01『聞こえてきた本心』
「鈍いわね! 掃除もまともに出来ないの? これだから箱入り娘は役に立たないのよ!」
「申し訳ありませんでしたメイド長……」
王宮の侍女見習いとして務め始めて一ヶ月。見習いだけあって、侍女の仕事はまともに教えて貰える筈もなく、毎日掃除や雑用をメイド長の下でこなしている。
「頑張りましょうアリアちゃん!」
「そうね、お母様」
慣れない環境に今にも心を折られそうだけど、せめてもの救いは大好きな母と一緒に居られる事だ。
「ドレスを着て踊っていた頃が懐かしい……」
というのも、私は元々伯爵家の令嬢で将来は第ニ王子の側室に、なんて話もあった。
私も心優しい第二王子のフレデリック様だったら、なんて思い上がっていたけど、そんな浮かれた気持ちは打ち砕かれた。
「税金の横領及び他国への機密情報漏洩の罪で、サウザンド=ベルスト伯爵を絞首刑とする! また、サウザンド伯爵家はお取り潰しとする」
「私はやってない! これは陰謀だぁぁっっ!」
何を言っても無意味な裁判で下された判決。無罪を訴える父を、私は泣きながら見送るしか出来なかった。
後は着の身着のまま追い出され、路頭に迷うのかと怯えていたのだけど、救いの手は以外な所からやって来た。
「お前ら侍女になれ」
偉そうな口調でそう言ってきたのは、第三王子のライル様。ライル様とは同い年で少なからず絡みがあった。
「おい間抜け! 俺の子分になる事を許してやる!」
「結構です!」
そんなやり取りを幼い時に交わした事がある。ライル様は口の悪さと横柄な態度が原因で周囲から疎まれていた。
ある時、晩餐会で誰からも話しかけられずムスッとしていたライル様を見かけ、話しかけた事があった。
「ライル殿下、お暇なら私と踊りませんか?」
「誰がお前なんかと! 俺はガチョウと踊る趣味なんてねぇ!」
あの時は、その顔を引っ掻いて庭に吊るしてやろうかと何度思った事か。
まさか、そんなライル様に助けられるとは……。
あのまま外に放り出されていたら、今頃どうなっていたか分からない。
そう考えると、ライル様には感謝だ。
「おう間抜け。今日も灰だらけだな! いや、元々か!」
頑張って掃除をしていた私を嘲笑って通り過ぎるライル様。
前言撤回。
やっぱりあの王子吊るす。
「ちょ、あなたライル殿下に何をしようとしているの!?」
残念、側に付いていた侍女に止められてしまった。
「ふん、残念だったな! ま・ぬ・け!」
あー、本当にこの人は!
なんでこうも嫌われるような事するの!?
助けてくれた事に感謝はしている。
しているけど……。
「やっぱりムカつくーっっ!」
「あらあら、アリアちゃん。淑女がそんな言葉を使ってはいけませんよ」
もう、お母様はブレないなぁ……。
どんな時でも笑顔で優しい。
だから、絶対にお父様の無実を証明してこの笑顔を守る!
お父様の処刑まであと一ヶ月。
それまでに、無実を証明する証拠を集めて、お父様をハメた犯人を探さないといけない。
でも、一体どうすればいいのやら……。
この一ヶ月ずっと考えてきたけど、良案は浮かばずに時間だけが過ぎていた。
「はぁぁ……」
「どうした、デカい溜息吐きやがって」
夕方、中庭の掃除をしていると、ライル様が声をかけてきた。
「お一人ですか?」
「ああ」
ライル様付きの侍女の姿はない。
という事は……。
「じゃあ、早く寄越して」
「はいはい、お師匠様」
私がそう言うと、ライル様は顔をしかめながら木剣を投げて寄越してくる。
「今日は一本取れると良いね」
「ちっ、今の内だ……ですよ、偉そうにしていられるのも!」
王子殿下であるライル様と立場逆転。
実はというと、私はライル様の剣の師匠だったりする。
こう見えて、私は腕が立つ。剣を取ったのは、護身のために習ったのが始まり。
各国が争うこんな時代だからこそ「淑女が剣なんて」と、優雅にお茶を啜っていられないのだ。
習う内にあれよあれよと腕が上がり、遂には先生だった近衛騎士のグドウィックさんから一本を取るまでに仕上がってしまった。
グドウィックさんからは、「令嬢にしておくのが勿体ない。戦場に立てば数々の功績を上げるだろう」とのお墨付き。
そんな私に、ライル様は立場を利用して剣を教えるように強要してきた。
だから言ってやったわ。
「剣を教わりたいなら、私を師匠と呼んで下さい。あと、稽古中は弟子として扱いますよ」
「くっ……わ、分かったよ!」
まあ、師匠になったのは王宮で働き出してからだけどね。
「腕の振りが甘い! これじゃゴブリン一匹も倒せないわよ!」
「ちっ、これならどうだ!」
「少しは良くなったじゃない。でも、脇が甘い!」
「くっ……」
ライル様の振りをいなし、ガラ空きの首筋へ剣先を突きつける。
「今日はここまでね」
「あ、ありがとうございました……」
今日の稽古もつつがなく終わり、汗を濡れた布で拭いて中庭のベンチで休憩するのがルーティーンだった。
「中々筋が良くなってきましたよ」
「そうか。やっぱり俺は天才だな!」
「いえいえ、師匠の教え方が上手いだけです!」
「はいはい、そうかよ。間抜けのクセに生意気だな」
「またそうそうやって! もう、ライル様は私が嫌いなんですか?」
「べ、別にっ……」
私の投げかけた問いに、苦い表情のライル様。なんて返せば良いのか、悩んでいるようにも見えた。
「嫌いなら嫌いと言って下されば良いのに」
ちょっとした意地悪のつもりだった。
「別に嫌いなんて言ってないだろ!(好きに決まってんだろ! この鈍感!)」
「え? 今なんと?」
「だから、嫌いなんて言ってないって」
「違います、その後です」
「その後? その後は何も言ってないないが……」
でも、確かに聞こえたような……。
「なんだよ、とうとう間抜け過ぎて幻聴まで聞こえてきたか?」
「うーん、空耳だったのかしら……」
「ほら、汗も引いたし中入るぞ(今日のアリアも、凛々しくて綺麗だったな)」
「や、やっぱり聞こえる!」
「な、なにがだよ!?」
「もしかして、私の事からかってます?」
「はぁ? なんの事だよ一体」
「ええっ、これも空耳? 私、疲れてるのかな……」
絶対聞こえた筈。ライル様の口からでたなんてありえない言葉だけど、確かにライル様の声だったのに……。
「風邪でも引いたんじゃねえの?(可愛いアリアが風邪を引いてしまった! 急いで医者を手配しねえと! アリアにもしもの事があったら、俺は生きていけねえ!)」
「やっぱり聞こえるっ!! というか、良くそんな嘘を恥ずかしげもなく言えますね!」
きっと私の顔は真っ赤だったと思う。
例えそれが、私を揶揄う嘘だと分かっていても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「なんなんだよさっきから! 俺は変な事なんて言ってねえからな!」
「だって、今私を可愛いってっ……」
「はぁ? とうとう耳が腐ったのか?」
「いや、でも……」
ライル様の表情は、とても嘘をついているようには見えなかった。それが余計に私を混乱させる。
これは一体なに? ライル様の心の声でも聞こえるようになったのかしら?
「良いから中入るぞ(アリアは困った顔も可愛い)」
嘘ぉぉっ、もしかしてもしかするの!?
「なに見てんだよ(好き好き好き好き好き。アリアたん大好き)」
「やっぱり聞こえるぅぅぅぅっっ!」
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