表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

【第13話】  束の間の休息


 病院で起きたことは夢じゃない。左手に埋め込まれた『バランセ』を見れば一目瞭然だ。

 あの後、冬美崎(ふゆみさき)ユイに『呪文』で傷を治してもらったことだけは覚えてる。


 治してもらってる時は意識がもうろうとしていて、気付いた頃には多くの人で溢れる病院の広間のソファーに座っていた。傷が治るだけでなく、カエデにズタボロにされた制服も、踏んづけられたスマホも新品同様になっていた。


 俺は寝間着姿で、ベッドの上で仰向けになって両手を再確認した。


 左手には『7』のバランセ。

 右手には、手首から中指の先端にかけてまでの傷跡がある。


「冬美崎ユイ……カエデ……センカ……キング……バランセ……呪文……速攻技……」


 天井を見つめて呟いていると……。


『コンコン』


 部屋の扉がノックされたと思って、俺はドキリとしていた。

 母さんに、何か言われるのでは……と。

 でも『コンコン』と音を立てたのは、窓だった。


(なんだ窓か……。焦った……)


 俺はホッと息を吐いた。

 さっき窓を鳴らしたのは、風か何かだろう。


 ここはマンションの五階。『人がノックする』なんてこともあり得ないし、そもそも音自体が空耳だったのかもしれない。


『コンコン』


 二度目の窓からの『音』。

 風が強いのかな、と俺は窓のカーテンを開けてベランダを見た。


(えっ……)


 ベランダを見て、俺は驚きすぎて声を出せなかった。


 ベランダには、ポニーテールでスタイルの良い女子が立っていた。身長は一七〇センチの俺と同じくらい。女子は青い制服に身を包んでいる。襟、袖の先端と裾が赤く塗られていて、スカートの裾も赤い。


 冬美崎ユイだった。


(え、ちょ、え?)


 人って本当に驚いた時は声に出ないんだな……。なんて言ってる場合じゃないか。

 冬美崎は俺と目が合うと、ヒラヒラと両手を動かした。そして『開けてー』と口を動かしていることが分かった。

 俺はゆっくりと窓を開ける。


「ヤッホー、崎風(さきかぜ)くん」


 ニッコリ言うと、冬美崎はピースしたのだった。


「……え、あ、ふ、冬美崎? 何でここに……」


「ちょ~っと用があってね」


 冬美崎はウィンクを付け足した。


「……ここ五階だぞ? どうやってここまで……。いや、その前に何故俺の住所を知ってるんだ?」


「え? それはね~、企業秘密だから言えない」


 ……よく分からないが、このまま立ち話をするのも何だしな……。

 いやでも……家に入れて母さんに見つかったら……。


(ええい、しゃあない……)


 俺は自室の扉の鍵をかけて、冬美崎に入ってもらうことにした。


「と、とにかく、入っていいぞ……」


 俺はベランダの窓を閉めて、大扉の方を開けた。


「え? 大丈夫?」


「あ、ああ……。大声出さなければ……」


「ありがとー。んじゃ、お邪魔しまーす」


 言いつつ冬美崎は靴を脱いで、中に入った。

 俺と冬美崎は、テーブルで向かい合う形で座った。


 部屋で女の子と二人きり……。

 人生初の状況で何を話せばいいか分からず、しばらく気まずい沈黙が続いた。


「あっ、そうだ!」


 沈黙を破ったのは冬美崎。俺は辛うじて「何だ?」と反応することに成功。


「崎風くん、体調の方は大丈夫? いくら怪我が治っても、流れた血は戻ってこないから安静にしてなきゃダメだよ。頭がクラッてしたりしない?」


「あ、ああ……大丈夫だ……。怪我とか治してくれて、ありがとな」


「えへへ、どういたしまして」


 冬美崎は八重歯を見せてハニカミながら、後ろ髪をいじった。冬美崎の緩い反応は、俺の緊張を解いてくれた。それが冬美崎の持つ独特の空気感なのかもしれない。


「冬美崎、あのさ……一つだけ訊いてもいいか?」


「うん、なになに?」


「病院でのことなんだが……」


「あっ、そうそう。色々説明しないとね。何から話そうか? センカのことから話した方がいいかな?」


 俺が頷くと、冬美崎は咳払いをした。


「まず、私たちは『裏設定(うらせってい)』っていう、バランセが普及した世界の住人なの」


「裏設定?」


「そう。この現実世界の裏に設定された世界のこと。崎風くんにも解りやすいように言えば、異世界ってとこかな? そこに居る二人の王様が、あるトラブルによって、センカっていう『兵力を競い合う行事』をすることになったの」


 俺は冬美崎の話を聞き入れる。


「そのセンカの最終目標である『キング』の駒に設定されたのが崎風くんってこと」


 やはりそうか……と、俺は呟いた。


「あのさ、冬美崎……俺に対するカエデの攻撃が弾かれた時があったよな? それってまさか、キングの近くにその味方が居たら、敵の攻撃は弾かれるという法則があるからじゃないか?」


「うん、その通りだよ。キングが敵に『戦う意志』を向ければ、その効果は打ち消されるけどさ」


 なるほど、と俺は深く頷く。


「崎風くん。センカについて、他に何か訊きたいことない?」


「あ、いや、センカの概要については大体理解できてるし、詳細については後でいいよ」


 俺は拳を口に当てながら、一息挟んだ。


「でも最後に一つだけ……何故俺なんだ? 大体、俺は王の兵士じゃないし、バランセの存在すら知らなかった俺に、キングの駒を任せるのは愚策じゃないか?」


「あー、んー、それが解んないんだよねー。思い当たる節はあるけど、私側の王様に訊いてみないことにはさー」


 冬美崎は腕を組んで「うーん」と唸った。


「まあ、解らなければいいよ。まとめれば『厄介なことに巻き込まれた』だな。とにかく今日は少し疲れたからさ、裏設定やバランセのことの詳細は今度ゆっくり説明してくれ」


 言っている最中、俺はとてつもなくまずいことに気付いた。


「そ、そうだ。センカはまだ続いてるんだよな? また俺を狙うカエデみたいな兵士が来るのか? どうすればいい?」


 俺を落ち着かせるように、冬美崎はゆっくりと首を横に振る。


「今から明日の朝にかけては絶対大丈夫だよ。私が保障する。だから明日までは安心して休んで」


「そう……か……」


 俺は、ほっと息を吐いた。

 何気なく部屋の時計を見ると、時刻は午後八時を回るところであった。


「……じゃあ冬美崎、今日はこれで。早く帰らないと親が心配するぞ?」


「そーしたいのは山々なんだけどねえ。センカについて詳しく話したいこともあるしぃ。ちょっとここで休憩したいんだよねぇ」


「えと……親は……大丈夫なのか? 心配しないか?」


「うん。色々あってね。私なら大丈夫」


「へえ……」


 俺と同じ境遇なのかな……?

 家に帰ったら、親が『勉強しろ』だのうるさい、とか。

 だから帰りたがらないとか……?


「にしても殺風景な部屋だねえ」


 色々考えていると、冬美崎は俺の部屋を見渡しながら言った。


「殺風景って……そんな酷いか?」


「だあって漫画とかゲームとか無いじゃん。本棚に問題集がビッシリ。殺風景極まりないよ」


「しょうがないだろ? ゲームとか親に禁止されてるんだから。遊ぶ暇があれば勉強しろって……」


「へえ~。崎風くんも大変だねえ」


 ニンマリと微笑む冬美崎。その姿を見て、俺はホッとしていた。


(良かった……こんなに元気で……)


 病院で弱々しくしていたイメージが強いので、元気の良い冬美崎の姿は俺をホッとさせた。


 血行が良くなった冬美崎の顔は可憐だった。図抜けて美人という感じではないけど、人を惹きつける、ナチュラルな可愛さがあった。

 笑うと八重歯が見えるからか、取っつきやすい空気感がある。


「どしたの? さっきからジーッと見つめて」


「あ、別に……」俺はすかさず視線を逸らした。「今日会ったばかりでこんなこと言うのもなんだが、こんなに元気のある冬美崎を見るのは嬉しくて、つい……」


「ふーん?」


 変なの、と冬美崎が呟いた、その時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ