パーティーを追放された海パン剣士は世界の真実を暴きに今日も月夜を舞う
「クルト。悪いが今日限りでお前をパーティーから追放する。」
勇者が毅然とした声で告げると、オレは静かに溜息をついた。いつか……いつかそう言われる時がくるんじゃないかと思ってはいた。それが今日だったということだ。こんながオレを見つめている。その表情は様々だ。勇者、女神官、老剣士、女盗賊、青年魔術師……。
この勇者のパーティーに入って一年、まあ長くもった方か。
「分かった、文句は言わない」
「そうか……すまないな。——けしてお前の能力や人柄に問題があった訳じゃないんだ。そこだけは誤解しないで欲しい」
「その言葉だけでも救われるよ。でも、一応聞いておきたい。……追放される理由は何なのか? 今後の参考にしたいんだ」
そういうと勇者の代わりに、その隣に立っていた女神官が告げる。その顔は赤らんでいる。
「分からないの?! ホント、一度鏡を見なさいよ!」
女神官はそう叫ぶと、懐から手鏡を出してオレに向けた。そこには中肉中背の青年の映っている。オレは戦士職。筋肉は鍛えてある。マッスル!という程ではないが、美しく均斉の取れた体つきをしていると思う。はて。まさか追放の理由はこの筋肉が醜いから、ということなのだろうか?
「……? すまない、追放されるほど醜い身体だとは思わないのだが……」
「その常識の無さがダメだっていっているの! パンツ一丁の戦士がこの世のどこにいるっていうのよ!」
そこまで言われて、オレはようやく合点がいった。ああ……それは……そうなのか。
——オレはクルト。別名「神速の剣士」。
敏捷性を極限にまで求めた結果、防具は「天使の海パン」のみを装備する男。全裸ではない。が、パンツ一丁と言われると反論が難しい格好をしているのは確かだ。
ようやくオレは真実を知る。なるほど……いろんなパーティーから追放されるのは、この格好のせいだったのか……。
そうして勇者たち一行は、オレを置いて魔王討伐へと旅立っていった。オレは泣かなかった。ただ大胸筋だけが震えていた……。
—— ※ —— ※ ——
「……しかし解せぬ。ビキニアーマーの女性戦士は許されて、なぜオレはキモいと言われなくてはならないのだろうか?」
深夜の森。切り株に座って夕食の準備をしながら、オレは思索に耽っていた。まさかこの格好がダメだとは……太古の昔より、女性のビキニアーマーは崇められているというのに。男のソレはキモいのか。男女平等が詠われる今世に置いて、これは理不尽ではないだろうか。
「ひょっとして、オレが戦うべき相手は魔王ではなく、この理不尽さとではないだろうか?」
オレの精神が、表現の自由戦士として目覚める直前。人影がすっと現れた。顔を上げると、そこには女性のダークエルフが居た。銀髪がすらりと流れる。
「貴方が「神速の剣士」クルトね……私はエンネア。魔王軍四幹部の一人よ」
——ダークエルフ。妖精種のエルフの中で、魔に組みした者たちのことだ。大抵褐色の肌をしている。ダブルミーニングというやつだ。
「なん……だと……」
オレは衝撃を受けていた。震える目で彼女をじっと見つめる。なんと……ビキニアーマーを着ていない!
普通魔王軍の大幹部でダークエルフであればビキニアーマー装着がデフォルトではないのか?
しかも身体の線がピッチリ出る様なものでもなく、まるで雪山へ登山でもするかの様な厚着をしている。これは——事件だ!
「……ぐぬぬ、おかしい。通常レベルが上がるとほど防御より敏捷が優位になるのだから、着衣を薄くしていくのが最適解のはず……まさか、この理論が間違っている?!」
全身ががくがくと震える。オレはアイデンティティ崩壊の危機にあった。
「……なによ? 私だって戦闘の時は服を脱ぐわよ。これは、戦う意図はないっていう意思表明」
「な、なんだ。そうか、そうだったのか……」
危機は回避された。あやうく意味も無くパンツ一丁で国王陛下と謁見したヘンタイになるところだった。
「貴方、勇者のパーティーを追放されたそうね?」
「ッ?! ……なぜそれを知っている?」
「魔王軍の諜報能力を甘く見ないで欲しいわ。——今や情報戦の時代よ。情報をより多く獲ったものが戦争に勝つの」
「なるほど。それでオレのことも知ったのか。それでどうするつもりだ? 一人になったところを袋だたきにするつもりか?」
「そうじゃないわ。言ったでしょ? 戦うつもりはないって」
ゆらりとエンネアが妖艶に微笑む。ふわりと良い香りがする。……なるほど、籠絡か。だが残念だったな。どうやら魔王軍ご自慢の諜報網も、オレの性癖までは把握していなかった様だ。
——「天使の海パン」はその構造上、発情する人間には使えない。そしてオレにはその資格がある。だからオレに色仕掛けは無効だ。残念だったな、エンネア。
「貴方を勧誘しに来たのよ、クルト。——魔王軍に入らない?」
「何を言い出すかと思えば……如何に勇者に見捨てられようとも、このオレが人間を敵に回すとでも思うのか?」
「ふふふっ……クルト、貴方本当の敵が魔王軍だって、本当に思っているの?」
「……なに?」
「世界にはね、もっと闇深い連中が存在するのよ……彼らは人間と魔族の双方の上層部に入り込み、お互いを戦わせて利益を貪っているの……」
「まさかッ!……軍産複合企業体か、エンネア?!」
「私は鳥呟く声でその真実を知ったわ。だから密かに仲間を集めて、軍産複合企業体に対抗する組織を結成したわ。貴方にも、その仲間に入ってほしいの」
「しかし、ちょっと待って欲しい。軍産複合企業体の噂は「武器を死の商人するよりも、普通に民生品量産した方が儲かるっす」で決着したのでは?」
「そんなことないわ。彼らは確実に存在している……これは真実よ」
エンネアはオレに向かってすっと手を差し出した。
「貴方の力が必要なのよ。大丈夫——貴方を外見で見捨てたりする者は、うちの組織にはいないわ」
「そう、言い切れるのかい?」
「だってウチ、全裸の人もいるから」
オレは迷ったが、結局その手を握った。やはり人間、どんなところであっても居場所は必要なのだ。誰も一人では生きられないのだから……。
—— ※ —— ※ ——
——数ヶ月後。
オレは王城を眼下に納められる監視塔の上に立っていた。「組織」は人間社会にも浸透している。見張りは「運悪く」警邏に出掛けている様だ。
「……そりゃあ、確かに全裸かもしれないけどさあ」
オレは隣に立っている、だろう人物をまじまじと見つめた。いや正確には見えない。王都の夜景が見えるだけだ。
「そ、そんなに見つめられると、は、恥ずかしいです……」
何も無い空間から声だけが響いてくる。少女の声だ。名前はカフカ。魔族。種族は透明人間。……まあ、全裸ではある。エンネア嘘つかない。
カフカはオレの仕事上のパートナーの一人だ。「組織」は情報収集に力点を置いている。だからカフカの様な魔族はその仕事にぴったりだ。この間も、連合王国の秘密会議の場にしれっと混ざって、重要な情報をゲットしてきた。
そして今宵も、重要な情報をゲットして戻ってきたところである。……オレがカフカを認知できるのかって? そりゃ出来るさ。これでも剣士レベルカンストの男。気配だけでその形の有り様までしっかりと、そうしっかりと分かる。だからオレとカフカはペアを組んでいるのだ。
「それでカフカ。「対象」は確かに現地にいるんだな?」
「うん。二人ともいるのは確認した」
「——もう、逃げられない状態だったか?」
「……うん」
カフカは顔を赤らめた(オレには分かる。なぜなら以下略)。だとすれば、あとはオレの出番だ。
「じゃあ——行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
オレは監視塔の上からふわりと跳躍した。海パン一丁の男が、星空を舞う。そしてそのまま館の屋根に降り立つと、風のように走り出した。
——速い。
手前味噌で申し訳無いが、オレは速い。周囲を警護していた勘の良い騎士が振り返るが、もうその時にはオレはいない。敏捷性255に、更に「天使の海パン」で+99。理論上、オレより速い風は存在しない。
館の屋根から跳び、回廊を抜け、そして大階段を駆け上がる。警邏網の隙をついているから、誰とも会わない。その為にオレの俊足が必要だったのだ。
目指すは——国王の寝室! オレは容赦無く寝室の扉を開け放つ。
「獲ったああああ!」
「なっ! だっ誰だ?!」
「ひっ!」
寝室から声が二つ上がる。オレは容赦無く、手にした四角い箱のスイッチを押した。
——かしゃり。
四角い箱の一部が発光し、薄暗い寝室を照らす。四角い箱、それは写真機と呼ばれるものだった。その場を一枚の紙に写し取る魔法の機械。
それが写し取ったのは、ベッドの上の状況だった。ベッドの上には二人の人影がある。オレですら海パンを穿いているというのに二人は全裸で、そして亀の子の様に重なり合っている。
「なっ、な、お前はッ、ヘンタイ剣士ッ!?」
「あ、まさか……クルト?!」
二人の声が上がる。一人は小太りの国王陛下。もう一人は——勇者だった。二人は怒りと羞恥心と困惑の表情でオレを見ている。
——なるほど! エンネアが「国王と勇者は通じている」と言っていた。実際に目にするまでは半信半疑だったが、こうなっては信じざるえない。そういう通じ合いだとは思わなかったが……まあ良し!
写真は撮った。オレはばっと身を翻してその場から逃走した。「待ってくれ!」という声が聞こえた気もしたが、もちろん待たない。悪いな勇者……真実をつまびらかにするのが今のオレの仕事なんだ。どっちが上でどちらが下だったかは、オレが墓場まで持っていくよ……。
—— ※ —— ※ ——
『——国王と勇者が密通! 裏で武器売買の裏取引有り! か?』
数日後。そんなタイトルの新聞が大々的に売りに出された。写真付きだ。飛ぶように売れた。無論、国王と勇者の支持率と人気は急降下。
特に国王は、前線に粗悪な武器をあえて供給させることによって戦いを長引かせていたのでは? という疑惑が噴出し、今やその首が飛びかねない事態となっている。まあ「組織」の初仕事としてはまずまずといったところだろう。
「やー、私の目に狂いは無かったな!」
事務所の壁に貼られた新聞を見ていると、上機嫌なエンネアがオレの肩を叩いた。
「やはり貴方にはパパラッチの素質があった様ね。私は信じていたわ」
「ぱぱらっち?」
「古代エルフ語で「真実の探求者」という意味よ」
「へー」
しかし勇者はこれからどうなるのか。確かあいつ、女神官と出来ていたんだよな……今頃地獄なんじゃないだろうか。
「さあみんな。この調子で次々と真実を暴き、いつの日か私たちの手で軍産複合企業体を倒すのよ!」
「おーっ!」
そんな声が木霊する、昼下がりであった。
【完】
おはようございます、沙崎あやしです。
なんとなく思い立って短編小説を書いてみました。お楽しみいただけましたでしょうか? 僕は楽しかったです。
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