第二部13話目・告白
◇◇◇
俺は、わりと純粋な疑問として弟子たちに問うた。
俺とどうなりたいのか、と。
だが、俺の弟子たちは、俺の言葉にすぐさま答えを返せなかった。
「どうって……」
「そりゃあ、……あれだよ」
「今よりももっと、……あれヨ」
……なるほどな。
俺はバカ弟子たちのバカ丸出しの態度に、思わずため息が出た。
「お前らみたいなバカどもでも分かるようにハッキリ言おうか。……お前ら、俺と恋人になりたいのか? もっと言えば、結婚して俺との子どもを産みたいのか?」
そういうところまでいきたいのか?
俺と?
「それとも、体だけの関係でいいから、俺とそういうコトをしたいのか? はたまた、お前らにからかわれて動揺する俺が見れれば、実際にそういう行為までしなくても、満足なのか?」
いいか、はっきり言っておくが。
「お前ら、目的もなく行動するな。無駄だろ、そんなの。どこのどういう地点を目指すか、その意識もないのに行う行動など、ただの徒労だ」
目的地も決めずに目をつむったまま歩いてみて、どこかに辿り着けるのか?
海図も羅針盤も持たずに船をこいで、新しい土地に辿り着けるのか?
不可能だろ。そんなもん。
「その行為自体に価値があるならまだしも。俺とどうなりたいかのイメージもなしに俺にちょっかいかけてきて、何の意味があるんだ」
もっと言うとだな。
「俺は、お前らと恋仲になったり結婚したりするということについて、ある程度考えているぞ」
「えっ!?」
失礼にもツバサが驚くが、考えないほうがどうかしてるだろ。
昔のようなガキンチョ体型のころは全く興味もなかったが、今はもう、お前らも俺のストライクゾーンに入っちまったからな。
じゃあ、例えば俺が、お前らの誰かと交際したり、性行したり、結婚したり、子育てしたりとなったときに。
探索者としての活動は、どうなるかって話だ。
「当然俺は、今までのようには探索できないだろうよ。俺は妻と子のためにも時間を使うようになるからな。そして俺と結ばれたやつも、お前らとの探索頻度は間違いなく落ちる」
完全踏破隊としての活動は、事実上の引退みたいになるだろうな。
そこまで考えたら、行きつく結論はおのずと決まってくるだろ。
「少なくとも、探索者として一番ノッてる今このタイミングでは、俺はお前たちと恋仲になるのは控えといたほうがいいだろ、ってなる」
今はちゃんと探索に注力して、さらに上の級のダンジョンに潜っていくほうがいいだろ。
そうすれば、俺らも虹ダンに挑めるかもしれないし、もしかしたら、虹ダンをクリアできるかもしれないんだぞ。
「お前らが、頭お花畑の年頃の少女だということは分かったうえで言うが。一時の恋煩いで今までのお前たちの積み重ねを否定するなよ」
お前らは、俺と違って探索者の才能があるんだぞ。
お前たちの師匠として、俺はお前たちに、もっと上を目指して頑張ってもらいたいって、そう思ってるに決まってるだろうが。
だからそのために銀ダン以上の上級ダンジョンについて情報収集をしているし、実地踏破もしてみてるんだろうが。
……だってのによぉ。
「いつの間にやら、俺の弟子たちは色ボケで目が曇ってしまったようだ。……こんなことなら、お前らを希望の星として完全に別パーティーにしたほうがマシだったか?」
当然、俺がいたほうがうまく回るだろうが、もう俺がいなくても問題なく回るだろ。
じゃあ、余計なことを考えずにすむように、俺がいないほうがいいんじゃないのか??
「そ、そんなことないよ!!」
ツバサが、バカみたいにデカい声で叫ぶ。
「私たち、タッキーと一緒がいいよ! そんな怖いこと言わないで!!」
そこに、ユミィとモコウも被せてくる。
「そうだぞタキ兄ぃ! さっきから黙って聞いてれば。なんだよ! ボクたちがタキ兄ぃのこと好きだったらダメなのかよ!」
「ワタシたちをここまで連れてきてくれたのは、ター師父ヨ! いまさらポイ捨てなんて許さないヨ!」
……ダメだとも、捨てるとも言ってないだろうが。
ただ、今のままだといずれどっかで関係が破綻するって言ってるんだ。
そうならないためにはなんらかの手立てが必要で、パーティー分割ってのは、その中でも手っ取り早い方法のひとつなんだよ。
「だからって……! っ〜〜〜〜! タッキーのバカ!!」
「おい、このボンクラ! マジでふざけんなよ!」
「いくらター師父でも、言っていいことと悪いことがあるヨ!」
さらにバカ弟子どもは、手当たり次第口々に、やいのやいのと言葉を投げつけてくる。
普段の俺なら、いちいち言葉尻を捉えて噛みついたりもするわけだが。
「…………」
俺はバカ弟子たちの言葉をじっと聞き届ける。
そしてひとしきり聞き終えて、弟子たちの勢いが弱まってきたころに、
「そうか。そこまで言うならしかたない。俺が今からする話をよく聞け」
と、本題を切り出すことにした。
「まず大前提の話をするぞ。良いか。一度しか言わないからな。あとで聞き返したりしなくていいように、よく聞け」
俺は、逃げ出したくなる弱気な気持ちをねじ伏せて、弟子たちに告げる。
「俺だって、……お前ら3人のことが好きだよ」
「っ……!?」
隣のティナが大きく目を見開いた。
対面する弟子たちは、3人揃ってポカンと口を開けた。
……あー、クソ。
やっぱ恥ずかしいな。
シラフで言うもんじゃねぇ。
だがもう、言っちまったもんは取り消せねぇ。このままいくぞ。
「最初会ったときはチンチクリンのガキンチョだったのに、いつの間にかすくすく育ちやがって。しかもお前らバカのくせに可愛いんだもんな。ずるいじゃねぇかそんなの」
俺はもっと、知的で物静かで母性あふれる女性がタイプだったのによぉ。
お前らが頑張ってる姿を間近で見てたら、調子が狂っちまったじゃねぇか。
「ツバサ。お前は明るくて素直で、誰とでも分け隔てなく仲良くできるな。その天真爛漫さは素晴らしい才能だ。もっと誇っていい」
「う、うん!」
「ユミィ。お前は3人の中で一番頭が回る。さりげない立ち回りで俺の補助をしてくれて、いつも助かっているぞ」
「な、な、なんだよ急に!?」
「モコウ。お前の心身のしなやかさは驚嘆に値する。柔軟さは余裕に繋がるからな。あとの2人が慌てふためいていても、お前はうまく受け流せる」
「まぁ、それほどでもあるヨー?」
弟子たちは顔を見合わせて照れている。
だが、本当に照れたいのは俺のほうだ。
仕方がないこととはいえ、弟子たち相手に素直な気持ちを喋るなど、あまりにも恥ずかし過ぎる。
「いいか。お前らは俺から見ても、十分素敵で魅力的な女性だ。一番近くでお前らの成長を見守ってきた俺が言うんだ、間違いない」
だから、わざわざ色気を振りまいて俺の気を引こうとしなくてもいいんだよ。 お前らが可愛いのなんて、俺が一番よく分かってるっつーの。
「か、可愛いだなんて、そんな……、えへへ」
「だがな、俺にも立場とか世間体というものがある。俺はお前らの師匠だが、恋人でもなければ家族でもない。それに俺は大人だが、お前らはまだ少女だ。そんな俺が、お前たちと一つ屋根の下で暮らしてるってだけで邪推するやつはしてくるし、そんな俺がお前らと恋仲になったりすれば、絶対に悪い噂がたつ」
お前らは可愛いからな。
やっかみとか嫉妬とかもあるだろうし、俺たちみたいに上に上がった連中を引きずり落とそうとするカスどもは、一定数いるもんだ。
俺は普段からそういうカスどもに足を引っ張られないように色々気をつけているが、色恋沙汰ってのは、そういうカスの目を引きやすいんだよ。
「なにせ、俺がお前らのうちの誰と付き合うかで、賭けてる奴らもいるぐらいだからな」
意味分かんねーだろ。
なんで俺たちのプライベートが、カスどもの酒の肴にされなきゃなんねーんだよ。
「で、そういうカスが湧いてくることも含めて、パーティー内での色恋沙汰はリスクが多いんだ」
それが、俺がお前らに対して消極的な態度をしてた理由だよ。
俺だけならまだしも、お前らにまでカスが寄ったら、本気で腹が立つからな。
だが。
「しかし。もう、そうも言ってられないわけだ」
俺は、真面目な顔になっている弟子たち3人の顔を、順番に見る。
「これ以上、お前らの気持ちと態度を汲まないのは、お前らに失礼だからな」
あと、コイツらの気持ちを分かったうえでティナとヤっちまったことの罪悪感もあるわけだが。
まぁ、そこは言うまい。
「今までの俺は、お前たちの師匠として振る舞ってきた。だがこれからは、ひとりの男としても、お前たちに向き合っていく」
今すぐお前らの誰かと付き合うとか、そういうことはできないが。
お前たちが俺と、男女の仲としての親密さを上げたいのであれば、それについては許容する。
「要するに、だ。これから俺は、お前らのことを女としても見るぞ、ってことだ」
そのかわりお前らも、探索者活動に支障が出るようなことは謹んでくれ。
「お前らにあまりにも色仕掛けされるとな、ダンジョン内で泊まり込んだときに、お前らに襲いかからない自信がない」
だから、ラナの育成はお前らに任せてるんだよ。
お前らと一緒に潜ってて、横で着替えたり寝られたりすると、俺の自制心がもたん。
「うん、分かった! もっとお淑やかにするね!」
ツバサが元気に頷く。
「ふぅ、分かってくれて良かったよ」
「けどタッキー。それはそれとして、タッキーがそこのメイベルさんとヤったってことについては、納得いかないんだけど」
ぐ。……まぁ、それはそうか。
もし仮にコイツらが、故郷の幼馴染とバッタリ再会して一緒に飯食った帰りに無理やり襲われたりしたら、俺はその強姦野郎をブチ殺すかもしれないもんな。
「そこについては、俺も申し開きのしようがない。お前らの気持ちを思えば、たいへんな浅慮だったと思う。申し訳ない」
ということで俺は、引きの一手でとにかく下手に出ることにする。
こういう時はもう、謝り倒してなんとかご機嫌を取るぐらいしか解決策がないからな。
「今日は、ここの飯を好きなだけ食べていいし、欲しいものがあればあとで個別に言ってきてほしい。できる限りの対応はする」
「……ふーん。ちなみにそれってさ、タキ兄ぃだけじゃなくて、メイベルに対してもお願いしても良いものなの?」
加虐的な笑みを浮かべたユミィが、なにやら不穏なことを聞いてくる。
つーかコイツ、今回の件はティナのほうが悪いってことを、完全に理解してる顔だ。
やっぱコイツは察しが良いな。
そしてたぶんモコウも、同じように気づいてるな、こりゃ。
「……私にできる範囲でのことなら、できる限り要望には応えたいと思う」
「なるほどヨー。2人とも、ちょと耳貸すネ」
それから3人は、少し離れたところにいってコソコソと何かを話し合い、やがて席に戻ってきた。
そして、3人を代表してユミィが。
「じゃあさ。ここでご飯食べたあとにさ、皆で行こうよ」
と、言う。
行くってお前、どこに?
「もちろん。この街で一番大きくて高級な宿の、一番高い部屋にだよ。……ボクたちも、前々から興味はあったんだ。機会はなかったけどね」
だから、先輩としてお手本を見せてよ。
そう言って笑う弟子たちに、俺はため息が漏れ、ティナは引きつった笑みを浮かべるしかなかったのだった。