」
顔に皺を寄せたトガの表情は遺跡のヒビにも劣らないほど深く刻む。
「わ、わかったから……だが本当に危なくなったらすぐに帰るからな」
「うん!兄ちゃだいすき!」
そのあとも仕掛けられた様々な罠がニエのせいで発動し、狭い空間で酸の霧が吹かれたり、廊下の床が引っ込んだり、途中にあった石造りの洗面台から出る水は無味無臭の毒だったり、部外者は生きて返さないといった卑怯な即死トラップが数多く仕掛けられ、全て間一髪のところを何回して避けた。
「ぜぇーぜぇー……」
「あーもうこの遺跡ほんとサイテー!!なんでこんなに罠がおおいの!」
「とくにあの水場は酷かったな……道のりが大変なことが分かってわざと訪れたものが水分補給しようするところに毒を仕込むなんて……」
「一口だけなのにすごくお腹痛いよ〜……」
「まだ痛むか?」
「うん、さっき日喰獣に引っかかれた痛みと同じくらいだから……」
「だいぶやばいだろ!」
「で、でもすぐ治ると思うから大丈夫!」
トガは渋い顔でニエを見つめていた。
「さて、ここが最深部…のはず…いや嘘だろ……」
「ううっ、あんまりきんぴかのお宝が無いみたいだね……」
「やたらと豪華に彫刻された台座に金の卵が置かれてる以外に壁画が刻まれてるだけで何も無いな……」
「うーん!」
「壁画には…光?いや日光が卵を差し、日が昇る…デカイ鳥が蛇を喰らう様子を描いているみたいだ」
「手が届かないし!なんでこんなに高いところに置いてるの!」
「……!この月の形をした石板、下に引けるみたいだ」
下げられた月の石版と反対に左の下がっていた太陽の形の石板が上がり、なにかの装置が作動したのかゴゴゴゴと石の削れる音や滑車にかけられた縄が引っ張られる音が部屋中に響き、開けられていく天井から日が金の卵に差す、日の目を浴びた金の卵は日光を眩く反射し、卵にヒビが入っていく。
「兄ちゃ!見て見て!」
「っ!」
「グワァっ!」
「なんだコイツ、鳥のヒナ……?みたいだな…なぜ?」
「わー!可愛い……くない……」
ギョロっとした大きい目に歯茎をむき出しており、羽は赤く金の模様が敷かれ炎のように光り輝き熱を発している、そして生まれて初めて目にしたニエに飛びつく。
「ガルっ!」
「わわっ!ちょっと熱いよ!」
「っ!おいコラ!俺の妹に何すんだ!」
「ガルガル〜!」
「離れろっ!」
フックワイヤーで鳥を引き離そうとするが雛鳥とは思えない強さでニエにしがみつく、そもそも雛鳥とは見えない大きさでありニワトリより少し大きかった。
「まって兄ちゃ!痛いよ〜!」
「あっ、悪ぃ!」
「ガ〜ル〜♪」
「チッ、なんだこの鳥は!?」
「う〜ん、この子敵意は無いみたい、よしよしちょっと熱いけどこれくらいならへーきだよ」
(……羨ましい)
「ガル〜……」
「あっ、寝ちゃったみたい…なんか熱いから温かくなった」
「ったく、この鳥はなんなんだ?壁画にまだなんか書いてあるはずだ……」
「この子名前無いのかな?ガルーって鳴いてたし、ガルーにしようかな!」
「ガルーだって?そいつに名前をつけるのか?」
「っ!ガルーダ…!?いい名前だね!さっすが兄ちゃ!ネーミングセンスさいこー!」
「……?いや俺は……まぁいいか、壁画には……だめだ、これ以上何書いてあるのか分からないな」
「はぁ、結局あれだけ苦労して収穫は変な鳥と金の卵の殻だけか……」
「うーん、たしかにお宝はあんまりなかったけど、あたしは満足だよ!だってたくさん痛いこともあったけどその分楽しかったもん!最後まで冒険出来たし新しい友達のガルーダも出来たもん!」
「……しかし……」
「これ以上なんか暗い事言ったら口を塞ぐよ!」
ニヤつくトガ。
「これだけじゃキツイなぁ……」
「もううるさい!」
ニエの手のひらで口を塞がれたトガは満足そうにしていた。