02『運命の人? いえ、ご遠慮します!』
あの後、私はその場から全力で逃げ出した。
心の声とはいえ、あれだけの好意が面と向かって聞こえてきたら、誰でも恥ずかしくて逃げるよね?
「お母様ー! 大変なの!」
「あらあら、どうしたの慌てて? 大事な壺でも割っちゃったのかしら? それならお母様も一緒に謝りにいきますよ。でも、メイド長さん怖いわよね~」
ブレない我が母のお陰で、少し気持ちが落ち着いてきた。
「いや、そうじゃなくて。私、人の心の声が聞こえてきたの!」
「……誰の?」
お母様の目が鋭くなる。こんな真剣な表情をしたお母様は久しぶりだ。
「ラ、ライル殿下……」
「あらあら」
いつもの優しい笑顔に戻るお母様。
なんであんな真剣な表情をしていたのか。
私がそんな疑問を浮かべていると、お母様からその答えが返って来る。
「アリアちゃん、良く聞いて頂戴」
「は、はい」
「私も、私のお母様も、そのまたお母様も、元を辿れば二百年前のご先祖様から始まった事なのだけれど……」
一体なんの事かと身構えた私に、お母様は穏和な表情を崩さず淡々と語り出した。
「先祖代々女達だけに伝わる呪いがあるの。呪いと言っても、そう恐ろしいものではないのだけどね」
「呪い?」
「私達は、運命の人の心が聞こえるようになる。そんな呪いよ」
「ちょ、ちょっと待ってお母様! それなら、私の運命の人がライル殿下って事!?」
「ええ、そうなるわね」
「えぇ、やだぁ……ご遠慮します!」
「あら、お口は悪いけど、素敵な容姿じゃなくて?」
「まぁ、確かに顔は良いけど……」
確かに、ライル様は身長も高くて容姿も整っている。だけど、そういう問題じゃないのよね……。
「アリアちゃんは、ライル殿下がお嫌いなの? いつも二人で戯れているけど」
「あれは戯れてる訳じゃないのよ! 本気で怒ってるの!」
「あらそう……でも、その様子だとライル殿下のお心はそう悪いものじゃなかったんじゃない?」
「そ、それは、そうなんだけど……」
悪くはない。悪くはないのだけれど、あれはあれで怖い。
「ふふ、私も当時は翻弄されたわぁ。お父様ったらーー」
「あっ、ごめんお母様! そろそろ給仕の時間だから行かなきゃ!」
当時の思い出を語ろうとするお母様を遮り、私は急いで食事の間へと向かった。
私の一日の最後の仕事であるライル様達の給仕。これはライル様のご指名らしい……。
「もうっ、どんな顔して会えば良いのよ!」
私がどうしようもない憤りを独り叫んでいる頃、取り残されたお母様が、大事な事を言おうとしていたなんて思いもしなかった。
「あらあら、せっかちな子ね……運命の人になる候補は"二人"いるって言い忘れちゃったわぁ。まぁ、面白いから黙っておきましょ♪」




