03『混沌の給仕』
食事の間へ着くと、急いで給仕の準備に取りかかる。
「ほら、急いで! 今日はフレデリック殿下もいらっしゃるのよ!」
ベテランのメイドさんがテキパキと指示を出す。
どうやら、今日は第二王子のフレデリック様がライル様と一緒に食事を取るみたい。
そう言えば、侍女見習いとして王宮に務めるようになってからフレデリック様と会うのは初めてだ。
令嬢でもなくただのアリアになった私をフレデリック様はどう思うのか不安だ。
もしかしたら目も合わせてくれないかも。
「貴女もボーッとしないでとっとと準備して頂戴!」
「は、はい!」
ベテランのメイドさんに叱られ、慌てて準備に取りかかる。食事の間は緊張感が漂いちょっと息苦しい。
でも、それも仕方ない。王族の食事とはそれほど重要なイベントなのだ。
勿論粗相があってはならないし、食事に毒なんて盛られたらその場にいた全員が打首にされても仕方ない。
そこで重要なのが、王族が口にするものに浄化魔法をかける浄化師。
聖属性である浄化や治癒の魔法は適性者が稀で貴重な人材。この王宮にも当然浄化師はいるのだけど、それを押し除けてここにいる人物がいる。
そう、私です! もう一度言うわ!
「私です!」
「煩い! 良いから貴女は浄化の準備!」
つい口に出して怒られてしまったけど、こう見えて私は聖属性の魔法適性持ちだったりする。
剣の腕も立ち聖属性魔法も使える。
あれ……? 私って、ライル様に拾われなくても生きていけたんじゃ……。
「おう、また会ったな(飯の時もアリアの顔が見れるなんて眼福だぜ)」
「ひゃぁっっ」
余計な事を考えて油断していると、突然現れたライル様に驚いてしまった。
私だけに聞こえるライル様の心の声。
それが普段ツンツンしてるクセに、甘々デレデレだからなんとも反応し難い。
まさかライル様が私の事を好きだったなんて、一ミリも思っていなかったから余計だ。
「お前、やっぱり風邪引いたんじゃないか? 顔が真っ赤だぞ」
「いやぁぁ……ちょっと暑くてっ。それより、早く席に!」
真っ赤な顔をなんとか誤魔化し、ライル様に席に着くよう促す。
「たく、忙しい奴だ。そうだ、今日は兄貴も来るからな。しっかり浄化魔法を頼むぞ」
「は、はい! それは任せて下さい!」
ふぅぅ……とりあえず、この機会に心の声に慣れないと。
ライル様から聞こえてくる心の声は、どうやら毎回聞こえてくる訳じゃなさそうだ。
それならなんとか耐えれるかな?
毎回あんな甘デレな言葉を聞かされていたら、顔が茹って倒れちゃうから良かった。
「お、兄貴が来たみたいだな」
「久しぶりだな、ライル」
きたぁぁ! 甘いマスクと透き通る声!
金髪碧目の美青年!
その瞳に何人の女が射抜かれた事か!
そう、国一番の美青年ーー
フレデリック殿下のお出ましよ!
「アリアも元気そうで良かった」
「ありがとうございます……フレデリック殿下」
「なんだい畏まって。いつもみたいに、フー様と呼んでくれないのかい?」
「あ、いえ、そんな畏れ多い! 私は、今じゃ侍女見習いのアリアですから……」
「それがどうした、アリアはアリアだろ? 僕は、令嬢のアリアだろうと侍女のアリアだろうと気持ちは変わらないよ」
「フー様……」
くぅぅー! これだからフー様推しは辞められないのよ!
そんなに優しくて蕩けそうな言葉を浴びせて、私をスライムにでもしたいのかしら!
「デレデレすんな間抜け! 兄貴も、アリアと距離が近いぞ」
「ふっ、男の嫉妬はみっともないぞ」
「う、うるせぇ! 誰がこんなすっとこどっこいに嫉妬するかよ!」
「すっとこどっこいで申し訳ありませんでした。こちらが前菜ですっ! フー様もどうぞぉ~。浄化は丁寧にしておきましたからぁ~」
口の悪いライル様には乱雑な対応で前菜の皿を置き、フー様にはこれでもかと丁寧な対応で違いを分からせる。
これで自分の愚かさが分かったかしら?
「ちっ、間抜けは給仕まで間抜けだぜ(今、アリアの手が俺の手に触れた! アリアの浄化してくれた料理をアリアの顔見ながら食えるとか、幸せ過ぎて死ぬぅ!)」
「ちょっ、それはズルいっっ!」
対応まで美青年なフレデリック様との格の違いを分からせてあげたかったのに、分からせられたのは私だった……。
なんで貴方はそんなに純粋なのよ!
心の中でそんなに想われたら、どんな悪口を言われても怒れないじゃない……。
「どうしたんだいアリア? 顔が赤いけど、体調でも悪いのかい?」
「いえっ、体調は絶好調なのでご心配なくっっ!」
「そうかい? それなら良いんだが、慣れない環境で無理はしないで欲しいな」
「勿体なきお言葉、恐悦でございます」
やっぱりフー様は優しいなぁ。どっかのスカポンタンに見習って欲しいぐらいだわ。
その後、ライル様から漏れ出る甘デレになんとか顔を赤くしないよう堪えながら、食事はつつがなく終わろうとしていた時ーー
「ところでアリア。その後、お父上とはお会いしたのかい?」
フー様のそんな問いかけを切っ掛けに、思わぬ出来事がやって来る。
「いえ、裁判が終わってからお父様とは会えていません……」
「そうかい……きっとなんとかなる。希望は捨てちゃいけないよ(あの事件には絶対に裏がある。アリアのお父上に限って、悪事に手を染めるなんてありえない)」
「え、今なんと……?」
「希望を捨ててはいけないと」
「あ、はい、そうですよね!」
今のなに? なんか頭の中でフー様の声が聞こえたような……。
「お父上の件は僕が責任を持って事に当たろう。絶対的な証拠が出るまでは、処刑は絶対に食い止めるから心配せず待っていてくれ(お父上の嫌疑が晴れたら、正式にアリアを側室、いや正室に迎え入れよう。ライルもアリアを気に入っているみたいだが、アリアを本当に愛しているのは僕だ!)」
「ちょ、ちょっと待って! なにこれ、デジャヴですか!?」
「煩いぞアリア!(アリアたん可愛い。好き好き大好き!)」
「どうしたんだい大きな声を出して(アリアはいつ見ても可憐で美しい。絶対に僕の妻にしてみせるからね)」
なにこれぇぇ……フー様の心の声まで聞こえてくるんなんて、凄い混沌になってきたんですけど……。
お母様のお話が本当だとしたら、運命の人はライル様だけじゃなくフー様もって事!?
もうっ、一体どうなってるのよぉぉっっ!
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