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ウィークエンドシトロン

作者: あや

この店には様々なお客様がやってくる。ケーキを買いに来るのはもちろん、相談をするために。「プロポーズにぴったりなケーキは何だろう。」「友人の誕生日プレゼントにしたい。」一番頭を悩ませたのは、「これまでに食べたことがない、不思議なケーキを食べてみたい。」というもの。『不思議』とは味なのか、見た目なのか。試行錯誤を重ねてお客様の元へ届けられたケーキには後日、感謝の手紙と共に、花束が贈られてきた。

さて、今日はどんなお客様がやってくるだろう。


これぞ夏!といえるような入道雲が晴天にそびえ立った日の昼下がり、扉に掛けられたベルをカラリと鳴らしてやってきたのは、中学生くらいの女の子だった。一人で来るのは初めてなのか、不安そうに眉尻を下げ、落ち着きなく辺りを見回していた。

「いらっしゃいませ。」そう声をかけると、びくりと肩をふるわせてこちらを向き、一つ深呼吸をした後で彼女はこう言った。


「仲直りのケーキをください。」


今日は夏休み前日で、学校は午前中だけだったが、家に帰ると宿題のことで揉めてしまったこと。明日からは家族旅行があり、このままだと旅行中、気まずくなってしまうこと。謝りたいけれど、素直に「ごめんなさい」と言いにくいこと。彼女は声を震わせながらも説明してくれた。

「つまり、仲直りをするきっかけが欲しい、と。」

「…はい。来年のこの時期はきっと旅行には行けないから。ちゃんと楽しみたいんです。大事な、毎年楽しみにしている旅行なんです。」

彼女のその一言で浮かんだのはたった一つ。「少々お待ちください。」そう言い置いて、私は一度厨房に下がった。


「お待たせ致しました。」

その言葉と一緒に差し出したのは、アイシングがかけられたケーキ。

「これは?」

「ウィークエンドシトロン。フランス発祥のレモンケーキです。『大切な人と一緒に過ごす週末に食べるお菓子』という意味がこめられているのですよ。」

「大切な人…。」

「今日、ご家族と召し上がるのであれば休日ではありませんが、込める願いはぴったりかと。」


会計を終えて、店を出るときの彼女の表情に不安は感じられなかった。あの会話が彼女の憂いを少しでも和らげるものであったならば良いと思う。

「良い週末を。」

彼女の背にぽつりと投げかけ、店に戻る。

大理石調の白い店の床には、扉にはめられたステンドグラスが夏の日を浴びて、色鮮やかな空に白い鳥が羽ばたいて行くさまが鮮明に映し出されていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵なお店ですね。 行ってみたいです。
2024/05/26 09:48 退会済み
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