【第9話】 消える手のひら
(……行ける……)
今の俺なら行ける……!
これまで出た『僅かなピース』で、現状を打破する手段を閃ける。
俺は静かに目を瞑った。そしてカシャカシャと脳を動かして、現状の理解と、それを打破するための手段を思考――。
目にした非現実的な現象や、カエデ、消された男、冬美崎の行動。
耳にしたキング、センカ、バランセ、呪文、速攻技というキーワード。
全てを考慮し、現状の理解と、打破の手段を思考する。
「あのさあ、いつまでも突っ立ってないで、さっさと逃げてくんない? 視界に入るだけでウザいんだけど」
……無視。目を閉じたままカエデは無視。思考を続ける。
「崎風……くん?」
冬美崎の声は耳に焼付け、思考――。
「早く逃げろや! 闘えねえ奴が、戦場に突っ立ってんじゃねえよ!」
カエデが怒鳴ったと同時、俺は開眼した。
挑発に乗ったのではない。現状の全てを自分なりに理解し、打破する手段を閃いたのだ。
「名はカエデ……とかいったな。今から俺の質問に嘘偽り無く答えろ」
「……はあ? 急に何言い出すのかと思ったら……」
やれやれといった感じでカエデは首を横に振った。冬美崎はきょとんとしている。
「いいから答えろ。嘘偽り無く」
「命令口調ウザッ……。でももうすぐ死んじゃうんだから、特別に答えたげる」
何かな? とカエデは満面の作り笑いで問うてきた。
「まず一つ目……。おまえが放つ稲妻は、『バランセ』というものの使用回数の一回で発動された『速攻技』で間違い無いな?」
「はあ? そんなのあったりまえ――」
先を言いかけて、カエデは何かを諭すように笑った。
「ふーん。無知なりに結構考えてんのね。でもあんたがそんなこと知ってどうすんの?」
「質問してるのはこっちだ。とにかく、その受け答えからしてイエスということだな?」
チッとカエデは舌打ちをした。
「あー、はいはい、そうよ。ていうか、あんたの考えが見えてきたわ。どうせ質問の意図は無くて、時間稼ぎをすることでユイの体力を回復させようって魂胆でしょ?」
「……さあな」
「ふん。ま、ハンデってことで、あと一つだけ質問させたげる。ほら、早くしなさい」
「そうか、じゃあお言葉に甘えて……。その速攻技は、常人では発動できないのか?」
ふーん、とカエデは感心するような声を出してから、
「ええ、そうね。あんたやユイみたいな雑魚には不可能よ。あと、あんたが私から逃げることも、ね。ユイを始末した後、地の果てまで追いかけて始末してあげるから♪」
なるほど……と心の中で把握してから、俺はカエデに背を向けた。
……パズルのピースは揃った。
「冬美崎……」
俺の突然の呼びかけに、冬美崎は「あ、はい!」と慌ただしく返事をした。
「俺が来るまで、どうにか持ちこたえてくれ」
俺は振り向きざま、冬美崎に告げた。
「え? あ、うん……」
冬美崎は戸惑うように頷いた。俺も頷き返して走りだした。
「結局また逃げ出すの? だっさ~」
……カエデの挑発は無視。俺はそのまま『闘走』した。
俺は診療室の机に一枚の紙を用意。白紙の紙に、素早く二本線のアミダくじを書き、アタリとハズレの設定をする。
まず、アタリの設定。
『並み外れた強運を手にする。この効果はセンカ終了までしか持続しないし、崎風守が持つアミダ能力にての、度を超した当たりへの当選には効果を発揮しない。尚、並み外れた強運は死ぬまで一度しか得ることができない』
俺のアミダくじには、レベルの低い方が当選しやすくなるという確率変動システムがある。そのレベル差が広ければ広いほど、その差に応じてレベルの低い方が高確率で当選される。その差を縮めれば、レベルの高い方の当選率を高めることができる。
今回のように、アタリに限定条件や制約を付加することで、アタリのレベルを下げて、ハズレとのレベル差を広げたり、縮めたりすることも可能だ。
アタリとハズレのレベル差が果てしなく広くても、レベルの高い方の当選確率はゼロにならない。つまり、高いレベルのアタリに対し、『何も起きない』というレベルがゼロに限りなく近いハズレを設定したとて、ほんの僅かな確率でアタリを引くことができるのだ。
故に、ほんの僅かな確率のアタリを引けるほどの運を……そう、『並み外れた強運』を得さえすれば、上手く限定条件を付加することによって『何も起きない』というノーリスクのハズレを設定しても、ほぼ確実にアタリを引くことができる。
度を超した……と限定的な効果にしたのは、そうすることでアタリのレベルを下げて、後に設定するハズレを引きにくくするためである。度を超したアタリの例を挙げると、人の蘇りや、対象を一瞬にして滅する等といった類だ。
(対するハズレは……これしかない……)
次に『並み外れた強運(限度あり)』を得るアタリに対するハズレの設定。今の俺には、一つしか思いつかなかった。
『左手を失う』である。
『何も起きない』のハズレを設定しても、いつかはアタリを引けるだろうが、無論そんな時間は無い。早くしないと冬美崎がカエデにやられてしまうし、そうなればカエデは『地の果てまで俺を追って殺しに来る』。
そう。二人とも死……という、最悪の状況を打破できる代償としての『片手』なんて安いものだ。
(ここは臆するな……。早くしないと、冬美崎が危ない……)
ズル防止のため、俺はアタリとハズレの書かれた部分を折り畳んで隠した。そして右の始点からアミダくじをなぞっていく。
終点に辿り着いてアタリとハズレの部分を捲る際、俺の手は止まった。心拍数もバクバクと高まりだす。やはり『左手を失う』という多大な恐怖が来ないはずがなかった。
(大丈夫……。運命は、姿勢を正した者を見捨てない……。ここでアタリを引けないはずがないんだ……。早くしないと冬美崎が危ないし――うっ!)
突然、俺は左手の爪先に熱を感じた。確認すると、なんと左手の爪先から花火の導火線の如く、赤い火花と共にヂリヂリと徐々に滅していたのだ。まさかと思い、俺はアミダくじの結果を確認した。
無情にも、ハズレを引いていた。
「う……あ……」
焼き焦げるほどの熱と共に、ヂリヂリと左手が滅されていく。もう、手の甲にまで達している。でもここで心を折ってはいけない。ここまで来たら、立ち止まってなんかいられない。
「くっ……!」
左手がどんどん滅されていく中、俺は右手を使って、ハズレを『右手を失う』と設定。
設定後、ズル防止のためアタリとハズレの部分を隠してから、なぞり始めた。滅していく左手の熱に耐えかね、アミダくじをなぞる力が自然と強まっていた。アミダくじのアタリかハズレかを確認する頃には、俺の左手は手首まで完全に無くなっていた。
が、無情にも、またハズレ――。という最悪な事態は免れた。
消滅が終わった俺の左手は手首の付け根まで無くなっており、その断面は白く、まるでマネキンの手がもげた後のようになっている。熱や痛み等は一切無い。
アタリを引いたことにより、俺はこの先、センカ終了まで『並み外れた強運』を得た状態となった。無論、設定した通り、度を超した当たりの当選には効能しない。
「……はあ……ふう……。急がないと……」
まず、俺は左腕の白シャツを肩まで捲った。そして先ほど診療室で見つけた三色の蛍光ペンを用意。その蛍光ペンを使って、消滅した左手首の辺りを始点とし、第一関節の辺りを終点になるよう、二本線で構成されたアミダくじを三つ(三色)書いていった。
「……こんなもんか……」
左腕の前腕を一周するように、ピンク、青、黄色のアミダくじが書かれ、まるで何処かの民族がするボディペインティングのようになった。
次に俺はアタリとハズレを設定。三セットの内、二セットには『バランセの使用回数、一回の効果を得る』のアタリと『何も起きない』のハズレを設定。
この程度のレベルのアタリならば『並み外れた強運』を得た今、限定条件を付加しなくても、限りなく百に近い確率でアタリを引けるはずだ。残り一つのアミダくじは臨機応変用として、アタリとハズレを設定しなかった。
最後にズル防止のため、シャツの袖を第一関節まで下ろしてアタリとハズレの部分を隠した。これで準備OK。
予定ではメモ帳にアミダくじを書く予定だったが、メモ帳に書かれたアミダくじをなぞるには、両手が必要となる。
床を下敷きにしてメモ帳に書かれたアミダくじをなぞるという方法もある。が、それだとアミダくじをなぞる度にしゃがんで、なぞり終えたら立ち上がる……等といった時間のロスが生じる。戦闘が始まる前ならまだしも、スピードが求められる戦闘中にそんなモタモタしていたら確実にヤられる。
(冬美崎……無事でいてくれ……)
俺は黒いマジックペンを右手に握り、広間へと走った。




